ねむたいむ

演劇・朗読 ゆるやかで懐かしい時間 

P・アクト文庫

2013-03-31 | Weblog
昔、劇作家で演出家の右来左往さんと一緒に児童劇の仕事をしたことがあった。
当時、京都でパノラマアワーという劇団を主宰していた右来さんはスタジオも持っていて、「借金だらけや」と言っていた。
そのスタジオがP・アクトで、パノラマアワーが解散した今は、元劇団の関係者や有志たちが様々な公演やワークショップを企画運営して引き継いでいる。
昨日観た「P・アクト文庫」もその一つで、朗読三本立て企画の、今回が二回目になる。
昨日は三人の女優さんが語っていて、それぞれ楽しく聞かせてもらった。
最後が、飛鳥井かがりさんの朗読で、演目は、芥川龍之介の「雛」だった。

物語は、大正の末期、旧家に伝わる古い雛人形を西洋人に売らなければならなくなった一家の、父母兄妹それぞれの思いを、年月が経って老女となった妹の回想という形で書かれている。

芥川はあざといほど上手い書き手だ。人物構成にしても、時代背景にしても、物語の光と影を映像のように描き出す。
飛鳥井さんは、その芥川の作品を少しも損ねることもなく、見事に伝えてくれていた。

だいたいに私は耳からの理解力が弱い。朗読を聞くより本を読むほうがよくわかるし、イメージも出来る。そのうえ朗読する人の顔を見ていると、顔に気をとられてしまい、集中力がなくなって、よけいに内容を把握できなくなってしまうのだ。
でも、飛鳥井さんの朗読は、飛鳥井さんの姿を通して物語の中の光景が目に浮かんでくる。
古い家のなかの様子、ランプのほのかな灯り、暗闇に浮かび上がる雛人形、昔気質な父親、家族それぞれの悲しみ…。読む声と表情、作品内容がちゃんと重なっている。
終盤では、知らず知らずに涙がほほを伝ってきて、飛鳥井さんをみたらもっと泣いてしまいそうで、顔をあげられなかったほどだ。 

今回、私は、朗読の力というものを初めて知ったような気がする。
朗読は手軽にできるし、演劇と違ってセリフを覚えなくてもいいから楽、という感覚が、どこかである。
でもよい朗読は、本を読むよりも、映画や芝居を観るよりも、深く心に突き刺さってくるのだ。
ただそれは、限られた語り手によるものだけだと、やっぱり私は思うのだけど。

P・アクト文庫、月一回開催。料金500円。
出演者も募集中。ただし、人気で、出演者のほうは、9月までいっぱいだそうです。

朗読の初心者も挑戦出来て、毎回、飛鳥井さんの美しい朗読も聞けるという、挑戦する人にとっても、聞きたい人にとっても、楽しい企画。
来月は4月13日です。












お城の中の高校

2013-03-18 | Weblog
JR高槻から新快速で一時間余り。初めての彦根。駅から10分ほど歩くと彦根城がある。
門前の団子屋のおじさんに彦根東高校を聞く。指差した向こうはお堀の内側。
学校がお城の中なんて素敵だなあと思いながら到着。
晴天の日曜日。顧問の福永祥子先生から知らせていただいて楽しみにしていた「ポプコーンの降る街」を観に行った。

高校生の演じるお芝居に涙を流すとは思ってもみなかった。

決して上手な演技ではない(ゴメンナサイ)。場所も体育館。セットも簡単。隣の席では女子高生が居眠りをしている。でも、私の書いたフータロウもミトもタキも老人も男も、「ポプコーンの降る街」の住人達は、魔法のように、ちゃんとそこに存在していた。

君たちはすごい!泣けたよ!と言いたかった。でもどこがすごいのかを説明するのは難しかったから、あたりさわりのない「よかったよ」でお茶を濁してしまったのだけど。

私はきっと、作者にしか味わえない不思議で特別な感情のことを思っていたのだ。
お芝居を書いていてよかったなあと思うのはこういう時だ。
自分が作り出した登場人物に、思いがけない形で会うことが出来る。
ひょっとして作家にとってのよい役者は、恐山の「いたこ」なのかもしれない。

「いたこ」呼ばわりされて不服かもしれないけれど、一般的にみても、いい舞台だったと思う。広い体育館にマイクなしでもちゃんと声が届いていたし、演技も演出も変に作ったりせず素直で、選曲も素敵だった。何よりも、一つ一つの言葉を大切に発していた。

終わったあとで、みんなでお話もさせてもらって、私なんかのサインを家宝にするなんてうれしいことも言ってくれて、ちょっと幸せな気分にもさせてもらった。

記憶を失ってさまよう男の気持ちなんてわかるわけないよね。
売春をしながら恋人を探している女の気持ちも、やっぱりわからないよね。
老人はたんたんと棒読みで(でも、きっちりとした棒読みだった!)、
娘は舌足らずで(でも、一言一言から一生懸命が伝わってきた!)、
それで作者を感動させたんだから、君たちはすごいんです。

帰り、お堀の中を泳ぐ白鳥をみつけた。
飛べないのかな。きっと羽を切られた白鳥なんだろうな。
なんて思っていたら、すーっと私のほうに寄って来てくれた。
くちばしを触ってもじっとしている。
これにもちょっと感動。

彦根城も一時間ぐらい散歩できた。
広いのだ。門から次の門まで、それから天守閣まで、長い長い石段が続いている。
昔は石段も整備されてなくて、けわしい山道だったのだろう。
一度お城の中に入ってしまうと、女たちは一生一人で下界へ降りることなんてできなかったのだろう。
でも、天守閣から見る琵琶湖は、やっぱりきらきらと美しく、そんな心を慰めてくれたのだろう。
……………

ひこにゃんには会えなかったけど、頭も身体もリフレッシュできた一日でした。
門前の団子屋のお団子もおいしかったです。







































最近の極私的トピック

2013-03-15 | Weblog
先に書いたりゃんめんのお別れ公演と前後するのだけど、先々週だったかその前だったか、神戸のダンスボックスで、ヤザキさんが出演していたアンサンブルソネのダンス公演を観てきた。
シンプルな白一色の舞台に、白一色のダンサーさんたち。ヨーロッパの古い前衛(って、変な表現だけど)の香り漂う舞台で素敵だった。

その会場でもらったチラシのなかに、気になるものがあった。
リリーエアライン「『赤いろうそく人魚』より」というもので、場所は中崎町のイロリムラ。
わかったのは小川未明の童話を題材にしているということだけで、リリーエアラインもイロリムラも出演者も何をする公演かも(音楽ライブなのかな、芝居なのかな)未知だったのだけど、「これ、私好きかも」と思って、意を決して(とはオーバーですが、人見知りで地理音痴の私としては、知らない所に一人で行くのはなかなか勇気のいることなのです)観に行ってきた。

結果、とてもとてもよかった。
ダンスに生演奏にお芝居に朗読にと盛りだくさんなのに、整然としている。
小さな空間にたくさんの出演者がスタンバイしたままなのに、ダンサーさんにしても、ギター演奏にしても、役者さんにしても、それぞれの個性が際立っていて、とても洗練された舞台なのだ。

帰ってからあらためてリリーエアラインのHPをみてみた。
主宰で脚色・演出の遠坂百合子さんは、もとは惑星ビスタチオの役者さんだったそうだ。
ビスタチオといえば、昔、腹筋善之助さんの出演しているラジオドラマを二年間ほど書かせてもらったことがある。ビスタチオの舞台は腹筋さんの一人芝居しか観たことがなかったので遠坂さんのことは知らなかったのだけど、今回、とてもよかったということを伝えたくて、思わず遠坂さんにメールしてしまった。
そうそう、出演していた若い男優さんもかなり素敵だった。私、イケメンに弱いです。

イケメンといえば、このところ平岡秀幸氏の俳優教室というのに参加していて、平岡流演劇メソッドを体感している。
長身でドラマチックな顔立ちの実力派俳優・平岡氏は、舘ひろしから色気と髪の毛を取ったら、こうなるのかもという感じ。髪の毛がなくてもイケメンです(って、これ褒めてるんだろうか)。

というわけで、ものすごーく楽しいというわけではないし、ものすごーく充実しているというわけでもないけれど、まあ、それなりに楽しく充実した毎日を送っている今日この頃です。




りゃんめんにゅーろん、ちょっとお別れ公演「ちょっとした夕暮れ」を観て

2013-03-07 | Weblog
かつて「舞台創造集団りゃんめんにゅーろん」というところに所属していた。
シナリオ学校の卒業生たちが自分たちの作品を上演するために立ち上げた集団で、舞台作り素人の作家ばかりが何人も所属していた。そのうち役者や制作を志す者も入って、劇団のようになっていった。そのころは書くことだけしかやってなかったが、曲がりなりにも舞台とはこうやってつくるのかということを、私はそこで教えてもらった。
一人去り、二人去り、私が抜けた後は、南出謙吾が代表となり、劇団りゃんめんにゅーろんと名前を変えて存続させていた。

何も知らないずぶの素人としてりゃんめんに入ってきた南出さん。先輩演出家に怒鳴られても、わかっているのかわかっていないのかいつも笑顔で楽しそうに芝居をしていた南出さんは、いつのまにか脚本も書き演出もするというオールマイティの演劇人になって、劇団を率いるようになっていった。サラリーマンをしながら演劇を続けていくという難しさも、上演形態を工夫したりして乗り越えてきた。その人柄のよさで、りゃんめんに力を貸してくれる人も多く、お客さんも安定していて、ずっと続いていくものだと思っていた。

私や当時代表だった西岡さんが辞めることになって、りゃんめんという名前をどうするかということになり、名前に対してそんなに思い入れのなかった私は軽く、反対にりゃんめん創設のころからかかわり、自分が率いてきたという自負のあった西岡さんは重く、「これでりゃんめんは終わりにして新しい名前に変えたら?」と提案したと思う。
でもりゃんめんで育ちりゃんめんを愛していた南出さんには、りゃんめんを続けるという頭しかなかったのだろう。

そのりゃんめんを休止せざるを得ない事情が出来て、昨日はそのちょっとお別れの意味も込め上演された二人芝居二本立て公演の最終日だった。
切なくほろ苦い光景が展開されていて、心にしみる。
舞台を観ながら、舞台に立つ南出さんの胸に去来する様々な思いを感じ、自分自身もかかわってきた年月の変化を考えずにはいられなかった。

南出さん、お疲れ様!
また大阪にもどってきたら、ぜひ劇団りゃんめんにゅーろんを再開させてくださいね!