
北欧と結婚した女性
デンマーク女王 マルグレーテ1世
1353~1412/在位 (ノルウェー王妃)1363~1380 (スウェーデン王妃)1362~1364
(デンマーク女王)1375~1412 (ノルウェー女王)1388~1412
(スウェーデン女王)1389~1412
マルグレーテは本来摂政で即位も戴冠もしていません。
でも “ 1世 ” となっていますし、君主以外の何者でもないということで
女王としてご紹介します。
ヴァルデマー4世最大のミステイクは、虎視眈々と王位をねらう人々が溢れる中
後継ぎの王子を遺していかなかった…ということかしら?
遺された王の子は、すでに嫁いだ娘ふたりだけでした(王子は早世)

マルグレーテは10歳の時に23歳のノルウェー王ホーコン6世に嫁ぎました。
この方、他の女王や女帝と違って恋愛エピソードがほとんど無いのです。
夫のと仲睦まじいお話も未亡人になってからのロマンスも無くて、ほぼ政治一色。
だから政治にさら~と触れてみますね。
マルグレーテといえば “ カルマル連合 ” ですね。
1375年、ヴァルデマー4世が亡くなると、姉インガボーの夫ハインリヒ3世が
「うちの子でしょ!」と言うのもきかず我が子オーロフを即位させることに成功します。
これは、王は幼いし(5歳)摂政のマルグレーテは若いし(22歳)
好き勝手に操れるとデンマークの貴族が考えたからです。
しかしその考えは甘かった! マルグレーテはすごいやり手でありました。
1380年、ノルウェー王ホーコン6世が亡くなりました。
で、これもオーロフが継ぐでしょ…これでデンマークとノルウェー。
スウェーデンは少しもめまして、すでにメクレンブルク家のアルブレヒトが
王になっていました。
(姉インゲボーの息子ではないアルブレヒトです。詳しくはスウェーデン編で)
ここで反アルブレヒト派貴族の要請を受けて戦い、晴れてオーロフに…
と思ったところでオーロフが急死します。
マルグレーテは息子を王にするために継承権は放棄していました。
どうする? せっかく三国の支配者になれるのに…
そこでマルグレーテは、インゲボーの娘マリアの息子エーリクを後継者にして
自分は摂政のまま “ 北欧三国の女支配者 ” として君臨し続けました。
この時、三国の有力貴族をカルマルに集めて承認させたことから
カルマル連合ができあがったというわけです。
さらに、イングランドとも同盟も結ぼうと考えたマルグレーテは
エーリクとヘンリー4世王女フィリッパの結婚を実現します。
本当はダブル結婚が良かったんだけど、それは失敗に終わったみたい…
1412年、フレンスブルク港に停泊中の船上で急死しました。
ペストが原因だということです。
ね、女性らしいエピソードがないでしょ?
美しく着飾った肖像画もないし。
バリバリの政治家人生を生きた、という印象しかありません。
偉大な女性の恋のお話も知りたいような気がしますね。
(参考文献 菅原邦城氏『世界の王宮とヒロイン(マルグレーテ1世)』
武田龍夫氏『物語北欧の歴史』 Wikipedia英語版)
デンマーク女王 マルグレーテ1世
1353~1412/在位 (ノルウェー王妃)1363~1380 (スウェーデン王妃)1362~1364
(デンマーク女王)1375~1412 (ノルウェー女王)1388~1412
(スウェーデン女王)1389~1412
マルグレーテは本来摂政で即位も戴冠もしていません。
でも “ 1世 ” となっていますし、君主以外の何者でもないということで
女王としてご紹介します。
ヴァルデマー4世最大のミステイクは、虎視眈々と王位をねらう人々が溢れる中
後継ぎの王子を遺していかなかった…ということかしら?
遺された王の子は、すでに嫁いだ娘ふたりだけでした(王子は早世)

マルグレーテは10歳の時に23歳のノルウェー王ホーコン6世に嫁ぎました。
この方、他の女王や女帝と違って恋愛エピソードがほとんど無いのです。
夫のと仲睦まじいお話も未亡人になってからのロマンスも無くて、ほぼ政治一色。
だから政治にさら~と触れてみますね。
マルグレーテといえば “ カルマル連合 ” ですね。
1375年、ヴァルデマー4世が亡くなると、姉インガボーの夫ハインリヒ3世が
「うちの子でしょ!」と言うのもきかず我が子オーロフを即位させることに成功します。
これは、王は幼いし(5歳)摂政のマルグレーテは若いし(22歳)
好き勝手に操れるとデンマークの貴族が考えたからです。
しかしその考えは甘かった! マルグレーテはすごいやり手でありました。
1380年、ノルウェー王ホーコン6世が亡くなりました。
で、これもオーロフが継ぐでしょ…これでデンマークとノルウェー。
スウェーデンは少しもめまして、すでにメクレンブルク家のアルブレヒトが
王になっていました。
(姉インゲボーの息子ではないアルブレヒトです。詳しくはスウェーデン編で)
ここで反アルブレヒト派貴族の要請を受けて戦い、晴れてオーロフに…
と思ったところでオーロフが急死します。
マルグレーテは息子を王にするために継承権は放棄していました。
どうする? せっかく三国の支配者になれるのに…

そこでマルグレーテは、インゲボーの娘マリアの息子エーリクを後継者にして
自分は摂政のまま “ 北欧三国の女支配者 ” として君臨し続けました。
この時、三国の有力貴族をカルマルに集めて承認させたことから
カルマル連合ができあがったというわけです。
さらに、イングランドとも同盟も結ぼうと考えたマルグレーテは
エーリクとヘンリー4世王女フィリッパの結婚を実現します。
本当はダブル結婚が良かったんだけど、それは失敗に終わったみたい…
1412年、フレンスブルク港に停泊中の船上で急死しました。
ペストが原因だということです。
ね、女性らしいエピソードがないでしょ?
美しく着飾った肖像画もないし。
バリバリの政治家人生を生きた、という印象しかありません。
偉大な女性の恋のお話も知りたいような気がしますね。
(参考文献 菅原邦城氏『世界の王宮とヒロイン(マルグレーテ1世)』
武田龍夫氏『物語北欧の歴史』 Wikipedia英語版)
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