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デンマーク王クリスチャン10世妃 アレクサンドリーネ

2010-04-11 01:45:19 | デンマーク王妃
デンマーク近代王室の幕開け
クリスチャン10世妃 アレクサンドリーネ・アウグステ
             アフ・メクレンブルク=シュヴェリーン


1879~1952/在位 1912~1947

アレクサンドリーネはメクレンブルク=シュヴェリーン大公フリードリヒ・フランツ3世と
ロシア皇帝ニコライ1世皇女アナスタシアの公女でした。

         

1898年にクリスチャンと結婚しました。

1902年、ふたりはマルセリスボー城を贈られます。
城の庭園はアレクサンドリーネが生涯を通じて愛情を注いだもののひとつでした。

時代は不穏になりつつあり、デンマークもドイツ、スウェーデンとの関係や
王の権限の低下などで、王家は大事な時期にさしかかっていました。
アレクサンドリーネは政治的なことにはあまり関心がありませんでしたが
夫のサポートは怠らなかったようです。

第一次大戦は中立を守って乗り切ったクリスチャンでしたが
シュレスヴィヒとホルシュタインの併合で議会と対立して国内が混乱し
結果、即位後10年足らずで政治的な権限はほとんど無くなります。
現代の日本と同じく、象徴的な国王となりました。

アレクサンドリーネは夫のサポートのかたわら、音楽業界の保護に精を出しました。
また、刺繍も有名で、慈善目的のため屡々売られたこともありました。
Made by Queen なんて素敵じゃない! もったいなくて使えないわね

ゴルフとカメラが大好きなモダ~ンな一面もあります。

義母ルイーセを見習い慈善活動にも力を注いだアレクサンドリーネは
第一次大戦中に、貧しい家族のために女王立委員会を組織しました。
ルイーセの死後は基金を引き継ぎ、慈善団体を設立しました。

第二次大戦中は亡命せず、ナチ占領下の市街を歩き
ドイツ軍を恐れることなくやりあい、反ナチス派の擁護もしたということで
クリスチャン10世は一躍国民の拠り所になりました。

1946年にはふたりで国内をまわり、ものすっっごい歓迎をうけました。
国によって事情が違いますから、やむを得ず亡命した王がいても仕方ありませんけど
やっぱりそばに居てくれたら心強いですよね。

即位当時は人気が薄めだったクリスチャン10世は
国民に愛される王として、1947年亡くなりました。

アレクサンドリーネは、王の死後もQueenの称号を保持した
最初のデンマーク王未亡人でした。

              
                後年の王妃。シックです

お写真で見ると、楚々としてお部屋でお茶ばかり飲んでいそうな
The 王妃ってかんじに見えますけど、行動派でアグレッシブな方だったんですね。
まさに、近代王室の幕開けに相応しい王妃ではないかと思います。

(参考文献 武田龍夫氏『物語北欧の歴史』 Wikipedia英語版)

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