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福田の雑記帖

www.mfukuda.com 徒然日記の抜粋です。

吉村昭著 「梅の蕾」 2000年 文春文庫(1) 陸の孤島田野畑村の村医と夫人の話

2021年07月19日 03時48分16秒 | 書評
 本作は吉村昭著「遠い幻影」文春文庫 2000年に収録されている短編の一つ。
 作家吉村昭氏の作品は『三陸海岸大津波』、『戦艦武蔵』を含め、私が好む作家の一人であり30冊近く読んでいる。

 氏の文学は歴史、戦記、実録、時代短編など多種多彩である。作品のリストを見ると優に100冊に及ぶ。どんな毎日を送っていたのか??驚くばかりである。
 その中に長編小説、短編小説集もあった。吉村氏の随筆や短編現代小説も愛好されている。
 共通して、健康問題、人生の黄昏、定年退職者が感じる老年の孤独がテーマとなっている。

 吉村昭著「梅の蕾」は私が医師になって最初に赴任した岩手県宮古市から北に向かって40Kmと比較的近い下閉伊郡田野畑村が舞台になっている。
 
(中央の宮古市 北に向かって40Kmほどに田野畑村がある)

 ここには風光明媚な鵜の巣断崖、北山崎があり、私も赴任していた2年間の間に何度も訪れたところである。

(高さ約200mの断崖が5層に連なる鵜の巣断崖)


(高さ約200mの大断崖が約8kmに渡り連なる北山崎 日本の海岸風景の中で最も迫力のあるものの一つ)

 ここは古くは陸の孤島と呼ばれていた地域であり、診療所医師の赴任が常に懸案の一つであった。
 そこに思いがけず赴任してくれそうな医師の情報があった。

 ここから吉村昭著「梅の蕾」が始まる。

 この小説は実話を基にしている。
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 医師の将基面誠氏は千葉県がんセンターの産婦人科医師であったが、事情があって田野畑村に赴任した。19年にわたって地域医療に尽くし、村の青年たちとも交流を重ねた。45歳で亡くなった妻春代さんは梅の花が好きで、村人たちとも積極的に交流を重ねた。村内には二人を顕彰する「花笑みの碑」が建立されている。碑には村を愛した夫婦にふさわしい、梅の花が彫られている。

 医療活動とそれを支えた妻の春代氏の半生が後に将基面氏によって綴られいる。
 将棋面誠著:無医村に花は微笑む ごま書房 2006。
 また、これはドラマ化され、2006年1月にフジTVで放送された。
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 村医として田野畑村に19年間をささげた将基面氏。
 氏の活動を支えたものはなんだったのか、それは夫人の力であり、夫人が亡くなった際に村人が示した感謝の気持ちであった。

 吉村昭著「梅の蕾」にはその状況が余すことなく表現されている。


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書 佐藤康弘著 伊藤若冲 生涯と作品 東京美術KK 2006

2021年07月18日 06時22分18秒 | 書評
 私はあと何回目を通すことができるのかと思いながら、最近は集めていた画集に再度目を通している。いつ頃購入したか忘れたが久々若冲の画集を取り出した。随分、長い間ほったらかしにしたもんだ。

 伊藤若冲(1716−1800年)は江戸時代の画家。 

 若冲の絵画が近年富みに注目を浴びているが、そのきっかけは2000年(平成12年)京都国立博物館にて、没後200年を記念し『若冲展』が開催され、爆発的ブーム起こってからである。
 西洋画に関しては国立西洋美術館など立派な美術館が日本にも数多くあるが、日本画専門の美術館となると、私が知る範囲では数える程しかない。
 企画展も印象派絵画展やダビンチ、フェルメールの展示等では行列が出来るが、邦画の場合はひっそりとしている。

 若冲は奇想の画家とされ、従来の日本絵画史の観点から見れば異端に属する画風である。これだけの特異性は世界史的に見てもあまり類をみない画風であり、若冲も自ら「神の前に若冲なし、神の後に若冲なし」と言い、自分は「1000年後に評価されれば良い」と言っていたが、それより750年も早く脚光を浴びたことになる。こんな発言も若冲が言えば許されるだろう。しかしながら、若冲は、狩野派の画法を捨て、濃彩の花鳥画を題材にした宋元画に学んだために、戦前の日本画壇や美術史家から冷たい評価で、多くの作品は海外に渡ってしまったのは残念なことである。

 若冲はじめ北斎や歌麿、狩野派など海外での日本画、日本文化の評価は国内の一般の認知度よりも遥かに高く、当の日本人自身が自分達が素晴らしい文化を持っていたという事を忘れている。この傾向はあらゆる分野で見られる。

 本書は、そんな京の絵師若冲の画業を余す所なく紹介したもの。学生時代から若冲に傾倒、研究してきた佐藤東大教授が監修、解説し、若冲の全体像を見渡せる書籍となっている。若冲の生涯もコンパクトにまとめられており、若冲の初期の作品から晩年の作品まで実にうまく焦点を当てて紹介されている。
 最初の一冊として選んだのは間違いがなかった。

 相国寺に寄進した30幅の「動植綵絵」の極彩色の細画には脅かされる。華麗な色彩を駆使しており、写実的でありながら非現実的なモティーフがまた異端の画家の本領発揮と言える。

 その他、雪中雄鶏図、糸瓜群虫図、鹿苑寺大書院障壁画、樹花鳥獣図屏風、重要文化財の仙人掌群鶏図、菜虫譜、鶏頭蟷螂図など、作品群の素晴らしさにただただ感嘆の声しか出ない。

 若冲の作品は、本当に色鮮やかで、魚や鳥などに対する愛情がこの本を通して感じる事ができる。
 やはり、若冲というと鳥の絵なのだろうが、私はちょっと心がひける。今にも屏風や掛け軸から飛び出してきそうな魚や昆虫の躍動感はなんとも言えない。


(私が好きな藻魚図 魚のマジメな表情がいい)


(私が好きな老松白鳳図 他にも極彩色の作品があるが、単色系のこちらの方が好き 切れ長の目が私を誘惑する)
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絵画を楽しむ(10) 本: 中野京子著「12の物語シリーズ」に学ぶ 光文社新書

2021年07月07日 06時34分31秒 | 書評
 私は世界史に疎い。その要因の一つのは私がカタカナ語、数字に弱いからである。

 私たちは3種類の文字、漢字、カタカナ、平仮名を駆使して日本語を読み書きしている。これにアルファベットを加えた4種類の混在はとても心地よい。特に散在する漢字はそれだけをざっと追っていくだけで長文でも大体の文脈をつかむことができ、とても読みやすい。こんな言葉を用いている国は恐らく日本だけではないか?
 日本に生まれてよかったと思う。

 しかしながら、漢字、平仮名、カタカナだけではとても読み難い。カタカナと漢字だけで書かれた森鴎外の「瘋癲老人日記」はとても読み難かった。

 世界史の教科書はカタカナ表記が多い。人名、場所、時代区分など。加えて数字が苦手の私にとっては年号が覚えられない。高校まで世界史は不得意な分野であった。

 世界史に興味を感じ始めたのは絵画や人間そのものに興味を感じ始めた中年以降であった。
 中世の富豪は権力、財力を誇るために城や宮殿を建立したが、節目節目に高名な画家やお抱えの画家に依頼して宗教画、自画像、家族像などをこぞって描かせた。それにはには莫大な経費をかけていた。それが人間の貴重な「文化遺産」として残っている。

 私は絵画を通して世界史を学び直している。世界史が絵画を通してビジュアル化した。私の中で歴史は平面的なモノトーンから立体的なカラーの史実に置き換わった。

 著名な絵画作品はずいぶん味わってきていたが、画像イメージとしてなんとなく味わってきたにすぎない絵画が大部分であった。

 テーマごとに作品群をまとめていただくとより一層親しみが湧き立体化する。
 また、絵画の生まれた背景、描かれている人物像、絵画そのものの技法などについて適正な解説があると一層いい。

 中野京子著「名画で読み解く12の物語」シリーズはこの視点で味わうのにとてもいいシリーズである。
 そのうちの一冊、「ハプスブルグ家12の物語」。
 歴史のいたずらか、スイスの一豪族に偶然ころがりこんだ神聖ローマ帝国皇帝の地位。ルドルフ一世(13世紀)を嚆矢に、約650年にわたり王朝として君臨したハプスブルク家。歴史の荒波に翻弄され、その一族の運命は激しく揺さぶられた。血の争い、一途に愛を貫いた王妃、母に見捨てられた英雄の息子、ギロチンにかけられたM・アントワネット。過酷な運命と立ち向かい、また定めのまま従容と散っていったヒーロー、ヒロインたちを描いた名画は素晴らしい。それを紹介しながら、著者はその波瀾万丈の物語を歴史をつむぐ。

 私は中野京子氏の著作を通して作品の見方を学んだ。「私は絵画を見ても実際には何も見ていなかったのだ・・・」、と自覚した。絵の見方が変わった。

 「名画で読み解く12の物語」シリーズは以下の5冊が出版されて、私は全て読了した。
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 ■ハプスブルグ家12の物語
 ■ブルボン王朝12の物語
 ■ロマノフ家12の物語
 ■イギリス王家12の物語
 ■プロイセン王国12の物語
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 いずれも、名画を味わうにも、歴史を学ぶにも大いに参考になった。
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本 帚木蓬生:「沙林」 偽りの王国(3) 帚木氏の怒り

2021年06月08日 02時20分05秒 | 書評
 地下鉄サリン事件から25年、今でも多くの方々が視力障害などの後遺症を抱えている。
 日本ばかりか世界をも騒然とさせた地下鉄サリン事件。まるで全容の見えなかった松本サリンと併せて、あの事件は、全てがショッキングな出来事であった。

 地下鉄サリン事件を扱った本としては、村上春樹氏の「アンダーグラウンド」と「アフター・ダーク」が忘れ難い。二冊とも、事件に巻き込まれた多数の人たちのインタビューで構成されていた。
 村上氏が、人間のもたらした闇を人間の立場から、帚木蓬生氏は精神科の医師の立場から化学兵器に於ける毒性と治療という観点から事件が再検証している。
 化学テロという歴史の汚点の解明者として、両氏の作品とも最後には人間の「いのち」に焦点を絞っている。犠牲者たちの上に連ねられた文章の重みがあまりに痛々しく、そして凄まじい。

 平成の時代の日本に於いて、狂った集団によって箱庭的な「偽りの王国」が造られようとした事実を忘れてはならない。

 化学兵器のサリンが世界で初めて用いられたのは1994年6月の松本サリン事件であった。翌年3月東京地下鉄サリン事件、6000人以上が被害を受けた。
 当時メディアは事件を詳細に報じ、裁判でも長期にわたって裁かれた。しかし、全体像は未解決であった。
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 ■結局は金集め。
 ■高学歴者の洗脳。殺人兵器作成と実践
 ■事件は各所で起こったが、警察の捜査に横の連携を欠いていた
  坂本弁護士事件 神奈川県警
  国土法違反 熊本県警 
  松本サリン 長野県警
  公証人殺害 警視庁 
  上九一色村 山梨県警
  教団本部 静岡県
 ■松本サリン事件が適正に勧められていれば、地下鉄サリン事件は防ぎ得た。
 ■オウム関連では29人の死者、6500人超の負傷者が生じた。
 ■192人が起訴され、死刑が13人、無期6人、実刑81人、執行猶予付き懲役87人、罰金3人、無罪は2人のみ。13人が2018年7月に死刑が執行された。
 ■未解決は重松警察庁長官殺害未遂事件、村井秀夫殺害事件。オウム関連事件はまだ解決していなかった。それを政治が力で葬り去った。
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 人は洗脳されやすい。高学歴の専門性などは何も役に立たない。偏狭であればあるほど洗脳され易い。人間にはこの洗脳の問題は付いて回る。教育の名を借りた洗脳もある。

 尊師が与えたホーリーネームは教祖への帰順の証になり、個人は分断される。分断された宗教心は伝播しやすく疫病的になりその教えは正当化される。

 帚木氏は、評価すべきは医療機関の奮闘であったと説く。オウムが起こしたの傷害事件では原因物質もわからず治療法が不明ながらも最大限の知識を導入し、救命に当たった。我が国の優れた医療の実力が示された。
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本 帚木蓬生:「沙林」 偽りの王国(1) 新潮社 2021年 2310円 やっと出会えたオウム事件関連の書

2021年06月06日 04時42分59秒 | 書評

 (500ページ余の大作「沙林」 名称の由来は台湾語だと言う)

 1995年03月20日、オウム真理教が起こした地下鉄サリン事件は日本の犯罪史上特異な意義がある。この事件は、我が国初のテロ事件でもある。
 オウム事件はまだ十分に解明されていないが、関係者13人が死刑になってその解明の道は閉ざされた。
 化学兵器サリンが世界で初めて使用されたのは1994年の松本サリン事件であり、大量殺人を目的として用いられたのは翌年の東京地下鉄であった。教団が置かした梶数の犯罪の全貌を探ろうとした本書の意義は大きい。

 サリンほか化学兵器、生物兵器などについて驚くほど詳述している。
 今までオウム真理教については洗脳や教団の欲望のように人間的面から追求した作品は数多く出版されている。そのうちのかなりの作品を読んできたが、本書は科学・化学的側面を加えての教祖の欲望むき出しの集団の闇が一層明らかにした。この様なアプローチは、精神科医師である作者だからこそ為し得たことと大きく評価したい。

 同様のアプローチをした氏の作品に和歌山カレー毒物事件をノンフィクション的に扱った著作がある。「本:帚木蓬生:悲素 新潮社 2018年」である。1998年(平成10年)7月2に和歌山市園部で発生した毒物混入・無差別大量殺傷事件である。 地区で行われた夏祭りにおいて提供されたカレーライスに毒物が混入された事件であるが、この作品ではヒ素と人間との関わりについて紀元前からの歴史、知見も加えて詳述している。ヒ素の神経障害についての記述も詳しく、作者の特筆的作品になっている。

 本書「沙林」は小説に分類されているが、ちょっと抵抗がある。事実に基づいた記述が多いからである。

 「沙林」は、1994年に生じた松本サリン事件から始まる。
 本書の主人公は九州大学医学部衛生学沢井教授で神経内科医でもある。広範な知識から長野県警への協力を通じて一連の事件に関わる。これは前述の「悲素」と同じ構成になっている。

 「地下鉄サリン」、「松本サリン」、「坂本弁護士殺害」、「VXなどの開発」、「教団の修行内容」から「捜査、逮捕」、「裁判」、そのほかの項目について被害状況から治療内容、酷い被害と被害者の声や証言など、あまりの執拗さに読む方が根を揚げそうになるが、作者の労苦を思えば、同じ医師として耐えて読まなければならぬ、と思った次第。なんとか完読した。

 本書は巻末の参考文献を含めて580ページのボリュームがある。参考文献は内外の出版物、学術的文献を広く集めており、そのリストを見ているだけで読みたいという意欲が生じてくる。
 第一次世界大戦後のドイツの「毒ガス兵器」開発、旧日本軍731部隊の「細菌兵器」開発などの人間の所業までもを暴き出す。未読であった何冊かの出版物を新たに取り寄せた。
 
 作家の真実を伝えたいという本能的意欲とオウム事件に対する、国民として、医師として、科学者として、作家としての怒りが手に取るようにわかる作品に仕上がっている。
 私は今、作者の意欲、意図を知りたくて、またオウム事件を一層深く知りたくて再度読み始めている。
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