ねむたいむ

演劇・朗読 ゆるやかで懐かしい時間 

海のみえる美術館

2007-05-24 | Weblog
再びサントリーミュージアムへ。今の時期は「20世紀の夢 モダン・デザイン再訪」というのをやっていて、20世紀前半に作られた家具やウイリアムモリスのポスター、カンディンスキーの絵など、モダンデザインのさきがけとなった数々のコレクションが展示されている。平日の美術館は閑散としている。2,3人の先客。聞こえるのは空調の音と足音だけ。展示室を出たところで、景色がひらける。この美術館のなかで、私が一番好きな場所だ。広々とした空間に対峙されたソファー。床を、窓枠に切り取られた光が横切っている。正面のガラス窓いっぱいに広がる海、水平線、船、光る波頭。普段は目に触れることのないものたち。硬くなっていた心がほぐされていく。
いつものカフェでコーヒーを飲む。カフェの窓からも海がみえる。停泊している大きな船。汽笛がなると、私はそのまま船の乗客になっている。この船はどんな思いも乗せて行ってくれる。懐かしい場所へ。誰かとの時間へ。なんとかなるかと思う。なんとでもなるよと思う。コーヒーを飲み終わる頃には、来た時よりも少しだけやわらかくなった自分がいる。

公演を終えて

2007-05-01 | Weblog
戯曲を書く。演出家が、役者や音や光の専門家が、それを読む。そして時間をかけて舞台という形に作り上げていく。お客さんの目に触れるのは、その作り上げられた舞台だ。舞台は、私にとっていつもなんとなく他人事だ。私は、観客の一人となって拍手を送る立場になっている。私にとっての一番の喜びの時はというと、作品を書き上げた時なのだ。舞台にたつ役者のように拍手をあびることもないし、誰も共感してもくれないけれど、そんなことは関係ない。書き上げた原稿を前にして、私は一人で祝杯をあげる。もちろん、出来上がった舞台の評判がよければうれしいし、悪ければがっかりもする。でも、得意になったり反省したりは、あまりしない。良くも悪くも他人事だ。それでは寂しいかなと、今回は衣装や小道具を担当させてもらったりしたが、やっぱり途中で音を上げてしまった。はた迷惑な衣装・小道具係だった。でもまあ、とにかく公演は始まった。小さなスペースは満員になった。遠くから駆けつけてくれた人、何年ぶりかで会えた人、いつもの顔、初めての顔…。
公演中は入口に立って「いらっしゃいませ、ありがとうございました」を言うぐらいしか私には出来ない。でも、人見知りで引きこもりで自分勝手で挨拶もろくに出来なかった子供の頃の私が、今の私をみたらどう思うだろう。今回は「いらっしゃいませ、ありがとうございました」の言葉が、前回よりもスムーズに言えた。それがちょっとうれしかった。みんなで作っていく舞台が、他人事ではなくなる一歩って、そういうことなのかもしれないなと、ふと思った。
公演は終わった。公演にかかわってくださった皆様、「森陰アパートメント」にご来場くださった皆様、本当にありがとうございました。