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小原古邨展

 朝、のんびりとテレビを見ていたら、どこかで見たことのある絵が流れてきた。

 NHK教育テレビの日曜美術館で「生き物のいのちを描く~知られざる絵師 小原古邨」で紹介されている版画である。

 どこかで見たことあるなーと既視感に囚われ、スケジュール表を検索したら、なんと展覧会で見ているのだ。デジャブではなく見たことを忘れていたわけだ。

小原古邨

 そういえば写真を撮った記憶があるなとファイルを調べてみると何枚か写真が撮ってあった。この展示会では写真撮影が許されていたのだ。

 一番気に入ったのが「雪松に大鷹と温め鳥」だ。

小原古邨

 説明書きによると、

 冬の季語にもなっている「温め鳥」とは、鷹などの猛禽類が小鳥を捕らえ、カイロのように寒い一晩足を温めること。またはその小鳥を言います。翌朝鷹は小鳥を逃し、温めてくれた小鳥の恩に報いるため、小鳥が去った方向にはその日一日狩りに行かないそうです。鷹匠などに伝わる伝承。

 とある。

 他にも動物をテーマにした作品が多くあった。

小原古邨

小原古邨

 デジャブは、脳の誤作動である、と言われているのでちょっと心配したが、忘れてしまっていたのなら単なる記憶障害なので一安心した日曜日の朝であった。



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顔真卿展、最終日

 東京上野の東京国立博物館に「顔真卿 王義之を超えた名筆」を見に出かけた。

顔真卿展

 書の展示会だから集客数にも限りがあるだろう、最終日ならガラガラかもしれないと上野まで出かけたら、館内に入るまでに40分かかった。

顔真卿展

 久しぶりに体験した長蛇の列だったが、館内も人また人。特に台北故宮博物院から借り入れた「祭姪文稿」の展示スペースに入る前に80分待ちの列ができていた。

 この「祭姪文稿」、中国でも公開されたことがないからか、東京国立博物館の中に大声の中国語が飛び交っていて、他の展覧会にないカジュアルな雰囲気であった。

 展示物の中でこれだけは写真を撮って良いという作品があった。こういうシステム、最近時々あるが、記念に一枚とらせて頂いたのが「紀泰山銘」。

顔真卿展 紀泰山銘

 平日はもっと空いていてゆっくり鑑賞できたらしい。やはり最終日は避けるべきだと再確認した展覧会だった。


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横浜美術館 ヌード展

 読売新聞社が主催している横浜美術館のヌード展、休館日に読売新聞の購読者を招待してくれると言うので出かけてきた。

 近代美術の収集で有名なテイト・ギャラリーの作品の中からヌードの作品を130展展示してある。

 いつものようにロッカーに荷物を預け、単眼鏡だけを首に下げて入場した。

 最初に目についたのがこれ、「風景の中で頭と腕を上げ、跪く男性ヌード」

風景の中で頭と腕を上げ、跪く男性ヌード

 作者を見て、えっ。ターナーってあの風景を水彩で描くターナー? スマホでジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーを検索したらやはりあの風景画の巨匠である。

 こんな作品も描いていたのかと驚いたのだが、スケッチブックから多量のヌード画が発見され、それも展示されている。これらの作品はターナーの名声を損ねるということで処分されたはずだったものが後世発見されたとの説明があった。

 この展示会で最も驚いたのが、ロダンの接吻像が撮影自由だということだ。

ロダン 接吻像

 このような展示会で写真撮影ができるのは初めての経験だ。残念ながらカメラをロッカーにしまってしまったので、iPhoneで撮影した。
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ミニチュアライフ展、田中達也 見立ての世界

 横浜高島屋をウロウロしていたら、催し物会場で「ミニチュアライフ展、田中達也 見立ての世界」をやっていた。NHKの朝ドラ「ひよっこ」のオープニング映像が田中達也の作品だ。

 入場料800円でチケットを買うのにずいぶん並んでいるので通り過ぎようとしたのだが、タカシマヤカードを持っていると無料で入れてくれるということだったので、早速入れていただいた。

 身近にある日用品をいろいろなものに見立て、作品を作るのが田中達也の特徴。

田中達也
 
 そしてもう一つの特徴がダジャレに近いタイトル。

田中達也

 この作品のタイトルは「甘の川」

田中達也

 これは、ビールの滝「ビア・フォール」

 大笑いしながら作品を見ていると、そこここからも笑い声が聞こえてくる。見知らぬ人同士、思わず目をあわせ笑顔を交わす。とても楽しい展示会だった。機会があれば是非ご覧になることをお勧めする。
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ルーヴル美術館展 ―地中海 四千年のものがたり

 東京都美術館でやっているルーブル美術館展を見てきた。

 地中海の周辺諸国の4000年の歴史を展示するというこの企画、平日の昼間に出かけたのに、お盆期間だったということもあり観客で溢れかえっていた。

 展示会は6章に分かれていて、序章;地中海世界、第一章;地中海の始まり、第二章;統合された地中海、第三章;中世の地中海、第四章;地中海の近代、第五章;地中海紀行からなっている。

 展示されていた地中海周辺の国家の盛衰がひと目で分かる地図を見ると、国家とは侵略するものであり、この事実は4000年前から現在まで変わらず延々と続いているのがよく分かる。

 そして国家の盛衰には文化が混合されていくという面もあり、また栄えている国家には巨万の富が集積し、その支配者らのために芸術や工芸が発達しているという図式も見て取れる。

 さて、人混みの中をかき分けながら見たこの展示会、私にとっては第2で章までの紀元前の展示と、5章の一部の紀元前の遺物に大いに興味をひかれた。

 中でも多数展示されていたテラコッタ製の壺は、今までにも見ているが、何度みてもすばらしい。3000年も前の作者がこの壺に向き合い、筆を動かしていく様が感じ取れるような気がするのだ。



 この展示会、4000年の前にこんなものを作ってのかという驚きもあったが、国家とは移ろいゆくものだなあと感慨ひとしおな展覧会でもあった。

 ルーヴル美術館展 ―地中海 四千年のものがたりは上野にある東京都美術館で9月23日まで。



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レオ・レオニ 絵本のしごと

 渋谷の文化村ミュージアムで開かれている絵本作家の「レオ・レオニ、絵本のしごと」展を見てきた。



 小さな子供たちへのプレゼントによく絵本を買いに行くが、一番目に付くところにおいてあるのが「いもとようこ」と、このレオ・レオニだ。

 レオ・レオニの特徴は、絵のいちまい一枚がグラフィックデザインとして完結していることだろうか。それに対し先にあげた「いもとようこ」のやさしく丸くてふわふわの絵は好きだが、文章と一緒になって作品が完成している。



 この「いもとようこ」の「かあさんのこもりうた」はオーストラリアに引っ越したルナちゃんに送ってあげたお誕生日プレゼントだ。

 レオ・レオニの作品は原画一枚を文章なしで額縁に入れたとしても鑑賞にたえる。



 そういうわけでこの展覧会が成立しているのだろう、金曜日の午後だと言うのに大勢の観客がいた。

 またレオ・レオニはコラージュ、油彩、クレヨンやゴム判など、いろいろの手法を使っている。主題にあわせた手法を使っているとのことだが、私は、はっきりとした輪郭の出るコラージュの作品が好きだ。



 この「アレクサンダとぜんまいねずみ」は絵も話もお気に入り。どのくらい気に入ったかと言うと、缶バッジを買ったくらい。



 終戦後の絵本など夢物語の時代に育った私としては体験できなかったが、幼児のまっさらな脳細胞によりしみこんでいくのは、いったいレオ・レオニなのだろうか、「いもとようこ」なのだろうか、興味のあるところである。

レオ・レオニ 絵本のしごとは渋谷の文化村ミュージアムで8月4日まで。



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世界報道写真展2013

 昨年1年間に撮影された写真を対象にした「世界報道写真コンテスト」で選ばれた写真の展覧会が東京都写真美術館で開かれている。

 五千人以上の報道カメラマンが応募した10万点もの作品の中から55点が入選作として展示されている。入選作は「スポットニュース」「一般ニュース」「現代社会の問題」「自然」「日常生活」「スポーツ」や「ポートレイト」などの部門に分かれていて、「スポットニュース」には中東の紛争地区の写真が多い。



 これらの報道写真は国内のメディアで報道されることは少ない。従って日本国内には需要もないということだろうか、今年の入選作品の写真家に日本人は一人もいない。もっとも主催者として朝日新聞も名前を連ねてはいる。

 展覧会は8月4日まで東京都写真美術館で開かれています。

 また、今年の入選作はインターネット上で見ることが出来ます。是非ご覧になってください。



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ラファエロ展

 国立西洋美術館でラファエロ展をやっている。

 あと一週間ほどで終わってしまう展覧会。観客が多いのだろう、閉幕までの残り10日間は毎日夜8時まで開館すると言う。主にバチカン美術館やウフィツィ美術館の所蔵する作品が多いのだが、ルーブルやプラドなど世界中の美術館から集められたラファエロを見る機会は見逃せない。

 この類の人気のある展覧会は金曜日の夜出かけることが多い。ラファエロ展も少しでもゆっくり見ようと金曜日の夕方出かけた。

 15世紀ころの西洋絵画の発注者は基本的にキリスト教会で、キリスト教の素養の薄い私にはなかなかなじめないものが多い。しかしそれらの中でもルネッサンスの3巨人と言われるラファエロ、ダビンチ、ミケランジェロは私の好きな画家たちだ。宗教色をまとっている絵もあるが、描かれる人間が生きているように感じるのだ。

 今回のラファエロ展の目玉は、チケットにも印刷されている大公の聖母。同時に展示されているジュリオ・ロマーノの聖母子と比べるとラファエロのほうが好みである。聖母子はまるで絵だが、大公の聖母は人間だ、と言って伝わるだろうか。



 美術展では素描を見るのも好きだ。鉛筆やチョークの動きを想像でき、目の前で大画家が書いているのを見ているような気になるからである。このラファエロ展でも素描があって、500年前とは思えないモダンさ。



 このラファエロ展で気に入ったもうひとつの点はミニ図録があること。絵画展の図録と言えば大判で何より重い。重ねて置いておくと床が抜けそうになるから、どうしても購入をためらってしまう。ミニ図録だと単行本程度の大きさ重さだから、そして価格も、気軽に購入できるのが良い。

 今年はこの後ダビンチ展、ミケランジェロ展が控えている。楽しみな一年だ。


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フェルメールめぐり

 フェルメールの「真珠の何ちゃら」というのが上野の美術館に来ているらしい。

 もうじき展示が終わってしまうというので、あわてて上野まで出かけた。上野駅の構内に美術館の入場券を売っているコーナーがあるが、これが長蛇の列。こんなことはめずらしい。さすが大人気のフェルメール。

 それでもきっぱりと開き直り、上野駅構内のアンデルセンでのんびり昼食。もちろん、、、

 パンダのパンだ。



 食事後、入場制限を覚悟して国立西洋美術館に行ったら。なんのことはない。まったく列が無い。あの行列はツタンカーメン展のチケットの行列だろうか。狐につままれたような気分で美術館の中へ。

 そしてフェルメールの「真珠の首飾りの少女」。



 でも、これ、スカーレット・ヨハンソンのようなターバンを巻いてないぞ。ここで重大な間違いに気が付いた。見たかったのは「真珠の耳飾りの少女」。一字違い。首と耳の漢字似ていませんか。老眼には同じに見えるのです。

 これは大変とインターネットで検索すると「真珠の耳飾りの少女」は歩いて5分くらいのところにある東京都美術館。美術館は2時間も歩き詰めになるのでとても疲れるのだが、展示はあと一週間。この機会を逃すと当分次は無いと思い美術館のはしごをすることにした。

 こちらは入場に50分待ち。そして「真珠の耳飾りの少女」の前は行列ができていて30分待ち。それでも平日の5時過ぎだからこんなもので済んだのだろう。



 そんなわけでくたくたになって上野公園を後にしたのはもう真っ暗になってからだった。


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 「真珠の首飾りの少女」は国立西洋美術館。

 「真珠の耳飾りの少女」は東京都美術館。

 いずれも9月17日までです。


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空海と密教美術展

 空海と密教美術展を見に、上野の東京国立博物館に出かけた。主催している読売新聞から無料の入場券を頂いたからだ。

 こういう類の展覧会はあまり見ることは無かったのだが、先日の五百羅漢ー増上寺秘蔵の仏画を見にでかけたことといい、なにか心の持ちように変化があったのかといえば、そうともいえず、これもタダ券をもらったからというのは、なんとも情けない。

 今をさかのぼること遥か昔、社会科で空海と真言密教という単語を聞いたことはある。しかしその実態については何の知識も無い。こんな状況で見に行ってよいのかとも思ったが、連れは「いけめん帝釈天」を見るだけが目的のようであったから、まあ良いとしよう。

 パンフレットによれば、「密教美術1200年の原点、その最高峰が集結」、「展示作品約100件のうち98.9%が国宝、重要文化財で構成される」とのこと。

 余談になるが、「約100件のうち98.9%が国宝、重要文化財」とは計算してみると一点以外全て国宝、重要文化財ということになる。実際展示品リストを見ると99点の展示のようだから98点が国宝、重要文化財。そうすると98.9898.....%となるはずだ。四捨五入すれば99.0%になるのだが、宣伝会議で、「99%と言うより98.9%と言ったほうが真実味がある」などという意見が出たのではないかと思うのは、邪推と言うものか。

 しかし、こうなると国宝、重要文化財でないのに選ばれて展示された作品に興味がそそられる。残念ながらそれが何であったのか記憶に無い。

 密教について簡単に調べたところによると、インドの仏教がヒンズー教に駆逐されていく過程で成立していったもののようだ。だから展示されている仏像はヒンズー教の神、シバ神とその奥方が踏みつけられている構成のものが多い。


降三世明王立像が踏んづけてるのがシバ神とその奥方
降三世明王立像


 でも、、、いけめん帝釈天はヒンズー教の神様だったはず。それが密教の守護神の一人になっているのは何故か。不思議である。

 これも後知恵であるが、帝釈天はシバ神との争いに負けて天帝の地位を明け渡したようだ。「にっくきシバ神」という点で、帝釈天と仏教の利害が一致したということだろう。敵の敵は味方というなんとも俗な世界でもある。

 そういうことはさておいても、1200年前の工芸技術には目を見張る。そして、空海の書。素養の無い私にも楷書に近い書体で書かれたその字は、かっこいいの一言。

 展示は9月25日までだから興味のある人はお忘れなく。



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ワシントン ナショナル・ギャラリー展

 国立新美術館で開催されている、ワシントン ナショナル・ギャラリー展に行ってきた。いつものように金曜日の夜だ。最近の美術館は金曜日の夜は遅くまで開いていることが多い。ここ国立新美術館も金曜日は10:00~20:00まで開いている。但し入場は19:30までなので注意は必要。

 ワシントンDCにあるナショナル・ギャラリーは20世紀初頭、米国の銀行家によってつくられた美術館だ。歴史は無いが、金に飽かして集めた美術品はわかりやすく、私のように美術に素養の無いものにとって非常に楽しむことの出来るものが多い。

 今回のテーマは印象派、ポスト印象派で私の好きなジャンルである。

 展示はコロー、デュプレ、ドービニーと印象派の登場以前のバルビゾン派から始まる。彼らはパリ近郊のバルビゾンに住んでフォンテンブローの森などを描いた風景画家の集団だ。

 そして次にブーダンやクルーべなど印象派に影響を与えた画家の作品が続き、マネの作品は5点も展示されている。

 中心の印象派の展示はピサロ3点、ドガ3点、モネ6点、ルノワール6点など充実している。

ドガ、舞台裏の踊り子


 印象派以降はセザンヌ6点、ゴッホ3点などが展示されているが、このセザンヌがすごい。一面の壁にこの6点が展示されていて、中央に設置されたイスに座ってこれらを俯瞰することが出来る。もっともこれは入場者の少ない金曜日の夜だから出来ることかもしれないが。

 最近美術館の特別展に出かけてもカタログを購入することは少なくなってきたが、何しろ重いのだ、今回は購入した。このカタログも良くできていて、全体写真は当然だが、必ず部分の拡大写真と対になっていて、ずいぶん実物を見たときの印象を補強してくれる。

 震災後、計画されていた印象派展が、放射能汚染を恐れるフランスから作品を借用できず、中止になったところもある。原発事故の収束が見えないなか、今後はますます美術品の借用は難しくなるかもしれない。成金趣味などといわず、今回貸し出してくれた、おおらかな米国に感謝しながらお出かけになることをお勧めする。

 

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小泉淳作展

 日本橋高島屋で27日までやっている小泉淳作展を見てきた。招待券をもらったから出かけたわけだが、10月14日から横浜高島屋でも展示するらしい。交通費を考えるとどちらで見たほうが得なのか微妙な状況だ。

 小泉淳作は日本画家で、今回の展示は東大寺本坊襖絵完成記念。

 会場に入るとまず目に入るのがハスの花を描いた40面の襖絵。泥の中でも美しい花を咲かせる蓮を、清らかに生きる人間の有るべき姿に喩えたということらしい。

東大寺本坊襖絵 蓮池


 襖絵としてはその他にしだれ桜や吉野の桜が出展されていて、ビデオではその製作過程が紹介されていた。

 この展示会では東大寺の襖絵以外に小泉淳作の代表作の山水画や静物画も展示されている。私にとってはこちらのほうがはるかに興味をひかれた。

 山水画では岩木山。モノトーンの大作なのだが、冠雪の白が輝いているのが印象的である。

 そして静物画では墨蕪図の精密さ。そして、筍の明るい色彩と精密な描写の中に、単なる写実ではなく特徴を抽出しての表現。三宝柑の肌の質感もすばらしいものであった。

 横浜高島屋の招待券がきたら、もう一度見てみたい展示会であった。





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マン・レイ展

 東京新美術館でマン・レイ展が9月13日まで開かれている。

 美術館へは、いつもだと金曜日の夜に出かけることが多い。それなのに、この展示会はそんなに混んでいないだろうと、8月中旬の土曜日に行ったら長蛇の列。失敗したか、、、、、

 知名度があまり高いと思えないマン・レイ展なのに、こんなに人気があるんだと驚いて、最後尾に並ぼうとしたら「オルセー美術館展の最後尾はここです」と係員が叫んでいた。

 マン・レイは1890年生まれのアメリカ人。高校では製図を学び、渡仏後、画家・写真家として活躍する。

 このような背景があるからか、機械製図のような作品が展示されている。なるほど面白いと思いながら、昔自分が描いていた回路図は美しくなかったなあ、と感慨に浸る。あれでは芸術作品にはならない。当然のことだが、、、、

マン・レイ 


 又、マン・レイは自分の作品を記録するために写真を使った。そして次第に写真そのものを作品としていく。1920年代に写真を記録媒体としてではなく、印画紙の上に物を置いたり色々な手法を試している。およそ100年前のその先進性にも驚く。

マン・レイ 


 もともと、シュルレアリスム的作品が好きなこともあるが、この技術志向的な一面も私がマン・レイ展を気に入った理由だろう。あと1週間の展示なので興味のある方は是非どうぞ。




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オルセー美術館展2010「ポスト印象派」

 2010年8月16日まで国立新美術館でオルセー美術館展2010「ポスト印象派」が開かれている。キャッチによると

 「オルセー美術館で最も人気のある印象派などの展示スペースが改装される期間を利用して、特例的に実現した空前絶後といえる展覧会」

 だそうだ。

 19世紀美術を集めたオルセーは宗教色が少なく、好きな美術館のひとつである。それに空前絶後ならますます行かねばならない。

 今回の展示は「ポスト印象派」と言うことで、印象派の画家たちが1886年の最後の第八回印象派展以降どのように変わっていたのか、からはじまって点描が目に付く新印象派やセザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンなどの作品が多い。

ゴッホ 星降る夜


 1999年と2007年のオルセー美術館展で見た作品も多く、有名どころが沢山きているのでお勧めの展覧会だ。

 ところでPENの6/1号が「1冊まるごと印象派」の特集をやっている。バックナンバーもまだあるようなのでこれもお勧めだ。600円。



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長谷川潾二郎(はせがわりんじろう)展

 NHKの日曜美術館で紹介された長谷川潾二郎(はせがわりんじろう)展を見たいというリクエストがあり、神奈川県の平塚美術館に出かけた。

 私の感覚では相模川を越えるということは、文明果つる地に出かけるということで、競艇や競輪で有名な平塚に美術館があるとは知らなかった。その上長谷川潾二郎という画家も知らなかったので全く期待しないで出かけた。

 カーナビに従って美術館の駐車場につくと入場待ちの車が列をつくっている。車のナンバーを見ると品川ナンバーやら横浜ナンバーが多い。それでも5分くらいで中に入ることが出来た。

 館内はそれほど混んでいなくて、インターネット割引券をプリントして持ってきたので入場料を600円払って展示室へ。

 館内のそこここに長谷川潾二郎の言葉が表示されている。例えば、

===================================

 私は彼の言う通り目の前にあるものを描く。しかし、それは実物によって生まれる内部の感動を描くのが目的ですから、実物を描いている、とは言えません。つまり私が描いているのは実物ではありません。

しかし、それは実物なしでは生まれない世界です。

この間の事情は外部の人には一寸判りにくい所があると思います。一番重要なことは、描く前の心の在り方だ。

目前にあるものが美に輝く時、それは神秘の世界から現れた贈物のように見える。洲之内氏が私の画を「この世のものとは思われない趣さえある」と言う時、私の気持ちを他の方向から感知していると思う。私の考えでは、「この世のものとは思われない」のは目前の現実で、目前にある現実が、「この世のものとは思われない」ような美に輝いている事実です。

===================================
 
 などを読むと、ちゃんと理解しているか自信はないが、なんとなく分かった気にさせるのがすごい。

 実際に絵を見てみると、私の好きな緑色がとにかくきれいである。それと白の表現もすごいと思わせる。紙袋の白、キャラメルの包み紙の白、テーブルの白、卵の白などの質感から長谷川の感動が伝わってくる。

長谷川潾二郎

 構図、特に静物画の構図もケレン味の無い無駄な要素を省いた、それでいて計算しつくしたのだろうという構図が心地よい。

 展示は6月13日(日)までだから機会があれば観に出かけることをお勧めする。そしてせっかく湘南を通り越して平塚まで来たのだから何かおいしいものを食べて帰ろうという向きには、橋を渡って茅ヶ崎に戻り、「ととや山口」の文明の薫り高い繊細な魚料理がおすすめだ。 


 
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