146)腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)の2面性

図:マクロファージが活性化されて産生されるTNF-αは、がん細胞や病原菌に対する生体防御力を高めるが、炎症を増悪させ、がん細胞が多い場合は悪液質を悪化させる場合もある。漢方治療では、マクロファージの活性化(免疫賦活)作用と同時に、抗炎症作用や抗酸化作用や解毒作用を併用することによって、悪液質を悪化させずに生体防御力を高めることができる。

146)腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)の2面性 

【腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)とは】
腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)はマウスに移植した腫瘍に対して出血性壊死を誘発させる因子として1975年に単離されました。
主に活性化した
マクロファージから産生され、炎症や生体防御に広く関わるサイトカインの一種です。
サイトカインというのは細胞の増殖・分化・細胞死などの情報を伝達し、免疫や炎症や創傷治癒など様々な生理機能の調節を担う蛋白質で、リンパ球や炎症細胞などから分泌されます。
サイトカインは細胞表面の膜上にある受容体に結合することによって、受容体に特有の細胞内シグナル伝達の引き金となり、極めて低濃度で生理活性を示します。
TNF-αの受容体は生体内の細胞に広く存在し、この受容体に血中のTNF-αが結合することによって様々な生理作用を発現します。
TNF-αは炎症病巣で大量に産生され、病状を悪化させる要因となっています。例えば、慢性関節リュウマチにおける関節破壊などの病態形成に中心的な役割を果たしており、TNF-αの阻害をターゲットにした薬が慢性関節リュウマチに治療に使われています。
TNF-αの働きを阻害するキメラ型抗TNFα抗体インフリキシマブや可溶性TNFαレセプターであるエタネルセプトは、治療抵抗性の慢性関節リュウマチに対してきわめて高い有効性を示したばかりか、関節破壊の進行も阻止することが明らかとなっています。

【がん治療におけるTNF-αの2面性】
TNFαは腫瘍の壊死を誘導する作用を有するサイトカインとして発見されたため、当初は悪性腫瘍に対する「夢の治療薬」「奇跡の抗がん剤」として期待されました。
しかし一方、悪性腫瘍の末期にみられ、がん患者の衰弱を促進する
悪液質(cachexia)を誘導する物質として発見されたカケクチンも遺伝子クローニングの結果、TNFαと同じ物質であることが判明し、その副作用が問題になって、がんの治療薬としてはまだ成功していません。
TNF-αにはがん細胞を殺す作用があるのですが、食欲不振や倦怠感や体重減少などの副作用が問題になります。また、炎症にともなって大量に産生されるTNF-αが細胞の酸化ストレスを増大して、発がん過程を促進したり、がん細胞を悪化させる作用も指摘されており、がん治療においては、TNF-αはむしろ悪玉ととらえられることも多くなりました。
腫瘍細胞が多く存在するときは、マクロファージを活性化するサプリメントや医薬品が、がん性悪液質を誘導し悪化させることも指摘されています。
しかし、
TNF-αの働きが低下すると感染症やがんの発生に対する抵抗力が弱まることも確かです。
前述の慢性関節リュウマチに対するTNFα阻害療法による感染症や発がんの副作用が問題になっています。特に感染症の誘発は明らかであり、肺炎を始めとする感染症が起こりやすくなります。なかでも結核症は、インフリキシマブ使用によって、その頻度が5~10倍上昇することが報告されています。
TNFα阻害療法を施行された患者に、悪性腫瘍が合併する頻度が高いことも報告されています。今年9月4日には、米国食品医薬品局(FDA)は、レミケード(一般名インフリキシマブ)やエンブレル(エタネルセプト)など5種類のTNF-α阻害薬について、小児や青少年が使用した場合にがんの発症リスクが上昇するとして、注意書きで強く警告するよう製薬会社に指示しました。
このようなTNF-α阻害剤の副作用の問題は、TNFαの感染免疫や腫瘍免疫における重要な役割を再認識させるものでもあり、がん治療におけるTNFαの「光と影」を改めて認識させています。

【がん治療におけるマクロファージ活性化の注意】
マクロファージは白血球の1種で、細胞内に消化酵素を持ち、細菌、ウイルス、死んだ細胞などの異物を細胞内に取り込んで消化するので、大食細胞や貪食細胞とも呼ばれます。分解した異物をいくつかの断片にして細胞表面に抗原として提示する(
抗原提示という)役割を持ち、リンパ球による免疫反応の最初のシグナルとして重要な働きをします。さらに、各種のサイトカイン(リンパ球などの免疫細胞の働きを調節するホルモン様蛋白質)を放出してナチュラルキラー細胞やT細胞などを活性化し、感染症やがんに対する生体防御機構において重要な役割を果たします。
がんに効くと宣伝されているサプリメントの多くが、マクロファージを活性化して、がん細胞に対する免疫力を高めることを強調しています。
しかし前述のように、
がん患者において、TNF-αの体内での産生を高めることは、良い面と悪い面の2面性があるので注意が必要です。
がん性悪液質の改善には、TNF-αやプロスタグランジンの働きを阻害するサリドマイドやCOX-2阻害剤や抗酸化剤やω3不飽和脂肪酸などが有効な場合もあります。
漢方治療では、免疫力を活性化する生薬と同時に、炎症を抑える生薬(
清熱解毒薬)や気血の流れを良くする生薬(駆お血薬理気薬)、抗酸化作用のある生薬などと組み合わせるのが基本です。
清熱」は抗炎症作用を意味し、「解毒」は肝臓における解毒機能だけでなく、抗菌・抗ウイルス作用やフリーラジカル消去作用のように体に毒になるものを消去する作用と考えることができます。実際、清熱解毒薬には抗炎症作用、抗酸化作用、抗菌・抗ウイルス作用、がん細胞の増殖抑制作用などが示されたものが多くあります。
免疫力を高める治療では、抗炎症作用や抗酸化作用や解毒作用や血液循環改善作用をもった漢方薬を併用することは、がん性悪液質の増悪などTNF-αの副作用を防ぐ目的で役立ちます
(文責:福田一典)

 

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