[10号車運転室]
稲生:「鍵は手に入れました。これで1号車の車掌室に行って、向こうの非常ブレーキを掛けましょう!」
稲生氏がそんなことを言った。
愛原:「戻るだって!?」
稲生:「この乗務員室の鍵は、後ろのヤツと同じですから」
高橋:「バカか、テメェ!せっかくここまで来て、戻れだと!?」
敷島:「このブレーキハンドルを右に回せば止まるんだろう?」
ハンドルはまるで透明人間が運転しているかのように、マスコンハンドルがガチャガチャ動いている。
スピードメーターを見ると、時速80キロくらいで走行しているのが分かった。
ヘッドライトは点灯しているが、ライトに映し出されているのは線路だけで、それ以外は全くの闇のままだった。
稲生:「この電車は冥界鉄道公社の車両なんです。このまま乗り続けていると、黄泉の国へ連れて行かれます。そうなると皆さんは、生きたままそこに行くことになるわけで、もう2度とこの世に戻って来ることはできません」
愛原:「それとここのハンドルに触っちゃいけないのと、何が関係あるんだい?」
稲生:「これは僕の魔道師の先生から聞いた話なんですが、無関係の僕達が運転台の機器に勝手に触ろうとすると感電死するらしいです」
愛原:「それじゃ、車掌室に行っても同じことなんじゃないか?」
稲生:「これを見てください。『スト決行中 動労』とあるでしょう?つまり、この鉄道会社でストをしているのは運転士だけなんですよ。ということは、車掌はノータッチということになります」
愛原:「しかし、車掌もいなかったが……」
稲生:「欠乗……ですね。車掌さんを乗せずに発車したのかもしれません。運転台の機器に触っちゃいけないのなら、後部運転室の車掌機器には触っても大丈夫というのが僕の理屈です」
敷島:「分かった。さすがに、時速80キロで走行中の電車から飛び降りる度胸は俺には無い。どうせ飛び降りるのなら、この電車を止めてからだ。なるべく、安全な方法を取るとしよう」
愛原:「分かりました」
私は乗務員室の鍵を抜いて、ポケットにしまった。
敷島:「稲生さん、この電車の中間車辺りは危険な状態だ。そこの辺りをよく肝に銘じてくれよ?」
稲生:「分かりました」
私達は急いで後ろの車両に向かった。
9号車にいた死体の殆どが無くなっていた。
殆どがゾンビ化してしまった為に、バージョン4.0のマシンガンで蜂の巣にされてしまったからだろう。
会社員ゾンビ:「アァア……!」
JKゾンビ:「ウゥウ……!」
5号車に戻ると、まだゾンビがいた。
それどころか……。
酔っ払いゾンビ:「オォォ……!」
愛原:「1人増えてる……」
高橋:「酔っ払いはどこまでも迷惑なヤツだな」
ゾンビに食い殺された酔っ払いもまた、彼らの仲間になっていた。
今度の私はショットガンを手に入れている。
霧生市のバイオハザードで既にゾンビは何人も相手にしていたから、ショットガンがあれば大丈夫なことくらい既に分かっている。
愛原:「うりゃっ!」
実は弾が不足していたのだが、幸いあのバージョン4.0とやらはショットガンも装備していたらしく、そこから銃弾を頂戴していた。
私はゾンビを射殺した。
敷島:「さすがです、愛原さん!」
愛原:「こんなことは、もうこれっきりにしてほしいですよ」
あとは3号車にも水の化け物がいたはずだ。
これに関しては……。
稲生:「パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ!不浄なるものよ!この場から消え失せろ!ヌィ・フゥ・ラゥム!」
愛原:「おおっ、ニフラムだ!」
稲生氏の杖から光が放たれ、それが水の化け物を包み込んで消し去った。
愛原:「さすが稲生さん、魔法使いですな!」
稲生:「これでも初歩的な魔法なんです。杖を持ってきて良かった」
高橋:「ていうか、おい。不浄なるものを消し去る魔法だってことは、さっきのゾンビもニフラムで消せたんじゃねーのか?」
稲生:「あ……」
愛原:「まあまあ、高橋君。MPは温存しておくのがベストだぞ。ゾンビに銃弾は効いても、さっきの水の化け物には効かないと思うから」
高橋:「はあ……」
そうして私達は1号車へと戻って来た。
私と高橋のスタート地点だ。
まさか、本当に戻って来ることになるとは……。
私は1号車の運転室を開けるのに使った鍵を差し込んだ。
愛原:「開いた!あとは!?」
稲生:「あの赤いレバーを引いてください!」
稲生氏は車掌スイッチの上にある赤いレバーを指さした。
稲生:「それで電車が急停車するはずです!」
愛原:「了解!しっかり掴まっててくれよ!」
私は赤いレバーを掴むと、思いっ切りそれを引いた。
ブシュッ!という何かエア漏れのような音が聞こえたかと思うと、電車がけたたましいブレーキ音を上げながら減速していった。
よし!停車したら、このまま電車の外に脱出だ!
そう思った時だった。
愛原:「ん?」
何故だか電車が急勾配を下り始めた。
そのおかげで、減速力が落ちたような気がする。
しかも、それが段々ときつくなってきた。
愛原:「ちょっちょっ、ちょっ……!」
ちょっと待て!何かおかしいぞ!?
勾配が段々と垂直になっていく。
先頭車の10号車を下にするようにして!
愛原:「わわわわっ!?落ちる落ちる落ちるーっ!!」
高橋:「先生!」
敷島:「どうなってるんだ、一体!?」
稲生:「わあーっ!!」
稲生氏と幸太郎君、そして威吹氏がついに2号車の方へと『落下』して行った。
急いで来たから、貫通扉は閉めていない。
敷島:「み、皆さん、さようならーっ!!」
愛原:「敷島さん!」
敷島さんもついに脱落。
高橋:「せ、先生!俺もうダメです!」
愛原:「何なんだ、これは一体!?」
必死にしがみついていた私達だったが、車両がついに1回転するかしないかの所でついに私達も落ちてしまった。
[7月4日23:40.天候:晴 東京臨海高速鉄道りんかい線 新木場駅]
駅員:「あの、すいません」
愛原:「ん……?」
駅員:「そろそろ最終電車の時間なんですけど……」
愛原:「えっ!?」
気がつくと私は駅のベンチの上で寝ていた。
横には高橋君がいる。
愛原:「こ、ここはどこ!?」
駅員:「新木場駅ですよ。りんかい線の。あと12分で最終の大崎行きが出ますから、ご利用になられるのでしたら……」
愛原:「新木場駅!?」
な、何だ!?私達は現実の世界に帰って来れたのか!?
私はポケットからスマホを取り出した。
もうすぐ電池が切れる状態ではあるものの、ちゃんと日付と時刻が刻まれていた。
するとどうだろう?1日経っていた。
愛原:「高橋君!高橋君!」
私は隣に寝ている高橋を起こした。
高橋:「……?先生!」
高橋は飛び起きた。
愛原:「すまん、高橋。どうやら、寝過ごして新木場まで来たみたいだ」
高橋:「いつの間に?俺達は電車に乗っていて……あ、いや、夢でしたか」
愛原:「それは……終電だと思って乗り込んだ電車は、実は化け物と同乗の電車だったという夢か?」
高橋:「! そうです!」
やはり、夢などではなかったのか。
高橋:「先生、俺達は……!?」
愛原:「いや、いい。どうやら、無事に帰って来れたようだぞ。もっとも、1日過ぎたみたいだがな」
高橋:「1日!?」
愛原:「あの電車に乗り込んでから、次の日のもう夜中になっちゃったってことさ」
高橋:「どうしますか!?」
愛原:「取りあえず、このりんかい線の終電で大崎まで行って、そこから山手線に乗り換えて帰ろう」
高橋:「わ、分かりました」
事務員の高野芽衣子君にはかなり心配を掛けたらしく、私のスマホにはいくつもの着信履歴が残っていた。
不思議な体験だったが、ともあれ私達は無事に帰って来れたのだ。
私達は当駅23時52分発の大崎行きに乗り込んだ。
今度はちゃんと現役の車両であるのを確かめた上、行き先表示も何度も確認した。
そして、最後尾に乗り込んで車掌が乗務するのもしっかり確認した。
この習慣が、しばらくは続いたのである。
終
稲生:「鍵は手に入れました。これで1号車の車掌室に行って、向こうの非常ブレーキを掛けましょう!」
稲生氏がそんなことを言った。
愛原:「戻るだって!?」
稲生:「この乗務員室の鍵は、後ろのヤツと同じですから」
高橋:「バカか、テメェ!せっかくここまで来て、戻れだと!?」
敷島:「このブレーキハンドルを右に回せば止まるんだろう?」
ハンドルはまるで透明人間が運転しているかのように、マスコンハンドルがガチャガチャ動いている。
スピードメーターを見ると、時速80キロくらいで走行しているのが分かった。
ヘッドライトは点灯しているが、ライトに映し出されているのは線路だけで、それ以外は全くの闇のままだった。
稲生:「この電車は冥界鉄道公社の車両なんです。このまま乗り続けていると、黄泉の国へ連れて行かれます。そうなると皆さんは、生きたままそこに行くことになるわけで、もう2度とこの世に戻って来ることはできません」
愛原:「それとここのハンドルに触っちゃいけないのと、何が関係あるんだい?」
稲生:「これは僕の魔道師の先生から聞いた話なんですが、無関係の僕達が運転台の機器に勝手に触ろうとすると感電死するらしいです」
愛原:「それじゃ、車掌室に行っても同じことなんじゃないか?」
稲生:「これを見てください。『スト決行中 動労』とあるでしょう?つまり、この鉄道会社でストをしているのは運転士だけなんですよ。ということは、車掌はノータッチということになります」
愛原:「しかし、車掌もいなかったが……」
稲生:「欠乗……ですね。車掌さんを乗せずに発車したのかもしれません。運転台の機器に触っちゃいけないのなら、後部運転室の車掌機器には触っても大丈夫というのが僕の理屈です」
敷島:「分かった。さすがに、時速80キロで走行中の電車から飛び降りる度胸は俺には無い。どうせ飛び降りるのなら、この電車を止めてからだ。なるべく、安全な方法を取るとしよう」
愛原:「分かりました」
私は乗務員室の鍵を抜いて、ポケットにしまった。
敷島:「稲生さん、この電車の中間車辺りは危険な状態だ。そこの辺りをよく肝に銘じてくれよ?」
稲生:「分かりました」
私達は急いで後ろの車両に向かった。
9号車にいた死体の殆どが無くなっていた。
殆どがゾンビ化してしまった為に、バージョン4.0のマシンガンで蜂の巣にされてしまったからだろう。
会社員ゾンビ:「アァア……!」
JKゾンビ:「ウゥウ……!」
5号車に戻ると、まだゾンビがいた。
それどころか……。
酔っ払いゾンビ:「オォォ……!」
愛原:「1人増えてる……」
高橋:「酔っ払いはどこまでも迷惑なヤツだな」
ゾンビに食い殺された酔っ払いもまた、彼らの仲間になっていた。
今度の私はショットガンを手に入れている。
霧生市のバイオハザードで既にゾンビは何人も相手にしていたから、ショットガンがあれば大丈夫なことくらい既に分かっている。
愛原:「うりゃっ!」
実は弾が不足していたのだが、幸いあのバージョン4.0とやらはショットガンも装備していたらしく、そこから銃弾を頂戴していた。
私はゾンビを射殺した。
敷島:「さすがです、愛原さん!」
愛原:「こんなことは、もうこれっきりにしてほしいですよ」
あとは3号車にも水の化け物がいたはずだ。
これに関しては……。
稲生:「パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ!不浄なるものよ!この場から消え失せろ!ヌィ・フゥ・ラゥム!」
愛原:「おおっ、ニフラムだ!」
稲生氏の杖から光が放たれ、それが水の化け物を包み込んで消し去った。
愛原:「さすが稲生さん、魔法使いですな!」
稲生:「これでも初歩的な魔法なんです。杖を持ってきて良かった」
高橋:「ていうか、おい。不浄なるものを消し去る魔法だってことは、さっきのゾンビもニフラムで消せたんじゃねーのか?」
稲生:「あ……」
愛原:「まあまあ、高橋君。MPは温存しておくのがベストだぞ。ゾンビに銃弾は効いても、さっきの水の化け物には効かないと思うから」
高橋:「はあ……」
そうして私達は1号車へと戻って来た。
私と高橋のスタート地点だ。
まさか、本当に戻って来ることになるとは……。
私は1号車の運転室を開けるのに使った鍵を差し込んだ。
愛原:「開いた!あとは!?」
稲生:「あの赤いレバーを引いてください!」
稲生氏は車掌スイッチの上にある赤いレバーを指さした。
稲生:「それで電車が急停車するはずです!」
愛原:「了解!しっかり掴まっててくれよ!」
私は赤いレバーを掴むと、思いっ切りそれを引いた。
ブシュッ!という何かエア漏れのような音が聞こえたかと思うと、電車がけたたましいブレーキ音を上げながら減速していった。
よし!停車したら、このまま電車の外に脱出だ!
そう思った時だった。
愛原:「ん?」
何故だか電車が急勾配を下り始めた。
そのおかげで、減速力が落ちたような気がする。
しかも、それが段々ときつくなってきた。
愛原:「ちょっちょっ、ちょっ……!」
ちょっと待て!何かおかしいぞ!?
勾配が段々と垂直になっていく。
先頭車の10号車を下にするようにして!
愛原:「わわわわっ!?落ちる落ちる落ちるーっ!!」
高橋:「先生!」
敷島:「どうなってるんだ、一体!?」
稲生:「わあーっ!!」
稲生氏と幸太郎君、そして威吹氏がついに2号車の方へと『落下』して行った。
急いで来たから、貫通扉は閉めていない。
敷島:「み、皆さん、さようならーっ!!」
愛原:「敷島さん!」
敷島さんもついに脱落。
高橋:「せ、先生!俺もうダメです!」
愛原:「何なんだ、これは一体!?」
必死にしがみついていた私達だったが、車両がついに1回転するかしないかの所でついに私達も落ちてしまった。
[7月4日23:40.天候:晴 東京臨海高速鉄道りんかい線 新木場駅]
駅員:「あの、すいません」
愛原:「ん……?」
駅員:「そろそろ最終電車の時間なんですけど……」
愛原:「えっ!?」
気がつくと私は駅のベンチの上で寝ていた。
横には高橋君がいる。
愛原:「こ、ここはどこ!?」
駅員:「新木場駅ですよ。りんかい線の。あと12分で最終の大崎行きが出ますから、ご利用になられるのでしたら……」
愛原:「新木場駅!?」
な、何だ!?私達は現実の世界に帰って来れたのか!?
私はポケットからスマホを取り出した。
もうすぐ電池が切れる状態ではあるものの、ちゃんと日付と時刻が刻まれていた。
するとどうだろう?1日経っていた。
愛原:「高橋君!高橋君!」
私は隣に寝ている高橋を起こした。
高橋:「……?先生!」
高橋は飛び起きた。
愛原:「すまん、高橋。どうやら、寝過ごして新木場まで来たみたいだ」
高橋:「いつの間に?俺達は電車に乗っていて……あ、いや、夢でしたか」
愛原:「それは……終電だと思って乗り込んだ電車は、実は化け物と同乗の電車だったという夢か?」
高橋:「! そうです!」
やはり、夢などではなかったのか。
高橋:「先生、俺達は……!?」
愛原:「いや、いい。どうやら、無事に帰って来れたようだぞ。もっとも、1日過ぎたみたいだがな」
高橋:「1日!?」
愛原:「あの電車に乗り込んでから、次の日のもう夜中になっちゃったってことさ」
高橋:「どうしますか!?」
愛原:「取りあえず、このりんかい線の終電で大崎まで行って、そこから山手線に乗り換えて帰ろう」
高橋:「わ、分かりました」
事務員の高野芽衣子君にはかなり心配を掛けたらしく、私のスマホにはいくつもの着信履歴が残っていた。
不思議な体験だったが、ともあれ私達は無事に帰って来れたのだ。
私達は当駅23時52分発の大崎行きに乗り込んだ。
今度はちゃんと現役の車両であるのを確かめた上、行き先表示も何度も確認した。
そして、最後尾に乗り込んで車掌が乗務するのもしっかり確認した。
この習慣が、しばらくは続いたのである。
終