ジジババのたわごと

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規制仕分けに、失望と少しだけ期待と

2011年02月27日 | Weblog

 

政府は3月に「規制仕分け」を行う予定だ。

しかし、国会は混迷を深め、予算審議の行方がどうなるか見通しが立たない状況にあって、「仕分け」のことなどすっかり忘れさられてしまった感がある。  

 

日本では役所が、管轄する事業・仕事などについて良し悪しを判断する仕組みが強固になっている。おまけに中央集権的な縦割り機構になっているので、中央官僚が地方の細部のことにまで制限をかけ口出しすることになる。

このことが、外からの参入を阻み市場の発展を阻害したり、役所の仕事を増やしたり、天下り先がたくさん生まれる問題を抱えることになっている。

 

法律や規則は当然に必要なものなのだが、規制の根拠になっている規則や通達あるいは慣行や仕組みによって、利権が生まれ既得権となり族議員が介入する。

3月に行う「規制仕分け」は、国が定めているさまざまな規制制度について、時代の変化に即していないものや国際基準と整合していないものがないかなどを、事業仕分けと同じ手法手法を使って検証するというわけだ。

 

“官僚機構に鋭いメスを入れ、予算組み替えと無駄を徹底して排除する”という掛け声で始まった「事業仕分け」は、当初国民から大いに期待された。

これまで民主党は3度にわたって「事業仕分け」を行った。

しかし縄張りを守ろうとする役所側に骨抜きにされ、見事に国民の期待を裏切ってしまった。

 

「事業廃止」や「予算計上見直し」の結論に至っても、看板を掛けかえ、名目をかえ、他の事業につけかえたりして存続を図り、ゾンビのようだと言われた。

「再仕分け」や「独立行政法人・特別会計仕分け」のときは、政務三役が出てきて頑強に抵抗し、まさに「族議員」のようなありさまだった。

 

仕分け結果がきちんと実行されるようなプロセスが明確になっていない。

仕分けで「廃止」との判断が下ったら、首相がリーダーシップを発揮して、閣議で決定するようにしなければ、何のための仕分けか意味を成さなくなる。

もちろん、担当する省庁側に再反論の場を設けたらいい。

各大臣は閣議決定に基づいて省庁の局長に明確な指示を出す。もちろん従わない役人は処罰する。 

そして改善がなされたかどうかを検証する再仕分けも行う。

 

国民の「仕分け」への期待感は萎んでしまっている。3月の規制仕分けには、あまり関心を寄せないだろう。

日本は生産者側から見た「規制大国」なのだと指摘されて久しい。

この先日本が世界に遅れをとらないためには、「規制改革」こそが肝心なのだが、注目されなくなると、肝心な改革は役所の都合で骨抜きにされてしまう。

ここでもリーダーシップが問われてくる。



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