ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

夜の巷の冥い歌

2011-05-04 02:26:33 | 時事


 あれは私がまだ毎日、真面目に仕事とかしていた頃だから、もうずいぶん前の話になる。

 ともかく私はその時、当時流行りだったフィリピン・パブなんてところへ出張して、カウンターの中に頭を突っ込み、依頼された作業などしていたわけだ。
 まだ開店準備中の店内は薄暗く、有線の演歌が控えめなボリュームでBGM的に流れていた。ママもまだ店には来ていず、フィリピン人のホステスが二人、ダラダラ店の掃除をしながら、の~~~んびり世間話を故郷フィリピンのタガログ語でしていた。
 私は作業しながらその二人の、もちろん内容なんかまったく分からない会話を盗み聞きし、「へえ、タガログ語ってのは、こうしてのんびり聞いてみると、まるで天国から降ってくるみたいな極楽感のある響きをしてるんだな」などと感心して聞いていたんだ。

 まあ、動き出す直前の歓楽街独特のダルい時間が流れていたんだが。その時私は気がついたんだよ。店のBGMがさっきから、妙に陰気くさい音楽を流していることに。
 そいつは音楽の形式で言えば”音頭”という奴だった。三波春夫先生が得意としていた”東京オリンピック音頭”とか、そういうタグイのものだね。国のマツリゴトから桜が咲いたとかなんでもいい、ともかくすべての出来事はおめでたい、という思想に元ずき、浮かれて歌ってしまおうって音楽だ。いや、真面目に研究すればもっと深いものがあるんだろうけどさ。

 ともかく有線から低い音量で店内に流れていたのは、そのタグイのおめでたい曲調の音頭だったんだけど、な~んかその出来が変なんだな。歌っているのは男の演歌歌手らしいんだけど、その調子が実に暗いのだ。
 口の中でモゾモゾ、不明瞭なこもり方をする歌唱法で、なんだか申しわけなさそうに聴こえる情けない歌声を響かせている。
 歌詞内容は、なにやら関西のほうで大きな祭りがある、さあさ皆さん集まって、めでたい祭りを祝いましょ、みたいな歌詞だったと記憶しているのだが。ともかく、その歌手の陰々滅々とした歌声のせいで、聴けば聴くほどうら寂しい気分に襲われて行く音頭だった。めでたい事を歌っているはずなのに、まるで歌われているその地方で昔、非常に悲しいことがあって、その事美を悲しんでいるみたいにさえ、聴こえていた。

 そいつが、薄暗い開店前のフィリピン・パブの店内に聴こえるか聴こえないか位の音量で殷々と流れて行く。なんだかやりきれない気分になってきたが、「有線のチャンネルを変えようよ」と言うにしても、フィリピン人のホステス二人に、この事情を理解できるように説明するのはいかにも面倒だ。しょうがないから倍速で仕事を済ませてカウンターから這い出、ホステスの一人に伝票にサインを貰って帰ってきたのだが。
 後日、あれこれ調べてみはしたが、そのような歌の存在を確認は出来なかった。それは、日本に存在するすべての曲に当たれたわけでもなし、調べ洩らしもあるだろうけど。けど現実問題としてあんな辛気臭い音頭があるものか、とは思う。

 そして、あの阪神淡路大震災が起こったのは、それから数日後のある朝だった。私は嫌な湿り気を心に生じさせつつ、それなりの得心をした。あ、「関西で」ってのは、これのことだったのか。あの歌はこの災害を予言していたのか。
 それを、陰気くさい歌声で「でかい祭り」とか「めでたいことがある」と歌うなんて、なんと社会に対する悪意に溢れた趣向だろうか。
 お前は何を書いているのだ、とそろそろ怒る人がいても無理はないって感じだが、いや、以上のような事を、まあ妄想なら妄想でかまわないが、私が確かに体験してしまったのだから仕方がない。

 ともかくですね、不吉な未来を予言する正体不明の、誰も歌った覚えのない歌が、その出所を人に知られることもなく、紅灯の巷で泥酔者の隙を見てはスピーカーから流れ出ている、そんなイメージなんですが。それはそれ以来、大規模で悲惨な社会的事件がおこるたびに私の頭の隅を横切る、陰気な切り絵の様なものとなったのだ。
 で・・・今回の東北を襲った地震を予言するような歌など、聞かれた方はおられませんかねえ?
 いやまあ、これだけの話ですよ。拡散、希望しません。書くこと自体、不謹慎なんだからね。いや、お気を悪くされたらすみません。






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