kikoがスタート

2005年8月にスタートしました。
私が観た(見た)、感じた、覚書き、気になることを書いてます。(^^ゞ

江戸時代のおもちゃ「倉入り(くらいり)・猫と鼠(ねずみ)」

2017年07月04日 | 高槻市立しろあと歴史館と市民大学

今宮戎神社(大阪市)の十日戎の縁起物として売られていた「倉入り」

張り子でできた俵の中に重りを入れ
割竹の傾斜面を起き上がりながら転がる様子を楽しむ玩具です。


猫と鼠

箱の上に猫が乗っており、蓋を引くと猫が後ずさりしたように見え
箱の中から鼠が顔を出します。蓋を戻して猫が近づくと鼠は隠れる
猫と鼠の追いかけっこを表したからくり玩具です。

● どちらも江戸時代のおもちゃ絵本「江都二色(えどにしき)」
安永2年・1773年にも紹介されています。

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江戸時代のおもちゃ「 亀山のお化け ちょんべ・住吉名物 廻り鼠」

2017年07月03日 | 高槻市立しろあと歴史館と市民大学

亀山のちょんべ

割竹の台上に張り子の人形を乗せ、台の下に仕掛けた竹片を
膠(にかわ)などの粘着剤で止めておきます。

手を離して置くと次第に粘着剤がはがれ、突然飛び上がったり
宙返りをする玩具です。

「亀山のお化け」という見世物にちなみ
亀屋忠兵衛という人物が創始したと言われます。


廻り鼠

割竹に通した柄を動かすと糸が引っ張られて
竹の上に乗った鼠がくるくると動く仕組みです。

大坂の住吉名物として「浪花の賑わひ」文久3年・1863 に紹介されています。
また、名古屋でも江戸時代に作られていたと伝わり、こちらは鼠が三匹乗っているのが特徴です。
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幕末の大阪城本丸東側の三重櫓館群の写真

2017年06月15日 | 高槻市立しろあと歴史館と市民大学
麻雀教室は月に数回あるのですが、先月から月に一日だけお勉強を始めました。
今日はその麻雀教室の日で、楽しくて嵌まりそうで心配になるほどですが (^_^;)))
月に一度だけなので、嵌まることもないだろうと思いっきり楽しんできました。


この写真は、幕末の大阪城本丸の東側です。

幕末(ばくまつ)は、日本の歴史のうち、江戸幕府が政権を握っていた時代
(江戸時代)の末期を指していいます。

幕末の写真は、ペリー来航の1853年(嘉永6年)から1868年 (慶応4年・明治元年)まで活躍していた、土方歳三、坂本 龍馬、西郷隆盛などは見たことはありますが・・・そんな時代の貴重な大阪城本丸東側の写真でした。
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江戸時代の「面頬(めんぽお)」

2017年06月14日 | 高槻市立しろあと歴史館と市民大学

銘:土州住明珍紀宗口 江戸時代


無名 伝明珍 江戸時代


汗を流すための穴や管、呼吸が苦しい時の鼻部分の取り外しなどの工夫は
されていますが、鉄製なので面頬は重くて息苦しかったでしょうね。
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奥村寛純氏の伏見人形3「腹帯をした神馬・ 子猫がいっぱいの招き猫」

2017年06月12日 | 高槻市立しろあと歴史館と市民大学

右側の大きな腹帯をしているのが「神馬(しんめ)」です。
かわいい腹帯をしたお馬さんは初めて見ました。!(^_^;)))


またげる大きい置物と言えば象の置物が思い浮かびますが・・・
この時代には、大きなお馬さんがあったのですね。

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親猫の頭・前足・横からかわいい子猫がいっぱいの縁起猫です。
(この子猫たちは以前にも登場しましたが、かわいいので再登場です。)
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奥村寛純氏コレクションの伏見人形「天神さんと布袋さん」

2017年06月10日 | 高槻市立しろあと歴史館と市民大学
しろあと歴史館で展示されていた伏見人形です。


天神さんには、「てんじんさん」で親しまれている上宮天満宮
神戸・異人館街に港が見える北野天満神社平安京ができた頃から錦市場を支える「錦の水」で知られる錦天満宮日本三大祭りの一つ天神祭りで知られる大阪天満宮 などに行きましたが・・・


天神さんの伏見人形は初めて見ました。(^_^;)))

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布袋さんは七福神の中で唯一実在の人物で、中国の唐末期(九~十世紀)に実在した禅僧契此(?~917)がモデルになっているそうです。

この僧は、大きくふくれた腹をしており、いつも手に杖を持ち、大きな布袋を背負い、施しを求めて市中を歩いていた。そして、布施を受けた物は何でも袋の中に入れて歩いていたことから、布袋という名ついたと考えられています。

この僧は超能力の持ち主で、雪の中に寝ても少しも濡れず、人の吉凶を占って百発百中だったといわれ、その布袋和尚の人徳から、福運、大量のご利益があるといわれています。


布袋さんには、火難除けの効力もあったのですね。
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作者不詳・江戸時代の「源平合戦図の屏風」と「屏風の数えかた (^_^;)))」

2017年06月09日 | 高槻市立しろあと歴史館と市民大学

作者不詳・江戸時代の「源平合戦図」が描かれている六曲一双の屏風です。


だ・・・そうです。(^_^;)))


右隻=右側の半双


左隻=左側の半双


屏風の数えかた
・屏風を折りたたんだ時の面を数える単位は「曲」。
・屏風を数える単位は「隻」。
・二隻一組の対(つい)になっている屏風を数える単位は「双」。
 (対になった屏風の片方を数える時は「半双」=「一隻」)。
・「六曲一双」は、六枚に折りたたむことのできる屏風2組をいいます。
・「六曲一隻」は、六枚に折りたたむことのできる屏風1組をいいます。
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福岡藩主・黒田家の家紋は「藤巴紋と白餅紋」

2017年06月08日 | 高槻市立しろあと歴史館と市民大学

しろあと歴史館で展示されていました。

しろあと歴史館で千田学芸員の「第26回 夏の講座 妖怪を斬る-名刀・妖刀伝説」の講座を以前に受けたことがあります。

その時の講座は、妖刀伝説の鬼丸・村正妖怪・化け物を斬る「名物 鉋切長光(かんなぎりながみつ)」・「号 火車切 (かしゃきり)」と興味深い講座だったので、それからは機会があれば刀などを見るようになりました。


きれいな漆塗りの槍です。


藤巴紋(ふじどもえもん)と、白餅紋(しろもちもん)なのですね。


高槻城二の丸跡の説明会が機会で・・・


しろあと歴史館と黒田家の伝来品へと導かれました。(^_^;)))
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しろあと歴史館のエントラス

2017年06月06日 | 高槻市立しろあと歴史館と市民大学

しろあと歴史館です。


しろあと歴史館のエントラスです。

江戸時代の元和3年(1617)に徳川幕府が行った高槻城の大修築から
平成29年(2017)の今年は、この「築城」からちょうど400年にあたります。
エントラスで、私を迎えてくれたのは・・・(^_^;)))
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以上でした。しろあと歴史館のホームページは こちら でご覧ください。
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高槻市文化財スタッフの会 「創立10周年記念式典 2014」

2014年10月18日 | 高槻市立しろあと歴史館と市民大学
高槻市文化財スタッフの会から「創立10周年記念式典」の
招待状が届いたので、元メンバーとしてお祝いに参加させて頂きました。


文化財スタッフの会、落合理事長の挨拶があり
濱田高槻市長から、お祝いの言葉を頂きました。


落合理事長が代表で、功労会員への感謝状を
高槻市立今城塚古代歴史館 森田館長から進呈されています。

その後、森田館長の特別研修「歴史の町 高槻の来し方行く末」を
エピソードを交えて、貴重なお話を聞かせていただきました。


参加した私達にも、10年の「あゆみ」が綴られた記念品がありました。
私は短い間のボランティアでしたが、良い思い出になっています。
(この「あゆみ」の中に、私が撮った写真が載っています。)(^з^)-☆

高槻市文化財スタッフの会のみなさま「おめでとうございます。」
これからも、ご活動を楽しみにしています。
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