kikoがスタート

2005年8月にスタートしました。
私が観た(見た)、感じた、覚書き、気になることを書いてます。(^^ゞ

京都・長岡京市 光明寺 ①「女人坂・念仏石坂と呼ばれる表参道」

2022年12月04日 | 京都・大阪・神戸・滋賀 他
12月3日(土)5時30分に起床 部屋の温度は12度でした。
紅葉の見ごろの時は他の人のブログで楽しんでいましたが
12月4日(土)まで開催の「光明寺 もみじ散華」へ・・・。

「光明寺 もみじ散華」 12月3日(土)

阪急バスに乗り「文化センター・舞塚」を通り
「旭が丘ホーム前」の停留所で降りますが


ここは「光明寺前」です。


普段は、光明寺の駐車場ですが
今日は駐車禁止で、タクシーだけが停車しています。


一般受付は1,000円で、総門までは右側通行です。


総門前の右側に見えているのは「浄土門根地石碑」です。

※ 浄土門根地石碑は、法然上人が初めて「南無阿弥陀仏」の
  お念仏の教えを説かれた場所です。

光明寺 総門

弘化2(1845)年に建てられた
高麗門様式の重厚な総門は、光明寺の表玄関です。


総門を入ると正面には御影堂へ続く参道と、左側には「もみじ参道」と合流できるのですが、今日は柵で区切られています。

表参道は、通称「女人坂・念仏石坂」とも呼ばれ、御影堂までの参道は女性やお年寄りでも苦労なしに登れる様に造られています。


「念仏石坂」と呼ばれるのは、信者の方々が東に流れる小畑川より、心を込めて石を運び完成させたことからでした。


表参道から、もみじ参道に向かって見える灯籠です。


御影堂(みえどう)に向かって参道を上がっていますが


こんなに優しい参道は初めてだと思います。
小さな子供さんでも、楽しく上がれる安心な参道ですね。


表参道は、ここまでですが


表参道を上がった所から見えるのは
正面に「御影堂」、右の建物は「観音堂」のようです。

光明寺 もみじ散華「御影堂・阿弥陀堂」へとつづきます。
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カタールW杯・E組「VAR判定で勝利しました!」

2022年12月03日 | 観戦・鑑賞・参観・見学ほか
カタールW杯 1次リーグE組 第3戦 日本ースペインが
日本時間12月2日(金)4時から放送されました。

前半にスペイン(アルバロ・モラタ)に先制点で0ー1
後半開始直後に、堂安律選手がゴールを決めて1-1になり


田中碧選手のゴールで2-1にして逆転勝利しましたが・・・


アシストした三笘薫選手が
ゴールラインのギリギリの位置で折り返したのですが「明らかにアウト」「全部が出ている」という声が多く

三笘選手が左足でクロスを上げる瞬間、ボールがラインにかかっている状態の画像を掲載しています。


VAR判定になり・・・

英メディア
「スタンダードスポーツ」公式ツイッターは
「少しでも入ってたらインプレーなんだよ」「この判定は正しい」「100%は出ていない」と正当性を主張しました。

米スポーツ専門局「ESPN」
サッカー専門インスタグラムは横と上から撮影した2つの写真を比較。「少しでも入ってたらインプレーなんだよ」「100%は出ていないのでこの判定は正しい」と認められたので


田中碧選手のゴールで勝利しました!


日本がE組1になり
決勝トーナメントに進出する16チームに入りました。
 

●FIFA(国際サッカー連盟)が今大会で導入している「半自動オフサイド判定技術」は、カメラとセンサーを使って選手やボールの位置関係やシュートした時間などのデータを基に、半自動的にオフサイドを見分けることができます。

●スタジアムには選手の手足やボールの位置を認識するためのトラッキングカメラを12台設置され、ボールにも「慣性計測センサー」があります。このセンサーでボールの状態を検知し、データをビデオ判定のオペレーションルームに送信して、最終判断は人間が映像などを確認した上で下すそうですが「VAR判定で勝利!」しました。

人の目は見た角度などで違うことが多く、チームによってはトラブルの原因になりますが、データを基に判定されるので良いですね。

次回は
12/5(月)24:00 関西テレビで放送されます。 
ベスト16 日本 ークロアチア 戦です。
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新高(にいたか)梨

2022年11月28日 | 食楽
「攻撃は最大の防御なり」だと思いますが攻撃しないで・・・
カタールW杯 1次リーグE組 27日の結果は残念でした。
日本0ー1コスタリカ で負け、悲鳴の日本でした。"(-""-)"
気になる スペイン1―1ドイツ は引き分けでした。

次回は
日本時間12月2日(金)午前4時 スペインとの最終戦。
日本はスペインに勝てば突破決定。負けると敗退。
引き分けた場合は、ドイツ-コスタリカ戦の結果次第。

●ドイツとコスタリカが引き分けた場合は
 勝点 スペイン5、日本とコスタリカが4で並び
 得失点差は日本が0、コスタリカがマイナス6で
 日本が2位で突破します。

●ドイツがコスタリカに敗れた場合
 勝点 コスタリカ6、スペイン5、日本4、ドイツ1で
 日本は3位で敗退します。


梨の王様 新高(にいたか)梨

新高は、Yファミリーから以前に貰っていた梨です。

新高は
「幸水や豊水」に次いで生産量の多い赤梨です。平均サイズは450~500gと大きいのが特徴で、大きく育ったものは1kgほどになることもあります。甘味があって酸味は少なめ。肉質はやわらかめで多汁です。

 1927年(昭和2年)に命名された歴史の古い品種で、菊池秋雄氏によって育成されました。命名は両親である、新潟県の梨「天の川」と、高知県の梨「今村秋」の地名を1文字ずつ取って「新高」と名付けられました。

 しかし近年の遺伝子解析により、片方の親が「今村秋」ではなく「長十郎」の調査結果が出たことで注目を浴びました。
もし早く分かっていたら、違う名前になっていたかも・・・。
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京都・白砂壇(びゃくさだん)で知られる「法然院」

2022年11月27日 | 京都・大阪・神戸・滋賀 他

今日は、数日遅れで月命日のお墓参りしてきました。
(写真追加しました。)

蹴上インクライン→ねじりまんぽ→南禅寺→水路閣→くろ谷 金戎光明寺(アフロ大仏)→真如堂のつづきです。

真如堂  11月18日(水)

敷居がない「赤門」から・・・
 

白砂壇で知られる「法然院」へ向かっています。


私は真如堂の楼門から、法然院を目指して歩いていますが
この道からも真如堂へ行けるようです。

哲学の道

法然院は、友人が2013年の4月に初めて案内してくれました。

その時に、哲学の道から横道に入ったのを憶えていたので
哲学の道を目指して歩いてきました。


少し行くと・・・法然院がありました。


法然院は、法然上人が弟子の住連と安楽と共に六時礼讃を唱えて
「念仏三昧の別行」を修められた草庵の旧跡です。


石畳を歩いていきます。


そして見えたのが

茅葺で数奇屋造りの山門

前に来た時も・・・侘び寂びを感じました。

山門から見える「白砂壇」

白い盛り砂でできた白砂壇が縦に2列並んでいます。

水を表す砂壇の間を通ることは
心身を清めて浄域に入ることを意味するそうです。


落ち葉が、白砂壇に舞い落ちています。


盛砂の模様は、季節によって描きかえられます。


4月に来た時は、水と菩提樹の葉でした。


「白砂壇・詫び寂び」の法然院でした。

W杯カタール大会1次リーグE組第2戦が、今夜の午後7時(現地時間午後1時)から日本代表(世界ランキング24位)と、コスタリカ代表(同31位)と対戦します。

早めに食事を済ませ、応援したいと思っています。
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京都・真如堂の紅葉「シンボルの三重塔と敷居が無い赤門」 

2022年11月26日 | 京都・大阪・神戸・滋賀 他
「侠客 會津小鉄が眠る紫雲石西雲院と會津藩墓地」のつづき
會津藩墓地から真如堂へいきます。 

2020年11月18日(水)

「會津藩墓地」を出て、真如堂へ行きますが
真如堂へは裏道を通る近道があります。


でも「會津藩墓地」を出ると、西側と北側の道があって
どちらか迷っていると、犬を連れた男性が「この道(北)の先が真如堂で、この方向にあります。」と指で方向を(写真は北の道)指して説明して下さり、とてもご親切に教えて頂きました。(^^♪


少し歩いていくと、正面にお堂らしき建物が見えています。
後で分かったのですが、真如堂の「本堂」南側でした。

鈴聲山真正極楽寺(れいしょうざん しんしょうごくらくじ)

真如堂です。
正式名は「鈴聲山真正極楽寺」といい、永観2年(984年)に戒算上人が開創した、比叡山延暦寺を本山とする天台宗のお寺です。

「極楽寺と名乗る寺は多いが、ここが正真正銘の極楽の霊地」という意味を込めて名づけられ、その本堂を表す「真如堂」が通称として定着しました。


目の前に、紅葉が広がっています!


見ごろだと思ってましたが・・・
真如堂まで来て良かったです。(^^♪

本堂 (重要文化財)

度々の戦火で焼失し
享保2年(1717年)に再建されたのが現在の本堂です。

本堂内部は自由に拝観できる外陣(げじん)があり
お線香をあげさせて頂きました。


本堂前の左側です・・・ 


真如堂は若い人にも人気のようですが
私は、この年で初めての真如堂でした。(^^ゞ

三重塔 (京都府指定文化財)

文化14年(1817年)に再建。


真如堂のシンボル的存在です。
多宝塔をまつった本瓦葺で高さは約30メートルあります。


お参りの人々をもてなす気持ちを込めた「花手水」


三重塔は、真如堂のシンボル的な建造物です。


三重塔の横に道があったのでチョッと歩いてきます。


三重塔が右横にあります。


紅葉の小路かな・・・


本堂にかけて紅葉のトンネルで


参道は真っ赤です。

総門

元禄8年(1695年)完成。

真如堂西側の神楽岡(吉田神社)の神々が
夜にお参りに来る際につまずかないように敷居がなく
「赤門」と呼ばれて親しまれています。

不要不急の外出自粛で、半年以上も控えていましたが
この後は「法然院の白砂壇」を見たいと思います。
コメント (2)
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京都・金戒光明寺 ③「侠客 會津小鉄が眠る紫雲石西雲院と會津藩墓地」

2022年11月25日 | 京都・大阪・神戸・滋賀 他
京都・金戒光明寺②「アフロ大仏 五劫思惟阿弥陀仏」のつづき

2020年11月18日(水)

会いたかった「アフロ大仏さま」とお別れして・・・


「會津藩墓地」へ向かいます。(會=会  會に統一します。)

紫雲石 西雲院

會津藩墓地へ向かっていると「紫雲石 西雲院」があります。

會津藩殖難者墓地をあずかる、西雲院開基の「宗厳(そうごん)」は、秀吉が朝鮮に出兵の時に連れ帰った一人でした。
宗厳はのちに出家して、元和2年にこの紫雲石を賜りました。


見難いですが「紫雲石 西雲院」と書いています。

「紫雲石」は
1175年(承安5)法然上人がこの地の石に腰を下ろし、日想観をしていると、紫雲がたなびいて、悟った上人は、この岡に庵を結んだのが金戒光明寺の始まりであり「紫雲石」といわれました。

西雲院には、歌にもある「侠客 會津小鉄」のお墓があります。
會津小鉄は本名「上阪(こうさか)仙吉といい、會津藩松平容保が京都守護職在職中は表の家業は口入れ屋として、裏では新選組の密偵として大活躍しました。


小鉄は、會津藩が鳥羽伏見の戦いで賊軍の汚名を着せられ、戦死者の遺体が鳥羽伏見の路上に放置されていたのを子分二百余名と、迫害も恐れず収容し近くの寺で荼毘に付し回向供養したといわれています。


以後も、小鉄は容保公の恩義に報いんが為に
黒谷會津墓地を西雲院住職とともに死守しました。


西雲院には、子分が書いた伝記「会津小鉄伝」が発見され
「近藤勇の首級奪取、会津へ運ばす」との記述がありました。
小鉄が清掃・整備の奉仕を続けたという逸話が残っています。

會津藩墓地

毎年6月の第2日曜日には、京都會津会主催で「會津松平家第十四代当主 松平保久(もりひさ)」氏もご列席で、會津藩殉難者追悼法要を勤められているそうです。
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京都・金戒光明寺 ②「会いたかった アフロ大仏さま」

2022年11月24日 | 京都・大阪・神戸・滋賀 他
FIFAワールドカップ・カタール大会が開催されています。
グループEの日本代表は、初戦23日(水)にハリーファ国際スタジアムで優勝4回を誇るドイツ代表に後半戦でゴールを決めて2-1で逆転しました。
第2戦は、27日(日)にコスタリカ代表と対戦です。


金戎光明寺の高麗門~の続きです。 2020年11月18日(水)

御影堂の斜め前に茶店があります。


蹴上インクラインから、休憩なしで歩いてきたので
茶所で、水分を取って一息しました・・・


久しぶりの「みたらし団子」は美味しかったです。(^^♪


「アフロ大仏」と「会津藩墓地」へ行くのには
御影堂の前を右へ突き当りの「新清和殿」を右へ曲がります。
(左:清和殿 右:新清和殿)


新清和殿の前を右に曲がると階段があって
下りた先に見えたのは、蓮池と「アフロ大仏」さんの案内板。


案内板をみて「極楽橋」の前までいくと
極楽橋の正面に三重塔が見えます・・・

三重塔 重要文化財
文殊塔とも呼ばれ、高さは22m、1633年に江戸幕府2代将軍・徳川秀忠の菩薩を弔うために建立されたと言われています。


極楽橋を渡って階段を上がっていきます。

五劫思惟阿弥陀仏(ごこうしゆい あみだぶつ)

階段を上がっていると
突然左に見えたのが「アフロ大仏」さまでした。

「アフロ大仏」と呼ばれているのは
通常の阿弥陀仏と違う頭髪(螺髪らほつ)が、かぶさるような非常に大きな髪型からです。


会いたかった「アフロ大仏」さまが
いま目の前に・・・(^^♪

「無量寿経」によると
阿弥陀仏が法蔵菩薩の時、もろもろの衆生を救わんと五劫の間ただひたすら思惟をこらし四十八願をたて、修行をされ阿弥陀仏となられたとあり、五劫思惟された時のお姿をあらわしたものでした。


五劫とは時の長さで一劫が五つということです。

一劫とは
「四十里立方(約160km)の大岩に天女が三年(百年という説もある)に一度舞い降りて羽衣で撫で、その岩が無くなるまでの長い時間」のことで、五劫はさらにその5倍ということになります。

そのような気の遠くなるような長い時間、思惟をこらし修行をされた結果、髪の毛が伸びて渦高く螺髪を積み重ねた頭となられた様子を表したのが五劫思惟阿弥陀仏で、全国でも16体ほどしかみられないという珍しいお姿です。
落語の「寿限無寿限無、五劫のすり切れ」はここからきています。

金戎光明寺 HP:https://www.kurodani.jp/より
 金戒光明寺の五劫思惟阿弥陀仏は、特にめずらしく石で彫刻された石仏で、江戸時代中頃の制作と思われます。



「黒谷 金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)」では

秋の特別公開中です。
 拝観期間:2022年11月12日(土)~12月04日(日)まで

特別夜間拝観もあります。
 拝観期間:2022年11月18日(金)~12月4日(日)
 拝観時間:17:30~20:30(最終入場 20:00)
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京都・分からないように城構えだった「金戒光明寺」

2022年11月23日 | 京都・大阪・神戸・滋賀 他
南禅寺をでて、金戎光明寺へ向かいます。

2020年11月18日(水)

南禅寺を出て左側の細い道を行くと動物園の前に出ました。


京都市動物園の前を通り過ぎて・・・金戎光明寺へ

金戎光明寺

「黒谷金戒光明寺」は、新選組発祥の地でもあります。

新選組と會津藩の関係は、幕府が文久二年将軍上洛警備のために
浪士組を結成したことに始まります。

高麗門

徳川家康は幕府を盤石なものにする為に特に京都に力を注ぎました。

直轄地として二条城を作り所司代を置き、何かある時には軍隊が配置できるように黒谷と知恩院をそれと分からないように城構えにしました。

黒谷に大軍が一度に入ってこられないように南には小門しかなく
西側には立派な高麗門が城門のように建てられたそうです。


幕末の京都は暗殺や強奪が日常化し、手のつけようのない状態になっていました。文久二年(1862)に徳川幕府はついに新しい職制を作り京都の治安維持に当たらせることになりました。これが京都守護職です。


御所まで約2㎞、粟田口(三条大橋東)東海道の発着点までは1.5㎞のくだり、馬で走れば約5分、人でも急げば15分で到着できる要衝の地だったのです。


黒谷には大小五十二の宿坊があり、駐屯の為に大方丈及び宿坊二十五ヶ寺を寄宿のため明け渡したという文書が残されています。


浄土宗の大本山、承安5年法然上人が比叡山の黒谷を下り
草庵を結ばれたのが、浄土宗最初の寺院のはじまりです。


階段を上がった左に鐘楼があり


上がってきた階段から振り返ると「山門」が見えます。

ここからは、京都を見渡せることができるので
要衝の地になったのがわかりますね。


正面の御影堂には
宗祖法然上人75歳の御影(座像)を奉安されています。


可愛いお花がいっぱい・・・(^^♪


ここにも


西墓地に通じる道には、大きなイチョウの木がありました。

左の道からも「真如堂」へ行けますが、右の道を行くと楽しみにしていた「アフロ大仏」さんと会えます。(^^♪
そして「会津藩墓地」を通り「真如堂」へ向かいます。
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京都・南禅寺「水路橋の紅葉」

2022年11月22日 | 京都・大阪・神戸・滋賀 他
南禅寺にきたら必ず行くのは、京都の撮影スポットでもあり
ドラマでもよく見る「水道橋」は外せませんね。

2020年11月18日(水)

南禅寺境内の最奥部分を通過しているのが
琵琶湖疎水の分線「水路閣」です。


疏水の工事は1885年に始まり、1890年に竣工しました。


全長93.17m(幅:4.06m・水路幅:2.42・高さ:9m)
レンガ、花崗岩造り、アーチ型橋脚の風格ある構造物です。


アーチ型橋脚の風格ある構造物の先に見える紅葉は
「最勝院」と「高徳庵」のお庭です。


最勝院と高徳庵へは
特別拝観で数十年前に行ったことがあります。


水道橋は日本人のみで設計、施工されたものです。
古代ローマの水道橋が思い出されます・・・(^^ゞ


それでは、アフロ大仏で知られる
会津藩ゆかりの「金戎光明寺」へ向かいます。
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京都・黄色い絨毯が美しい「南禅寺」

2022年11月21日 | 京都・大阪・神戸・滋賀 他
「京都に東照宮の楼門がある 金地院」のつづきです。

南禅寺   2020年11月18日(水)

南禅寺さんは何度も来ていますが
いつ来ても良いところです。

「山門」は、お寺が山に建てられたことから呼ばれていますが
後に、お寺の門が平地にあっても「山門」と呼ばれています。


でも、南禅寺さんのHPでは
「さんもん」の字が 『三門』 になっています。


『三門』 とは
空門・無相門・無願門の三境地を経て、仏国土に至る門。
三解脱門(さんげだつもん)を表すとされていました。


一人で来るのは初めてですが、来て良かったです。


屋外でコロナは気になりませんが
でも人の多いところは・・・


2年前も無意識に避けてますね。(^^ゞ


イチョウが鮮やかな黄色になっています。


黄色くなるのは「黄葉(こうよう)」ですね。


黄色い絨毯・・・大好きです。(^^♪
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