まりっぺのお気楽読書

読書感想文と家系図のブログ。
ゆる~い気持ちでお読み下さい。

デンマーク王クリスチャン8世妃 カロリーネ

2010-04-02 23:33:36 | デンマーク王妃
前妃とはうって変わった模範的王妃
クリスチャン8世妃 カロリーネ・アマーリエ・アフ
        シュレスヴィヒ=ホルステン=アウグステンブルク


1796~1881/在位 1839~1848

カロリーネの母はクリスチャン7世王女ルイーセで
前妃シャルロッテ同様、クリスチャン8世とはいとこ同士になります。

         

1814年にノルウェー王を退位したばかりのクリスチャンと婚約し
1815年に結婚しました。

クリスチャン8世はノルウェー王時代に自由憲法の制定に加わった人でもありますが
ノルウェーがスウェーデンとの連合国家になったためデンマークに帰国、
デンマークの絶対君主制も揺らぎ始めて…どうでもよくなったのかしらね?
鉱物学や地質学に身をやつすようになります。

クリスチャン8世が、王としてより名高い学者として名を上げていく一方
カロリーネは音楽家としてピアノ曲の作曲に励みました。
ヨーロッパ旅行にも夫婦で度々出かけました。
アカデミックな王夫妻…現代の王室に通じるものがありますね。

1839年、フレデリク6世が嫡子を遺さず亡くなったことでクリスチャンが即位しました。

カロリーネは公的な催しや慈善事業に精力的で、特に孤児たちの支援に力を注ぎました。
デンマーク聖職者教会の保護者としても活動していていました。

デンマークがホルシュタインと争っていた間は敵意に晒されたこともありましたが
生涯を通じて国民からは概ね人気がありました。

1848年、クリスチャン8世が亡くなり未亡人になります。
継子のフレデリク7世よりも長生きし、1881年に亡くなりました。

象徴型王室の王妃にはもってこいの女性じゃないでしょうか?

(参考文献 武田龍夫氏『物語北欧の歴史』 Wikipedia英語版)

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« デンマーク王クリスチャン8世... | トップ | 2010年の桜 »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
デンマーク王室と童話作家・アンデルセンの関係について (マリアンヌ)
2010-04-03 01:00:17
まりっぺ様、こんばんわ。

上海での万博にアンデルセンの有名な像がデンマーク史上初めて国外に持ち出される、というニュースを見て思い出した事があるのです。

それは、今から20年くらい前に朝日新聞の海外こぼれ話に載っていたのですが、あのアンデルセン、デンマーク王室の誰かが産んだ’隠し子’というのです。国王の隠し子の可能性もある、という事です。
デンマーク王室で言えば、シャルロッテやマリー・ソフィーの時代に起こった出来事なんですけど、真実はどうなんでしょうかね。
もう一つ「ダカーポ」という今は無き雑誌にも、この記事書かれていたにですけど、「ダカーポ」には、アンデルセンは一般庶民には考えられない程の特権が与えられていた、とも書かれていたのです。
真相はどうなのでしょうか?

アンデルセン、いろいろな童話書いてきましたけれど、アンデルセン自身が「童話の人」なんだなあ、と思っているのです。
返信する
アンデルセン (マリッペ)
2010-04-04 18:37:31
こんにちわ

さすがアンデルセン、いろいろ逸話があるんですね。
武田先生の本でもアンデルセンで2ページ割いてありまして、それによるとアンデルセンの祖父母は精神的に病んでいたらしく、特に祖母には虚言癖があったそうです。
祖父母による妄想…っていうのもあり得ますね?

あるいは母親が私生児だったそうで、もしかして高貴な方の娘という考え方もできますよね?

ロシア皇帝アレクサンドル3世妃マリーヤがお嫁入りの際には直々にお見送りをしているので、やっぱり関係があったのかも…

アンデルセンは読んだことがなくて、子供のころアニメで見ていたのですが、あの莫大な量の物語を作るとは恐れ入ります。
きっと北欧神話なんかもベースになっているんでしょうね?
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

デンマーク王妃」カテゴリの最新記事