リスタートのブログ

住宅関連の文章を載せていましたが、メーカーとの付き合いがなくなったのでオヤジのひとり言に内容を変えました。

太ります記念日

2018-12-02 05:28:00 | オヤジの日記

先週の日曜日、午後4時半に来客があった。

長年の友人の尾崎だった。尾崎が一家を引き連れて殴り込みをかけて来たのだ。

 

先月は、私が一人で尾崎一家に殴り込みをかけ、料理を作って、尾崎の誕生日を祝った。

今回は、尾崎一家が、私のために「殴り込みバースデー」をしてくれるようだ。

尾崎のときは、魚料理をメインに作った。2年くらい前の尾崎は肉ばかり食って、魚と野菜はこの世に存在しないかのような毎日を送っていた。

しかし、最近は「魚のうまさに目覚めたんだよ」と方向が179度変わった。

近頃の尾崎一家はアウトドアがお気に入りで、一月に最低一回はキャンプに行く。そこで釣り上げた魚を食ったことによって、尾崎は「魚ファースト」の男になった。

だから、尾崎の誕生日には、魚料理を作った。

伊勢海老のグラタン。伊勢海老の魚介スープ。鮭づくしのオードブル。ハマグリの酒蒸。パエリア。

魚オールスターズや〜〜ー。

みなサンマ、お世辞丸出しで、「おいしイワナ」と喜んでくれた。

 

4時27分に、尾崎一家がやってきた。

尾崎と我が一家は面識があった。5回は会っていると思う。だが、尾崎の妻の恵実と3人のガキとは、私以外は初対面だ。

3人のガキは、恵実の教育がいいのか、口々に「お邪魔します」と頭を下げ、靴も揃えて入場してきた。百点満点のガキどもだ。

尾崎は、家に上がるなり、「母さんに挨拶したいんだ」と私を見上げた。

私は、仏壇の置いてあるヨメの部屋に、尾崎一家を案内した。

 

この仏壇について、ひとこと意見を申し述べるのをお許しいただきたい。

以前、ヨメの部屋の仏壇は、とても質素でこじんまりしたものだった。

しかし、母が死んで1週間経ったころ、ヨメの部屋の仏壇が、突然膨張したのだ。得意先との打ち合わせから帰ってきたとき、ヨメが「ねえねえ見て」と私をヨメの部屋に引っ張り込んだのである。

いやいや、我々はそんな関係ではございませぬ。何を考えておられるのですか、と言おうとしたとき、荘厳な装いの木の塊が目に入った。

どこから見ても、それは、ぶっつだ〜〜ん! だった。

今のマツコデラックス氏は無理かもしれないが、マツコ氏がRIZAPで3ヶ月間結果にコミットしたら格納できるくらいのビッグでゴージャスな入れ物だった。

私は思った。これ、安くはないよな。でも、イクラ? なんて聞けないぞ。高いに決まってマス。

私は思った。仏壇のハセガワに行って、同じサイズの仏壇の値段を調べるのは、イカがかと。いや、インターネットで調べた方が早イカ・・・などと考えてみたが、みっともないので、やめタラコ。

世の中には、知らない方がいいことが沢山ある。今回の仏壇の値段は、知らない方がいい部類に入ると私は判断シタビラメ。

 

その圧倒されるほど厳かな仏壇の前で、尾崎一家がお行儀よく正座をして、頭を下げ、手を合わせた。

私は目に見えるもの以外は信じないという罰当たりものなので、仏壇の前で手を合わせたことはない。

忘れないこと、絶えず思い出すことが供養だと思っているからだ。

しかし、尾崎はともかく、尾崎の妻や子どもたちが手を合わせている姿を見て、何も感じないほど私は鈍感な人間ではない。

鼻の奥がツンとしてきて、目から水っぽいものが流れてきた。

そんなとき、尾崎が祈りを終えて、私の方を振り返り見た。尾崎の目も潤んでいるように見えた。

立ち上がって私のそばに来た尾崎の左肩を私は右手で叩いた。尾崎も私の肩を叩いた。二人うなずいた。

「母さんは、安らかなようだな」

尾崎のその声の後ろで、恵実とヨメ、息子、娘のすすり泣きが聞こえた。

 

おやおや、誕生日って、こんなに湿っぽいものでしたっけ。

まるで、俺が黄泉の世界に向かったみたいじゃないか。

 

そんな空気を一変させるように、尾崎のガキども、ハヤテ、アスカ、カゲトラ(全部私が名前をつけた。センスのない名前にも尾崎は文句を言うことをせず、そのまま使った)が、「腹減ったなー」と叫んだ。

それを合図に、恵実が、クーラーボックスに入れて持ってきたご馳走を我が家の直径1メートル20センチの円卓に並べ始めた。

 

昔話になるが、18年前、尾崎と同棲し始めた頃の恵実は、料理がまったくできない女だった。

親からも誰からも料理を教えてもらったことがなかったという。自分からも積極的に料理をしたいとも思わなかったようだ。

尾崎と同棲し始めたのは、恵実28歳のときだった。朝は永谷園のお茶漬け。昼は出前。夜は中野のレストランで外食。それが尾崎と恵実が一緒に暮らし始めた一年目のルーティンだった。

尾崎も食い物にこだわる方ではなかったので、文句は言わなかった。

だが、私が文句を言った(モンクの叫び)。

同棲2年目の雪の降る八月の真夏日に、私は尾崎のマンションを訪問して、恵実と初めて会った。

そのときの恵実は、目力が際立った気の強そうな女に見えた。黒くて長い髪、姿勢のいいキリッとした佇まいは、周りを圧倒する鋭さがあった。

私がたじろいでいると、恵実は「私、料理は不得意ですけど、今日は尾崎の親友のために、おもてなしをします」と妖艶に笑った。

そして、「カレーお好きですか? 初めて作るので覚悟してください」と言って、キッチンの方に体を翻した。

 

そのカレーは、凄まじいものだった。覚悟がぶっ飛んだ。

恵実は肉、タマネギ、ニンジン、ジャガイモを炒めることをせずに、沸騰した鍋に投げ入れたのだ。カレールーも一緒にぶち込んだ。

煮込んだら灰汁が必ず出る。しかし、恵実は灰汁を取ろうともせず煮込みっぱなしなのだ。味見もしない。

そして、味見をしていないカレーが、尾崎と私の前に出された。要するに、我々二人が毒味役ということだ。

一口食って、私たちは死んだ。

「マズい」という言葉さえ控えめに思えるほど、それは確実に「毒」だった。煮込んだわりには、肉も野菜も異常に硬くて、噛むのが容易ではなかった。

さらに、味が殺人的にひどかった。カレーというのは、誰が作ってもそれなりの味になるものだ。つまり、平均点を取りやすい料理だ。

しかし、恵実の作ったものは一口目はカレーの味がしたが、二口目からは生臭さしか感じなかった。口の中に生臭さが充満し、鼻にもその生臭さが侵入してきて、喉が飲み込むことを拒否するくらいのゴミ料理だった。

 

悪いけど、これは、おもてなしではないですね。おもてではなく裏。裏切りの料理ですよ。

俺が作り直します。俺の手順をよく見て覚えてください。

私がきついことを言っても恵実はふてくされることなく、台所の引き出しからメモ用紙を出し、私の目を真っ直ぐ見ながらうなづいた。

その姿を見て、気の強さが、いい方向に作用している人だな、と思った。気は強いが、我は強くない。

 

それからのち私は、一月に一度の頻度で尾崎の家を訪れ、恵実に料理を伝授した。

まずは、様々なソースを教えた。たとえばホワイトソース。グラタン、クリームシチュー、チーズフォンデュ、クリームコロッケ、パイ生地を使ったつぼ焼き、ドリア、ラザニアなどに応用できる。

デミグラスソース。ハンバーグ、ビーフシチュー、オムライス、ハヤシライス、パスタなどに応用できる。

昆布ダシ、かつおダシ、煮干ダシ、あごダシ。味噌汁、煮物、うどん、ソバ、おでん、カレーなどに応用できる。

鶏ガラと長ネギを煮込んでとった中華スープ。ラーメン、チャーハン、麻婆豆腐、ニラ玉あんかけなどに使える。

さらに、食材を焼く、煮る、炒めるなどの基本。千切り、みじん切り、短冊切り、いちょう切りなどの切る基本。電子レンジを使っての時短の仕込み。調味料を使う順番。肉を柔らかくするための下準備。揚げ物の衣をサクッと揚げる方法。

これらを応用すれば、料理のバリエーションが何十倍にも増える。料理は応用化学だ。その楽しさを知れば、料理が必ず好きになる。

 

尾崎の妻の恵実は、応用が利く人だったようだ。私が教えたのは5ヶ月、5回だけだったが、瞬く間に料理の腕が上達した。

5ヶ月前までは生臭いカレーしか作れなかった人が、プロに負けないくらいのスパイスが程よく効いた春野菜のスープカレーを作ったのだ。

「まるで別人じゃないか」と尾崎が驚いた。

 

今回作ってくれたのは、イカめし9人前。タコのマリネ。油ものが好きな私のために、カキフライ、野菜の天ぷら、アジフライ、メンチカツ、唐揚げだ。

恵実の作るイカめしは絶品だ。私もイカめしを作るが、完成度は恵実のものには敵わない。おそらく名物のイカめしといい勝負なのではないだろうか。

このイカめしは、今回唯一私がリクエストしたものだった。私は、これを5人前は食える自信がある。

イカ好きの娘は、食って感激し、恵実に早速レシピを聞いていた。

 

イカめしに食らいついているとき、尾崎のガキどもが突然立ち上がって、ハッピバースデーの歌を歌い出した。しかも3度3度でハモってるではないか。恐るべし、9歳、6歳、4歳のガキども。

歌い終わって、ガキどもがラッピングされた紙袋をくれた。

「サトル、おめでとう」パチパチパチ。

尾崎のガキどもは、自分の親を「リュウイチ」「メグミ」と呼んだ。そして、親しみを感じた人をファーストネームで呼んだ。つまり、私に親しみを感じているようなのだ。照れますな。

紙袋を開けてみた。ザバスのプロテインが入っていた。ココア味だ。バースデーカードも入っていた。

「これのんでふとれ。やせすぎなんだよ」

おそらくカゲトラが書いたと思われる。字がニョロニョロしていた。

ありがとう、と頭を下げた。

 

しかし、そのプレゼントを見て、頭を抱えた二人がいた。

私の息子と娘だ。

「かぶった〜〜!」

「かぶっちまったよ〜」と泣き真似をした娘が、綺麗にラッピングした袋を私に放り投げた。

開けてみたら、ザバスのプロテインが入っていた。ヨーグルト味だ。バースデーカードも。

「緊急指令  太るんじゃ!」

そんなに俺って、痩せてる?

全員が、高速でうなずいた。

 

しかし、プロテインだけで太りますかね。

「人並みに食えば太るんだよ」と尾崎(おまえも痩せてるけどな)。

そして、大皿に盛った天ぷらを私の前に押し出した。

「これは、おまえのものだ。全部食え。そのあと、俺たちの目の前でザバスを2杯飲め。今日はお前の『太ります記念日』だ。これだけの人が、おまえを心配してるんだ。怠けるんじゃねえぞ」

 

 

誕生日に、太れ、と命令される。

 

思いもよらないことザバス。

 

 

 


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