[7月3日?時刻不明 天候:晴 JR埼京線最終(または回送)電車2号車]
私の名前は私立探偵、愛原学。
都内で小さな探偵事務所を経営している。
今回は助手の高橋を連れて東北へ出張したのだが、その帰り際、どうもおかしなことに巻き込まれてしまったようだ。
最終の新幹線に乗ったはいいが、ダイヤが乱れてしまい、やっとこさ乗り換えた埼京線最終電車も、本当に最終電車だったのかどうか疑わしくなってしまった。
ヘタしたら、回送電車に乗ってしまったかもしれない。
最後尾の乗務員室に、車掌の姿がないのだ。
こうなったら運転室に行くしかないと判断した私は、高橋を連れて1番前の車両に行くことにした。
愛原:「ん?」
2号車の中には、乗客が1人いた。
高橋:「先生、間違って回送に乗ったの、俺達だけじゃないみたいですよ?」
高橋はニヤッと笑った。
愛原:「……だと、いいんだがな」
或いはやはり通勤快速として走っているのだが、車掌が行方不明になってしまったか。
昔の埼京線は、2号車と3号車が6ドア車だったように記憶している。
しかしこの電車の場合は、普通の4ドア車であった。
座席にちょこんと座っているのは少年であった。
小学校高学年くらいだろうか。
熱心にノートを開いて、シャープペンで何かを書き込んでいる。
特に不審点は無い。
愛原:「こんな遅くまで何をやってるんだろう?」
高橋:「家出ですね。分かります。俺なんか既に何回も……」
愛原:「いや、違うと思うぞ。塾通いだろう。まだ受験シーズンってわけでもないのに、こんなに夜遅くまで勉強とは……。俺も昔は塾通いさせてもらったが、さすがに終電で帰った記憶は無いなぁ……」
高橋:「ううっ……」
すると高橋はガックリとうな垂れた。
愛原:「どうした?」
高橋:「ですよね……」
愛原:「ん?」
高橋:「やはり一流の探偵になるには、塾通いしなきゃダメってことですね……」
愛原:「いや、そんなことは無いと思うぞ。こんな俺だって、そこまでやっても結局大学の第一希望は受からなかったんだから」
高橋:「俺は……やっと通信制の高校を出たばかりなもんで……」
愛原:「だから関係無いって。金田一少年やコナンだって高校生だろうが」
後者の見た目は小学生だが。
高橋:「今からでも受かる大学に通う為、修行します!」
高橋はバッと自分のスマホを出した。
愛原:「待て待て待て!だから一流の探偵と学歴はそんなに連動してないと言ってるだろうが!」
だが、そんな高橋の手が止まった。
愛原:「どうした?彼女からの着信か?」
高橋:「今、女にうつつを抜かす時期じゃありませんので。……おかしいな」
愛原:「だから何が?」
高橋:「電波が圏外なんです。しかも、時計が動いてない」
愛原:「はあ?」
私も自分のスマホを出してみた。
愛原:「んんっ!?」
私のスマホもそうだった。
圏外になっていてネットも使えなければ、通話もできなかった。
そして確かに、この電車に乗り込んでから僅か数分しか経っていない。
北与野駅を通過して与野本町駅を通過すれば、5分以上は経つ……ん?
愛原:「なあ?南与野駅って通過したか?」
高橋:「えっと……気がつきませんでしたね。すいません」
私は窓の外に目を凝らした。
真夜中だから外が暗いのは当然だが、それでもまだ照明の点いている建物はあったり、街灯の明かりがあったりするのは分かるはずだ。
ところが、まるでトンネルの中にいるかのようにそれが全く見えないのだ。
電車が走っているのは分かる。
モーターを積んだ車両らしく、それが響く音は聞こえるし、何より電車が風を切って走る音もあるし、そしてそれならではの揺れもある。
高橋:「まるで、東日本大震災の後の計画停電の時みたいですね」
愛原:「あったなぁ、そんなの……」
私はしょうがないので、乗客の少年に話し掛けてみることにした。
愛原:「ねぇ、キミ。勉強中悪いけど、ちょっといいかな?」
少年:「何ですか?」
愛原:「あ、オジさん達は怪しい者じゃない。都内で探偵やってる者なんだけどね」
私は少年に名刺を差し出した。
少年:「愛原さん?……変わった漢字だね。普通、『相原』とか『藍原』じゃない?」
藍原:「あはははは……」
私は苦笑いするしかなかった。
高橋:「おい!先生になんてこと言うんだ、コラ!!」
愛原:「高橋、やめろ!」
高橋:「ですが先生!」
愛原:「子供相手に本気にするなって。悪かったね。キミの名前は何て言うの?」
少年:「山根幸太郎です」
愛原:「幸太郎君かー。いい名前だね。高橋、自己紹介」
高橋:「クソガキに名乗る名前など無い」
愛原:「おい!」
高橋:「あ、もちろん、先生は別ですからね」
私は溜め息をついた。
愛原:「こいつ、高橋って言うんだ。変わった兄ちゃんだけど、まあ気にしないで。で、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
山根:「探偵さんが乗り込んでるってことは、やっぱりこの電車、何か事件が起きたんですね?」
愛原:「やっぱりこの電車が、何かおかしいことに気がついたか」
山根:「うん。僕は指扇(さしおうぎ)駅から乗ったんだけど、電車がなかなか来なかったんだ」
愛原:「新幹線の線路内人立ち入りの影響で、埼京線もダイヤが乱れたらしいからね。少なからず、川越線にも影響が出たってことか」
山根:「やっと来た電車が何故かこの旧型車両だし、しかも誰も乗ってなかったんだ」
高橋:「! 先生、そういえば……」
愛原:「何だ?」
高橋:「電車が大宮駅に入って来た時、降りて来た客がいましたか?」
愛原:「あ……!」
そうなのだ。
彼の話が本当なら、この電車は恐らく川越始発だろう。
そこから川越線を走行し、途中の指扇駅で幸太郎君を乗せた。
そして電車はまた何駅か止まって、それから大宮駅に着いて私達を乗せた。
大宮駅はターミナル駅だ。
川越線方面から乗ってきた客の大半は、大宮駅で降りてしまう。
私達は発車間際の駆け込み乗車をしてしまった形にはなるが、それでもホームには降りた客が歩いていたりしても良いはずだ。
また、階段をバタバタ下りている時に登って来る客とすれ違っても良い。
今思い返せば階段を登って来た客もいなければ、ホームを歩く客もいなかったように思える。
愛原:「やっぱりこれは……回送電車か?」
高橋:「だとしたら、このガキや俺達が乗れるわけないじゃないですか」
愛原:「だよなぁ……。幸太郎君はどこまで乗って行くの?」
山根:「大宮です」
高橋:「フッ……!フハハハハハ!残念だったな、クソガキ!大宮駅はとっくに出てんだぜ?そこから乗って来た俺達が言ってんだから間違い無い!」
山根:「ええっ!?だって、指扇駅から一駅も止まってないよ!?」
愛原:「何だって!?」
高橋:「勉強に集中し過ぎて、頭イカレんだろー?あ?だいたい……」
愛原:「高橋、ちょっとお前黙ってろ。……いいかい?オジさん達は、間違い無く大宮駅からこの電車に乗ったんだ。それなのにキミは気がつかなかったのかい?」
山根:「電車が止まった感じがしたら分かりますよ」
愛原:「何だか気味が悪い話だな」
相変わらず電車は一定の速度で走り続けている。
外が見えないので、どのくらいのスピードなのかは分からないが、高速でもなければ低速というわけでもないだろう。
愛原:「実はオジさん達はこれから運転室に行こうと思ってるんだ。オジさん達は1番後ろの車両に乗ってたんだが、そこにいるはずの車掌さんがいないんだよ。キミ、見てないよね?」
幸太郎君は首を横に振った。
車掌どころか、この電車に乗ってからこの2号車に入って来たのは私達だけだという。
愛原:「もし良かったら、キミも来ないかい?」
高橋:「マジっスか!?先生、こんなガキ来たところで、足手まといですよ?」
愛原:「そんなこと言うな。子供1人の保護もできない探偵なんて、その方が業界の足手まといだろう」
高橋:「! 勉強になります!!」
高橋はまた私の言葉も手帳にメモし始めた。
勉強熱心な所は、幸太郎君に似てなくも無い。
これで、もう少しおとなしい性格だったらいいんだがな。
愛原:「とにかく、一緒に行こう。ここでずっと待ってるよりは、その方が不安も無いだろう」
山根:「はい!」
私達は今度は、3号車に続く引き戸を開いた。
私の名前は私立探偵、愛原学。
都内で小さな探偵事務所を経営している。
今回は助手の高橋を連れて東北へ出張したのだが、その帰り際、どうもおかしなことに巻き込まれてしまったようだ。
最終の新幹線に乗ったはいいが、ダイヤが乱れてしまい、やっとこさ乗り換えた埼京線最終電車も、本当に最終電車だったのかどうか疑わしくなってしまった。
ヘタしたら、回送電車に乗ってしまったかもしれない。
最後尾の乗務員室に、車掌の姿がないのだ。
こうなったら運転室に行くしかないと判断した私は、高橋を連れて1番前の車両に行くことにした。
愛原:「ん?」
2号車の中には、乗客が1人いた。
高橋:「先生、間違って回送に乗ったの、俺達だけじゃないみたいですよ?」
高橋はニヤッと笑った。
愛原:「……だと、いいんだがな」
或いはやはり通勤快速として走っているのだが、車掌が行方不明になってしまったか。
昔の埼京線は、2号車と3号車が6ドア車だったように記憶している。
しかしこの電車の場合は、普通の4ドア車であった。
座席にちょこんと座っているのは少年であった。
小学校高学年くらいだろうか。
熱心にノートを開いて、シャープペンで何かを書き込んでいる。
特に不審点は無い。
愛原:「こんな遅くまで何をやってるんだろう?」
高橋:「家出ですね。分かります。俺なんか既に何回も……」
愛原:「いや、違うと思うぞ。塾通いだろう。まだ受験シーズンってわけでもないのに、こんなに夜遅くまで勉強とは……。俺も昔は塾通いさせてもらったが、さすがに終電で帰った記憶は無いなぁ……」
高橋:「ううっ……」
すると高橋はガックリとうな垂れた。
愛原:「どうした?」
高橋:「ですよね……」
愛原:「ん?」
高橋:「やはり一流の探偵になるには、塾通いしなきゃダメってことですね……」
愛原:「いや、そんなことは無いと思うぞ。こんな俺だって、そこまでやっても結局大学の第一希望は受からなかったんだから」
高橋:「俺は……やっと通信制の高校を出たばかりなもんで……」
愛原:「だから関係無いって。金田一少年やコナンだって高校生だろうが」
後者の見た目は小学生だが。
高橋:「今からでも受かる大学に通う為、修行します!」
高橋はバッと自分のスマホを出した。
愛原:「待て待て待て!だから一流の探偵と学歴はそんなに連動してないと言ってるだろうが!」
だが、そんな高橋の手が止まった。
愛原:「どうした?彼女からの着信か?」
高橋:「今、女にうつつを抜かす時期じゃありませんので。……おかしいな」
愛原:「だから何が?」
高橋:「電波が圏外なんです。しかも、時計が動いてない」
愛原:「はあ?」
私も自分のスマホを出してみた。
愛原:「んんっ!?」
私のスマホもそうだった。
圏外になっていてネットも使えなければ、通話もできなかった。
そして確かに、この電車に乗り込んでから僅か数分しか経っていない。
北与野駅を通過して与野本町駅を通過すれば、5分以上は経つ……ん?
愛原:「なあ?南与野駅って通過したか?」
高橋:「えっと……気がつきませんでしたね。すいません」
私は窓の外に目を凝らした。
真夜中だから外が暗いのは当然だが、それでもまだ照明の点いている建物はあったり、街灯の明かりがあったりするのは分かるはずだ。
ところが、まるでトンネルの中にいるかのようにそれが全く見えないのだ。
電車が走っているのは分かる。
モーターを積んだ車両らしく、それが響く音は聞こえるし、何より電車が風を切って走る音もあるし、そしてそれならではの揺れもある。
高橋:「まるで、東日本大震災の後の計画停電の時みたいですね」
愛原:「あったなぁ、そんなの……」
私はしょうがないので、乗客の少年に話し掛けてみることにした。
愛原:「ねぇ、キミ。勉強中悪いけど、ちょっといいかな?」
少年:「何ですか?」
愛原:「あ、オジさん達は怪しい者じゃない。都内で探偵やってる者なんだけどね」
私は少年に名刺を差し出した。
少年:「愛原さん?……変わった漢字だね。普通、『相原』とか『藍原』じゃない?」
藍原:「あはははは……」
私は苦笑いするしかなかった。
高橋:「おい!先生になんてこと言うんだ、コラ!!」
愛原:「高橋、やめろ!」
高橋:「ですが先生!」
愛原:「子供相手に本気にするなって。悪かったね。キミの名前は何て言うの?」
少年:「山根幸太郎です」
愛原:「幸太郎君かー。いい名前だね。高橋、自己紹介」
高橋:「クソガキに名乗る名前など無い」
愛原:「おい!」
高橋:「あ、もちろん、先生は別ですからね」
私は溜め息をついた。
愛原:「こいつ、高橋って言うんだ。変わった兄ちゃんだけど、まあ気にしないで。で、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
山根:「探偵さんが乗り込んでるってことは、やっぱりこの電車、何か事件が起きたんですね?」
愛原:「やっぱりこの電車が、何かおかしいことに気がついたか」
山根:「うん。僕は指扇(さしおうぎ)駅から乗ったんだけど、電車がなかなか来なかったんだ」
愛原:「新幹線の線路内人立ち入りの影響で、埼京線もダイヤが乱れたらしいからね。少なからず、川越線にも影響が出たってことか」
山根:「やっと来た電車が何故かこの旧型車両だし、しかも誰も乗ってなかったんだ」
高橋:「! 先生、そういえば……」
愛原:「何だ?」
高橋:「電車が大宮駅に入って来た時、降りて来た客がいましたか?」
愛原:「あ……!」
そうなのだ。
彼の話が本当なら、この電車は恐らく川越始発だろう。
そこから川越線を走行し、途中の指扇駅で幸太郎君を乗せた。
そして電車はまた何駅か止まって、それから大宮駅に着いて私達を乗せた。
大宮駅はターミナル駅だ。
川越線方面から乗ってきた客の大半は、大宮駅で降りてしまう。
私達は発車間際の駆け込み乗車をしてしまった形にはなるが、それでもホームには降りた客が歩いていたりしても良いはずだ。
また、階段をバタバタ下りている時に登って来る客とすれ違っても良い。
今思い返せば階段を登って来た客もいなければ、ホームを歩く客もいなかったように思える。
愛原:「やっぱりこれは……回送電車か?」
高橋:「だとしたら、このガキや俺達が乗れるわけないじゃないですか」
愛原:「だよなぁ……。幸太郎君はどこまで乗って行くの?」
山根:「大宮です」
高橋:「フッ……!フハハハハハ!残念だったな、クソガキ!大宮駅はとっくに出てんだぜ?そこから乗って来た俺達が言ってんだから間違い無い!」
山根:「ええっ!?だって、指扇駅から一駅も止まってないよ!?」
愛原:「何だって!?」
高橋:「勉強に集中し過ぎて、頭イカレんだろー?あ?だいたい……」
愛原:「高橋、ちょっとお前黙ってろ。……いいかい?オジさん達は、間違い無く大宮駅からこの電車に乗ったんだ。それなのにキミは気がつかなかったのかい?」
山根:「電車が止まった感じがしたら分かりますよ」
愛原:「何だか気味が悪い話だな」
相変わらず電車は一定の速度で走り続けている。
外が見えないので、どのくらいのスピードなのかは分からないが、高速でもなければ低速というわけでもないだろう。
愛原:「実はオジさん達はこれから運転室に行こうと思ってるんだ。オジさん達は1番後ろの車両に乗ってたんだが、そこにいるはずの車掌さんがいないんだよ。キミ、見てないよね?」
幸太郎君は首を横に振った。
車掌どころか、この電車に乗ってからこの2号車に入って来たのは私達だけだという。
愛原:「もし良かったら、キミも来ないかい?」
高橋:「マジっスか!?先生、こんなガキ来たところで、足手まといですよ?」
愛原:「そんなこと言うな。子供1人の保護もできない探偵なんて、その方が業界の足手まといだろう」
高橋:「! 勉強になります!!」
高橋はまた私の言葉も手帳にメモし始めた。
勉強熱心な所は、幸太郎君に似てなくも無い。
これで、もう少しおとなしい性格だったらいいんだがな。
愛原:「とにかく、一緒に行こう。ここでずっと待ってるよりは、その方が不安も無いだろう」
山根:「はい!」
私達は今度は、3号車に続く引き戸を開いた。
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