リアリズムが苦手な時期があって、その頃好きだったのが、安部公房と倉橋由美子の小説だった。
安倍公房はノーベル賞の最有力候補だったが、20年前に亡くなっている。
死因は心臓発作で、恋人だった女優の家での急死だったとも言われていた。
この間、女優の山口果林が書いた「安部公房とわたし」という本を読んだ。
師弟関係から発展して交際にいたった過程、交際が発覚してからの夫人との対立、闘病秘話(安部公房は前立腺がんだったということを隠し、家族も死因として発表しなかった)、20数年における二人の関係が、淡々と、ある部分では執拗に書かれていて、うーん、愛人であり続けた女の、これは意地か、と思ってしまった。
何枚かの写真が挿入されている。安部公房が写したと思われるヘアヌード写真までも。
若いころの山口果林はとても魅力的だ。可憐で、それでいてどこか大胆。
なんで死後20年もたって、今更?と思ったが、2,3年前に安部公房の娘さんが出した安部公房伝に触発されたのかもしれない。そこでは、山口果林という存在が徹底的に無視されている。安部公房が書いたどの文章にも、山口果林という名前は一劇団員としてしか記されていない。二人の関係はなんだったのだろう、自分は透明人間にされたような気がしたと、山口果林自身も書いている。
透明人間だった自分の人生を取り戻すために、あるいは、時が経って安部公房と言う人を客観視できるようになったから、彼女は書いたのだろうか。
対立していた奥さんも亡くなっていることだし、そんな大物の愛人だったら、まあ世間に言いたくなるわなあとは思うけど、
「語りえぬ二人の恋なればわれらが棺の上に草生ふる日にも耐えて知る人の無かるべし」という、西條八十の詩もあったっけ。
愛人の意地と言えば、太宰治と情死した山崎富栄だ。
これも最近、「恋の蛍ー山崎富栄と太宰治」という本を読んで考えてしまった。
富栄は、誰かに読んでもらうことを前提にしたような、死にいたるまでの太宰との生活を克明に綴った日記を残している。そのころ太宰は、結核も末期だったというのに、もちろん妻も富栄もいるというのに、さらに若いファンから迫られていて、相手が逢いたいと言っているんだけど、逢っちゃおうかな、なんて甘えたことを富栄に相談していたらしい。
これじゃあ、もういっしょに死んで独占してしまう以外ないわなあ。
愛というより、意地だ。
意地で女は再生し、意地で女は死んでいく。
って、今回は演歌みたいになってしまいました。
安倍公房はノーベル賞の最有力候補だったが、20年前に亡くなっている。
死因は心臓発作で、恋人だった女優の家での急死だったとも言われていた。
この間、女優の山口果林が書いた「安部公房とわたし」という本を読んだ。
師弟関係から発展して交際にいたった過程、交際が発覚してからの夫人との対立、闘病秘話(安部公房は前立腺がんだったということを隠し、家族も死因として発表しなかった)、20数年における二人の関係が、淡々と、ある部分では執拗に書かれていて、うーん、愛人であり続けた女の、これは意地か、と思ってしまった。
何枚かの写真が挿入されている。安部公房が写したと思われるヘアヌード写真までも。
若いころの山口果林はとても魅力的だ。可憐で、それでいてどこか大胆。
なんで死後20年もたって、今更?と思ったが、2,3年前に安部公房の娘さんが出した安部公房伝に触発されたのかもしれない。そこでは、山口果林という存在が徹底的に無視されている。安部公房が書いたどの文章にも、山口果林という名前は一劇団員としてしか記されていない。二人の関係はなんだったのだろう、自分は透明人間にされたような気がしたと、山口果林自身も書いている。
透明人間だった自分の人生を取り戻すために、あるいは、時が経って安部公房と言う人を客観視できるようになったから、彼女は書いたのだろうか。
対立していた奥さんも亡くなっていることだし、そんな大物の愛人だったら、まあ世間に言いたくなるわなあとは思うけど、
「語りえぬ二人の恋なればわれらが棺の上に草生ふる日にも耐えて知る人の無かるべし」という、西條八十の詩もあったっけ。
愛人の意地と言えば、太宰治と情死した山崎富栄だ。
これも最近、「恋の蛍ー山崎富栄と太宰治」という本を読んで考えてしまった。
富栄は、誰かに読んでもらうことを前提にしたような、死にいたるまでの太宰との生活を克明に綴った日記を残している。そのころ太宰は、結核も末期だったというのに、もちろん妻も富栄もいるというのに、さらに若いファンから迫られていて、相手が逢いたいと言っているんだけど、逢っちゃおうかな、なんて甘えたことを富栄に相談していたらしい。
これじゃあ、もういっしょに死んで独占してしまう以外ないわなあ。
愛というより、意地だ。
意地で女は再生し、意地で女は死んでいく。
って、今回は演歌みたいになってしまいました。