梟の独り言

色々考える、しかし直ぐ忘れてしまう、書き留めておくには重過ぎる、徒然に思い付きを書いて置こうとはじめる

東京大空襲「鎮魂」と「後悔」

2021-03-10 09:41:19 | 雑記
3月10日は東京大空襲の日、鎮魂の日である
軍事施設の無い下町をB29の編隊は数時間にわたり爆裂弾ではなく一般民家を焼くためにだけ作成された焼夷弾を投下し続け2万人を超える焼死者と10万を超える被災者を出した、
後悔の為ではなく「鎮魂の為」の日であり「記念日」と言うにはふさわしくない悲惨な日である
戦争の目的は相手の戦意を消滅させることでありその為に重要なのは「戦力を削ぐ」事に他ならない、
戦費としても効果があるとは言えない、しかしアメリカは大本営と言う軍事施設がある千代田区、新宿区を選ばず精々戦闘服の倉庫しかなかった江東地区を絨毯爆撃をした、
しかしその事を現在のアメリカを責めても仕方ない事だ、
一部の軍人と軍政となっていた当時の政治が行ったことであり今求めるのはこの事を過ちであったと「後悔」をしなければならないと言う事だろう、
後悔と言うのは「悔い改める」と言う事、クリスチャン国家なら充分に理解できるだろう
軍人と言うのはいわば「偏執的」な狂信者だ、
自国の為に拡大的に他国に接しその現状が軍事力のバランスの上に成り立っていると言うスタンスでありその理論上防衛力が低ければ他国の侵略を受けると言う事となり、更に「攻撃は最大の防御」と言う結論になる、
これは当時の日本軍が抱いていた発想でありそれが第二次大戦を引き起こした、
東京大空襲の日に「後悔と懺悔」をすべきは当時の軍部と政治家であり、又未だに「強い日本」を目指し標榜する政治家である、
庶民には二度と起きてはいけない日であり猛火の下で成す術もなく失われた事に対する鎮魂の日である、
人間は歴史から学ばなければならない、悔い悩んでも仕方がない、悔い改める事にが大事なのだ、
昔起きた事は又起きる、同じ陥穽に向かって行き又そこに落ちると言う事は愚かな事である、
「君子危うきに近寄らず」と言う、「そこに落ちなければ良い」のではなく、そこは避けなければならないのだ、
ついでに言えばもう一つ官僚、政治家の接待問題には「瓜田に履を納れず李下に冠を正さず」と言う言葉も進呈しよう、
しかし梨や瓜を盗んだかではなく畑に入った時点で不法侵入罪になる事も忘れずに!