miyabuの雑記帳

ボケ老人の無責任なお話

布袋の街歴史散策1

2015-05-18 | Weblog
5月17日、江南市立図書館歴史講座「江南の町を知ろう」、布袋の歴史を学び、町並みを散策しよう!講師・山田信夫(前江南市歴史民俗資料館館長)の講座がありました。午前・座学、午後・町並み見学と歴史解説で、多くの学習が出来ました。この学習で得た知識をもとに、布袋の街を少し紹介します。

いま、布袋は大変革をしつつあります。写真は新築されつつある、布袋駅の様子ですが、駅前の大通りから南には新興住宅地が、大きく開発され、北側の旧市街と、対照的です。メイン通りの両側には、沢山の布袋尊が、設置されています。

これは、鳥取県境港市の大木しげるロードにヒントを得たようですが、表情豊かな布袋さんと干支の布袋さんが15m間隔程度で並んでいます。

今回の歴史探訪は、旧市街の本町通りと新町通でしたが、下の写真は、小折城(生駒屋敷)の中門を廃藩置県の際、生駒家の用医を勤めていた広間家が貰い受け、移築保存している門です。ナマコ壁の亀甲模様は、生駒氏の家紋で、亀甲に五三の桐を表しています。木造部分に使われている金具も総て亀甲模様になっている。亀甲模様のはっぴを着ているのが、講師の山田さんです。



文政元年(1818年)創業の「大口屋」は、「飴麩三喜羅」で著名です。5代目と6代目が10年かけて完成させたようですが、命名の三喜羅は山帰来の葉で包んでいる山帰来をもじったとのこと。平日で毎日5,000個、祝祭日で10,000個の生産だそうです。写真の右隅にサンキライの葉が見えます。サルトリイバラが学名かな?。(以下次回)


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