kikoがスタート

2005年8月にスタートしました。
私が観た(見た)、感じた、覚書き、気になることを書いてます。(^^ゞ

歴史ウォーク  原八景 「横山秋月」  と 「本山暮雪」

2011年02月28日 | 高槻市立しろあと歴史館と市民大学
歴史ウォーク 原八景のコースは

「上の口バス停」集合

芥川  「川原夕照 (かわらのせきしょう)」 

浄圓寺  「浄圓暮鐘 (じょうえんのぼしょう)」

横山天神社 「横山秋月 (よこやましゅうげつ)」

雲谷川  「宮下落雁 (みやしたのらくがん)」

大森橋  「大森晴嵐 (おおもりのせいらん)」

牛地蔵  「京坂帰牛 (きょうざかのきぎゅう)」

神峯山寺  「神峯夜雨  (かぶのやう)」 
現地にて解散

本山寺  「本山暮雪 (ほんざんぼせつ)」

でしたが、八景のうち「横山天神社」と「本山寺」には行きませんでした。横山天神山については
学芸員さんがウォーク開催前に天神山に登られたそうですが、横山神社跡地は見つけることが
出来なかったと説明がありました。 「本山寺」 は半日コースだったので時間の都合で初めから
「神峯山寺」 で解散することになっていました。 本山寺には神峯山寺から約3、3kmほどです。

∽∽∽∽∽∽∽

横山天神社と本山寺には行くことが出来ませんでしたので写真はありませんが・・・

● 横山天神社 「横山秋月 (よこやましゅうげつ)」 は
八阪神社摂社で、貞観元年(859)4月8日創建と伝えられています。祭神は高皇産霊神
(たかみむすひ)。 字清原にある山地(通称:天神山)に位置する。 横山神社跡地には
「神魂」と伝えられる大きな岩があり、この場所で神事が行われていたといわれています。
明治8年(1875)に八阪神社に合祀され、現在にいたっています。


● 本山寺 「本山暮雪 (ほんざんぼせつ)」 は
北山と号して天台宗に属する。本尊は毘沙門天で神峯山寺と同じく、役小角が開山し
宝亀5年(774)に開城皇子が創建しました。戦国時代には、松永久秀が所領を寄進したと
伝えられ、高山飛騨守・右近父子らに寺領の安堵状が出されています。寺に安置されている
「聖観音立像」と「毘沙門天立像」は、昭和25年(1950)に国の重要文化財に指定される。

∽∽∽∽∽∽∽

横山天神社 「横山秋月 (よこやましゅうげつ)」 が詠まれた、漢詩の口語訳をご覧下さい。
横山天神社  「横山秋月 (よこやましゅうげつ)」

静かに詩歌を歌い鑑賞しても、宴もたけなわとなった。
月は天の中心にあり、美しい皿をいっそう輝かせている。
林際を詩を歌いながら帰ると、風も露も爽やかである。
村はすっかり秋の景色になり、笛の音が聞こえている。


本山寺 「本山暮雪 (ほんざんぼせつ)」 が詠まれた、漢詩の口語訳をご覧下さい。
本山寺  「本山暮雪 (ほんざんぼせつ)」

高い山々は玉を削ったように明るく真っ白だ。
まるで空中で蚕を開いたかのようである。
暗くなったと思えば明るくなり、遠くから迎えに来るようだ。
寒空にたなびく煙の中、かすかにお寺を見ることができる。

歴史ウォークの資料より・・・(^^ゞ

~~~~~~~  今日の誕生花  日比谷花壇より  ~~~~~~~ 
花名 : ロウバイ          花言葉 : 温かみ
冬枯れの庭に咲きます。薄黄色で中央部が紫の、ろうそく細工のような花です。
冬の青空をバックにするとコントラストがきれいです。
コメント (2)

歴史ウォーク  原八景 「神峯夜雨 (かぶのやう)」

2011年02月27日 | 高槻市立しろあと歴史館と市民大学

神峯山寺(かぶさんじ)は根本山と号する天台宗の寺院で 「毘沙門天」 を本尊としています。


仏教の聖地、比叡山・葛城山とならんで七高山の一つに数えられています。
今日は暖かいですが、本殿の前には先日の雪が少しだけ残ってました。

役小角が開山し、宝亀5年(774)に開城皇子が創建し、最盛期には僧坊が21棟連なり
寺領は1300石におよんだ。現在は、宝塔院・寂定院・龍光院の3院からなっています。


紅葉の季節に神峰山寺に訪れたことがありますが・・・また訪れたくなるほど “ええとこ” でした。


まだ行かれたことが無い方は、ぜひ 神峯山寺の紅葉 ←をクリックしてご覧下さい。

神峯山寺 「神峯夜雨 (かぶのやう)」 が詠まれた、漢詩の口語訳をご覧下さい。
神峯山寺 「神峯夜雨 (かぶのやう)」

谷と山は尽きることがなく、お寺は古い。
常に雲と霞が漂(ただよ)い 川が鎖(とざ)されている。
夜には物寂しい小雨が降りだし、
雨音はひたすら岩の間から、流れる泉の音に溶け合っている。

歴史ウォークの資料より・・・(^^ゞ

~~~~~~~  今日の誕生花  日比谷花壇より  ~~~~~~~ 
花名 : ミルトニア          花言葉 : 愛の訪れ
パンジーオーキッドとも呼ばれるランの仲間です。春から初夏にかけて花を咲かせる
「ベキシラリア系」と、夏から秋にかけて開花する「スペクタビリス系」があります。
コメント

画像を320×240ピクセルでアップロードする方法 ②

2011年02月27日 | パソコン・タブレット
gooブログで使用する画像を 【320×240ピクセル】 で、アップロードする方法を
このブログでご説明しましたが、 【320×240ピクセル】 にチェックを入れているのに
縮小されずに大きい画像がアップされる場合は、下図を参照にしてご確認願います。


赤線内にある【まとめてアップロード】の、320×240ピクセルの○にチェックを入れてませんか?
ここにチェックを入れて、下の【個別アップロード】をしても画像は縮小されません。  

必ず、青線内の【個別アップロード】の、320×240ピクセルの○に
チェックを入れているか確認してから、アップロードして下さい。
コメント (2)

私の街の 「上宮天満宮 (てんじんさん)」

2011年02月26日 | 京都・大阪・神戸・滋賀 他


JR高槻駅北口を出ると、てんじんさんまでの参道にたくさんの屋台が並んでいるのが見えます。
今日は土曜日と言うこともあり、早い時間からたくさんの人で賑わってました。


上宮天満宮は日本で2番目に古い天満宮で、学問の神さま菅原道真公をお祀りしています。


天満宮の世界で初めての 「竹の本殿」 と、道真公が好きだった梅の花です。
境内には2ヘクタールの孟宗竹林がありますが、その竹を使ったのでしょうか・・・?


私もよくやりましたが・・・(^^ゞ
子供たちが金魚すくいをしている姿は、昔も今も変わらないですね~ 


社頭石碑には 「創建927年ー我国第二の天満古社」 と書かれています。

境内が4万平方mもある 「てんじんさん」 のコンセプトは
「風わたる 花と緑と鳥の声 街はにぎやか 社(やしろ)はしずか」 です。
てんじんさんは、街のなかにある原始林のようなところなのですね。

~~~~~~~  今日の誕生花  日比谷花壇より  ~~~~~~~ 
花名 : ミズバショウ          花言葉 : 決心
葉がバショウの葉に似ているので、この名前になりました。白いのは花ではなく仏炎苞で
本当の花は中心部の黄色いところについています。

コメント

歴史ウォーク  原八景 「京坂帰牛 (きょうざかのきぎゅう)」

2011年02月25日 | 高槻市立しろあと歴史館と市民大学

原八景の一つ 「京坂帰牛 (きょうざかのきぎゅう)」 です。


牛地蔵は、神峯山寺参道入り口に祀られています。
ここからは、ポンポン山7、6km ・ 本山寺4、1km ・ 神峯山寺0、8km です。


この牛地蔵は、京坂越を行き来した荷役牛を供養するため、東條垣内の有志で
天保4年(1883)に奉納されました。

この前に立つのは三度目ですが、いつもかわいい牛のわらじが奉納されています。


牛地蔵の手前にある道が 「成合」 へと通じています。

荷役牛は若狭から原村を経て、京坂越を通り成合から前島の船着場まで
日本海の海の幸を運んだと伝えられています。


左 : 京坂越          右 : 神峯山寺

「京坂帰牛 (きょうざかのきぎゅう)」が詠まれた、漢詩の口語訳をご覧下さい。
牛地蔵  「京坂帰牛 (きょうざかのきぎゅう)」 

朝に炭や薪(たきぎ)を背負い、晩に山へ入る。
牛の群れが淀川の港を歩き。
いつもてくてくと西坂を降(くだ)っている。
役目を終えて疲れた後は、のんびりできると知っているのだ。

歴史ウォークの資料より・・・(^^ゞ

~~~~~~~  今日の誕生花  日比谷花壇より  ~~~~~~~ 
花名 : バイモ          花言葉 : 飾らない心
下垂して咲く鐘形の花は、茶花としてあるいは日本庭園の植栽に古くから親しまれてきました。
バイモは漢名「貝母」の音読みです。
コメント (2)

歴史ウォーク  原八景 「大森晴嵐 (おおもりのせいらん)」

2011年02月24日 | 高槻市立しろあと歴史館と市民大学

中村垣内と川東垣内を結ぶ芥川に架かる 「大森橋」 です。
江戸時代後期に描かれた 「原村絵図」 にも大森橋がみられます。
そして、この道は 「神峯山寺」 へと続いています。


この大森橋は、原八景の一つでご紹介した「下條橋」の上流になります。

橋の東側(写真左)には、第二次世界大戦後にできた 枚方・亀岡線 が南北に通っています。
この道は車で何度か通っていたのですが、こんなに “ええとこ” だったんですね。

それでは、大森橋「大森晴嵐 (おおもりのせいらん)」が詠まれた漢詩の口語訳をご覧下さい。
大森橋  「大森晴嵐 (おおもりのせいらん)」 

林を夕日が照らし、菱(山崖)は良く晴れている。
人は田のほとりに立って、力を入れて耕す。
時に、雨に洗われて空と樹木の境目は新たになり。
雨上がりの潤う山気か、清らかな風を送ってくる。

歴史ウォークの資料より・・・(^^ゞ

~~~~~~~  今日の誕生花  日比谷花壇より  ~~~~~~~ 
花名 : ニッコウキスゲ          花言葉 : 勤勉
近種のキスゲはユウスゲともいわれ、花の色が黄色く、葉は萓笠を作るカサスゲに
似ているからとか。 日光地方に多いということからこの名前になりました。
コメント

蝋細工のような花 「蝋梅 (ソシンロウバイ)」

2011年02月23日 | 花・草・木・鳥 他

高槻市しろあと歴史館主催の、歴史ウォーク 「原八景を訪ねて」 に参加して
原集落を散策していると、きれいな花が私達の目を楽しませてくれました。


それは浄圓寺を出て八坂神社に向かう道で、いい香りがして蝋細工のような花で知られている
「蝋梅(ソシンロウバイ)」 の花が満開でした。

ロウバイ科 ロウバイ属の落葉低木で、原産地は中国です。
「蝋梅」の花に 「梅」が付いていても、「梅」の仲間ではないので狼狽しますね。
と、どこからか・・・聞こえてきそうですね。 (笑)

∽∽∽∽∽∽∽

ロウバイ(蝋梅)の種類

●ロウバイ
  花は三重になっていて、内側の花は小型で暗紫色。1月下旬~2月中旬に開花。
●ソシンロウバイ (素心蝋梅)
  よく栽培されていて、内側の花も黄色なので全体が黄色く見えます。
●マンゲツロウバイ(満月蝋梅)
  開花が12月下旬で早く、ソシンロウバイより花がやや大きく、色も濃く花弁に丸みがある。
●トウロウバイ(唐蝋梅)
  蝋梅より香りが少ない。
●黒花蝋梅(アメリカロウバイ)
  アメリカ原産のロウバイで5~7月に暗紅色の花を咲かせます。


日本には17世紀初期に渡来し、主として観賞用の庭木として栽培されています。

「蝋梅 (ロウバイ)」 の種子には、アルカロイドであるカリカンチンという有毒成分を
含んでいるので、誤って口に入れると筋肉を硬直・痙攣 (けいれん) させる毒薬のような
中毒症状が出るので注意が必要です。

~~~~~~~  今日の誕生花  日比谷花壇より  ~~~~~~~ 
花名 : ストック(一重)        花言葉 : 不変の愛
春を告げる花の一つですが、初冬から咲き始めます。野生種は一重です。
強い芳香と豊富な花色があり、切花としてのストックは有名です。
コメント (2)

歴史ウォーク  原八景 「宮下落雁 (みやしたのらくがん)」

2011年02月22日 | 高槻市立しろあと歴史館と市民大学

八阪神社の石鳥居前です。

原地域の産土神で、祭神は 健速須佐之男大神 (たけはやすさのおのおおかみ)と
大穴持命(おおあなむちのみこと)を、お祀りしています。

神社では 「正一位 牛頭天皇」 (この社額ではありません) と書かれた社額が伝えるように
もともとは健速須佐之男大神と同一視される牛頭天皇 (ごずてんのう) をお祭りしていました。

石鳥居からは、境内を横切り芥川へと注ぐ 雲谷川 (くもたにがわ) を渡ると、左手には
有形文化財に指定の石槽があり、拝殿、そしてその奥の一段高いところに、本殿があります。


中央のところが雲谷川で、右側に見える橋を渡ってきました。

八阪神社では今に受け継がれる蛇祭りが有名ですが、その蛇まつりでは二本の門松が立てられた
的場に「蛇」の頭の部分から解いた大綱を掛け渡す場所が、この雲谷川を挟んだ正面の所です。

祭りの最後を締めくくる 「弓引き神事」 は、この場所から二人の青年が川を挟んで正面の
的に向かって交互に三本ずつ矢を的に向かって放ちます。最後には二人が揃って空に向かって
高々と「乙矢 (おとや)」 と、呼ばれる矢を放つと神事は終了されます。


八阪神社境内を、北西から南東に向けて流れる川が雲谷川です。(橋の上から東側を撮る。)
芥川と合流する川で 「宮下落雁 (みやしたのらくがん)」 が詠まれたところです。 

雲谷川 「宮下落雁(みやしたのらくがん)」が詠まれた漢詩を、口語訳しています。
雲谷川 「宮下落雁 (みやしたのらくがん)」

西から芦や萩が生えはじめ、秋が早くもやってきたかと驚く。
並んで飛んでいた雁の群れが乱れ、中洲に下りた。
目下に清らかな風が吹いて、雁も地を去りがたいようだ。
お互いに呼び合って、川のほとりに立っている。

歴史ウォークの資料より・・・(^^ゞ

~~~~~~~  今日の誕生花  日比谷花壇より  ~~~~~~~ 
花名 : ビオラ          花言葉 : 誠実
タフテッドパンジーと呼ばれている品種をベースに作られた交配種の中でも
原種に近いものがビオラです。
コメント

歴史ウォーク  原八景 「浄圓暮鐘 (じょうえんのぼしょう)」

2011年02月21日 | 高槻市立しろあと歴史館と市民大学
JR高槻駅からバスに乗って20分ほどで、「上の口」バス停に着きます。


上の口バス停から、下條橋に向かって歩いていくと・・・右手の高い所に
「浄圓暮鐘 (じょうえんのぼしょう)」が詠まれた、浄圓寺 さんが見えました。

浄圓寺 さんは
浄土宗西山禅林派の寺院で文永6年(1269)に、浄音上人によって創建されました。
浄音上人は、京都本山禅林寺(永観堂)第17世を務めた人物です。元は芥川河畔(浄蓮河原)に
あったが、延宝年間(1673~1681)に水害があり、元禄16年(1703)に当地に移されました。 


浄圓寺さんの高い階段を上って山門をくぐると・・・画像の正面に見えているのが本堂です。

本堂ではご住職さまから「真実は、生れたことと死んだことだけ」と、このような内容の有りがたい
お話を聞かせて頂いてましたが、限られた時間のウォークなのでお話は途中で終わりました。


原八景の一つ 「浄圓暮鐘 (じょうえんのぼしょう)」が、詠まれた鐘楼は
第二次世界大戦時の昭和十八年(1943)に供出され、その以後は鐘楼がありませんでした。
これは檀信徒の浄財により鐘楼が平成20年に新しくされた、現在の鐘楼です。

そして、平成23年(2011)の「宗祖法然上人800年大遠忌法要」の
記念事業として、山門、土塀、本堂等も、きれいに改修されてました。


これは、浄圓寺さんのきれいに改修された山門から見た「原盆地」です。
浄圓寺さんが、高いところに建っているのがお分かりになりましたでしょうか?
原集落では、家は高いところに建て、低いところは畑や田んぼにしていました。

浄圓寺「浄圓暮鐘 (じょうえんのぼしょう)」が詠まれた漢詩を、口語訳しています。
浄圓寺  「浄圓暮鐘 (じょうえんのぼしょう)」 

夕日のなか、春真っ盛りの景色である。
竹林の一角にお寺が鎖(とざ)されるようにあり、
老僧がつく釣鐘の響きが聞こえる。
ひらひらと散る花、風を誰が恨んだりするだろうか。

歴史ウォークの資料より・・・(^^ゞ

~~~~~~~  今日の誕生花  日比谷花壇より  ~~~~~~~ 
花名 : ウメ(紅)          花言葉 : 忠実
春の兆しを感じていち早く咲くので、好まれるのでしょうか?
中国の原産で、日本には飛鳥時代から奈良時代に導入されたと考えられています。
コメント

歴史ウォーク  原八景 「川原夕照 (かわらのせきしょう)」

2011年02月20日 | 高槻市立しろあと歴史館と市民大学
八景とは、一定の地域に八つの絶景を定めたもので10世紀頃の中国が起源。日本でも
「近江八景」をはじめ様々な八景がみられるようになる。 「原八景」もその一つです。

原八景は、原の優美な風景を神峯山寺(かぶさんじ)の僧・近藤大道(鶴僊)が
漢詩 「原八景の詩」 として詠んだものです。近藤大道は、京都で禅を学んだ後
高槻藩士・藤井竹外に漢学を学んだ人物です。

原八景
○大森晴嵐  ○宮下落雁  ○横山秋月  ○京坂帰牛
○河原夕照  ○本山暮雪  ○神峯夜雨  ○浄園暮鐘

原村は、高槻市の北部にあり、山間部の原盆地に位置し盆地中央を芥川が流れ、名勝・摂津峡に
続いています。 集落は、川東 ・ 中村 ・ 西條 ・ 下條 ・ 城山の 5つの垣内から成り立っています。
※ 垣内(かいと)は、村の区画を小分けにした小集落などの意味です。


原八景の一つになっている芥川の 、“下條橋” からマス釣りの姿が見えています。


高槻の最北端・明神ヶ岳付近源の「田能川」と、京都市西京区外畑付近源の
「出灰 (いずりは) 川」 などが一緒になり 「芥川」 となります。
市域を北から南に流れ、原盆地、摂津峡、服部谷を経て、唐崎から淀川へと流れます。

芥川を詠んだ漢詩 「川原夕照」 の口語訳を追記します。
芥川  「川原夕照 (かわらのせきしょう)」 

しだれ柳の緑が堤に満ちている。
枝々の影は暗く、沈む日の光を映す。
水鳥が鳴き騒ぎ、煙が岸辺に流れている。
多くの山の間に流れる川の空気は、
酒を飲んだように快 (こころよ) い。

歴史ウォークの資料より・・・(^^ゞ

~~~~~~~  今日の誕生花  日比谷花壇より  ~~~~~~~ 
花名 : コブシ        花言葉 : 友情
辛夷という和名は、つぼみの形が拳に似ていることからという説があり
花言葉の「友情」も“拳のようにかたい友情”というところからきているのかもしれません。
コメント