50歳で始めた海外ひとり旅 と 自費出版

50歳にして「海外ひとり旅」の楽しさを知る。最近は野菜づくり、本づくりにも挑戦。

スコットランド ひとり旅 出版 その後

2022年09月21日 00時27分51秒 | スコットランドへ

2018年に旅したスコットランドの北部への旅の第2版に取り掛かってから、またも半年の時間が過ぎた。
初版が130ページだったのを最初から見直し、表紙も変えた。そこでまた中断。
自費出版の1冊目である「アイルランドへ行きたい」の改訂版も途中でストップしていたので、そちらに手を付けた。
主な作業は、縦書きだったのを、横書きへの改訂だった。
思えばこの本の版下は「パーソナル編集長」という2万円もしないアプリだった。
また画像処理の定番、PhotShopなど持ってなくて フリー・ソフトのGIMPを使ったものだ。
一番苦労したのは、地図づくりだった。地図は既存のもの、例えば Google Mapなどの印刷物などをCopyすることは、著作権に触れるのでできない。手書きで写し取らねばならない。輪郭をトレースしたのをGIMPに読み込んでペンや筆ツールで色を付けて描いたものだ。2枚の概要地図を作るのにすごい時間がかかった。

2冊目の「スコットランド ひとり旅」では、オークションで中古のPhotoShopを手に入れたので画像処理は格段に楽になった。とは言っても、まだ初心者のレベルだった。
どういうことかというと、私は長年カメラはCANONのEOS Kissを使ってきたが、大抵のカメラが解像度は72Dpiだ。でも、印刷物の場合、解像度は300Dpiや600Dpiに設定する。そういう初歩的なことも知らなかった。
それで「パーソナル編集長」を使って作った本「アイルランドへ行きたい」、「スコットランド ひとり旅」は、文字は600Dpiで写真は72Dpiという、チグハグなことになっている。

今回は、その2冊を見直して編集作業をした。
「アイルランドへ行きたい」は先週、1冊から本が作れる「RED TRAIN」 に発注した。
「スコットランド くるま旅」も今週には発注できるだろう。

面倒なカバーも細かい変更作業を行った。

 

 

 

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スコットランドくるま旅 Movie その3

2021年03月27日 00時43分16秒 | スコットランドへ

スコットランドくるま旅 Movie その3

このときのスコットランドの旅のことは、私の自費出版の本としては2冊目として作った。
20冊か30冊を作り、知人が買ってくれた。喜んで買ってくれたのは、やはりお酒好きの人たちだった。マッカラン蒸留所へ行ったくだりが良かったようだ。
 その後、ひょんなことでプロのデザイナーと知り合いになり、印刷物の版下を作る際のノウハウというか常識を教えてもらった。
一番のポイントは画像の処理だった。
 2冊目となる「スコットランドくるま旅」は、版下データを「パーソナル編集長」というアプリで作った。埋め込んだ画像データはデジカメで撮った画像を何の処理もせずに、単にサイズだけを調整して貼り付けただけだ。
で、そのデザイナー氏は、主にイラストレータを使う人だった。もちろんPhotshopも使う。
デザイナー氏をMさん(女性)としておこう。
 そのMさんに私が「自費出版で本を作ったのですが、どうも画像がイマイチです」と言ったら「画像のModeはCMYKに変換していますか? 解像度は300dpi程度に変換処理をしていますか?」と聞かれた。私は、何もせずに「パーソナル編集長」の編集機能を使ってサイズを合わせているだけだと言ったら、それじゃダメと言われた。
わたしも、うすうす、そういうことだろう気づきはじめてはいた。
その頃、中古の Adobe Creative Suite CS3 を入手した。
それを使って アイラ島紀行、プリンス・エドワード島紀行みたいな本を作った。
 そのKnow howを使って 改訂版「スコットランドくるま旅」Ver2を作ろうとしている。
これと並行して、当時のVideo DATAをあらためて見直してみた。

Wonder share Filmora9というアプリを入手して、当時のVideoDATAを編集してみた。

1万円くらいのアプリだが、機能は豊富だ。まだ使いこなせていない。

 

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スコットランドくるま旅 Movie その2

2021年03月13日 18時30分21秒 | スコットランドへ

スコットランドくるま旅 Movie その2

初めてスコットランドへ旅したのは2008年の5月のこと。その様子は2009年に断片的に投稿している。
今回は、そのときの静止画と動画を編集アプリのFilmoraを使ってまとめてみた。
クライガラヒを出てキース、エルギンを経由してインバネスへ行き一泊した。
翌日はネス川沿いを南下し、フォートウィリアムに寄りグレン・フィナンへ行った。
そこからは一気に山越えをしてスカイ島のポートリーに着いた。

https://www.youtube.com/embed/xma_yMRKJTM

 

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スコットランドくるま旅 Movie その1

2021年03月06日 01時24分21秒 | スコットランドへ

「スコットランドくるま旅」第2版のために、当時撮った画像を整理していたら、それなりに動画も撮っていた。それを整理してDVDにしてみようと思った。
この旅に持っていったカメラはCanonのEOS Kiss4あたりだろうか。サブとしてPanasonicの小型デジカメを使ったかと思う。
エジンバラでレンタカーを調達して、スペイ・サイドへ行った。予備知識がなくて
かなり無駄なことをした気がする。
クライガラキという村に泊まった。B&Bだったので夕食は提供されない。
それで歩いて行ける距離にあったホテル・クライガラキへ行った。
このホテルは、当時、Oldスコッチ・ウィスキーの保有では世界一だったそうだ。
そんなことは知らずに、私はビールをオーダーした。
そんなヘマもしたが、マッカラン蒸留所を見学できたのは思い出深い。
ということで、当時、撮った写真と動画を編集してみた。

スペイ・サイドへ

https://youtu.be/T4DRiVSvcqE

 

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Edingburgh その2

2009年12月24日 00時51分16秒 | スコットランドへ
 トルコに住む、娘の友人からクリスマスカードが届いた。
郵便受けに、配達通知が入っていて、届け物は、国際便の書留と
あったので、何か娘が大事な書類でも送って来たかと思っていたら
普通の封書だった。Istanbulからだった。
 かれこれもう10年前に我が家にホームステイしたチェコ生まれの
女の娘だった。下の娘がWashingtonD.C. に居たときのルームメイトだ。
娘が帰省したときに一緒に我が家へ来た。
 思えば彼女が我が家に来たことが、英会話をちゃんとやろうと
私が思ったきっかけかも知れない。
旅先で、買い物をしたり、道を尋ねたりするのには、知っている
単語を並べれば、何とか目的を達することができる。
が、1ケ月も付き合うと、そうはいかない。ちゃんと意見を言ったり
しなくてはならない。質問にも答えなくてはならない。
 その彼女も、既に一人の子供の親になった。トルコに住んで
もう5年になるという。

 さて、2年前のScotlandの旅のことも そろそろ終わりにしないと。
記憶もおぼつかなくなってきた。





この写真は、2泊3日で借りたアパートを出た通りだ。
右手の建物は、1階が主に土産物の店だったりする。
Royal Mileと呼ばれる通りだ。

住所は、3 James Court 493 Lawnmarket Royal Mile 。

下の写真はその反対方向のショットで、そのまま進めば、
Edingburgh城へ行ける。

それにしても、西欧の人は、服装がまちまちだ。
Tシャツだけの人も居れば、皮ジャンを着込んでいる人もいる。
時刻は昼前で、私だと、Tシャツに春もののブレザーで
ちょうど良かった。





もう夏休みに入っているので、月曜日とはいえ すごい観光客だ。
Edingburghの中心部まで、歩いて15分くらいなので、ぶらぶらと
食料の買出しを兼ねて歩いた。


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EdinburghのApartment その1

2009年12月12日 23時19分37秒 | スコットランドへ
 ちょっとサボってしまった この旅の日記も最後の2日を
残すのみとなった。わずか5日ほど前に泊まった最初の
到着地Edingburghへと戻って来た訳だが、そのときに比べると
Scotlandのことが少し分かってきたせいか、余裕も出てきた
感じだ。
 借りたアパートの場所も見当がついた。Edingburgh城へと
続く通りである、Royal Miles の中心部らしい。

 ちょっと話は変わるけども、今回の旅は、航空会社がLufthansa航空
だったので、いつもと違って、到着地までスーツケースを預ける
ことにした。「Frankfurt空港で、積み替えがあるけどたぶん
大丈夫だろう」とはticketを手配してくれた娘の談。

いつもは、機内持ち込みができる「地球の歩き方」が販売している
小型のスーツケースと吉田カバンのボストンバック(Duffle Bag)に
デイパックというのがここ数年の定番だった。

が、今回はそういうこともあり、3泊用とRIMOWAのスーツケースを
カミさんから借りた。

ということで、けっこう荷物は多い。なので、できるだけ
タクシーは使わないことに決めていたのだけど、使うことにした。
引き摺っていけば、たぶん30分で着くとは思ったが。
周りは明るいが、すでに夕方だ。

タクシーに乗って、Edingburgh城へと続く坂道を上り、
Royal Milesの中央あたりで、タクシーは止まった。
「ここだ」と運転手は言う。が、アパートらしきものは
見当たらない。
「間違いなくこの辺りだ」というので、車を降りた。
確かに、建物の壁面に書いてある番地は、合っている。
土産物屋が並ぶ、賑やかな場所だった。
よく見ると、奥へと続く通路が見つかった。




そこを入って行った。
そこには、小さなスペースがあった。



ちょっと怪しい店もあった。



その狭いスペースから アパートの入り口を見ると
青い鉄のドアが、私が借りたアパートの入り口らしい。

その入り口



教えられた、4ケタの暗証番号を入力し、扉を押すと
開いた。
で、それはいいのだけど、なんと昔のままの階段しかない。
部屋は4階だ。エレベータはない。薄暗い石壁の階段。
手すり代わりのロープが階段沿いに備え付けられている。
中世の回り階段を上っていくというのが、表現としては
ふさわしかった。

でも、少々、くたびれた、貴族が住んでいたらしい
Apartmentは、NewYorkや日本ではお目にかかれないほど
洒落ていた。






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Apartmentを探す

2009年11月05日 01時00分24秒 | スコットランドへ
 前の記事を修正というか、補足します。
有料駐車場が、6時過ぎから無料になるとわかったので、
安心して車を駐車場に停め、荷物は車の中に置いたまま
事前に予約しておいた アパートの部屋の鍵をもらうために
その管理事務所へ行くことにした。
実は、日本にいるときに、場所をGoogle Mapで調べたが
どうも判然としなかった。ここ、ピカデリー通りの近くと
もう一つ、かなり離れた場所が検索すると表示された。
住所はわかっているので、目星をつけて歩いて探すことに
した。
main street の裏側といった感じの通りで、事務所が
入った建物が多い。通りの名前と番地を頼りに歩く。
30-40分ほど、探し回って、やっとそれらしき
場所を見つけた。日本と違って、派手な看板?が
ある訳ではないので、よくビルの壁に刻まれた
社屋、事務所の名称を見ないといけない。
 小奇麗な事務所で、女性が一人居た。
予約していたことを告げると、待っていたようで
直ぐに手続きをしてくれた。
パスポートを提示するだけでOKだ。
場所は、Edingburg城に通じる 有名な Royal mileに
あるらしい。到着した日に泊まったhotelから近いよう
なので、探すのに苦労はなさそうだ。
入り口は共用になっていて、10キーとABCの組み合わせのロックが
あるということで、そのパスワードみたいな 組み合わせを
書いたメモと部屋の鍵を渡された。
鍵は、出発するとき、部屋の中の目に付きやすい場所に
置いて出ればよいとのこと。オートロックがかかるので
それでいいのだ。
ということで、Keyを受け取り、駐車場へと戻る。
もう、この頃は、7時過ぎだと思うが、明るいので
まだ夕方の早い時間のようだった。
荷物を出して、車のkeyを Hertsの事務所の郵便受けに
戻して、Royal mile を目指して歩いた。


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Edinburgに到着

2009年10月26日 00時47分07秒 | スコットランドへ
山道を越えた頃が、ちょうど昼くらいだったようだ(写真の履歴から)。
往くときの予定では、そのまま南下してGlasgowへ出てEdinburgへ
戻るつもりだったが、国道A82からGlenSpeanというところから
東へ向かいA86へ乗り入れることにした。Laganという場所で
国道A9に入り、南下してPerthを経由してEdinburgへ戻った。

その途中で、見た 湖での釣り風景だ。




よくあることだが、なぜか返りの道のことはあまり記憶に
残らない。この道を進めばたどり着くという安心感がある
せいだろうか。
さて、なんとかEdinburg市内に入ったものの、街中で迷ってしまった。
車を停めて車を出て、歩いていた年配の男性を捕まえ中心部へ行くには
どの方向へ行けばいいのかと聞いて、やっと記憶にある街並みが見えた。
車を返すときには、ガソリンを満タンにするという契約なので、
いわゆるペトロステーションを探さなければならない。
が、意外にそれが見当たらない。中心部では見かけなかったので
再度、郊外へ繋がる道を戻る。15分ほど、走ってみるが、
それでも見つからない。またも、歩いている人に声をかける。
大学生くらいの青年だった。「あ、その先を左に曲がるとすぐ
あるよ」とのこと。確かにすぐに見つかった。
そういえば、前の年に行った、PEIでも、車を返却する前に
ガソリンスタンドを探し回った苦い思い出が頭をよぎった。
つい日本のように、どこでもあるものと思ってしまう。
self serviceなので、自分で入れる。ガソリンもディーゼルも
殆ど同じ値段だ。日本円で1リットル、約200円。
高いと思うが、たぶん意図的に環境保護のために設定されて
いるのだろうと思った。これで、やっと返却できるので
ピカデリー通りへと向かう。
時間は、返却予定の5時をとっくに過ぎている。
事務所の前には、駐車場があるが、専用の駐車スペースは
3台?4台分しかなくて、既に使われていて空きはない。
同じスペースに公共の駐車場があるので、とりあえず
そこへ停める。が、自主的に払う駐車料のコインの
持ち合わせがない!! 2ポンドから4ポンドだが。
翌朝まで停めておく必要があるので、違法駐車する訳には
いかない。
事務所の周辺にはPUBがあるので、そこへ行って
小銭に替えようと思って、行ってみるが、拒否される。
意外にこういうことには、不親切だ。
そこから少し外れたところにある中華系のデリなら
なんとか 東洋系のよしみでなんとかなりそうな気が
したので、行ってみる。
「なんだ、そこなら6時を過ぎると無料だぜ」と
教えてくれた。なるほどと妙に感心した。
「ありがとう」と行って駐車場へ引き返す。
返却の書類の入った袋にキーを入れ、
「もし、何か問題があれば、連絡されたし」というような
事と携帯の番号を書いて、事務所の郵便受けみたいな
ところへ入れた。

<シャーロック・ホームズの像、左側にHertzの
事務所が見える>

さて、次は、この日の宿であるJames Court Apartments の
事務所を探してアパートの鍵を入手しなくては。
地図で調べた限りでは、ここから近いはずだった。




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Edinburghへ その1

2009年10月14日 23時20分40秒 | スコットランドへ
先の連休は、殆ど外出せずに家の中に居た。
 久しぶりに、オーディオ関係のアンプなどの聴き込みや
アンプを取替えたり、倉庫に押し込んでいる アンプ用の
パーツなどを眺めてみた。定年になったら 作ろうと思って
4-5台は真空管のアンプが作れるくらいのパーツがあった。
それを部屋一杯に、広げて、点検。
丸二日がかりだった。Net上で、昔、お世話になった人たちの
HPを見つけては、それを眺めて時間が過ぎた。
オーディオから距離を置いて、4-5年が過ぎたが、よくも
まあ、あの頃は、体力というか気力があったものだと思う。
夜中まで、音を出しながら 取っ組み合いをしていた感じだ。
今は、とても その気力はない。
 そして、もうひとつ、この時期になると 10数年来手伝っている
仕事が始まるので、これにも時間を取られることになる。

 ということで、またScotlandのことが、頭の片隅に追いやられる
こととなる。

おまけに、Scotlandの旅も帰路についていることもあり、あまり
緊迫感もなくなっている。
が、その分、往きのときには、余裕がなくて、じっくりと見ることも
できなかったScotlandの自然を見ることができた気がする。

skye島を出て、Eiean Donan城を過ぎ、山道へと入った。
帰り道は山が左手にあるので、当初心配したような運転がつらい
ことにはならなかった。
往きのときには、目に停まることもなかった のどかな風景だ。

ハイキングをしていると思われる夫婦の奥さんの方だ。



このあたりは、絶好のハイキングコースらしく、ときどき
道端に車が停めたままになっている。

 たぶん、そのご主人の方だ。



そして、のどかに流れる川。日本の田舎を思い出させる。



周りに民家もないことから、川の水は、みごとに澄んでいる。
ゴミひとつ浮かんでない。
魚が棲んでいるのかどうかは、わからなかった。



ということで、時間は昼前。のんびりとEdinburghを目指した。

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Skye島を出る

2009年10月04日 21時49分28秒 | スコットランドへ
 (写真は、島にある キャンプ地)

 さて、いよいよSkye島ともさよならして、再びEdinburghへと
戻ることになった。荷物を車に運んでいると、前日の朝、少しだけ話をした
夫婦も出立らしい。なんと、二人ともお揃いの皮ジャンにレーシングスーツ
で決めていた。そして前日、見かけたBMWのバイクに跨った。
奥さんは、当然後ろの座席だ。ヘルメットを被ると、とても
リタイアした人たちには見えない。
 私も、出発することにした。
帰路というのは、なぜか 速く時間が経つ。周りの景色も
それほど眼に入らなくなる。旅の目的をほぼ達成したせいかも知れない。
実は、この帰り路のコースについては、前日、随分と迷った。
Fort WillamからSkye島へは山越えのコースを選んだのだけど、
途中で、体調がおかしくなったというか、高所恐怖症に襲われた
ような気分になった。それが、気になったので、山道を避けて
遠回りにはなるが、北側のコースを辿って一旦Invernessに出て
南下しようかと考えた。が、どうも、道路の名称から判断すると
国道クラスではなさそうだ。UKの道路は Mで始まるいわゆる
高速道路とAで始まり1ケタから4ケタまでの数字で表される
道路があるようだ。EdinburghからPerthまではM90 で、その後は
A9だ。山越えは、A87だけども、北の経路はA832とあるので、
片側1車線で、がんがん飛ばせるようには見えない。
ということで、夕方の6時までには車を戻さなければならないので
仕方なく、もと来た道を戻ることにした。

 でも、懸念したような気分の落ち込みもなく、順調に進んだ。
来るときには、あまり余裕がなくて ゆっくり見ることもできなかった
Eilen Donan城も眺めることができた。



この城は、Scotlandでは、一番、美しい古城といわれているが
残念ながら私の技量では、それを伝えることはできません。
よくパンフレットに載っているのは、もっとSkye島寄りの
離れたところからのズームで、かつ満潮のときに写したものと
思われる。

 
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