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ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

ダライ・ラマ少女、韓国を翔ぶ

2012-10-09 03:12:07 | アジア

 ”Diary”by Riaa

 韓国の女性ボーカルものをあれこれ聴いているけれど、好きというより一番気になるのがこのコ、Riaa嬢なのであって。気になるというより、彼女を聞いているのが一番刺激的に感ぜられるというべきか。
 それは韓国の人々にとっても同じだったようで、デビュー時、まだハタチそこそこの彼女の生涯を扱ったドキュメンタリー特番が制作され、テレビで流れた、なんて話もある。何がそんなに人々の関心を集めたかといえば、彼女が事情あってインドで幼少時代を過ごし、ティーンエイジャーになってから韓国に帰った、つまりちょっと変わった国からの帰国子女だったからで。

 ほどなくロック歌手として世に出た彼女は、その特殊事情を正面に押したて、チベット風のファッションに身を包み、ダライラマの思想に影響を受けたユートピア・イメージを語り、自らの音楽のテーマともして、おおいに大韓の人々をケムに巻いたものであります。いや、彼女は本気でやっていたわけですが。
 その他、元気はいいけど、ちょっと風変わり・・・くらいではすまない素っ頓狂なボーカルスタイル。気まぐれに発せられる裏声はそのままはるか天国に吸い込まれてゆくようで。また、これは韓国語がわからない身の上には想像するしかないが、ダライラマ影響下の歌詞も相当なものらしい。

 そのへんの”異物”具合がなんとも同時代人としての私には爽快に感じられて、彼女が、かの隣国にいる、と思うだけで愉快になってしまうのであります。なんというのかな、韓国人という枠にとらわれない、というかはじめからそのような発想を持ち合わせない彼女のすっ飛び具合に拍手せずにはいられない気分なのであります。
 という訳で、豪快にタイ焼き食って笑っているジャケの、これが1997年に発表されたRiaa嬢のデビュー・アルバム。こうして韓国人でありながら韓国では異邦人、という不思議少女アリスぶりの彼女の冒険行は、ここに幕を切って落とされたのでした。さて、この先のお話は、また機会がありましたら。



失恋無罪

2012-10-04 05:12:26 | アジア

 ”失恋無罪”by 黄麗玲

 そういやこの時期、思い出すと微妙な気分になる曲というのがあったんでした。
 失恋無罪。台湾の先住民出身の歌い手、ALinこと黄麗玲(ホァン・リーリン)の、2006年のデビュー曲。

 同じく先住民の血を引く歌手である、彼女の最新盤はすでにとりあげましたが、張恵妹ことアーメイが先に人気者となっていたんで、同じ山地民族出身のアーリンも柳の下のなんとやら狙い、なんて思われてもいたそうな。いや実際、そんな企画物としてのデビューだったのかも知れません。
 が、その後、歌の実力を伸ばし、充実したアルバムなど発表もして、彼女なりの個性を確立して行く訳ですが。

 改めて曲を、歌詞の読める漢字を拾いながら聴いてゆくと、やっぱりこれは、あのデモに使われた「愛国無罪」って言葉のパロディなんでしょうか。なんとも微妙なところを突いていると、まあ、中国語に堪能でもないこちらの勝手な深読みもおそらくありで、しりこそばゆい気分にならずにはいられなかったりします。

 どうなんでしょう、我々もいっそ、「××無罪」なるスローガン叫んで突入すべきどこかがあるのではないか?なんて考えたりしませんか。
 その際、「××」には、どのような文字が入るのだろう?そして、毛沢東の肖像画の代わりに我々が掲げるべきは一体何なのだろう?ねえ、なんだと思いますか?




アンニョン・ボヘミアン

2012-09-29 04:46:28 | アジア

 ”Goodbye Bohemian”by Nagyeom

 深夜、ネットで韓国の女性ボーカルCDを物色していた際、なんとなくジャケ写真が気になる、という形でこのアルバムと出会ったのだった。
 ジャケに写っている歌い手の、真紅のワンピースと金色に染めた髪のほのめかす奔放な性のイメージが、かの国の歌い手としては物珍しいと感じられ、これは結構な遊び人の女ではあるまいか、などというこちらの不埒な好奇心をそそられたのだった。
 もっともその後、それ以外の写真やYou-tubeの映像などで知った彼女の素顔は、幼いというか無垢な少女のそれであって、その件に関しては当方の想像は全くの見当違いということになるのだが。

 彼女、Nagyom嬢の奇矯な服装をしたり金髪にしたりする行為はむしろ、やや”不思議ちゃん”っぽい彼女の個性を象徴するものと考えていいようだった。
 それは彼女の歌の世界も同様であって。
 軽やかにボサノバのリズムを刻むガットギターの響き。のどかで懐かしいメロディを奏でる、アコーディオンやハーモニカ。そして、ほんわかとシャボン玉のように湧き出し、フワフワと空を舞うようなNagyom嬢のボーカル。
 なんともほのぼのとして、幼い時の夢の世界に地続きで歩いて行けそうな彼女の歌世界に、”期待はずれ”もどこへやら、私はすっかり和まされたものだった。

 歌詞内容がどのようなものか分からないのがもどかしいのだが、特にタイトルナンバーである”さよならボヘミアン”などの内容が分からないのがなんとも口惜しいのだが、”錆びた鉄道””自転車旅行”などの曲タイトルから、マイペースな女の子のほんわりとした夢想などがテーマとなっているのだろうと、曲調がそんな感じであるゆえ、なんとか想像をつけてみるのである。

 いずれにせよ、韓国歌謡の深々とした情念の世界(そいつが魅力ではあるのだが)とは正反対の世界にあるかと思われる、Nagyom嬢の歌世界の軽やかさ。
 フワフワと風に吹かれるまま、どこまでも気ままに飛び行くタンポポの種のような彼女の歌の、そのこだわりのない身軽さが振りまく春風が、いつか凍り付いた岩盤を穿ち、すべてを自由に向かって解き放つ日もまた来るのではないか、などと呟いてみる昼寝の夢なのであった。





ハングル・ソウル・バラードの10年

2012-09-28 01:58:13 | アジア

 ”The Best Collection : 2000-2011”by Lee Eun Mee

 イ・ウンミという歌手は重厚なサウンドをバックに、壮大な曲想のソウルっぽいバラードを、いかにも韓国女性らしいブットイ声帯から繰り出されるハスキーな歌声で真正面から叩きつけてくる人、というイメージが私にはあったのだが、この10年余の発表曲をまとめたこのアルバムを聴く限り、最近の活動はずいぶん趣きを異にしていたようだ。
 ジャケの雪の積もった並木道、私はネットCD店のカタログで見た際、勝手に韓国の学生街の一風景と思い込んでいたのだが、現物を手に入れてみると、ニューヨークかどこかのようだ。まあ、同じ事なんだけどね、雑なこと言ってすみませんが。

 ともかく。降り積む雪の道を行く人々がいる風景。シンとした空気の感触が伝わってくるような道が広がっている。このアルバムはそんなアルバム。
 このアルバムに収められているのは、ピアノやギター一本をバックに、静かに孤独を握り締め、自分に語りかけるようなイ・ウンミの内省的な歌声である。それは、内ジャケに掲載されている、雪に覆われた異国の街角を行く彼女自身の姿にオーバーラップしてくる。音楽によって、静かに自らとの対話を繰り返す、イ・ウンミ。

 各曲のタイトルを見ても、「罪人」「古い記憶」「無情ブルース」「別れている途中です」などなど。「ウエディング・ドレス」なんてユメユメしい内容であってもいいタイトルの曲も、聴いてみればマイナー・キーの暗いシャンソン調のワルツであり、しかもそのすぐあとにひかえているのは「結婚しなくてよかったでしょ」なる物騒な?タイトルの曲であり、という具合。
 アルバムのどの部分にも、ほろ苦き人生の裏表がじっくりと歌いこまれているようだ。まだ一回通して聴いただけだけれど、この先、じっくりと付き合えそうな気がする盤ではある。

 もっとも、終わり近くに収められた「ノクターン」「恋人います」みたいな、これまで彼女が得意にしてきたような熱唱型のバラードを、どうしても聴き返したくなってしまうんだっけれどね。やっぱりすごいもの、この迫力は。




アルメニア交差点

2012-09-25 02:33:13 | アジア

 ”Asta La Vista”by Anahit Simonyan

 とりあえず、書いた文章は地域別にジャンル分けして登録している訳ですが、どこに置いてもすっきり収まらないのが、アルメニアという国。
 場所的には”イスラム圏”に置きたい気もするんですが、なにしろ”世界最古のキリスト教国”ですからね、それも都合が悪い。音楽的にもイスラム色濃厚って感じでもないし。地図上、納得できる場所である筈の”アジア”に置くには、なんかそこはかとなく漂うヨーロッパ臭が気になるし。なんか、どこにおいてもすっきりしない気がするんですわ。

 そんなアルメニアのセクシー・アイドル(?)、アナヒット嬢のこのアルバムなども、やはり西アジア圏の音なんだろうかなあ、などと思ったりもするんだが、「ここ」と決めた途端に、それからはみ出す要素が目に付きだして、何が何やらわからなくなってしまう。
 全体を覆う、小雨が常時、降り込めている様な、しっとりとした情感を漂わせる歌謡曲っぽさは濃厚にアジアを発散しているし、とはいえ、打ち込みのリズムやシンセの音にはヨーロッパ的なクールな響きがあったりする。とか思っていると、そのシンセが尺八みたいなフレーズを高々と吹き鳴らしてみたり。
 主役のアナヒット嬢の顔立ちだって、南欧風といえばそうだし、インドっぽいといえばそうも思える。

 あれこれ混乱しつつ聴いていると、音楽的に一番近いのはインドネシアかも、なんて苦し紛れのヤケクソ気味な想いも浮かんできたり。そもそも、このジャケに書かれているアルメニア文字の訳の分からなさはなんなんだよ。どこの文字にも似ていないんだから。私は、ブラッドベリの小説に出てくる火星人ってのは、こんな文字を使っていたんじゃないかって気がしてならないんだよなあ。
 とかなんとか言っていると12曲目、サズっぽい弦楽器によりアラブ丸出しのフレーズがかき鳴らされ、トルコっぽいとしか言い様のない民族色濃厚な歌が始まってしまう。この曲はタイトルの英訳が”New Year”となっているが、もしかしたら新年を寿ぐアルメニアの伝統に則ったトラッドな曲なんだろうか?

 などとウワゴトを呟いているうちにもアルバムは終盤。東欧といえば東欧のような、東南アジアといえば東南アジアのような街角を、憂愁を背に負いそぞろ歩くアナヒット嬢のバラードは切なくユーラシア大陸のど真ん中に鳴り渡るのでありました。



夏の終わりのハングル・ブルース

2012-09-18 01:04:28 | アジア

 ”Love chapter 1” Bobby Kim

 いまさらSoulとSeoulの駄洒落もないものだが、ソウルっぽい意匠を込めたスロー・バラードを売り物とするポップス歌手が何人いるともしれない韓国歌謡界であって。ここまで国民規模ではまりまくっているならそのうち、以下のように主張する、かの国の音楽学者も出てくるに違いない。すなわち。
 ”ソウル・ミュージックは19世紀半ば、韓国は慶尚北道においてパンソリより派生した民族音楽として誕生した。それが、朝鮮戦争当時、国連軍の一員として韓半島に足を踏みいれたアメリカの黒人兵によって自国に持ち帰られ、独自の発展を遂げたものである”
 とかなんとか。

 まあ、くだらない冗談はともかく、そんな韓国のソウルなスローバラード歌手を、それも本来、女性歌手にしか興味のなかった当方としては例外的に男性歌手なんかこの数日、聴きこんでいたのも、我ながら妙な気分である。
 ボビー・キム。このボビーというのはソウル・ミュージック好きゆえに自分で勝手につけた英名なんだろうけど、誰なんだろうな、彼のアイドルである黒人歌手は。ボビー・キムは韓国におけるレゲやラップの創始者のひとり、みたいに紹介されている文章を読んだことがある。(今の彼の音楽、例えばこのアルバムに、それらの音楽の影は見受けられないのだが)してみると、意外にアメリカ合衆国の歌手ではなく、ボビーってのはボブ・マリーなのかも知れないな。
 レゲやラップを好んで演ずるミュージシャン、とくれば日本ではアホの証拠でしかないが、韓国ではどうなんだろうか。

 どうも余談ばかりで話の本筋になかなか入れないが。
 このバビー・キムなる歌手に興味を惹かれるきっかけといっても、毎度お馴染み、ほかのことを調べるためにYou-tubeを覗いていて、偶然出会った彼の歌が気に入ってしまったからだ。
 その地声の強さというか、まるで岩石の如きその声帯の特性を生かし、生かし過ぎ、リミット目いっぱいに歌い込み、時に暑苦しい結果も出てしまう大韓ソウル・バラード界においてボビー・キムは、むしろ抑制されたボイス・コントロールでクールな表現を得意としており、特にこのアルバムのように冒頭から淡い味わいのスロー・バラード連発の構成においては、まるで水彩画のようなもの静かな感傷の世界が現出して、こいつがなかなか良い感じなのである。

 どういう理由でかもう消されてしまったみたいだが、彼のヒット曲”オンリー・ユー”に付された、海辺のリゾートタウンの一夜を描いたイラスト集が心に残っている。ボビー・キムの歌の良さがうまく表現されていたと思う。
 というか、一度見ただけのそれ、もはや本当に見たのか、何かの記憶違いか、実は自信を持てなくなっているのだが。
 ともかく。とうに時の流れの中で失われてしまった情熱の残り火を遠く思う、みたいなバビー・キムの歌声は、ようやく行こうとしている過酷だった今年の夏の残滓が、海辺のホテルの向こうに燃え落ちて行くのをただ黙って見送る、みたいな気分にはぴったりで、何度も聴き返したくなってしまうのだった。






香港の夜、プルーデンスの夜

2012-09-06 04:51:39 | アジア

 ”完全精選”by Prudence Liew

 神秘都市香港の夜をリードする闇の歌姫、プルーデンス・ラウ(劉美君)の、12枚のアルバムの中から撰ばれたベスト・オブ・ベスト的レパートリーを集めた決定的3枚組CDが手に入った。題して、「完全精選」とある。

 たとえばサンディ・ラムとかプリシラ・チャンとかが素晴らしかった時代の香港の表の顔としての流行歌の歌い手とすれば、こちらプルーデンスは、夜の香港を代表する裏の女王といえようか。
 別にマイナーって意味ではない。アルバムの売れ行きだって超一流だったのだから。ただ、十代で結婚し、22歳のデビュー時には既に子供もいた、その後、アメリカ移住や離婚やらといった、奔放な人生のありようや、独特のミステリアスな歌世界の佇まいから、そんな表現がどうしてもしたくなってくるのだが。

 不吉なビートを刻む、無機的な打ち込みのリズム。クールに響く電気ピアノのフレーズ。ストンと腰を落としたジャジーな呟きに絡む物憂げなストリングスの響き。夜の都会で交わされるお洒落な、でもちょっとヤバい男女の囁き。欧米曲のカバーから中国伝統の曲まで、一貫してクールなファンクサウンドが渋い彩りを決め、しっとりと、いかにも都会風に体温の低いプルーデンスの歌声が流れる。
 盤を回していると、このところつまらない雑事に翻弄されて荒んでいた自分の日々が夜の闇の向こうに薄れて行き、プルーデンスが気怠く語る香港の夜話にじっくり耳を傾ける、それだけがリアルと感じられる時間が来る。既に歴史の波に飲まれ、失われてしまった”英領香港の夜”の、あの不思議に血の騒ぐ魔法の日々の都市伝説に。

 それにしても弱ったね。この”決定盤”を手に入れてしまえばそれでOKと思っていたんだが、聴いているうちにやっぱり彼女の全アルバムをが欲しくなってきたのだった。



ハリラヤの慈悲に抱かれて

2012-08-26 02:23:21 | アジア

 ”Persembahanku”by Lucky Resha

 ポップ・ムスリム、ということで、インドネシアのイスラム教徒のあいだで愛好されている世俗宗教歌(?)のアルバムであります。インドネシアのキリスト教徒におけるロハニみたいな存在、というと話が逆なのか、それでいいのか。

 イスラム歌謡とはいっても濃厚にコーラン経由のコブシが入ったりヌスラットばりにハードなボーカリゼーションを繰り広げるとか、そういうことはないんであって、むしろロハニなんかとも共通する部分も多い、清純なバラードがメインであります。
 が、ロハニに比べると歌唱もバックの演奏も、より粘っこいというかディープでアーシーな手触りを感じないでもない。そして、そのあいだに一曲、二曲と混じってくる、いかにも東アジアポップスらしいマイナー・キイの哀愁溢れる歌謡曲っぽい作品が、何やら生々しい感情を伝えてくる。インドネシア語の響きも、ロハニよりもしっくりと楽曲に馴染んでいるように感じられます。まあ、この辺、微妙すぎる話だけれど。

 ジャケに紹介されている彼の地のイスラムの人々の暮らしぶりを伝える写真など見つつ、あまり強力にイスラムっぽさを伝えてくる作品集ではないところが逆に当方のような異教徒にも親しみやすいこれらムスリム歌謡に耳を傾けていると、体にまとわりつくこの夏のクソ暑い大気の感触も、遥か南の島の人々と共有するイベントと納得しておこうか、などという気に一瞬はなりかける、この辺も神の加護でありましょうか。

 そしてふと、ずっと以前に読んだ「怪傑ハリマオ」のモデルとなった人物の伝記の終章など思い出すのです。マレーで生まれて育った一人の日本人が第二次世界大戦のさなか、歴史の波に翻弄され、「大日本帝国」のために働くが、その人生の終わり、自ら望んでマレーの地のイスラム教徒のための墓所に埋葬される、そんなエピソードを。



今日も香港の夕暮れは

2012-08-15 04:15:04 | アジア

 ”你們的幸福”by 謝安 (Kay Tse)

 毎度、この話で恐縮だが、香港の街が99年間の租借期間を終えて英国から中国、というか北京政府に”返還”される、その直前の数年間の香港ポップスには非常に惹かれるものがあり、愛聴していた。彼らの日々を飲み込まんとする時代の大波に直面し、あるいは焦燥し、あるいは諦めのうちに退廃の中に沈み込む、そんな香港の人々の揺れ動く心情に、私の心の中に強力に共鳴するなにかが生まれていたのだ。
 やがて”返還”の時は至り、私は憑き物が取れたように香港ポップスを聞くのをやめた。香港の音楽も時代とともに変貌しつつあったし、なにより、何事もなかったかのように大陸中国の大海に飲まれてしまった香港の街に、なにやら興ざめ、みたいな気分にもなっていたようだ。

 それでも、あれだけ惚れ抜いて聴いていた香港であって、やはりその後が気にならないわけもない。振り返ればすでに、”歳月”と呼ぶに十分な時間が過ぎ去っているのだ。
 という訳で今日の香港を代表する歌手、ということなのだそうだ、謝安なる歌い手の昨年作を聴いてみた。
 ジャケ写真や歌いぶりから何となく彼女をスタイリッシュなおしゃれなギャル風の個性と思い込んでいたのだが、彼女の名で画像検索をかけると、むしろ日本のJUJUとかいう、あの歌手を思わせる、つまりド~ンと肝っ玉おっかあ的貫禄の女性の絵がゾロゾロと出てくる。
 まあ、それはそうだろうな。私が彼女を聞くのはこれが初めてなのだが、彼女は大学を卒業後、ピアノ教師を経て歌手デビュー、これが9枚目のアルバム・リリースであり、既に一児の母でもある、それは貫禄もあるでしょう、ベテランと言ったっていい歌い手だったのだ。

 冒頭、シャカシャカと刻まれるギターのリズムに乗り、やや懐メロっぽいメロディが、あくまでクールに歌われ、その次に控えているのが、なにやらアンニュイな口調で歌い捨てられるハードロックっぽい曲であったりする。なるほどこれが今日の香港のおしゃれ最前線なのかな、などと。
 が、その後は次第に都会的なバラード主体の香港らしい展開となっており、それでもかって私が聴きこんでいた香港の流行歌とは、やや肌触りが異なる感じはあるのだった。

 そいつは、たとえば第二次大戦前の中国は上海で全盛を迎えていた中国映画の伝統が、中華人民共和国成立とともに香港に逃れ、それがのちの香港映画の興隆の基礎となった、みたいな話とつながる。
 政治や経済や、あるいは人には言えない個人的事情を抱えて、ともかく様々な、人民共和国となった大陸中国に暮らせない事情を抱えた人々が流入した香港。そんな根無し草の流れ者の孤愁を懐に抱いて、ただ銭儲けだけに血道を上げるかのように送る、ヤクザな植民地気分の租借地の日々、香港暮らし。
 そんな、どこかに風の吹き抜けるような腰の定まらない浮草感傷は、今日の香港のトップスター、謝安の歌にはないのだった。冷たいコンクリートのビル街だけれど、そこは触れば確かな手応えのある彼女の故郷であり、「借り物の時間、借り物の場所」の当て所なさはそこにはない。
 そこは英国の植民地なのではなく、彼女と同じ中国人が統治する中国の都市なのだ。それはまあ、様々な事情はあろうとも、小平の言った言葉を信ずるならば、、香港の日々は今後百年変わらない、筈なのである。

 ともあれ。時代はどのように変われども、人々は生きて行く。流れる雲の行く先にその暮らしがある。そして夕暮れの街角からは、こんなふうに歌も聞こえてくるのだろう。




九龍城の灯火も消えて

2012-07-25 05:58:27 | アジア

 mixiのCM考察コミュに韓国タレントが出ているCMがどうのこうの、なんてスレが立っていたので、またネットウヨみたいなのが因縁つけてるのかと思って覗いてみた。
 そしたら、”変なじいさんと女性たちが韓国のお酒を飲みながらよくわからんフレーズを発するCMを「妙に気になって、見ると楽しくてほんわかする」とベタ褒めした記事”が新聞に載っていて、ひどい記事だと思ったって書き込みだったので、「ああ、俺もあれ、ひどいCMだと思うわ」と、その件に関しては納得したのだった。
 そう言われてみると、街の書店の雑誌売り場の半分以上は韓国ネタの雑誌なのであって、あれも異常と言えば異常だよなあ。そこまで需要があるんだろうか。まあ、売れるから出しているんだろうけど。

 で、あの種の韓流ファンってのは、かっての香港ファンの女子たちの流れに連なるものなんだろうか、それとも”アジアファン”としてひとくくりには出来ない、まるで別のものなのだろうか、なんて考えたりする。
 通ったよなあ、あの頃。香港映画関係のグッズを売っている店に香港ポップスのCD買うために出かけると、店の客は女の子ばっかりで、それまでは男の客しかいない、いようがないブラック・ミュージック専門のマニアなレコード屋ばかりに出入りしていた身としては、万感迫る想い(?)であったのだった。

 いつの間にかそこまで香港ポップスに入れ込む気持ちもなくなっていて、それらの店とも縁が切れてしまったのだが、あれらの店は今頃、どんな具合になっているのだろうか。もしかしてあれらもすっかり韓流状態か?それらの店の店名も、店に行く道順も、もう忘れてしまったのだが。
 あの頃は、店で手に入れたサリー・イップやステファニー・ライのCDやら、香港で発行されているケバケバしい芸能雑誌を小脇に抱えて道を歩いているだけで、”香港”と言う名の、はるかシナ海を下った南華の一都市で行われている奇妙に熱っぽい祭りのような日常に、こちらまで参加しているような不思議なたかぶりを感じることができたのだった。

 今も香港という街はあり、一国二制度というのか、中華人民共和国の一部の特殊な行政区として昔と変わらぬ日々がそこでは繰り返されているはずだ。が、その土地から送られてくる音楽に私は、昔と変わらぬ熱気を感じ取ることはできない。かわりに受け取るのは、シンと沈み込むよそよそしい冷気と、吹き止むことのない秋風みたいな喪失感。変わってしまったのは彼らか私か。
 いずれにせよ、それも仕方ないのだろう。たとえ”返還”がなかったとしても、それでも時は勝手に過ぎ行き、すべては変わって行くのだから。

 あの時代を象徴する歌手といえば、やはりフェイ・ウォンだろうか。大陸出身の、時に奇行が話題とされていた、なにやら”依り代”系の歌い手。
 あの時代を象徴、というのは「香港が盛んだった頃」という意味ではない。「大陸への”返還”が秒読みとなってきて、香港市民が過ごした”借り物の場所、借り物の時”が、やがて失われてしまうことに関する終末感がそぞろ街の空を覆い出した、そんな時代の空気を象徴している」という意味だ。

 思えば私も、”香港の喪失”に関する文章を何度書いてきたことだろう。まあ、それだけの魅力を、当時の、中華人民共和国へ”返還”される前の香港という街が持っていたのだから仕方がない。出不精の私が唯一”住んでみたい”と考えた街だったのだ。
 などと書いていると、なんだか別れた恋人の話をしているみたいで、どういうものかねえ、これも。