[7月2日23:10.天候:晴 埼玉県さいたま市中央区 稲生家]
もうすっかり人通りも車通りも少なくなった与野中央通り。
そこを1台の黒塗りタクシーが走行していた。
大宮駅東西にあるタクシー乗り場で客待ちをしているタクシーの実に9割方は黒塗りである。
『割増』の種別表示をして走るタクシーに乗っているのは、稲生の父親である宗一郎。
ゴルフコンペと、その他もろもろの付き合いですっかり遅くなったクチであった。
宗一郎:「あー、そこの信号を左に曲がってくれないか」
運転手:「はい、左ですね」
宗一郎:「左に曲がったら、最初に見えて来る駐禁の標識の所で止めてくれ」
運転手:「分かりました」
運転手が信号のある交差点を左折した時だった。
運転手:「おうっ!?」
何かがタクシーの前を横切り、運転手は慌てて急ブレーキを踏んだ。
宗一郎:「ぅおっ!?何だ!?」
運転手:「す、すいません!今、何かが横切り……」
スーッとまたタクシーの周りを囲むようにして何かがやってきた。
宗一郎:「な、何だ!?」
運転手:「ひ、人魂!?」
それは闇を漂う人魂のようなもの。
しかし宗一郎には、ゴルフをやってきたからか、まるで白いゴルフボールがフワフワ漂っているように見えた。
宗一郎:「と、とにかく出してくれ!このままではマズそうだ!」
運転手:「は、はい!」
運転手はすぐに車を発進させた。
が、人魂のようなものはしっかり追い掛けて来る。
で!
運転手:「わあっ!?」
それは車の前に先回りし、ゴルフボールくらいの大きさからバレーボールくらいの大きさに変わった。
しかもそれが血走った目玉に変わった。
あれは人魂でもボールでもなく、目玉だったのだ!
某妖怪のオヤジさんは愛嬌のある目玉だが、こちらは愛嬌のカケラも感じなかった。
宗一郎:「これは一体……!?」
運転手:「ど、ドアが開かない!?」
宗一郎:「待て!今外に出るのは逆に危険だ!車は動くんだろう!?だったら……」
その時、家の方からオレンジ色の光の矢が飛んで来て目玉オバケに突き刺さった。
目玉は破裂したが、その血しぶきがタクシーの窓ガラスや車体にビシャッと掛かった。
宗一郎:「はっ!?」
宗一郎が外を見ると、家の中からイリーナが出て来た。
手には魔法の杖を持っている。
宗一郎:「イリーナ先生!」
イリーナ:「ったく……。悪魔達が騒がしいと思って来てみたら、こんなことになっていたとは……」
ベルフェゴール:「ボク達もナメられたものだねぇ……」
アスモデウス:「ウゼぇんだよ!消えろ、テメーラ!!」
レヴィアタン:「イリーナさん、あとのザコ妖怪は私達が殺っときますから」
イリーナ:「あー、悪いね。稲生専務、早くこっちへ!」
宗一郎:「承知しました!キミ、釣銭は要らんから!キミも早いとこ避難した方がいい!」
宗一郎は運転手に高額紙幣を渡した。
運転手:「あ、ありがとうございました」
宗一郎はイリーナの手引きで家の中に入った。
両手にはゴルフバッグとボストンバッグを持っていたから、50代の身には辛かっただろう。
だが、そこは火事場の馬鹿力というヤツかもしれない。
宗一郎:「イリーナ先生、これは一体……!?」
イリーナ:「申し訳無いですね。私達、魔道師絡みの事件ですよ。巻き込んでしまって、申し訳無い」
宗一郎:「そ、そうなんですか」
因みにレヴィアタンはイリーナと契約している七つの大罪の悪魔で、“嫉妬”を司る悪魔である。
イリーナ:(“魔の者”め!“対岸”から『砲丸』投げてきやがった!)
宗一郎:「先生、家の中は安全なのでしょうか?」
イリーナ:「一応は安全を確保している状態です。ですので、今夜一晩は家の外に絶対出ないでください。窓も絶対に開けないで」
宗一郎:「わ、分かりました!」
イリーナ:「それにしても、よく車から降りませんでした。普通は恐怖に駆られて、車から飛び出してしまうところですが……」
宗一郎:「私が乗っていた助手席後ろのドアは開いたのに、運転席のドアが開かなかったので、あることを思い出したんです」
イリーナ:「あること?」
宗一郎:「まだここに妖狐の威吹君ってコが居候していた時に、似たようなお化けに襲われたことがありまして。あの時、威吹君が同じことを言ったんです。車を降りたら罠が待ち受けているから絶対に降りるなと」
イリーナ:「その通りですわ。よく覚えておいででしたね。正しくその通りなんです」
もっとも、威吹自身が江戸時代、人喰い妖怪だった頃に同じ手口で人間を罠に嵌めて食い殺していたことがあったらしい。
元・加害者が語っていたことだった。
稲生:「父さん、大丈夫!?」
宗一郎:「おー、勇太か。ああ、大丈夫だ」
稲生:「先生、これは一体……!?」
イリーナ:「“魔の者”の揺さぶりさね。向こうもそろそろ痺れを切らして、飛び道具飛ばしてきたって所かしら」
稲生:「大丈夫なんですか?」
イリーナ:「大丈夫。『当たらなければどうということはない』って言うでしょ?」
稲生:「た、確かに……」
イリーナ:「さぁさ。外のことは悪魔達に任せて、私達はもうそろそろ寝ましょ」
稲生:「は、はあ……」
稲生が窓の外を見ると、そこは悪魔達が妖怪達を虐殺する阿鼻叫喚の地獄と化していた。
もっとも、普通の人間にはワケの分からぬ声や音がこだましているようにしか分からないだろう。
メディアでは大ボスを張れるほどの契約悪魔達は、配下である下級悪魔達を召喚して“魔の者”に触発された妖怪や悪鬼達を惨殺させていた。
人間が上級悪魔と契約すれば、搾取されるだけ搾取されて人生のバッドエンドを迎えて終了するが、しかるべき実力を持った魔道師が契約すれば色々な意味で頼もしいパートナーとなってくれるのだという。
それをイリーナから教わった稲生は大体納得できたが……。
稲生:(今でも時々、悪魔と契約している魔道師が敵キャラとして登場するゲームとかあるけど、多分それが僕達なんだろうなぁ……)
イリーナ:「ま、次に日が昇る前にはほぼ全て片付いているだろうから、その時までの辛抱さね」
稲生:「分かりました」
稲生はどうしてイリーナ達が富士宮からここまで来たのか分からなかったが、もしかしたら、この騒動を見越していたのだろうと納得した。
もうすっかり人通りも車通りも少なくなった与野中央通り。
そこを1台の黒塗りタクシーが走行していた。
大宮駅東西にあるタクシー乗り場で客待ちをしているタクシーの実に9割方は黒塗りである。
『割増』の種別表示をして走るタクシーに乗っているのは、稲生の父親である宗一郎。
ゴルフコンペと、その他もろもろの付き合いですっかり遅くなったクチであった。
宗一郎:「あー、そこの信号を左に曲がってくれないか」
運転手:「はい、左ですね」
宗一郎:「左に曲がったら、最初に見えて来る駐禁の標識の所で止めてくれ」
運転手:「分かりました」
運転手が信号のある交差点を左折した時だった。
運転手:「おうっ!?」
何かがタクシーの前を横切り、運転手は慌てて急ブレーキを踏んだ。
宗一郎:「ぅおっ!?何だ!?」
運転手:「す、すいません!今、何かが横切り……」
スーッとまたタクシーの周りを囲むようにして何かがやってきた。
宗一郎:「な、何だ!?」
運転手:「ひ、人魂!?」
それは闇を漂う人魂のようなもの。
しかし宗一郎には、ゴルフをやってきたからか、まるで白いゴルフボールがフワフワ漂っているように見えた。
宗一郎:「と、とにかく出してくれ!このままではマズそうだ!」
運転手:「は、はい!」
運転手はすぐに車を発進させた。
が、人魂のようなものはしっかり追い掛けて来る。
で!
運転手:「わあっ!?」
それは車の前に先回りし、ゴルフボールくらいの大きさからバレーボールくらいの大きさに変わった。
しかもそれが血走った目玉に変わった。
あれは人魂でもボールでもなく、目玉だったのだ!
某妖怪のオヤジさんは愛嬌のある目玉だが、こちらは愛嬌のカケラも感じなかった。
宗一郎:「これは一体……!?」
運転手:「ど、ドアが開かない!?」
宗一郎:「待て!今外に出るのは逆に危険だ!車は動くんだろう!?だったら……」
その時、家の方からオレンジ色の光の矢が飛んで来て目玉オバケに突き刺さった。
目玉は破裂したが、その血しぶきがタクシーの窓ガラスや車体にビシャッと掛かった。
宗一郎:「はっ!?」
宗一郎が外を見ると、家の中からイリーナが出て来た。
手には魔法の杖を持っている。
宗一郎:「イリーナ先生!」
イリーナ:「ったく……。悪魔達が騒がしいと思って来てみたら、こんなことになっていたとは……」
ベルフェゴール:「ボク達もナメられたものだねぇ……」
アスモデウス:「ウゼぇんだよ!消えろ、テメーラ!!」
レヴィアタン:「イリーナさん、あとのザコ妖怪は私達が殺っときますから」
イリーナ:「あー、悪いね。稲生専務、早くこっちへ!」
宗一郎:「承知しました!キミ、釣銭は要らんから!キミも早いとこ避難した方がいい!」
宗一郎は運転手に高額紙幣を渡した。
運転手:「あ、ありがとうございました」
宗一郎はイリーナの手引きで家の中に入った。
両手にはゴルフバッグとボストンバッグを持っていたから、50代の身には辛かっただろう。
だが、そこは火事場の馬鹿力というヤツかもしれない。
宗一郎:「イリーナ先生、これは一体……!?」
イリーナ:「申し訳無いですね。私達、魔道師絡みの事件ですよ。巻き込んでしまって、申し訳無い」
宗一郎:「そ、そうなんですか」
因みにレヴィアタンはイリーナと契約している七つの大罪の悪魔で、“嫉妬”を司る悪魔である。
イリーナ:(“魔の者”め!“対岸”から『砲丸』投げてきやがった!)
宗一郎:「先生、家の中は安全なのでしょうか?」
イリーナ:「一応は安全を確保している状態です。ですので、今夜一晩は家の外に絶対出ないでください。窓も絶対に開けないで」
宗一郎:「わ、分かりました!」
イリーナ:「それにしても、よく車から降りませんでした。普通は恐怖に駆られて、車から飛び出してしまうところですが……」
宗一郎:「私が乗っていた助手席後ろのドアは開いたのに、運転席のドアが開かなかったので、あることを思い出したんです」
イリーナ:「あること?」
宗一郎:「まだここに妖狐の威吹君ってコが居候していた時に、似たようなお化けに襲われたことがありまして。あの時、威吹君が同じことを言ったんです。車を降りたら罠が待ち受けているから絶対に降りるなと」
イリーナ:「その通りですわ。よく覚えておいででしたね。正しくその通りなんです」
もっとも、威吹自身が江戸時代、人喰い妖怪だった頃に同じ手口で人間を罠に嵌めて食い殺していたことがあったらしい。
元・加害者が語っていたことだった。
稲生:「父さん、大丈夫!?」
宗一郎:「おー、勇太か。ああ、大丈夫だ」
稲生:「先生、これは一体……!?」
イリーナ:「“魔の者”の揺さぶりさね。向こうもそろそろ痺れを切らして、飛び道具飛ばしてきたって所かしら」
稲生:「大丈夫なんですか?」
イリーナ:「大丈夫。『当たらなければどうということはない』って言うでしょ?」
稲生:「た、確かに……」
イリーナ:「さぁさ。外のことは悪魔達に任せて、私達はもうそろそろ寝ましょ」
稲生:「は、はあ……」
稲生が窓の外を見ると、そこは悪魔達が妖怪達を虐殺する阿鼻叫喚の地獄と化していた。
もっとも、普通の人間にはワケの分からぬ声や音がこだましているようにしか分からないだろう。
メディアでは大ボスを張れるほどの契約悪魔達は、配下である下級悪魔達を召喚して“魔の者”に触発された妖怪や悪鬼達を惨殺させていた。
人間が上級悪魔と契約すれば、搾取されるだけ搾取されて人生のバッドエンドを迎えて終了するが、しかるべき実力を持った魔道師が契約すれば色々な意味で頼もしいパートナーとなってくれるのだという。
それをイリーナから教わった稲生は大体納得できたが……。
稲生:(今でも時々、悪魔と契約している魔道師が敵キャラとして登場するゲームとかあるけど、多分それが僕達なんだろうなぁ……)
イリーナ:「ま、次に日が昇る前にはほぼ全て片付いているだろうから、その時までの辛抱さね」
稲生:「分かりました」
稲生はどうしてイリーナ達が富士宮からここまで来たのか分からなかったが、もしかしたら、この騒動を見越していたのだろうと納得した。