kikoがスタート

2005年8月にスタートしました。
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大阪・高槻市 無形文化財「磐手杜神社の 馬祭」

2023年01月20日 | 健康ハイキング・歴史クラブ・教養講座
健康ハイキング「青龍三年の丘 安満宮山古墳」のつづきです。


安満山を下りて「磐手杜神社」へ


この地点から、①~③は磐手杜神社までの順路です。

地図①

名神高速道路が目の前に見えています。


名神高速道路の下です。
左側の檜尾川(ひおがわ)に沿っていきます。


左側に「右 総持寺」とありますが方向的には
右側の正面から見て、右側が「総持寺」なのかな・・・?


左側は、名神高速道路と檜尾川です。

地図②

上写真の左に見える、檜尾川に架かる橋を渡ります。
正面は、名神高速道路です。

地図③

橋を渡ってから、右の檜尾川に沿って進みます。

磐手杜神社(いわてもり じんじゃ)

安満山の南西麓にあり
桧尾川に面してもとは安満神社といいました。


高槻市安満磐手町にある神社です。


とんど焼の跡が・・・


何年も前の5月5日に来たことがありますが
その時は「神輿渡御神事(通称 馬祭)」でした。

夜啼石

高槻城主永井近江守の老臣長田文八郎氏が、この奇岩に目を付けて持ち帰り、自分の庭に置いたところ毎夜「あま(安満)へいのう~」と繰り返し啼いたので再び社頭に返されたと言われています。

拝殿 絵馬

社頭の森は磐手の杜と呼ばれ、歌枕として名高く、毎年1月15日には、氏子がそろって参詣し粥占いの神事を行い、その年の穀物の豊凶を占います。


中央に「春日大明神の扁額」があります。


12世紀頃に春日神社に改めて、タケミカヅチノミコト・フツヌシノミコトなどを祭神とし、明治44年(1911)に現在の社名になりました。 だから「春日大明神の扁額」があったのですね。

春日橋

春日を冠したのは、当時安満一帯が奈良春日神社の荘園となって、村の鎮守に春日大名神を勧請(かんじょう)したためとみられています。


毎年5月5日には、稚児が乗った三頭の馬が神輿とともに神社を巡る「神輿渡御神事(通称:馬祭)」が行われます。

五穀豊穣と村の安寧を願う農耕儀礼として、村の神事祭礼を担ってきた宮座が中心となり、伝統の祭りを守り伝えています。

追記
「安満宮山古墳」から行きましたが、JR高槻駅南口・阪急高槻市駅から市営バス<梶原東>行き「安満」下車、徒歩約10分です。

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