松浦亜弥というアイドル歌手がいる(いた?)。
私は、彼女のことが大嫌いで、好きだった。
意味不明な表現だと思うが、その理由はこうだ。
彼女の人気絶頂の頃、あの笑顔が苦手だった。
私には、あの笑顔が完全に作り物のように思えたのだ。
この子は、相当厚い鎧を着込んでいるな、とも思った。
無理して作った笑顔の下に、何を隠しているんだ、と思った。
テレビや映像媒体に出てくる人は、何かしら自己を過剰に演出するのは、職業柄当然だと思う。
しかし、私はこの人の自己演出には、過剰よりも「痛々しさ」を感じてしまったのである。
だから、感覚的に、彼女のことを受け入れることができなかった。
(痛々しい笑顔など見たくない、というのが私の独りよがりの思い込みだということは、もちろんわかっている)
彼女が歌う楽曲のレベルも平均以下だったから、尚さら私は彼女に対して批判的だった。
本当に嫌いだった。
ただ、松浦亜弥の歌手としての才能は認めていた。
お粗末な曲でも、彼女なりに理解して安定した歌唱を見せていたと思う。
音程は乱れなかったし、リズム感も悪くなかった。
声量はなかったが、音の抑揚の付け方をよく知った歌い方だと思った。
つまり、歌手としての根本的な才能は、あったのだ。
しかし、提供された楽曲のお粗末さ。
日本では、なぜかアイドルは歌が下手だ、という根強い偏見がある。
だから、曲がお粗末だと、その歌手の歌唱力もお粗末だと思われがちである。
松浦亜弥などは、その典型ではないか、と思われる。
それは、実は安易な方法でしか売り出すことができないプロデューサーの能力の問題なのだ。
松田聖子のように、図太く私生活さえもセルフ・プロデュースできる人は、ごく稀である。
普通の歌い手は、プロデューサーや音楽ディレクターの能力に頼らざるを得ない。
プロデューサーが、己れの生産能力を遥かに超えた楽曲を粗製濫造していたら、下手な鉄砲も確実に錆び付く。
おそらく彼女は、その犠牲になったのだろう、と私は勝手に推測している。
松浦亜弥が、いま何歳で、いま何をしているのか、私は知らない。
もし、30歳を超えていないのであれば、まだ勉強する時間は多分に残されているのではないか、と思う。
痛々しい笑顔に頼らずに、自分の作り出した世界を彼女だけの表現方法で歌に良質な息吹を吹き込むことは、彼女くらいの才能があれば難しいことではないはずだ。
才能を持った歌手が、偏見の闇の中で埋もれていく姿を見るのは、気持ちいいものではない。
私は、彼女のことが大嫌いで、好きだった。
意味不明な表現だと思うが、その理由はこうだ。
彼女の人気絶頂の頃、あの笑顔が苦手だった。
私には、あの笑顔が完全に作り物のように思えたのだ。
この子は、相当厚い鎧を着込んでいるな、とも思った。
無理して作った笑顔の下に、何を隠しているんだ、と思った。
テレビや映像媒体に出てくる人は、何かしら自己を過剰に演出するのは、職業柄当然だと思う。
しかし、私はこの人の自己演出には、過剰よりも「痛々しさ」を感じてしまったのである。
だから、感覚的に、彼女のことを受け入れることができなかった。
(痛々しい笑顔など見たくない、というのが私の独りよがりの思い込みだということは、もちろんわかっている)
彼女が歌う楽曲のレベルも平均以下だったから、尚さら私は彼女に対して批判的だった。
本当に嫌いだった。
ただ、松浦亜弥の歌手としての才能は認めていた。
お粗末な曲でも、彼女なりに理解して安定した歌唱を見せていたと思う。
音程は乱れなかったし、リズム感も悪くなかった。
声量はなかったが、音の抑揚の付け方をよく知った歌い方だと思った。
つまり、歌手としての根本的な才能は、あったのだ。
しかし、提供された楽曲のお粗末さ。
日本では、なぜかアイドルは歌が下手だ、という根強い偏見がある。
だから、曲がお粗末だと、その歌手の歌唱力もお粗末だと思われがちである。
松浦亜弥などは、その典型ではないか、と思われる。
それは、実は安易な方法でしか売り出すことができないプロデューサーの能力の問題なのだ。
松田聖子のように、図太く私生活さえもセルフ・プロデュースできる人は、ごく稀である。
普通の歌い手は、プロデューサーや音楽ディレクターの能力に頼らざるを得ない。
プロデューサーが、己れの生産能力を遥かに超えた楽曲を粗製濫造していたら、下手な鉄砲も確実に錆び付く。
おそらく彼女は、その犠牲になったのだろう、と私は勝手に推測している。
松浦亜弥が、いま何歳で、いま何をしているのか、私は知らない。
もし、30歳を超えていないのであれば、まだ勉強する時間は多分に残されているのではないか、と思う。
痛々しい笑顔に頼らずに、自分の作り出した世界を彼女だけの表現方法で歌に良質な息吹を吹き込むことは、彼女くらいの才能があれば難しいことではないはずだ。
才能を持った歌手が、偏見の闇の中で埋もれていく姿を見るのは、気持ちいいものではない。