kikoがスタート

2005年8月にスタートしました。
私が観た(見た)、感じた、覚書き、気になることを書いてます。(^^ゞ

香川県小豆島の「井上誠耕園のオリーブオイル&丹波黒豆醤油 菊醤」

2019年10月18日 | 食楽
Yファミリーのお土産です。

井上誠耕園のオリーブオイル

ガーリックオイル(低温抽出)


いろんなお料理で
ヴァージンオリーブを使うことが多くなったので嬉しいです。


エキストラヴァージンオリーブで
青森産にんにくを低温でじっくり煮詰めた風味豊かなオイルです。

普段の調理法では摂取できないにんにくの栄養成分
「アホエン」がたっぷり含まれているそうです。
毎朝、サラダにかけて美味しく頂いてます。(^^♪

ヤマロク醤油 丹波黒豆醤油「菊醤油「きくびしお)」




『木桶職人復活プロジェクト』

ヤマロク醤油 五代目の山本康夫さんが、子や孫の世代に木桶仕込みの
本物の醤油を残そうと『木桶職人復活プロジェクト』をたちあげました。

それは 
本物の日本食の基礎調味料である「醤油・味噌・酢・味醂・酒」は、すべて木桶で醸造されていました。これらの調味料は微生物の発酵によって造られていました。美味しい発酵調味料を造る微生物たちは、タンクにほとんどいませんが、木桶には多く住みつくことができます。

しかし
木桶を製造できる桶屋さんは、大阪・堺市の「藤井製桶所」一社のみになり、、現在使われている醸造用の木桶は戦前に作られていたものがほとんどなので、今から約50年後にはほぼ全ての木桶が使えなくなってしまいます。

2012年1月に
小豆島の男気のある大工2名と共に木桶職人を目指して、藤井製桶所に弟子入りして新桶の製作に取り組みました。発注した新桶3本を使って、藤井製桶所さんから指導して頂き2013年9月20日に「小豆島で新桶を作る」思いが現実となります。

その後は
吉野杉を削って組上げ、亡き祖父が残した小豆島の竹で「たが」を編みました。多くの仲間の協力により
毎年1月に全国から様々な蔵元が集まり、小豆島で新桶を製作しています。(紙面より抜粋)

木桶で作られた「菊醤油「きくびしお)」美味しく頂いています。
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水玉模様を持つ「シマウマの子どもティラ」

2019年10月17日 | 花・草・木・鳥 他

ケニアのマサイマラ国立保護区で
水玉模様をしたシマウマの子どもが発見されました。

撮影したのは写真家のフランク・リュウ氏
生後1週間前後と思われるこのサバンナシマウマは、最初に発見したマサイ族の
ガイド、アントニー・ティラ氏によってティラと名付けられたそうです。

最近のいくつかの研究で、シマウマは吸血性のハエから身を守るため
しま模様になり、吸血性のハエはしま模様の面にとまりたがらないそうです。

ティラは普通のしま模様のシマウマよりハエを寄せつけてしまい
馬インフルエンザのような病気にかかる可能性があるそうです。
上写真の記事は、画像をクリックしてご覧ください。
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第11回 絵画同好会「楽彩会展」

2019年10月16日 | 観戦・鑑賞・参観ほか
クロスバル高槻

第11回 絵画同好会「楽彩会展」に行ってきました。


会場内は写真禁止で撮れませんでしたが
高槻近郊の風景画から、静物画、大原女、裸婦、地震観測所の桜など
同好会と思えない素晴らしい作品ばかりでした。

「紅葉の新山彦橋」

でも、一枚だけ撮る事ができました。(^^ゞ
それは会場の建物入口に展示されていた
ハイキングでご一緒したことが何度もある人の作品でした。

その友人と作品前で偶然に出会ったので
写真を撮る許可を頂いたときに「きれいに撮ってね。」と言われましたが
ガラス越しなので・・・こんな感じでゴメンナサイ!

赤い鉄橋「新山彦橋」は
黒部峡谷をトロッコ電車が走る現在の「新山彦橋」です。
今は整備され遊歩道となっている「旧山彦橋」と並んで架かっています。
その「旧山彦橋」から見える「新山彦橋」です。

名前の由来は
宇奈月駅を出発したトロッコ電車が最初に渡る鉄橋で
列車の音が・・・山彦となって温泉街に響くことからでした。
車窓にひろがる四季折々の峡谷美を見たくなりますね。
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高槻まちかど遺産No.19 「戦国時代の山城 田能城跡」

2019年10月15日 | 健康ハイキング・歴史クラブ・教養講座
国土交通省は15日、台風19号の大雨により長野や宮城など7県の47河川66カ所で堤防の決壊を確認したと発表した。の記事は・・・こちら

ニュースに流れる映像を見ていて、2015年の「茨城県 鬼怒川の堤防が決壊」の時に、これは、天災? 人災? だと思ったことが思い出され、天災だけで片付けるのではなく、あの時の決壊が教訓として何も活かされていないのが残念です。


高槻 まちかど遺産 No.19「田能城跡」

左手前の小高い山は城山と呼ばれ、戦国時代には田能城という山城が築かれました。樫田地区は当時丹波国南端に位置し、山城・摂津両国の国境が接する要衝でした。城は杉生氏や灰方氏などの在地勢力によって築かれたと見られます。

城域は最長約100mで、山頂を中心にそれを取り巻く帯曲輪や南東に伸びる曲輪で構成されており、それらを仕切る横堀などの痕跡が確認されています。
 
*城跡への道はありません。また、私有地のため登山はご遠慮ください。
      平成29年3月  高槻市教育委員会


城山には、城だったころの遺構が残っています。

標高482mの山頂を中心として、最大約100mの範囲に曲輪という平らな場所や
それを取り巻く細長い曲輪(帯曲輪:おびくるわ)がありますが雑なつくりで、帯曲輪の一部は、塹壕状(ざんごうじょう)の横堀となり、臨時的に築かれた山城の様子を示しているそうです。

2008年に来た時に聞いた話では
亀山城主であった明智光秀が「のろし」を上げる場所として
この城山を使っていたそうです。


高槻市営バス「樫田校前」

樫田地区散策は、このバス停で終わりますが・・・

時刻表

時刻表を見て驚きました!

私達は14時26分発のバスで、JR高槻駅まで乗るのですが
これに乗り遅れると、次のバスは17時8分でした。(^^ゞ

バスを待っていると、ランドセル姿の子供たちがバス停にきました。
笑顔で「こんにちは」と挨拶してくれた子供たちは
特認校 樫田小学校の、かわいい生徒さん達でした。
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「体育の日」は2019年が最後で・・・? 台風19号の堤防決壊の原因は・・・?

2019年10月14日 | Weblog
1964年に開催された東京五輪の開会式が10月10日だったことで
それを記念して、1966年に「体育の日」が誕生しました。

そして、2000年までは「体育の日」は、10月10日でしたが・・・
現在は「体育の日」が、10月第2月曜日に制定されています。

しかし
2018年6月20日の公布で「国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律」で
「体育の日」が「スポーツの日」になるのです・・・
体育の日を、何故スポーツの日に変える必要があるのか分かりません。?


今回の台風19号による河川の氾濫が相次ぎ、大規模な浸水などの被害が
各地で多発甚大な被害が出たことは、堤防決壊が原因なのです。

ダムや堤防が無駄だと言った政権に問いたいのですが・・・
微弱な堤防を作ったのは、間違いなくその政権の人達です。

そして今までの堤防基準では、想像以上の被害が出ても不思議ではなく
堤防決壊の原因を早急に対処しなければ、また同じことが繰り返すだけです。
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2019ラグビーW杯 日本史上初の決勝トーメン進出!

2019年10月14日 | 観戦・鑑賞・参観ほか
日本対スコットランド戦は、台風の影響で開催が危ぶまれていましたが
10月13日(日)横浜国際総合競技場で開催されました。


台風19号の犠牲者に黙とうをささげる日本代表の姿
 

日本代表にとって、初めての決勝トーナメント進出を賭けた
日本対スコットランド戦です、


スコットランド代表は、アザミのエンブレムを胸に
ひた向きで堅実なプレースタイルで戦うのが伝統だそうです。


初の8強入りを決めた「日本」

引き分け以上で無条件進出でしたが
スコットランドを28-21で日本が勝利し


4戦全勝で1次リーグA組の首位突破を決めました。

台風で試合が中止になった場合
スコットランド協会が国際統括団体ワールドラグビーを訴える準備を
しているとの報道もありましたが、勝利してスッキリしました。(^^ゞ
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高槻まちかど遺産No.21「経文などを納めて供養する経塔(きょうとう)」 

2019年10月13日 | 健康ハイキング・歴史クラブ・教養講座
高槻市営バス「田能西条」


まちかど遺産北部地区のNo21

高槻市大字田能小字週細にある「経塔(きょうとう)」です。


経塔とは、経文などを納めて供養するための塔のことです。

この経塔は、江戸時代の文政8年(1825)に
田能の庄屋・並河氏の妻・音羽の発願で建立されたものです。


側面などの碑文は、専念寺(亀岡市)の
15代住職・徹誉東嶺(てつよとうれい)によるものです。

碑文によると、音羽は尼講の女性とともに樫田や亀山(現・亀岡市)の村々を廻り、書写した法華経を集めて塔の下に埋納し、施餓鬼供養を行ったとあります。


下部の蓮華台には音羽や尼講の女性の名などが刻まれています。

この十数年前の飢饉の際、村の年貢を納められなかったことで、並河氏が詰め腹を切ったとの伝承があることから、並河氏と飢饉で亡くなった人々の供養のため建立したのかもしれません。
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高槻まちかど遺産「田能の地名伝承・アンタコ」 

2019年10月12日 | 健康ハイキング・歴史クラブ・教養講座
高槻まちかど遺産No.20「田能の地名伝承・アンタコ」 

桂香寺(けいこうじ)周辺の地名を「アンタコ」といいます。

由来は定かではありませんが、「平安時代に征夷大将軍・坂上田村麻呂が東北地方に遠征した際、連れ帰った蝦夷の人々を当地に住まわせたことからアイヌ語のような地名が付いた」との伝承があります。


こんなにアイヌ語のような地名があります。

アイヌ語で「アン」には「住む」という意味があり、「タコ」に似た「タプコプ」という言葉には、「小さい山」「丸い山」などの意味があります。

アンタコは小さく丸い城山の麓に位置するため「小さい山に住む」を表すアイヌ語が元になったのかもしれません。

桂香寺

久昌山と号して臨済宗妙心寺派に属し、釈迦牟尼仏を本尊とする。


桂香寺の住所:大阪府高槻市大字田能小字アンタコ9


慶長6年(1601年)に東漸宗震(とうぜんそうしん)禅師により創建され、当初は同寺塔頭長慶院(ちょうけいいん)の末寺でしたが、宝永元年(1624)雲峰禅師が入って妙心寺の末寺となる。


当寺に後背する山は、通称「城山」と呼ばれ
中世期に小規模な城郭があったと言われています。
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『ほんとにあった怖い話 20周年スペシャル』の情報です!

2019年10月11日 | 観戦・鑑賞・参観ほか
俳優の佐藤健さんが、12日に放送されるフジテレビ系土曜プレミアム
『ほんとにあった怖い話 20周年スペシャル』で主演されます。



ほんとにあった怖い話 10周年記念 京都パワースポットツアーSP』内で
放送された『顔の道』(2009年)以来10年ぶりの同シリーズ出演です。

今回、佐藤さんは公園で見かけた血のような眼を持つ不気味な女に
付きまとわれる父親役を演じるそうです。
その記事は、上画像をクリックしてご覧ください。
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「あの時の樫田駐在所」が、新しくなって残ってました!

2019年10月11日 | 健康ハイキング・歴史クラブ・教養講座
テニス大坂選手が日本国籍選択の記事が・・・
どちらでも応援しますが、日本国籍選択してくれてありがとう~(^^♪

2019年9月のハイキング

今回のハイキングコースに入っていませんが
以前に来た時の田能で、思い出す所がもう一つあります。


それは、高槻に珍しい「駐在所」が2ヶ所あって
その一つが田能にある「樫田駐在所」でした。


歩きながら探していたのですが・・・
あれ~?


「大阪府高槻警察署 樫田駐在所」と書いています!


ここだ! と思いながらも建物が違うので・・・?
少し戻って見に行くと、間違いなく「樫田駐在所」でした。

今も「樫田駐在所」はあったのです。
建物が新しくなっていたので、通り過ぎるところでした。(^^ゞ
以前の駐在所は↓でご覧ください。

2008年6月 樫田駐在所

樫田駐在所は、明治20年4月1日に田能村に開設されました。

駐在所とは、警察署の下部機構で巡査が駐在して
(写真に住居の2階が見えています)
受け持ち区域内の警備や、事務処理を扱う所だったそうです。


以前とは違う建物になっていたので通り過ぎるところでした。(^^ゞ

見覚えのある石垣が残っています。
以前は、石垣横の坂を上がった左側が駐在所の入口でした。
いまは坂を上がらないで、道路沿いの1階に変わっていました。

現在も、高槻の駐在所は2ヶ所あるそうです。
 樫田駐在所  高槻市大字田能小字岡畑51番地の1
 清水北駐在所 高槻市大字原760番地の4
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