ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

ディズニーランドで暮らすには

2007-10-02 01:00:34 | ものがたり


 東京ディズニーランドで暮らしてみたい、なんて言ったら、よほどあの遊園地が好きなのだろうと思われそうであるが、そういうことは全然無い。あのような場所で遊んで面白く感ずるような感性を失ったのは、とうの昔だ。

 浦安にあるあの場所に行った事は、実は我が生涯に二度ほどあるのだが、どちらも付き合っていた女の歓心を買うのが目的で、私の趣味では全然無いのだ。
 だったらそんな場所で何故暮らしたいのだ、と問われても、ズバリの回答は思いつけない。なんとかコトバにしてみれば、出来るだけ広大な非日常の世界の中で、無味乾燥な日常を送ってみたいのだ、とでも。これでも、何の説明にもなっていないな。

 そもそも、どうやってあの中で暮らすのかといえば、なんか山の間を巡る西部開拓時代の蒸気機関車、みたいなアトラクションがあるでしょ。あの”山”の上の方に立っている書割り風のセットの家、あの中にこっそり、客にみつからないようにするから住まわせてくれないものかと思うのである。
 家のような形をしているが、まあ、実体は小さなものだろう。中が、たとえば四畳半くらいのものだったらちょうど良いや、学生時代を思い出して中に四枚半の畳をひいて、布団など持ち込むのである。ガス、水道など引いていただいて、簡単な炊事などさせていただけるとありがたいのだが。
 トイレは、園内のものを使うわけだが、”山の家”から出てくる姿を入園者に見られてはまずいだろうから、山陰に簡単な隠れ道など作ってもらうしかない。風呂は、何しろあれほどの規模の施設だ、おそらく当直する従業員用のものがありはしないか?そいつを同様に使わせてもらう。

 さて朝。”西部の山”に建つ”山小屋”の中に隠された四畳半下宿の万年床の中で目覚めた私は、二日酔いに苦しめられつつ(昨日の接待はきつかった)顔を洗い、朝食を食べ、そして山陰の道を通って、もう押し寄せてきている来園者を横目に、管理事務所の裏口なんかから園の外に出る。ディズニーランド詣での客たちのために、東京駅からの直通バスが運行されていたから、あれを通勤に利用させてもらおう。
 都心に出てする仕事は、もう、何のやりがいも無い灰色の仕事であって欲しい。

 夕方、その仕事に心身をすり減らして一日を終え、私は再びディズニーランド行きのバスの乗客となる。同乗者たちは、夜のディズニーランド観光を楽しみにするアベックたちだったりする。疲れ果て、浮かない顔をしてバスの座席に腰を下ろしているのは、もちろん、私一人である。
 やがてバスはディズニーランドに帰り着き(私以外の乗客にとっては、”到着”である、当然)私は、エレクトリカル・パレードとかなんとかいったものに熱狂する来園者たちを掻き分け、園内の目立たない道を辿って、山上の我が家に帰る。

 部屋に帰り着き、手に提げたコンビニの袋から出した缶ビールをプシュと開け、エビフライ弁当560円なり、を食べたりしよう。インスタントラーメンでもいいだろう。カップものではなく、袋入りのものがいい。作った鍋に割り箸を直接、突っ込み、食う、70年大学生風スタイル。
 部屋の隅の古びたテレビで野球の中継を見る。興味も無いチーム同士のどうでもいい消化試合を、いかにもつまらなそうに見よう。”下界”からの喧騒を遠く聞きながら。
 夜が更ければ、万年床にもぐりこんで眠る。
 園内の施設で遊んだりは、一切しない。そんな事のために東京ディズニーランドの住人になったのではないからだ。

 休みの日には、ディズニーランドの近くの海にでも行ってみよう。あるだろう何か、近くに。とりあえず、波打ち際くらい。別に行楽の名所などでなくても十分。汚れ放題でもかまわない。大量の水をたたえた空間の広がりがそこにあればそれで十分。その場所で一日中、空白の時を過ごそう。


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