kikoがスタート

2005年8月にスタートしました。
私が観た(見た)、感じた、覚書き、気になることを書いてます。(^^ゞ

阪急東宝グループの創業者「小林一三氏の家系図」に松岡修造さんの名前!

2019年03月31日 | 観戦・鑑賞・参観ほか
大阪・池田市の「小林一三(いちぞう)記念館」に行ってきました。
小林一三氏は、阪急東宝グループの創業者で宝塚歌劇団を生んだ凄い人です。

小林一三記念館の「長屋門」

能勢町にあった庄屋から移築したと伝わる重厚な「長屋門」は
国登録有形文化財です。


「雅俗山荘」の門札を掲げ、門柱・門扉・潜戸の飾り金物
(乳金具、花菱の釘隠し、八双金具等)まで当時のままです。


小林一三記念館は、小林一三氏の旧邸である洋館「雅俗山荘」を中心に
小林一三氏の事績を紹介する施設として、2010年に開館しました。

小林一三氏の家系図

館内には、ご紹介したいところがいっぱいですが
先ずご紹介したいと思ったのは、小林一三氏の凄すぎる家系図でした。


その華麗なる一族の家系図に、元プロテニスプレイヤーの
松岡修造さんの名前があり、小林一三氏のひ孫だったことです。
お坊ちゃまだと思ってましたが・・・納得ですね。
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NHK連続テレビ小説 「まんぷく」の カップヌードル ミュージアム 総集編

2019年03月30日 | 健康ハイキング・歴史クラブ・教養講座
今日で、好評だった NHK連続テレビ小説「まんぷく」が終わりましたね。
私が見てきた「カップヌードル ミュージアム」を、ここに集約します。




大阪池田市・インスタントラーメン発祥の地①「CUPNOODLES MUSEUM」

大阪池田市・インスタントラーメン発祥の地②「チキンラーメントンネルと誕生した小屋」

池田市・カップヌードルミュージアム③「チキンラーメンの女房 安藤仁子展」

池田市・カップヌードルミュージアム④「世界でひとつだけのカップヌードル」

池田市・カップヌードルミュージアム⑤「食文化に貢献した 安藤百福の軌跡」

池田市・カップヌードルミュージアム⑥「ファクトリー&宇宙食スペース・ラム」

池田市・カップヌードルミュージアム⑦「必要なのは・・・逆転の発想でした!」

池田市・カップヌードルミュージアム⑧「3年間保存可能なチキンラーメン」

大阪池田市・安藤百福翁像前の「マンホール蓋」 で終わります。

追記
最終回のクライマックスとなる歩行者天国での「まんぷくヌードル」路上販売のシーンで、神戸市の繁華街・元町にある旧居留地に1970年代の歩行者天国を再現。道路を約100メートル封鎖し、250人のエキストラを動員したというロケの舞台裏とは……。この記事はこちら
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宮崎県民謡・ひえつき節の “さんしゅの木”は「山茱萸?それとも山椒?」

2019年03月30日 | 花・草・木・鳥 他

「さんしゅゆ」と言えば、宮崎県民謡の「ひえつき節」が思い出されます。

宮崎県民謡  ひえつき節

庭の山椒(さんしゅ)の木 鳴る鈴かけて
ヨーオー ホイ
鈴の鳴るときゃ 出ておじゃれヨ
鈴の鳴るときゃ 何と言うて出ましょ
ヨーオー ホイ
駒に水くりょと 言うて出ましょヨ
おまや平家の 公達(きんだち)ながれ
ヨーオー ホイ

おどま追討(ついと)の 那須(なす)の末ヨ
那須の大八(だいはち) 鶴富(つるとみ)捨てて
ヨーオー ホイ
椎葉(しいば)立つときゃ 目に涙ヨ
泣いて待つより 野に出て見やれ
ヨーオー ホイ
野には野菊の 花盛りヨ


山茱萸 (さんしゅゆ)の別名は
「ハルコガネバナ」と「アキサンゴ」等と呼ばれていますが・・・

ハルコガネバナは
春に葉が展開する前に、木一面に黄金色の花をつけることから言われ

アキサンゴは
秋には赤く熟した果実をつけるので、サンゴのように見えるからです。

🔶🔶🔶🔶🔶

でも、稗搗節(ひえつき節)に出てくる歌詞は山椒ですが、歌う場合は「さんしゅう」なので、多くの人は鈴を掛けた木をサンシュユ(山茱萸)と間違えている場合が多く、歌詞の「サンシュ」はミカン科の山椒(サンショウ)です。という説も・・・
あなたは、山茱萸と山椒のどちらだと思いますか? 
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堺市・荒山公園(こうぜんこうえん)の梅林

2019年03月29日 | 健康ハイキング・歴史クラブ・教養講座
荒山公園の梅林は終了して、桜の花の季節になりましたが・・・
ハイキングの思い出としてブログに残しておきます。(^^ゞ


私たちが、ハイキングで行ったのは3月8日の金曜日でした。


南海高野線新今宮駅から


泉北高速「泉が丘駅」へ
駅前からバスに乗って・・・「宮山台2丁バス停」


荒山公園は、多治速比売神社の敷地の一部を取得して造られた
総面積17万㎡の広大な敷地に1400本もの梅が植えられています。


青空に梅の花が映えてます。


2月中旬から3月上旬が見頃ですが
今年は咲くのも散るのも早いようですね。


それでも、私たちのように
来られる人の姿があります。


山茱萸(さんしゅゆ)の蕾も膨らんでいます。


現在、梅林には50品種・約1.200本あります。


木の下では、散りばめられた花びらが
流れゆく時空(とき)を感じさせますが・・・


4月上旬には、桜で賑わっていることでしょう。(^^ゞ
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本格インド・ネパール料理 大きな美味しいナンの「タジマハール エベレスト」

2019年03月28日 | 食楽

タージマハル エベレストのお店は初めてですが
色んな所にあるそうで、ここは池田店です。


異国情緒満点の店内です。
辛さが選べるので、辛いのが苦手の人も大丈夫です。


サラダもたっぷり


スープ


ナンが大きめで、少し甘みが効いていて美味しいです!
結構大きいので、食べ切れないお客さんは持ち帰り出来るのも嬉しい。
(ご飯も出てくるので、ナンは半分弱ほどでお持ち帰り)


ラッシー(ヨーグルト)は、少し甘くて美味しい!


Aランチ 850円
サラダ、ナン、ドリンク、ご飯(少なめ)日替わりorチキンカレー
一人でも気軽に入れるお店は、安価で美味しかったです。
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庭先に咲いてるスイセンと、「破れ傘 (やぶれがさ)」

2019年03月27日 | 花・草・木・鳥 他
今朝は良いお天気だったので、早朝からお洗濯・お布団干しと頑張ってます!


玄関前と小さな庭の水やりをしていると
庭先のスイセンがほほ笑んでくれました。

バタバタと忙しくしていた数日前は
「おはよう~気を付けて行ってらっしゃい!」

帰ってきたときには
「お帰りなさい・・・待ってたわよ!」
そんな声が聞こえてきそうなスイセンです。(^^ゞ

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破れ傘 (やぶれがさ)


数年前の4月初めに、一度だけ見たことがある
「破れ傘 (やぶれがさ)」の下葉です。

名前の由来は
春になると、山地の木陰から葉が出てくるとき
破れた傘のような形になることからです。

破れた形が見られるのは10日間ほどで
その後は、平らに葉を開いてしまうそうです。

中国では
「兎児傘」といわれ、「ウサギの子供がさす傘」のことですが
子ウサギが破れ傘をさしている、かわいい姿が想像されますね。
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京都御所・天皇陛下御即位30年記念⑨ 「御三間 →清所門(参観出口)」

2019年03月26日 | 観戦・鑑賞・参観ほか
天皇陛下御即位30年記念 ⑧「御常御殿→御内庭→迎春」のつづきです。

御学問所の北側

御三間は、御学問所の北側にありました。

御三間 (おみま)

御常御殿の西御縁座敷(にしごえんざしき)とつながっています。

束帯姿(そくたいすが)・十二単姿(じゅうにひとえすがた

平成2年(1990)の即位礼正殿の儀では、天皇陛下は黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)御束帯、皇后陛下は、御五衣(おんいつつぎぬ)・御唐衣(おんからぎぬ)・御裳十二単をお召しになり、皇族各殿下以下も、男性は束帯,女性は十二単という日本古来の正装のお姿で参列されました。
即位礼で用いられるものと同様の束帯と十二単を展示されています。

杉戸絵 老人と唐子に松



御三間の上段の間には、元日の儀式である朝賀の様子を画かれた障壁画が
管理事務棟で展示されているので、御三間を後にして向かいます。

管理事務棟

御三間上段の間の襖絵「朝賀図」が展示されています。
筆者 住吉弘貫(すみよしひろつら)

絵 朝賀図(ちょうがず)

朝賀は、元旦に皇太子以下群臣が宮中に集い
天皇に新年の祝賀を行う儀式であり
奈良時代から平安中期頃にかけて行われました。

部屋の四方全面を使って画かれた「朝賀図

年中行事でありながら,一世一代の大礼である即位礼と
同じ形式で行われた唯一の儀式です。


天皇陛下御即位20年特別公開の参観では
この先も公開されていましたが、今回は公開されていませんでした。

清所門(せいしょもん)

清所門は、京都御所西側の北から二番目の門で
皇子女の参内初めに用いられ、御台所門であり御所の通用門でした。


天皇陛下御即位30年 京都御所特別公開も
入口の「宜秋門」から始まり、この「清所門」で終わります。
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京都御所・天皇陛下御即位30年記念 ⑧「御常御殿→御内庭→迎春」

2019年03月25日 | 観戦・鑑賞・参観ほか
gooブログの新エディターなどがリリースされていたので
天皇陛下御即位30年記念 ⑦「小御所→御池庭→御学問所」のつづきです。

御常御殿(おつねごてん)東面

入母屋桧皮葺の書院造りで、京都御所の中で最も大きな建物です。

天皇が日常のお住まいとして使用された御殿で、
16世紀以降、清涼殿から独立して建てられるようになりました。

御内庭(ごないてい)

屈折した遣り水を流して


土橋に灯籠や庭石を配した風雅な御庭です。


奥に茶室を構えています。

迎春(こうしゅん)

御常御殿の北に廊下でつながっている「迎春」です。
孝明天皇のお好みで建てられたお書見の間で、東に面した五室です。

蹴鞠

東御縁座敷 (中央) 杉戸 北面
岡本 亮彦 (おかもと すけひこ)

曲水(の宴)

東御縁座敷 (中央) 杉戸 南面
岡本 亮彦  

陵王納曽利(りょうおうなそり)

東御縁座敷 (南側) 杉戸
原 在照(はら ざいしょう)
 
御常御殿の南側

上段の間以下は奥における参賀など御対面の場として用いられました。


上段の間の後方に三種の神器のうちの剣璽を奉安した剣璽の間があります。


御常御殿から御三間へ向かいます。
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京都御所・天皇陛下御即位30年記念 ⑦「小御所→御池庭→御学問所」

2019年03月24日 | 観戦・鑑賞・参観ほか
天皇陛下御即位30年記念 ⑥「年中行事障子のある清涼殿」のつづきです。


小御所(こごしょ)と、御学問所(おがくもんじょ)に向かいます。

小御所

小御所は紫宸殿の東北、清涼殿に背面して建っています。

帽額(もこう)、礼服(らいふく)、即位器服図式(そくいきふくずしき)の
写真パネルが展示されています。

御池庭(おいけにわ)

小御所の前にあり、池を中心とした回遊式庭園です。

右手に「「欅橋(けやきばし)」が架かり
前面は州浜で、その中に舟着への飛び石があります。

小御所

寝殿造りと書院造りの両方の様式が混合した建物で諸種の儀式が行われ
将軍・大名など武家との対面にも使用されました。

慶応3年(1867年)12月9日の王政復古の大号令が発せられた日の夜
「小御所会議」がここで行われました。
昭和29年(1954年)に焼失。昭和33年(1958年)に復元されました。

蹴鞠の庭(けまりのにわ)・東庭(とうてい)

小御所と御学問所の間にある四角の庭を「鞠懸(まりがかり)」
小御所と御学問所の前の庭は「東庭」と呼ばれています。

御学問所(おがくもんじょ)

入母屋桧皮葺の書院造りの建物で、和歌の会など学芸に関する行事のほか
臣下との対面にも用いられました。

楽箏(がくそう)

楽箏:雅楽で用いる13弦の箏のことで太めの弦と竹製の爪に特徴がある。


篳篥(ひちりき)・笙(しょう)


篳篥:雅楽の管楽器の一つで縦笛
笙 :雅楽に用いる管楽器の一で
   匏(ほう)の上に17本の長短の竹管を環状に立てたもの。

龍笛(りゅうてき)・琵琶(びわ

龍笛:雅楽で使う管楽器の一つで横笛
琵琶:琵琶は、東アジアの有棹弦楽器の一つで
   弓を使わず弦をはじいて音を出す撥弦楽器です。


アセビの花がきれいです。


それでは御学問所を後にして、御常御殿に向かいます。
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京都御所・天皇陛下御即位30年記念 ⑥「年中行事障子のある清涼殿」

2019年03月23日 | 観戦・鑑賞・参観ほか
天皇陛下御即位30年記念 ⑤「最も格式の高い正殿 紫宸殿」のつづき・・・
参観順路に従って露台を潜り、白砂敷きの東庭に入ると南側に「漢竹」
ほぼ中央に「呉竹」が植えられています。

清涼殿(せいりょうでん)

平安時代中期(10世紀頃)から、天皇の日常のお住まいとして定着した御殿であり、政治・祭事などの重要な儀式も行われていました。

年中行事障子(ねんじゅうぎょうじのしょうじ)

清涼殿の落板敷(おちいたじき)には、年中行事障子の両面に
宮中でおこなわれた年中行事や神事や月中行事などが記されています。

昼御座(ひのござ)と御帳台

東廂では、御帳台の前に厚畳2枚を並べて上に茵(しとね)を載せた
平敷の御座「昼御座」が見えます。

衝立障子 左「昆明池障子」 右「荒海障子」

清涼殿の北東の隅に、平安時代から置かれていたもので
温湿度や紫外線から保護するため表面をガラスで覆っています。

 明池障子(こんめいちのしょうじ)は、框の土台足ともに黒漆、縁唐錦、金物は金銅です。『伴大納言絵巻』に描かれた「昆明池障子」は、絵巻なので弘廂の幅は短く描かれているが通常芯々で10尺前後で、表面(南面)には昆明池の図、裏面(北面)には嵯峨野小鷹狩の図が描かれています。

 昆明池の図には『漢書』の一節を記し、小鷹狩の図には「さがの野や 花の千種の 色鳥に 心をうつす 秋のかりびと」という和歌が記され、『古今著聞集』によれば嵯峨野小鷹狩の図は、大井川の辺りに住んで鷹狩を好んだ季綱少将(藤原季縄)のことを描いたものかといわれています。
 
 海障子(あらうみのしょうじ)は、清少納言の「枕草子」にも「荒海の岸辺に、姿おそろしげな手長足長を描いた障子」として紹介されています。
 
図柄は中国の「山海峡」から題材をとっており、手や足の長い人間が協力して漁をしている姿には、教訓的な意味があるとも伝わっています。

清涼殿の北側にある「滝口」

御溝水(みかわみず)の落ち口を滝口(たきぐち)といいますが
平安・鎌倉時代,蔵人所(くろうどどころ)に属して禁中の警衛にあたった
詰所の場所だったそうです。

清涼殿の北東から見た紫宸殿の北側

蔀戸(しとみど)がすべて閉ざされていますが
開けられて公開されたことがあるそうです。


紫宸殿の北側を通って「小御所」へと進みます・・・


「清涼殿」は、紫宸殿の北西部に東向きで建てられ、母屋の四方に廂をもち東廂には広廂がつく、紫宸殿と同様に寝殿造りですが、日常の御殿なので内部は襖などの間仕切りが多いそうです。


頭上注意と書かれていますが
身長160センチの私でも、屈まないと当たりそうで恐いです。


くぐってから上を見ると
小御所などに通じる立派な造りの廊下でした。


清涼殿へは紫宸殿を通らなくても
この門から入れるようになっています。
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