kikoがスタート

2005年8月にスタートしました。
私が観た(見た)、感じた、覚書き、気になることを書いてます。(^^ゞ

大阪府内の全パチンコ店が休業します。

2020年04月30日 | Weblog

大阪府の吉村洋文知事は、新型コロナウイルス対策の休業要請に応じず、営業を続けていたパチンコ店10カ所を公表し、29日までに3カ所の休業を確認しました。そして残りのパチンコ店7カ所も30日に休業を確認しました。

吉村知事に、パチンコ店オーナーが言われたのは
「お客さんが殺到し、三密になり従業員らに不安広がった」
その記事は こちら でご覧ください。

吉村知事は「(店名公表は)強権だ、(逆に客が押し寄せて)密を集める、とか言われましたけど、結果はこれです」。 吉村知事、頑張りましたね!
これで府内約700カ所の全パチンコ店が休業します。
パチンコ店のあった地域の人も、これで三密が少なくなって安心ですね。

しかし、また緊急事態宣言を延長する方法で話し合われています・・・(*_*;
そして学校再開の見通しがはっきりしない中、新入学と新学期のスタート時期を
4月入学から9月入学にしては・・・の声もあります。

日本ならではの、桜の花が咲く頃の入学式と新学期が
「昔の入学式と新学期は4月だったのよ」という時代がくるのかも・・・。?
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国会議員は歳費2割削減で「6月には300万円超のボーナス…」

2020年04月29日 | Weblog
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、国会議員の歳費を5月から1年間
2割削減する改正歳費法が4月27日に成立しました。

そのことに対して、元経済産業省官僚で慶大大学院教授の岸博幸氏が
27日に自身のツイッターを更新しました。



岸博幸‏ @hiroyukikishi · 4月27日
国会議員の歳費を2割削減する法案が衆参両院の本会議で全会一致で可決成立。つまり、普段は偉そうなこと言ってる野党の皆さんも、国会議員の全収入の数%しか削減しないゴマカシ法案に賛成し、6月には300万円超のボーナスをもらうのか。それで潰れそうな飲食店の経営者の苦しみが分かるのかなあ。。。


いま日本が新型コロナウイルス感染拡大で、倒産、失業などで困っている人たちが「特別定額給付金、一人10万円」なのに、国会で居眠りしている人たちにも当たり前のように高額のボーナスが出るんですね?

国会議員には「議員報酬・文書・通信・交通・滞在費・政党助成金」があります。
政党助成金は、制度に反対する共産党は申請していないそうですが、政党助成法に基づき8党が2020年分の政党交付金の受け取りを申請しています。

日本経済新聞社の試算による交付予定額は総額317億7300万円。自民党が19年比で2.2%減って172億6100万円で最も多く、国民民主党が同10.5%減の46億4800万円、立憲民主党が同17.8%増の42億9000万円。

国会議員の「文書・通信・交通・滞在費」が、領収証不要で公開しないのは、元議員秘書がTVの取材に対し「ほとんどが個人的な飲食等々に 使われている」等と話されていましたが・・・

国会議員は、国や国民のためにでは無く
先ずは自分の安泰が優先事項て、国民の生活は二の次
のようです。
コメント (4)
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ロンドン・ナショナル・ギャラリー展⑥「スペイン絵画の発見&ゴッホ 黄色いひまわり」

2020年04月28日 | 美術館・博物館


窓枠に身を乗り出した農民の少年

バルトロメ・エステバン・ペレス・ムリーリョ 1675~80年頃

ロンドン・ナショナル・ギャラリーに、一番最初に所蔵されたスペイン絵画です。
19世紀まで、スペインの画家といえばムリーリョでした。

国外やイギリスでは、子供のカワイイ絵を描いていましたが
スペインでは宗教画家で、約9割は宗教画でした。

私の拙い写真ばかりでしたが、ここからは↓でご覧ください。

ロンドン・ナショナル・ギャラリー展特別映像「ゴッホ 黄色いひまわり」

ひまわりは、1888年夏にフィンセント・ファン・ゴッホが南仏アルルにて
共同生活を送る畏友ポール・ゴーガンの寝室を飾るために描いた作品です。


 ここからは、2012年にアルル(フランス)へ行った時の写真です。
  ● アルルの跳ね橋

フィンセント・ファン・ゴッホ  (1888年)


実際のモデルとなった橋は、アルルの中心部から約3キロほど
南西の運河に架かっていたそうです。

  ● アルル 「夜のカフェテラス」

フィンセント・ファン・ゴッホ  (1888年)


店前に、大きく 「カフェ ヴァン ゴッホ」 と書いています。


アルルの伝統的な民族衣装を身につけた、アルル美人です!
この写真は、復活祭の時期だったので出会えました(^^♪


ゴッホが療養生活を送った病院の入口です。


足元を見ると、ゴッホの姿が道標になっていました。


ゴッホ 「アルルの病院の中庭」 です。
いまの建物は、ゴッホがアルルで入院していた時のものではありません。

ゴッホの死後に、彼の遺作が高い評価を受けたことから、絵も見直され
建物にアーチ型の回廊や噴水など、ゴッホが入院中に描いた絵をもとに
して当時のままに復元されたものだそうです。


ゴッホが描いた絵のように、中庭には美しい花が咲いています。

建物には図書館などがあり、総合文化センターとして使用され
噴水の周りでは、音楽隊が演奏していました。

1日も早く開催する日が来て欲しいですね。
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ロンドン・ナショナル・ギャラリー展⑤「グランドツアー」

2020年04月27日 | 美術館・博物館
④「ヴァン・ダイクとイギリス肖像画」のつづきです・・・


「グランド・ツアー」は、18世紀のイギリスの上級階級の子息たちが、ヨーロッパの文化・文明の本流でイタリアに行く「富裕層の卒業旅行」のようなものです。

ヴェネツィア 大運河のレガッタ

カナレット(本名:ジョバンニ・アントニオ・カナル) 1735年頃


カナレットの景観画は、とても正確に描かれているので


街を再生する時の参考になる資料だと言われています。


カナレットは、ヴェネツィアの風景画(景観画)を数多く描きました。
これは、ヴェネツィアの重要な年中行事「レガッタ・レース」の場面です。


レガッタとは小型船の事で、遠景に見えるリアルト橋を目指すレースです。
レースの起源は14世紀で、カーニバル期間中の2月2日に開催されました。


カナレットの描いた「ヴェネツィアの風景画」は
観光地のポストカードや絵葉書のような「ヴェネツィア土産」の作品です。

「ヴェネツィア」と言えば、私が思い浮かべるのはカーニバルですが
いま、イタリアも新型コロナウイルスの感染で大変ですね。

新型コロナウイルスで思い出したのは
湖北省武漢市の病院 コロナの入院患者が0人になって良かったのですが
武漢・ウィルス研究所の一部を爆破しているそうです。何故かな・・・?
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ロンドン・ナショナル・ギャラリー展④「ヴァン・ダイクとイギリス肖像画」

2020年04月26日 | 美術館・博物館
国立西洋美術館「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」は延期していますが
3月31日(火) BS日テレの「ぶらぶら美術・博物館」で、国立西洋美術館「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」が放送されていたので録画に撮って見ています。

今日は、②「イタリア ルネサンス」→③「オランダ絵画の黄金時代」の続きで
④「ヴァン・ダイクとイギリス肖像画」です。18世紀はイギリス美術の黄金時代と呼ばれ、 特に肖像画と風景画の2ジャンルが隆盛を迎えます。


イギリスは、他のヨーロッパの国々と比べても群を抜いて肖像画を愛好した国です。17世紀にフランドルからやってきたヴァン・ダイクは、その後のイギリス肖像画の展開に決定的な役割を果たします。

●レディ・エリザベス・シンベビーとアンドーヴァー子爵婦人とドロシー

アンソニーヴァン・ダイク 1635年頃

ヴァン・ダイクは、ルーベンスの工房の筆頭助手として活躍していた人物です。
この時イギリスでは国王のチャールズ1世がルーベンスをイギリスに招きたいと考えていました。

そして英国王チャールズ1世の宮廷画家となったのが、理想化 盛り方が上手だった「ヴァン・ダイク」でした。

左の白いドレスの女性が姉のドロシーです。
この時は未婚だったので、それを表す白いドレスに身を包んでいます。
右の茶色のドレスを着ているのが妹のエリザベス。


この作品は妹のエリザベスの婚約を機に描かれたもので
妹のエリザベスに、キューピッドがバラの花を渡しています。

ヴァン・ダイクは、ここにいるキューピッドのように実在しないものを絵の中に登場させ、この姉妹が高貴な人物であるという事を表現しています。

●トマス・コルトマン夫妻

ジョゼフ・ライト・オブ・ダービー 1770-72年頃

この作品も「ダブル・ポートレイト(二重肖像画)」で描かれています。
トマス・コルトマンとその妻のメアリ・バーロウが、結婚してから約一年を経た頃に描かれています。


画家ジョゼフ・ライトとモデルのトマス・コルトマン夫妻は友人関係でありパトロンでもあり、遊び心に男性のポケットにコインが入っているのが、そのまま描かれています。

※肖像画の伝統的なルールとしては「一枚一人」ですが、この作品は二人が描かれています。このような肖像画を「二重肖像画(ダブル・ポートレイト)」と呼びます。
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国立西洋美術館・ロンドン・ナショナル・ギャラリー展③「オランダ絵画の黄金時代」

2020年04月25日 | 美術館・博物館

17 世紀のオランダは、黄金時代と呼ばれるほど多くの画家が生まれ
宗教改革があって、宗教美術よりも身近な風景画、静物画、肖像画が
求められるようになります。

レンブラント・ファン・レインの自画像   

西洋絵画史において最大の巨匠として知られる
レンブラント・ファン・レイン 34歳の「自画像」です。1640年

ルネッサンス期の古典的な貴族風(100年前の服)を着て
レンブラント・ファン・レインが、絶頂時の「ドヤ顔」です。


下の方に、名前が書いてあります。


自画像を多く描いたレンブラントが、24歳の時に描いた「ヘン顔」は
表情を描く練習していたそうです。


芸術家の社会的地位が向上して、自画像が求められるようになる。

ヴァージナルの前に座る若い女性 

1632年オランダ生まれのヨハネス・フェルメール

光と影の画家として名高い「フェルメール」の作品は幾つか見ましたが
フェルメール最後の作品と言われる1670~72年ごろ。
この作品は、室内で楽器を演奏する女性のプライベートな場面です。

ぶらぶら美術・博物館の「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」でした。
コメント (2)
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国立西洋美術館・ロンドン・ナショナル・ギャラリー展②「イタリア ルネサンス」

2020年04月24日 | 美術館・博物館


ロンドン・ナショナル・ギャラリーの「初代館長」

チャールズ・ロック・イーストレーク(1793年11月17日 - 1865年12月24日)は
イギリスの画家、美術史学者でした。

イタリア・ルネサンス絵画の収集

「ルネサンス(Renaissance)」とは、イタリア語のリナシメント(rinascimento)を語源とする「再生」や「復活・復興」を意味するフランス語です。

ギリシア・ローマ時代は、紀元前5世紀のギリシア哲学者プロタゴラスの記述にもあるように「人間こそが万物の尺度」であり、ヒューマニズムが重視されていましたが中世になると・・・

●ルネサンス以前の中世
 14世紀の宗教画

ルネサンス以前の中世時代では、キリスト教の勢力が強くなり教会の権威が増すにつれて、徐々にヒューマニズムは影を潜めていきました。

十字軍の遠征によりキリスト教が勢力を拡大し、12世紀には教皇の権力は頂点に達し、神さまが世界をどう見たか?の視点で描かれ、人物の大きさは神学上の大きさでした。

●イタリア ルネサンスは、15世紀からフィレンツェを中心に起こり
 目に見える世界をそのままを絵にする「遠近法」などが使われました。

 「聖ゲオルギウスと竜」

パオロ・ウッチェロ作 1470年頃
数学的な線遠近法で描かれています。

聖ゲオルギウスは聖ジョージ、聖ジョルジュなどとも言われている聖人の一人で
古代ローマ末期の殉教者で、竜退治の話が多く語り継がれています。

 「聖エミディウスを伴う受胎告知」

カルロ・クリヴェッリ 1486年

『聖エミディウスを伴う受胎告知』は、カルロ・クリヴェッリが、キリスト教の聖典である新約聖書に書かれている挿話の1つを描いた祭壇画です。

1482年に、イタリアの都市アスコリ・ピチェーノが、ローマ教皇シクストゥス4世 に自治政治を認められたことを祝うために、サンティッシマ・アンヌンツィアータ教会のために制作されました。

絵画に描かれている天からのびる光線は、マリアの聖霊による妊娠を表現しています。翼のある天使ガブリエルと、横に聖エミディウスが一緒に描かれています。

聖エミディウスは、アスコリ・ピチェーノの都市の模型を手に持っており、彼がこの都市の守護聖人であることを示しています。「自治権が与えられた日=3月25日=受胎告知」を重ね合わせた絵です。

ルネサンス三大巨匠

「ぶらぶら美術・博物館」を見て、ルネサンスのことが分かりました。
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岡江久美子さんが新型コロナで亡くなられました・・・(-_-)

2020年04月23日 | Weblog
今日は、食料も少なくなったので約一週間ぶりの買い物に出かけてきました。
帰ってニュースを見ようとテレビをつけると・・・!


女優でタレントの岡江久美子さん(63歳)が
23日午前5時20分頃、都内の病院で新型コロナウイルスによる
肺炎で亡くなられました。のニュースが流れていました。

岡江さんは3日に発熱したので自宅で療養していたが、6日朝に容体が急変し、都内の大学病院に緊急入院してICUで人工呼吸器を装着。PCR検査の結果は陽性で懸命な治療を続けてこられたが亡くなられたそうです。


その後の画面では、政府が不要不急の外出を呼びかけるなか
パチンコ店に開店前から100人超の客並んで入っていく姿がありました。


3月29日に、コメディアンの志村けんさん(70歳)が新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなられ、遺体はすぐに火葬され遺族は骨を拾うこともできませんでした。
この時に、新型コロナウイルスの怖さが分かっている筈なのに残念です。(~_~;)
※画像はお借りしました。

人に移さないことが一番です! 
志村さんの時もそうでしたが、まだ信じられません。
ご冥福をお祈りします。
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国立西洋美術館・開幕が延期された①「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」

2020年04月22日 | 美術館・博物館

国立西洋美術館「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」が
2020年3月3日(火)~2020年6 月14日(日)の、開幕を延期しています。

私は、国立国際美術館(大阪)「ロンドン・、ナショナル・ギャラリー展」
2020年7月7日(火)~10月18日(日)に、行く予定だったので心配していると

3月31日(火) BS日テレの放送「ぶらぶら美術・博物館」で
国立西洋美術館「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」があったので
見逃さないようにと、録画に撮って鑑賞しています。


全作品が日本初公開で、ゴッホの「ひまわり」もあります。


イギリス国外で初めて開催される、史上初の大規模所蔵作品展です。

ロンドン・ナショナル・ギャラリー

イギリスのロンドン、トラファルガー広場に位置する世界屈指の美術館は


国民が議会を通して1824年に設立された
「国民のために 誰でも入場できるように」とつくられました。
現地では入館は無料です。


政府は本来入館料で得られるはずであった収入を、政府(デジタル・文化・メディア・スポーツ省、DCMS)の予算で補填し、常設展の入館無料が多くなったそうです。

ロンドンの入場無料の美術館リストは・・・こちら


ロンドン・ナショナル・ギャラリーの年間入館数は、約600万人です。


無料なので、好きな作品を何度でもみることができます。


美術館巡りが好きな人には聖地と言ってもいい場所です。


西洋美術の歴史がわかる美術館であり


教科書でもあり


近代美術館のモデルでもあります。
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江戸時代を当時の眼で見る「錦絵と瓦版」 

2020年04月21日 | 回想日記
高槻市教育会館で「しろあと歴史館 西本幸嗣 学芸員」さんの
『描かれた幕末を読むー錦絵と瓦版ー』を受講したことがあります。(2010-11)

●錦絵と瓦版は、浮世絵で(当世・世間・その時代)を描いた絵画資料
  江戸時代を当時の眼で見る材料です。「一枚物」

錦絵
 もともと肉質画と単色刷り(墨摺絵)、その後丹絵、紅絵、青絵など墨摺りに色を加える刷り物が登場。1800年ごろ(明和・文化)に多色刷りの「錦絵」が生れる。

瓦版
 単色から多色摺りのものまで多種多様。「土瓦を彫ったように粗末な版木で摺られて出版物」という意味から由来するという。1650~1700年頃(寛文・貞享)から登場し、幕末には政治的な事件を取り上げるようになる。
※江戸時代の情報文化の成熟をインパクトな絵と文章で伝える。(講座資料より)

瓦版 「時世のぼり凧 (いか)」

凧揚げが禁止された時に、凧と描いて“いか”と読んでいたそうです。
凧の字の横に“いか”とフリガナを描いてあります。

凧には物の名前が描かれており、高く揚がっているほど物価が高く
慶応2年(1866)には、米・酒・綿・麦・油・武具・金相場の凧が高く揚がってます。

瓦版 「末代記録 二編」

この瓦版は 「ええじゃないか騒動」 で
空から神仏の御札が降ってきた場所と、御札の種類や数などが描かれています。

錦絵 「諸神諸仏富士山江集会」 右は高槻に降った御札です。

高槻では、慶応3年11月の城下に伊勢神宮の御札をはじめ
大黒・エビスの様々な御札が降り、着飾った人びとが踊ったといわれています。

御札は富商・豪農など経済的に豊かな家に降ることが多く、降札のあった家々では
御札を祭るとともに大勢の人々に酒食を提供し騒ぎはさらに輪を広げたそうです。

錦絵 「豊饒御蔭参之図 (ほうねんおかげまいりのず) 」

慶応3年(1867)秋

三枚つづきの画面に、天から降り下るお札とその下で乱舞する民衆の躍動的な姿が描かれています。諸神のお礼や御祓・御幣をはじめ、仏像・掛け軸・小判などが乱れ降るなか、画面手前から右にかけて 「天照皇太神宮」 の幟をかかげて伊勢神宮に集団参宮する旅姿です。

瓦版 「平安大火末代噺」

元治元甲子七月十九日暁かわら町二条下る辺より出火、同四ツ時堺町御門辺より出火、益火はげしくして所々へ飛火又同日に伏見出火、山崎辺出火、嵯峨天竜寺へ飛火・・・「けが人 数多あるよし」や、左の地図には焼けた場所が分かるように描かれていました。

※ 瓦版などは数多く出版されたが、このように残っているのは僅かのようです。
  いま新型コロナウイルスなどの情報は、TV・WEB・新聞などで得ていますが
  幕末の情報は「瓦版と錦絵」で描かれていました。
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