kikoがスタート

2005年8月にスタートしました。
私が観た(見た)、感じた、覚書き、気になることを書いてます。(^^ゞ

先生とお別れしてきました。

2016年08月28日 | ひとりごと
8月26日、中高生の時にお世話になった先生(女性)が亡くなられました。

先生は 数年前に脳梗塞で車椅子生活になり、いつも凛とされていた先生は誰とも会うことを拒まれていました。でも昨年に頂いた年賀状に施設名が書かれていたことから、月に一度は施設を訪れるようになっていました。

今年になって肺炎で2度(5月と8月)の入院をされ、8月に退院された次の日(24日)に娘さんから「退院したので・・・」と電話を頂いたので翌日(25日)に訪れると退院されてお元気になられたのだと思っていたのは肺炎が治った?だけで、その時に娘さんから「数日の・・・」。

そして翌日の26日に先生は亡くなられ、28日にお別れしてきました。
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美濃吉のお弁当「京夏涼彩(きょうかりょうさい)」

2016年08月25日 | 食楽
何が食べたいのか分からないときはお弁当が良いですね。(^_^;)))


これは、美濃吉の「京夏涼彩」です。

美味しくて色んなお野菜も入っているので重宝しています。(*^^*)
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お骨佛のお寺と知られる「 一心寺(いっしんじ)さん」

2016年08月23日 | 京都・大阪・神戸・滋賀 他

大阪市立美術館の「デトロイト美術館展」を観賞したあと
一心寺さんに行きたくなり、いつもは黒田門を通って帰るのですが
美術館の西にある美術館下のゲートに出て北方向へ行くと・・・


突き当たりに出たので、右折(東方向)すると「一心寺坂」の名前が
少し前に天王寺七坂を歩いたばかりですが、ここは坂の多いところです。


ここは裏道ですが、16日のお盆なのでお参りされる方が多いようです。


一心寺さんの南門がありました。
ここから入るのは初めてです。


納骨堂

一心寺の納骨堂には現在7体のお骨佛様がお祀りされていて、明治20年に第1体目が造立されて以来、10年ごとに開眼しているので通算では13体になるそうですが、戦前に造られた6体は残念ながら戦災で焼失したそうです。


納骨堂の横(北側)に「本堂」があります。


本堂の前で天水受けを支えている「天の邪鬼(あまのじゃく)」


本堂前右側の天水受けの「天の邪鬼」

本願寺御影堂正面でも天の邪鬼
が、天水受けを支えているのを
見たことがありますが可愛いですね!


本堂を正面から撮りました。


山門と仁王門(仁王像は武器を持っていないそうです。)


あべのハルカスにも「さよなら」して帰路に・・・
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大阪市立美術館「財政破綻から守られた名品のデトロイト美術館展」2

2016年08月22日 | 観戦・鑑賞・参観ほか
デトロイト美術館のあるアメリカ合衆国ミシガン州・デトロイト市が、2013年に財政破綻し美術館の収蔵品売却の危機に陥ったとき、市民らの反対とアートを愛する人々によって守られ、今回の「デトロイト美術館展」が開催されたのです。

デトロイト美術館は、古 代エジプト美術から現代美術まで65,000点以上の作品を所蔵するアメリカを代表する美術館の一つで、1885年に開館して以来、自動車業界の有力者らの資金援助を経て世界屈指のコレクションを誇る美術館として成長したデトロイト美術館は、アメリカでゴッホやマティスの作品を初めて購入した公共美術館として有名です。


「デトロイト美術館展」大阪展では、7月・8月の火曜・水曜・木曜(祝日除く)に
全作品を撮影できる
と知り、デトロイト美術館に行った気分で撮ってきました!
※一部の作品はSNSをはじめ不特定多数への公開が禁止されています。


◆第1章「印象派」


ピエール・オーギュスト・ルノワール「白い服の道化師」


エドガー・ドガ「楽屋の踊り子たち」


クロード・モネ「グラジオラス」
他10点


◆第2章「ポスト印象派」


ポール・セザンヌ「サント=ヴィクトワール山」


ポール・ゴーギャン「自画像」


フィンセント・ファン・ゴッホ 「自画像」
他8点


◆第3章「20世紀のドイツ絵画」


ワシリー・カンディンスキー「白いフォルムのある習作」


エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー「月下の冬景色」


マックス・ベヒシュタイン「木陰にて」
他9点


◆第4章「20世紀のフランス絵画」


アンリー・マティス「コーヒータイム」

マティスが1906年から1913年に、アルジェリアとモロッコに滞在した時の作品
ちゃぶ台やコーヒセットなどが描かれています。

他に15点ありますが・・・


パブロ・ピカソの作品も撮れますが、公開禁止になっています。

ピカソの作品は
1.アルルカンの頭部  2.マヌエル・パリャレスの肖像 3.アニス酒の瓶
4.肘掛け椅子の女性 5.読書する女性 6.座る女性 の6点でした。


アメデオ・モディリアーニ「女の肖像」

絵画に興味の無い従姉妹でも、知っている作品が幾つも此処にありました!
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大阪市立美術館 開館80周年記念 「デトロイト美術館展」1

2016年08月21日 | 観戦・鑑賞・参観ほか


大阪市立美術館
開催期間:平成28年7月9日(土)~9月25日(日)


黒田門を通り美術館の前に来ると、大阪市のシンボル「通天閣」が見えます。


大阪市立美術館は天王寺公園の中に位置していますが、その敷地は住友家の本邸があった所で、美術館の建設を目的に庭園(慶沢園)とともに大阪市に寄贈されたもので、昭和11年5月に開館しました。

美術館は設立当初の本館と、平成4年に美術館の正面地下に新設した地下展覧会室からなり、地上3階、地下2階からなり、本館陳列室では、特別展覧会やコレクション展示を開催しています。


美術館に入ると左手にたくさんの人が、8月16日(火)14:00~15:30の講演
「デトロイト市の財政破綻に学ぶ 芸術と街づくり」に並んでいました。

このデトロイト美術館が存続の危機に陥ったのが、2013年7月のデトロイト市財政破綻でした。市の深刻な財政難により、美術館収蔵品の売却の可能性も取り沙汰されましたが、国内外からの資金援助により収蔵 品は売却されることなく存続しました。危機を乗り越えモネ、ルノワール、ゴッホ、セザンヌ、マティス、ピカソなど、日本初公開15点を含む全52点が展示されます。


「デトロイト市の財政破綻に学ぶ 芸術と街づくり」は
写真右:講師の平田オリザ氏(劇作家・演出家・東京藝術大学特任教授)
写真左:篠 雅廣氏(大阪市立美術館長)、会場:美術館1階の講演会室。

「デトロイト美術館展」大阪展では、7月・8月の火曜・水曜・木曜(祝日除く)に、全作品を撮影できることもあり、この日を楽しみにしていました。


この、ゴッホの自画像も撮れるのです!
デトロイト美術館に行った気分になりますね。(*^^*)

※一部の作品はSNSをはじめ不特定多数への公開が禁止されています。
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神戸市立博物館 ボストン美術館所蔵 「俺たちの国芳 わたしの国貞」展 

2016年08月09日 | 観戦・鑑賞・参観ほか


神戸市立博物館 「俺たちの国芳 わたしの国貞」展
開催期間:6月18日(土曜)から 8月28日(日曜)

アメリカを代表する美の殿堂・ボストン美術館は、古今東西の優れた美術品を網羅する約40万点のコレクションで知られ日本美術コレクションは約10万点、その半数以上を占める浮世絵の中から、江戸後期の人気絵師、歌川国芳(1797~1861)と、歌川国貞(1786~1864)による錦絵170点が展示されます。


この二人は役者絵の巨匠・初代歌川豊国の門下で、江戸後期の錦絵黄金時代を築いた絵師です。

国芳
は不遇にめげず努力を重ね、「水滸伝」を主題とする錦絵で一躍脚光を浴び、以後中国や日本の合戦や怪異譚を豪快かつ大胆に描いたものや、ユーモアあふれる戯画の分野で無双の表現力を発揮しました。

国貞は、当時の歌舞伎界のトップスターたちと親交があり、役者絵の第一人者としての立場を確固たるものにします。美人画の分野でも時代の王道をいく表現を確立し、幕末まで浮世絵界の第一人者として活躍しました。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 布引の雷神 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

現在の新神戸駅の裏手に、いにしえよりその美しい姿が古歌に詠まれてきた布引の滝があります。この滝は神戸市民の憩いの場所となっていますが、かつては怨霊の棲みかとして恐れられていたことがあったそうです。

「悪源太」の異名をもつ平安末期の武将の源義平(頼朝・義経の兄)は、非常に勇猛な武将でしたが、平治の乱で敗れ生け捕りにされ六条河原で処刑される際に、自分を斬首しようとする難波次郎経房に「たとえ首だけになっても雷神になって怨敵を倒してやる」と言い捨てました。義平ら源氏を一掃し、栄華を極めた平清盛は神戸の福原に都を遷します。ある日、清盛一行が布引滝を見物にでかけたとき、急に黒雲が立ち込め同行した難波次郎は雷に打たれて即死したと言われています。

すさまじい怨念で布引の雷神に生まれ変わった源義平を主題とする国芳の作品「清盛入道布引滝遊覧悪源太義平霊討難波次郎」では、爆発と黒雲とともに悪源太が出現、鬼の形相で清盛一行に襲いかかります。彼が放った火炎弾は、遺言通りに難波二郎(次郎)を直撃、宙返りで吹き飛ばし稲妻が縦横無尽に画面を切り裂いています。「布引ノ瀧悪源太打難波」では、巨大な火柱を打ち込まれて炎上する難波、髪を振り乱して怒り狂う悪源太の形相が凄いです。

雷雨の恐れのあるときは、布引の滝に近づかないようにしましょう。
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陛下の「お気持ち」が表明されました。

2016年08月08日 | Weblog
天皇陛下は8日午後3時から、象徴としてのお務めについての
「お気持ち」をビデオメッセージで表明されました。

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戦後七十年という大きな節目を過ぎ、二年後には、平成三十年を迎えます。

私も八十を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。

本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。

即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。

そのような中、何年か前のことになりますが、二度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。

私が天皇の位についてから、ほぼ二十八年、この間(かん)私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行(おこな)って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ二ヶ月にわたって続き、その後喪儀(そうぎ)に関連する行事が、一年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。

始めにも述べましたように、憲法の下(もと)、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。

国民の理解を得られることを、切に願っています。

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海外の大手メディアもトップニュースとして報じられ、日本にとって皇室の存在がいかに重要であるか、海外の反応を見て改めて実感させられます。

陛下の多忙を極めるご高齢での公務は本当に大変だと思います。今はまず陛下にご公務の心配が無いゆっくりした生活を優先して差し上げたいと思います・・・。
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神戸・Yファミリーと一緒に 「第46回 みなとこうべ海上花火大会「」

2016年08月07日 | 観戦・鑑賞・参観ほか

Aちゃんの家族から「みなとこうべ海上花火大会」の
お誘いがあって行ってきました。(撮影:8月6日 土曜日)


神戸港の倉庫が立ち並んだ間を通り過ぎ・・・


指定席に着いたときには、たくさんの人が来られていました。


海から近い席で、目の前に花火が打ち上げられる三隻の船が見えます。


来年開港150年を向かえる世界の港とつながる神戸港
オープニングは港をテーマに入港を風景を彩る祝砲と歓迎放水で
迎えてくれるそうです。


山(北側)の方も暗くなってきました。


そして、花火が打ち上げられました!


今日は、Aちゃんたちと花火を楽しみます。


神戸の花火を見るのは今回で2度目ですが

シーン1の「I love Waterfront」から、シーン6の「I love Kobe Port」の
プログラムがあって、海上からの打ち上げ数は10,000発です。


でも、帰りの混雑を危惧して「スペシャルフィナーレ」を前にして
帰ることにしましたが・・・


後ろから大きな音と共に大空で打ち上げられる花火に見送ってもらいました。
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ギフト限定製造の「アサヒ ドライブプレミアム 豊穣3種」

2016年08月04日 | 食楽

左:豊穣   中:豊穣(涼みの香り) 右:豊穣(華やぐ6種ホップ)

この「涼みの香り」と「華やぐ6種ホップ」は、ギフト限定製造ビールで
私のビール好きをよく知っている女性が、夏と年末にはギフト限定製造の
ビールを贈ってくださる嬉しい贈り物です。

旬の鱧が美味しい時期なので一緒に美味しく頂いてます。(*^^*)
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創業天文拾九年 「笹井屋の 元祖 なが餅」

2016年08月03日 | 食楽

天文十九年(1550年)戦国時代の頃、「なが餅」と呼ばれる名物餅があり
三十六万石の太守「藤堂高虎」が足軽の頃、なが餅の美味しさに感動されて
「武運のながき(永き)餅を食うは、幸先よし」と大いに喜ばれたそうです。


小豆餡を白い搗き餅でくるんで平たく長くのばし両面を焼香ばしく焼き上げ
出来たてを、そのまま密封された生菓子です。

一度に全部は食べられないので、残りは冷凍して頂くときに軽く焼いて頂く
素朴な味わいの「なが餅」です。
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