報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“私立探偵 愛原学” 「最終電車」 埼京線編 3号車→4号車

2017-07-18 21:53:37 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[3号車]

 愛原:「俺はなるべく濡れていない所を選んで、慎重に進んだ方がいいと思うんだ。さっきの高橋君の行動からして、そう思った」
 高橋:「まあ……先生がどうしてもと仰るのでしたら従います」
 山根:「ぼ、僕は引き返した方が……」
 高橋:「あー?だったら、自分だけ戻れ。俺は先生に付いて行く」
 愛原:「まあまあ。俺が先に行く。言い出しっぺは俺だからな。キミ達は後からついて来てくれ」
 高橋:「了解しました」
 山根:「は、はい……」

 私は早速、3号車に足を踏み入れた。
 なるべく乾いている所に足を付ける。
 もちろん床だけを進もうとすれば無理がある。
 床全体が濡れている箇所もいくつかあるからだ。
 そういう時は行儀が悪いが、座席の上に乗ってそこを進むことになる。
 幸い電車は少し低速になったことで揺れも小さくなった。
 線形も良いらしく、それ故の大きな揺れなどは無い。
 だが、油断はできない。
 今どこを走っているか分からない以上、突然のポイント通過や急停車などで体が持って行かれる可能性がある。
 吊り革や手すりに捉まりながら行けばいいと思うが、濡れているのは床だけではない。
 さっきの化け物が通過したことで、吊り革や手すりも濡れているのだ。

 愛原:「いいか?無理するなよ。慎重に、ゆっくりでいい」
 高橋:「はい!」
 山根:「は、はい……」

 そうして車両の真ん中辺りまで来たが、化け物の現れる気配は無い。

 愛原:「よし。ここまで来れたな。次に行くぞ」
 高橋:「本当に、大丈夫っスか?」
 愛原:「心配すんな。幸太郎君、ゆっくりでいいからね」
 山根:「はい」
 高橋:「モタモタしていたら置いて行くぞ」
 愛原:「だから、そういうことを言うなって」

 私は高橋に苦言を呈すと、すぐに進行方向に向き直り、後半戦へと進んだ。
 元々化け物は4号車寄りに潜んでいたこともあってか、4号車に近づくほど濡れていた。

 愛原:「ああっ、くそっ!」

 私が悔しがったのは、正にヤツが潜んでいた場所。
 一番4号車寄りのドアの前、左右のドアの間くらいの広くなっている場所には一面に水たまりが広がり、これでは濡れずに進むことが困難だった。

 愛原:「どうしよう、これ?」
 高橋:「ロープでも使いますか」

 高橋は自分の荷物の中からロープを取り出した。

 愛原:「お前、そんなもんどうしたんだよ?」
 高橋:「先生が、『今度の仕事先は仙台市内の山の中だ』と仰るんで、一応持って来たんですよ」
 愛原:「それでお前、屋敷の裏手の崖下に下りたのか!?犯人が捨てた証拠品拾いに!?」
 高橋:「そうですよ。言いませんでしたか?」
 愛原:「い、いや……そうか。まあ、よくやった。よし。このロープを反対側に引っ掛けて……」

 私の作戦はこうだ。
 幸い、連結器の前の3人席は濡れていない。
 要はそこに着地すれば良い。
 7人掛けの席に私は立ち、そこからロープを3人掛け席の上の手すりに投げた。
 そのロープの先にはフックが付いている。
 フックは見事に吊り革を吊っている手すりに引っ掛かった。
 後はそれを伸ばして、頭上の網棚の前の手すりと結び合わせる。
 ピンとロープを張った。

 愛原:「これにぶら下がって、斜め向かいの3人席に着地する」
 高橋:「さすがです」

 私はロープにぶら下がり、足が地面に付かないように進んだ。
 まるでアスレチックだな。
 こんなことなら、もう少し運動をするべきだったよ。
 それでも何とか、私は数メートル先の3人席に着地することができた。

 高橋:「さすがです、先生。よし、俺も……」

 高橋の場合、運動能力については申し分無いのだが、いかんせん私よりも背が高い。
 ただ単にぶら下がっているだけでは、地面に足が付いてしまう。
 ぶら下がりながら、足を付けずに進むという結構高度な技を披露しなくてはならなかったのだが、彼は見事にやり遂げた。

 高橋:「チョー楽勝です。フフッ……」
 愛原:「おお〜!」

 とは言いつつも、高橋の額には汗が浮かんでいたから、けして余裕というわけではないようだ。

 愛原:「幸太郎君、ゆっくりでいいからね!」
 山根:「は、はい!」

 そういえば今、学校の遊具に雲梯なんてあるのだろうか。
 要はあれの要領だよなぁ……。

 山根:「や、やった!」

 幸太郎君もまた見事に3人席へと着地した。

 愛原:「皆、よくやった。どうやら、やっぱり水に触れなきゃ大丈夫みたいだな」

 私は水に触れないように床に足を伸ばした。
 心なしか、若干水たまりが座席の方に移動してきているような気がする。
 私はすぐに4号車への貫通扉を開けた。

 高橋:「先生の洞察力には感服致します」
 山根:「愛原さん、凄いねー!」
 高橋:「バカ野郎!先生と呼べ!」
 山根:「せ、せんせい……」
 愛原:「いいんだよ。好きに呼んでくれ」

 私は3号車側の貫通扉を開けると、今度は4号車側の貫通扉に手を掛けた。

 愛原:「あれ?」
 高橋:「どうしました?」
 愛原:「開かないぞ?」
 山根:「ええっ!?」

 4号車側のドアが何かに引っ掛かっているのか、取っ手は動くが、何故か開かなかった。

 愛原:「くそっ!こうしているうちにも、化け物が……!」
 高橋:「ちょっと先生、どいてください」

 高橋が私の前に出た。

 愛原:「た、高橋君、もしかして……」
 山根:「もしかすると……」
 高橋:「もしかしますよ!」

 高橋は貫通扉を蹴破った。

 愛原:「やっぱり……」

 私は肩を竦めた。
 4号車の中に入ると、高橋に蹴破られて外れたドアとその前に新聞紙が落ちていた。
 どうやらこれがドアに挟まっていた為、開かなかったらしい。

 高橋:「ほお……?先生の邪魔をするとは、一体誰がこんなことを!?」
 愛原:「その前に外したドア、直そうな?」

 3号車側のドアは閉めたから、もう化け物が襲って来ることは無いと思うが、一応安全の為、4号車側のドアを戻しておくことにした。

 愛原:「……!?」

 4号車内にも乗客らしき者が1人いた。
 それは誰だったと思う?

 ①稲生勇太
 ➁敷島孝夫
 ③女子高生らしき少女
 ④OLらしき女性
 ⑤地味なスーツ姿の男性
 ⑥想像もつかない

(※この選択肢にバッドエンドはありません)
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“私立探偵 愛原学” 「最終電車」 埼京線編(バッドエンド)

2017-07-18 19:28:34 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[JR埼京線用205系3号車→1号車]

 愛原:「……っ!やっぱり1号車に引き返すか」
 高橋:「先生!」
 山根:「何か、僕もそうした方がいいと思うんです。電車が走り続けている以上、きっとどこかに到着すると思うので……」
 高橋:「バカか、テメェ!外を見ろ!今どこ走ってるか分かんねーんだぞ!?」
 愛原:「まあ、待て待て。よく考えたら、最後尾だって先頭じゃないか」
 高橋:「どういうことですか?」
 愛原:「機関車牽引の列車と違い、電車というのは簡単に折り返しができるんだよ。たまたま俺達はブクロ行きだと思ってこの電車に乗ったが、本来それは終点に着いたら折り返すわけだろ?つまり大宮行きとか川越行きになれば、さっき俺達が乗った車両が先頭になるわけだ」
 高橋:「ですが先生、車掌がいないから俺達は今度は運転士を捕まえようとしているわけですよね?」
 愛原:「だが、この先には得体の知れない化け物だ。多分形状的に、霧生市のバイオハザードと違って、銃すら効かないと思うぞ。そんなヤツに向かって行けると思うか?」
 高橋:「それは……」
 愛原:「それに、こういう方法がある。乗務員室に入って、俺達で非常ブレーキのスイッチを押そう。それか、無線だな。電車には必ず無線が積んである。それで助けを呼べるかもしれない」
 高橋:「そうか。それだったら何も、運転室に行く必要が無いわけですね」
 愛原:「そういうことだ。そうと決まったら戻るぞ」
 高橋:「はいっ!」

 私達は3号車から2号車に戻り、そして1号車へと引き返した。

 愛原:「恐らく乗務員室には鍵が掛かっていると思うが、高橋君、こじ開けに協力してくれ」
 高橋:「もちろんです!」

 私達が速足で1号車の真ん中辺りまで来た時だった。

 愛原:「!!!」

 突然、私は水の中に放り投げられた。
 いや、放り投げられたというか……。
 上から水が覆い被さってきたのだ!
 それって、つまり……!

 愛原:「ゴボゴボガバベボ.。o○」

 私が最期に見たものは、3号車にいた水の化け物がようやっと獲物にありつけて満足そうに笑う姿だった。
 酸素の供給を断たれた私の意識が遠のくのと同時に、化け物の牙が私の前に迫って来た。

 くそぅ……やっぱり……前に進めば……良かった……。


 「そして、すべてが終わった……」 終
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“私立探偵 愛原学” 「最終電車」 埼京線編 3号車

2017-07-18 13:26:25 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[日付不明(恐らく7月4日)時刻不明 天候:晴または曇 JR埼京線上り最終電車(または回送電車)3号車]

 大宮駅から駆け込み乗車した私達は気がつかなかったが、指扇(さしおうぎ)駅から乗った幸太郎君は見ていた。
 指扇駅からも、数人の乗客が前の車両に乗り込んでいたことを。
 そして指扇駅にこの電車が入線してきた際、前の車両には既に何人もの乗客が乗っていたことを。
 何が言いたいかというと、もしこの電車に異常が発生していて、それに気づいた他の乗客がいたならば、彼らが先に何か行動をしているのではないかということだ。
 たまたま最後尾に乗った私達は、そもそも車掌がいないことに気づいて前の車両に進むことにしたわけだが、それを知らない前の車両の乗客達が逆方向に向かって来ていてもおかしくはない。
 だが、それなのにそんな乗客とは1度も会っていないのだ。
 2号車で会った幸太郎君だって、異常には気付かなかったようなので、そもそも気づいていない可能性がある。
 だが例えこの電車が、たまたま旧型車両を使用した通勤快速であったとしても、そろそろ時間的にはとっくに武蔵浦和駅に到着していても良いはずだ。
 そんな感じは全くしないし、それに、まるでトンネルの中を走行しているかのように外が全く見えない状態である。
 スマホは相変わらず圏外、そして時計も止まっている。
 これが一体、何を意味しているものなのか……。

 愛原:「……3号車には誰も乗っていないみたいだ」

 私は車両間を繋ぐ通路の扉(貫通扉)の窓から3号車を覗いてみた。

 高橋:「それじゃ、3号車には何の用も無いですね。とっとと行きましょう」

 高橋は貫通扉の取っ手を握った。

 高橋:「……マジで誰もいないですね」
 愛原:「そうか」

 私達は3号車の中に入った。

 高橋:「ここには用が無いようです。とっとと4号車まで行きましょう」
 愛原:「そうだな」

 私達は4号車へ続く通路を歩いた。

 愛原:「ん?」

 その時だった。
 3号車の一番4号車寄りのドアの前……左右のドアの真ん中辺りに、水たまりを見つけた。
 まるで通路を塞ぐような形に広がっている。

 愛原:「誰か水でもこぼしたのかな?」
 高橋:「関係無いですよ。さっさと行きましょう」

 高橋が先に立って、その水たまりに足を踏み入れようとした時だった。

 高橋:「!?」

 その水たまりの中から人の顔が現れた。
 いや、ただの顔ではない。
 透明なマネキンの顔……のようなもの、とでも言おうか。
 その水たまりの所だけ、何だか深い池になっているかのように、その中から透明な人の頭が出て来た。

 高橋:「な、何だコイツ!?」

 高橋はその透明な頭を踏みつけた。

 高橋:「何だ、テメェ!?」

 その水たまりはだんだんと人の形になっていった。
 但し、あくまでも透明な姿のままだ。
 男か女かも分からない。
 だが、左右に手足が生えて来たかと思うと、それで高橋を捕まえようとした。

 高橋:「ナメんなよ!」

 高橋は素晴らしい身体能力で、水の化け物の魔の手を掻い潜った。

 愛原:「高橋君!一旦、退避だ!」
 高橋:「逃げるんスか、先生!?」
 愛原:「当たり前だ!早く来い!」

 私は幸太郎君の手を取って、先ほど入って来た2号車へと戻った。
 最後に高橋が戻って、私は思いっ切り貫通扉を閉めた。
 直後、まるでバケツの水が掛かったかのようにバシャッとドアの窓ガラスに水の化け物がブチ当たった。

 山根:「ひいっ!」

 最悪このドアをブチ破ってきたり、隙間から入ってきて襲って来るかもと思ったが、その化け物はそこまではしてこなかった。
 ただ、窓ガラス一杯に無念そうな、恨めしそうな顔を作ると、スーッと消えて行った。

 愛原:「た……助かったのか?」
 高橋:「分かりません!」
 山根:「あぁ……ぅあ……!」
 愛原:「大丈夫か、幸太郎君?どうやらヤツはここまでは来れないらしい。一先ず、安心だな」
 高橋:「ですが先生、油断はできません。てか、何なんスか、あいつ?バイオハザード的な何か?」
 愛原:「あんなの霧生市にはいなかったぞ」

 まあ、例えここでゾンビが出て来たとしても、今の私達に戦える術は殆ど無いのだが……。

 高橋:「どうします?ヤツは諦めたみたいっスけど、もう1回行ってみます?」

 私は貫通扉の窓越しに3号車を見てみた。
 見た感じ、さっきの化け物はいないように見える。
 だが、どうも車内がビショビショになっているようだった。
 私は意を決して、再び貫通扉を開けた。
 そこで待ってましたとばかりにさっきの化け物がいきなり襲って……くるなんてことは無かった。
 だが、3号車はビショビショに濡れていた。
 まるで台風やゲリラ豪雨が降っているにも関わらず、窓を全開にして走った後のようだ。
 それでも乾いていたり、元から濡れていなかった所もある。

 愛原:「うーん……」
 高橋:「先生、ご指示を」
 愛原:「よ、よし。このまま進もう」
 高橋:「先生……!」
 愛原:「引き返したら引き返したで、何か却ってヤツがそっちで待ち受けいそうな気がするんだ」
 高橋:「なるほど!さすがです!」

 もちろんそれは私の勝手な妄想だ。
 だが、さっきの化け物としては、本当に私達を取って食う気があったのか少し疑問もあったのだ。
 あの水の化け物は、こんなに車内をビショビショにしてしまうくらいだ。
 もしさっき本気で高橋を取って食う気があったのだとしたら、普通に手づかみなんかせず、そのまま覆い被さってしまえば良かったのではないか。
 それをしなかったということは、私達をこのまま前に進ませない為に脅かしただけなのではないかと思ったのだ。

 高橋:「じゃ、早速行きましょう」
 愛原:「待て!」

 私は高橋を止めた。

 高橋:「何スか、先生?」
 愛原:「さっきの水の化け物……お前が水たまりに足を入れたから襲って来たということも考えられる。だったら、水を避けて進んだ方がいいかもしれん」
 山根:「で、でも、こうしてしてる間にも、また襲ってくるかもしれないよ……」

 幸太郎君が不安そうな顔をして言った。

 高橋:「そうですよ、先生。こればかりは俺、このガキに賛成です。一気に4号車まで走り抜けた方がいいですって。もし良かったら、俺が鉄砲玉になりますよ」
 愛原:「いや、だからそれはダメだ」

 どうする?私としては濡れている所を避けて、慎重に4号車へ向かう方が良いと思う。
 が、確かにそんなグズグズして、今度は前後挟み撃ちにでもされたらバッドエンドだ。
 そうならない為にも、水など気にせず、一気に走り抜けた方が良いのではないか。
 か、消極的だが引き返すか?

 ①水たまりを避けて4号車に向かう。
 ➁一気に駆け抜けて4号車に向かう。
 ③やっぱり1号車に引き返す。

 ※バッドエンドがこのうち2つの上級コースですw
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“私立探偵 愛原学” 「最終電車」 埼京線編 2号車

2017-07-18 10:39:12 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[7月3日?時刻不明 天候:晴 JR埼京線最終(または回送)電車2号車]

 私の名前は私立探偵、愛原学。
 都内で小さな探偵事務所を経営している。
 今回は助手の高橋を連れて東北へ出張したのだが、その帰り際、どうもおかしなことに巻き込まれてしまったようだ。
 最終の新幹線に乗ったはいいが、ダイヤが乱れてしまい、やっとこさ乗り換えた埼京線最終電車も、本当に最終電車だったのかどうか疑わしくなってしまった。
 ヘタしたら、回送電車に乗ってしまったかもしれない。
 最後尾の乗務員室に、車掌の姿がないのだ。
 こうなったら運転室に行くしかないと判断した私は、高橋を連れて1番前の車両に行くことにした。

 愛原:「ん?」

 2号車の中には、乗客が1人いた。

 高橋:「先生、間違って回送に乗ったの、俺達だけじゃないみたいですよ?」

 高橋はニヤッと笑った。

 愛原:「……だと、いいんだがな」

 或いはやはり通勤快速として走っているのだが、車掌が行方不明になってしまったか。
 昔の埼京線は、2号車と3号車が6ドア車だったように記憶している。
 しかしこの電車の場合は、普通の4ドア車であった。
 座席にちょこんと座っているのは少年であった。
 小学校高学年くらいだろうか。
 熱心にノートを開いて、シャープペンで何かを書き込んでいる。
 特に不審点は無い。

 愛原:「こんな遅くまで何をやってるんだろう?」
 高橋:「家出ですね。分かります。俺なんか既に何回も……」
 愛原:「いや、違うと思うぞ。塾通いだろう。まだ受験シーズンってわけでもないのに、こんなに夜遅くまで勉強とは……。俺も昔は塾通いさせてもらったが、さすがに終電で帰った記憶は無いなぁ……」
 高橋:「ううっ……」

 すると高橋はガックリとうな垂れた。

 愛原:「どうした?」
 高橋:「ですよね……」
 愛原:「ん?」
 高橋:「やはり一流の探偵になるには、塾通いしなきゃダメってことですね……」
 愛原:「いや、そんなことは無いと思うぞ。こんな俺だって、そこまでやっても結局大学の第一希望は受からなかったんだから」
 高橋:「俺は……やっと通信制の高校を出たばかりなもんで……」
 愛原:「だから関係無いって。金田一少年やコナンだって高校生だろうが」

 後者の見た目は小学生だが。

 高橋:「今からでも受かる大学に通う為、修行します!」

 高橋はバッと自分のスマホを出した。

 愛原:「待て待て待て!だから一流の探偵と学歴はそんなに連動してないと言ってるだろうが!」

 だが、そんな高橋の手が止まった。

 愛原:「どうした?彼女からの着信か?」
 高橋:「今、女にうつつを抜かす時期じゃありませんので。……おかしいな」
 愛原:「だから何が?」
 高橋:「電波が圏外なんです。しかも、時計が動いてない」
 愛原:「はあ?」

 私も自分のスマホを出してみた。

 愛原:「んんっ!?」

 私のスマホもそうだった。
 圏外になっていてネットも使えなければ、通話もできなかった。
 そして確かに、この電車に乗り込んでから僅か数分しか経っていない。
 北与野駅を通過して与野本町駅を通過すれば、5分以上は経つ……ん?

 愛原:「なあ?南与野駅って通過したか?」
 高橋:「えっと……気がつきませんでしたね。すいません」

 私は窓の外に目を凝らした。
 真夜中だから外が暗いのは当然だが、それでもまだ照明の点いている建物はあったり、街灯の明かりがあったりするのは分かるはずだ。
 ところが、まるでトンネルの中にいるかのようにそれが全く見えないのだ。
 電車が走っているのは分かる。
 モーターを積んだ車両らしく、それが響く音は聞こえるし、何より電車が風を切って走る音もあるし、そしてそれならではの揺れもある。

 高橋:「まるで、東日本大震災の後の計画停電の時みたいですね」
 愛原:「あったなぁ、そんなの……」

 私はしょうがないので、乗客の少年に話し掛けてみることにした。

 愛原:「ねぇ、キミ。勉強中悪いけど、ちょっといいかな?」
 少年:「何ですか?」
 愛原:「あ、オジさん達は怪しい者じゃない。都内で探偵やってる者なんだけどね」

 私は少年に名刺を差し出した。

 少年:「愛原さん?……変わった漢字だね。普通、『相原』とか『藍原』じゃない?」
 藍原:「あはははは……」

 私は苦笑いするしかなかった。

 高橋:「おい!先生になんてこと言うんだ、コラ!!」
 愛原:「高橋、やめろ!」
 高橋:「ですが先生!」
 愛原:「子供相手に本気にするなって。悪かったね。キミの名前は何て言うの?」
 少年:「山根幸太郎です」
 愛原:「幸太郎君かー。いい名前だね。高橋、自己紹介」
 高橋:「クソガキに名乗る名前など無い」
 愛原:「おい!」
 高橋:「あ、もちろん、先生は別ですからね」

 私は溜め息をついた。

 愛原:「こいつ、高橋って言うんだ。変わった兄ちゃんだけど、まあ気にしないで。で、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
 山根:「探偵さんが乗り込んでるってことは、やっぱりこの電車、何か事件が起きたんですね?」
 愛原:「やっぱりこの電車が、何かおかしいことに気がついたか」
 山根:「うん。僕は指扇(さしおうぎ)駅から乗ったんだけど、電車がなかなか来なかったんだ」
 愛原:「新幹線の線路内人立ち入りの影響で、埼京線もダイヤが乱れたらしいからね。少なからず、川越線にも影響が出たってことか」
 山根:「やっと来た電車が何故かこの旧型車両だし、しかも誰も乗ってなかったんだ」
 高橋:「! 先生、そういえば……」
 愛原:「何だ?」
 高橋:「電車が大宮駅に入って来た時、降りて来た客がいましたか?」
 愛原:「あ……!」

 そうなのだ。
 彼の話が本当なら、この電車は恐らく川越始発だろう。
 そこから川越線を走行し、途中の指扇駅で幸太郎君を乗せた。
 そして電車はまた何駅か止まって、それから大宮駅に着いて私達を乗せた。
 大宮駅はターミナル駅だ。
 川越線方面から乗ってきた客の大半は、大宮駅で降りてしまう。
 私達は発車間際の駆け込み乗車をしてしまった形にはなるが、それでもホームには降りた客が歩いていたりしても良いはずだ。
 また、階段をバタバタ下りている時に登って来る客とすれ違っても良い。
 今思い返せば階段を登って来た客もいなければ、ホームを歩く客もいなかったように思える。

 愛原:「やっぱりこれは……回送電車か?」
 高橋:「だとしたら、このガキや俺達が乗れるわけないじゃないですか」
 愛原:「だよなぁ……。幸太郎君はどこまで乗って行くの?」
 山根:「大宮です」
 高橋:「フッ……!フハハハハハ!残念だったな、クソガキ!大宮駅はとっくに出てんだぜ?そこから乗って来た俺達が言ってんだから間違い無い!」
 山根:「ええっ!?だって、指扇駅から一駅も止まってないよ!?」
 愛原:「何だって!?」
 高橋:「勉強に集中し過ぎて、頭イカレんだろー?あ?だいたい……」
 愛原:「高橋、ちょっとお前黙ってろ。……いいかい?オジさん達は、間違い無く大宮駅からこの電車に乗ったんだ。それなのにキミは気がつかなかったのかい?」
 山根:「電車が止まった感じがしたら分かりますよ」
 愛原:「何だか気味が悪い話だな」

 相変わらず電車は一定の速度で走り続けている。
 外が見えないので、どのくらいのスピードなのかは分からないが、高速でもなければ低速というわけでもないだろう。

 愛原:「実はオジさん達はこれから運転室に行こうと思ってるんだ。オジさん達は1番後ろの車両に乗ってたんだが、そこにいるはずの車掌さんがいないんだよ。キミ、見てないよね?」

 幸太郎君は首を横に振った。
 車掌どころか、この電車に乗ってからこの2号車に入って来たのは私達だけだという。

 愛原:「もし良かったら、キミも来ないかい?」
 高橋:「マジっスか!?先生、こんなガキ来たところで、足手まといですよ?」
 愛原:「そんなこと言うな。子供1人の保護もできない探偵なんて、その方が業界の足手まといだろう」
 高橋:「! 勉強になります!!」

 高橋はまた私の言葉も手帳にメモし始めた。
 勉強熱心な所は、幸太郎君に似てなくも無い。
 これで、もう少しおとなしい性格だったらいいんだがな。

 愛原:「とにかく、一緒に行こう。ここでずっと待ってるよりは、その方が不安も無いだろう」
 山根:「はい!」

 私達は今度は、3号車に続く引き戸を開いた。
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