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末っ子の自分には既に兄弟家族と言える者はすべて居なくなった
ふと、あの時はどうだった?と考える事が有るが記憶を共有すると言う人は誰も居ない様になった
しかし考えてみるとたとえ生きていたとしても生活を共にした兄弟の記憶と言うものはまったくと言っていいほどいなかった
子供の頃の生活の記憶と言うものは単独では当然あるのだがそこに「誰かと共有している記憶」と言う事はまったく存在していない
尤も「記憶の共有」と言う様な概念が有るかどうかは解らないのだが「そう言えばそうだったね」と言える家族がいない、
家族だけではなく幼馴染の記憶も「共有した記憶」ではなく、「自分の記憶」でしかなく、友人との交流は存在せず自分の眼に映った画像や聞いていた風の音やトンビの声など自然の音声だけで友人の声は殆どと言っていいほど残っていない
だから「記憶の共有が無い」と言うのは育ちの境遇のせいではなく自分自身の性格から来るものなんだろう
生活の記憶と言うものが唐突に始まったのは36歳過ぎに今の女房と連れ子の子供達、義母との生活からでそこからは結構濃密に記憶の共有が有るのでやはりある程度は生活状況にはあるのかもしれないがそれにしても多分自分は薄情な性格なんだろう、
実は7人いる筈の兄弟も直ぐ上の姉に関しては生死が解らないのだ、3つ上の上の姉が一昨年亡くなった時も連絡する手立てもなくその死は知る事もない
しかし、向こうも探して連絡をくれるわけでもなく、数年一緒に生活をした事のある二人の甥も何の音沙汰もないのだからまあ同類なんだろう、我が家系は酷薄なのである、
娘に「葬式はいらない、骨は海にでも撒いてくれ」と言ったら「本当に面倒くさい親だ!」と言われたので納骨堂だけは買っておいたが、人の死後なんぞ残ったものの記憶が亡くなればそれで終わり、当の本人は何にもわかる訳もない、生きてることの方がずっと大変だ
紫陽花七色
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赤くなるのは酸性度だったか、アルカリだったか
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これはこれから
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真っ白なのはアメリカ紫陽花と言うらしい
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アナベルとは若干違う
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