がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
645)がんのクエン酸療法:「インチキ医療」か「有効な代替療法」か
図:クエン酸は白色の結晶性の粉末で,臭いはなく,酸味があり、医薬品や食品や工業用などで広く使用されている(①)。クエン酸は3つのカルボン酸(COOH)を持つ(②)。水に溶かして、1日に10グラム程度を摂取すると(③)、がん細胞の増殖を抑制し、がんを縮小し消滅できるという報告がある(④)。この「がんのクエン酸療法」に関しては、インチキ医療と言う意見もあるが、最近はクエン酸の抗がん作用が動物実験などの基礎研究で報告されている。
645)がんのクエン酸療法:「インチキ医療」か「有効な代替療法」か
【クエン酸はホスホフルクトキナーゼをフィードバック阻害する】
クエン酸ががん細胞の増殖を抑えるという研究結果が最近増えているように思います。
クエン酸は様々なメカニズムで抗がん作用を発揮しますが、最初に提唱されたメカニズムは、「クエン酸が解糖系のホスホフルクトキナーゼをフィードバック阻害して解糖系を阻害する」というものです。
「がん細胞は解糖系が亢進して、解糖系依存性が高い」ので、「解糖系を阻害するとがん細胞のエネルギー産生を阻害して、増殖を抑制し、死滅できる」という理論です。
解糖系やTCA回路や電子伝達系に関与する酵素の一部は、アロステリック制御によって調節されています。アロステリック制御というのは、酵素にある物質が結合すると構造変化が起こって機能が変化する現象です。
「アロステリック」とは 「別の形」 を意味する用語です。酵素の形が変わることで酵素活性が変化することを「アロステリック調節」といいます。
酵素の構造の変化によって、活性が阻害される場合(アロステリック阻害)と促進される場合(アロステリック促進)があります。
代謝系のある段階の反応が、その系の下流の産物によって阻害されることをネガティブフィードバック調節と言います。代謝経路でその後に続く産物が高濃度に存在すると、その代謝系での反応がそれ以上必要ないので、酵素活性を阻害して反応を止める制御です
一方、ある経路の産物が過剰に存在すると、それが他の経路の反応をスピードアップして、過剰に存在する物質を他の経路での代謝に振り替える調節をポジティブフィードバック調節と言います。
例えば、物を製造している工場で製品が大量にできて在庫が増えれば、工場の製造ラインを止めるように指示が行くのがネガティブフィードバックです。販売を促進し在庫を減らすように営業部に指示が行けば、これはポジティブフィードバックと言えます。
細胞内の物質の増減によって、代謝系の反応スピードの調節がマイナスとプラスの両方で行われています。これがフィードバック制御です。
一連の化学反応系において、全体の反応速度を決定する反応を律速段階と言い、その反応に関わる酵素を律速酵素と言います。律速(りっそく)というのは「速さ」を「律する(制御する)」という意味で、「全体の反応速度を決める」という意味の用語です。
例えば、ボトル(瓶)に水を入れて、逆さまにして水を出すとき、水が出る速さを決めるのは、ボトルの首(ネック)の部分の大きさになります。化学反応においてボトルネックと同じ役割を担うのが律速酵素です。
ブドウ糖がピルビン酸になる解糖系において10種類の酵素が関与しています。この解糖系においては、フルクトース-6-リン酸をフルクトース-1,6-ビスリン酸に変化させる酵素のホスホフルクトキナーゼ(6-ホスホフルクト-1-キナーゼ)が律速酵素になります。
ホスホフルクトキナーゼは、
最終生成物のATPによりフィードバック阻害を受け、ADPもしくはAMPによって活性化されます。ATPが増えてエネルギー産生が必要なくなれば、ブドウ糖の分解を止めるために、ATPがホスホフルクトキナーゼを阻害するのです。逆に、エネルギーが枯渇すると増えるADPとAMPは解糖系を促進するためにホスホフルクトキナーゼ活性を活性化するのです。
そして、ホスホフルクトキナーゼはTCA回路(クエン酸回路)の産物であるクエン酸によってもフィードバック阻害を受けます。
つまり、クエン酸はホスホフルクトキナーゼを阻害することによって解糖系を抑制します。このようにクエン酸は解糖系のフルクトキナーゼをフィードバック阻害するので、ATP産生を抑制することになります。(下図)
食事やサプリメントから外来性に摂取したクエン酸もホスホフルクトキナーゼを阻害する機序でがん細胞の解糖系を阻害する効果が期待できると考えられています。
図:解糖系の律速酵素の1つのホスホフルクトキナーゼ(フルクトース-6-リン酸をフルクトース-1,6-ビスリン酸に変換)は、 下流の生成物のクエン酸とATPによりフィードバック阻害を受ける。食事やサプリメントから外来性に摂取したクエン酸もホスホフルクトキナーゼを阻害する機序でがん細胞の解糖系を阻害する効果が期待できる。
【ハラベ・ブケイ医師のクエン酸療法】
がん細胞は解糖系の依存度が高く、クエン酸は解糖系を阻害するという事実から、クエン酸を服用するがん治療というアイデアが出てきます。
それを実践しているのが、メキシコの小児科医のハラベ・ブケイ医師(Dr. Alberto Halabe Bucay)です。ハラベ・ブケイ医師はクエン酸の服用によるがん治療による著効例を論文で多数報告しています。末期がんの患者さんをクエン酸の経口摂取で治療して、多数の有効例を認めたと言っています。
インターネット上での、ブログの書き込みなどを読むと100%に効くと言っています。しかも、1日5から10g程度の摂取で効果が出ると言っています。信じがたい内容ですが、多くの症例を報告しているので無視はできないかもしれません。ただし、個々の症例報告には、かなりの誇張や信頼性に乏しい内容も含まれているので、その解釈には注意が必要です。
論文での発表は2007年からです。
The biological significance of cancer: Mitochondria as a cause of cancer and the inhibition of glycolysis with citrate as a cancer treatment.(がんの生物学的意義:がんの原因としてのミトコンドリアとがん治療としてのクエン酸による解糖の抑制) Med Hypotheses 2007;69(4):826-828.
この論文では、クエン酸はホスホフルクトキナーゼを阻害してがん細胞の解糖系を阻害することによってがん治療に使えるという仮説を提唱しています。
その2年後の2009年にクエン酸療法が奏功した最初の症例を報告しています。
Hypothesis proved… citric acid (citrate) does improve cancer: A case of a patient suffering from medullary thyroid cancer.(仮説は証明された…クエン酸はがんを改善する:甲状腺髄様がんの症例) Med Hypotheses 2009;73:271.
クエン酸摂取のみで症状の改善した甲状腺髄様がんの症例報告です。
患者は2006年7月に10歳の時に多発性内分泌腫瘍症2型による甲状腺髄様がんを発症し、手術を受けましたが、取りきれずに、腫瘍マーカーのカルシトニンが高値を維持しました。
2008年11月14日からクエン酸をカプセルに入れて1日に1.5グラムの接種を開始しました。胃の刺激を軽減するために、プロトンポンプ阻害剤のオメプラゾールと胃粘膜保護剤のスクラルファートを併用しています。
体重は20.7kgで、3日後に1日3g(1回1.5gを2回)に増やしています。治療開始後35日目から1回2gを1日2回に増やしています。
カルシトニンは治療開始の944pg/mlから治療開始53日後に773pg/mlに減少していました。
その後、クエン酸を1日6g(1回2gを3回)に増やし、4ヶ月後にカルシトニンは598pg/mlに減少しました。この間に、クエン酸摂取以外に何も治療はしていないので、この腫瘍マーカー(カルシトニン)の減少がクエン酸以外には考えなれないので、クエン酸の効果だと主張しています。
血清中のカルシトニンは甲状腺髄様がんの腫瘍マーカーで、これが低下したので、クエン酸には抗がん作用があるという主張です。
自然経過でも、腫瘍マーカーが変動したり、腫瘍が縮小する可能性もあるので、このような論文がよく掲載されたなという印象で、エビデンスとしては極めて低い(ほとんど無い)というのが科学的な判断になりますが、その後もハラベ・ブケイ医師は多くの症例を報告して、クエン酸を飲むだけでがんが良くなると主張しています。
なお、この論文の症例は2017年の論文で発症後10年以上経過して、治癒した状態で生存していることが報告されています。
The Patient with Multiple Endocrine Neoplasia Type 2B Treated with Citric Acid already Survived 8 Years Longer than Medically Expected.(クエン酸で治療された多発性内分泌腫瘍症2型の患者は医学的に期待されるより8年以上長く生存している)Juniper Online Journal of Case Studies, Volume 1 Issue 4, January 2017
https://juniperpublishers.com/jojcs/pdf/JOJCS.MS.ID.555567.pdf
クエン酸治療を開始してから8年後にまだ生きているという報告です。この患者は、2008年11月からクエン酸を服用し、腫瘍が50%以上の縮小を認め、最初の1年間は1日に3から5グラムを摂取し、その後は間歇的に服用しているようです。全身状態は良く、2016年11月1日の検査ではがんは見つからなかったということです。
浸潤性の甲状腺髄様がんで手術で取りきれなかった症例が10年以上生存することは考えにくいので、クエン酸治療が奏功したと言っています。
【ハラベ・ブケイ医師の症例報告のエビデンスレベルは低い?】
ハラベ・ブケイ医師は、2011年の論文で腹膜中皮腫の患者の治療には1日に30から40gを投与しています。初めは1日に体重1kg当たり0.5g程度を目標にしていたようです。しかし、毎日30gのクエン酸服用はかなりの苦痛になります。酸っぱいのと、胃腸粘膜の刺激による症状で、多くの人にとって1日に体重1kg当たり0.5gのクエン酸摂取を継続するのは大変です。
実際に、ハラベ・ブケイ医師も、中皮腫患者の5ヶ月後に治療した卵巣がんの患者はこの量に耐えられなかったので、1日5から7グラムに減らして投与しています。そして、この服用量でがんが治癒しました。
その後は5から10グラム程度を投与し、有効性を報告しています。
症例報告は1ページくらいの短いもので、今までに14例くらい報告しています。そのいくつかを紹介します。いずれも著者はハラベ・ブケイ医師(Dr.Alberto Halabe Bucay)一人です。
A patient with Glioblastoma Multiforme who improved after taking citric acid orally. (クエン酸の経口摂取によって病状が改善した多形膠芽腫の一症例)Int. Res. J. Basic Clin. Stud. 3(1):35-37, 2015
【要旨】
クエン酸ががん治療として有効であるという事実は、6年以上前にすでに論文に発表されている。この論文では、クエン酸を唯一の抗腫瘍治療として経口投与した後に病状が改善した多形膠芽腫の男性患者の症例を報告する。
【イントロダクション】
私はクエン酸が解糖の天然阻害剤であることから、がん治療として有効であるという仮説を2007年3月にMedical Hypothesesという学術雑誌に発表した。その2年2ヵ月後の2009年5月に、私が以前に公表した仮説の実証として、クエン酸のみで改善したがん患者の最初の症例を同じジャーナルに発表した。患者は15歳の少年で、多発性内分泌腫瘍2B型の甲状腺髄様がんに10歳で発症し、末期がんの段階でクエン酸治療を開始し、クエン酸のみで病状の顕著な改善を認めた。この症例が論文に報告されたクエン酸療法の最初の有効例である。
そして9ヵ月後の2011年2月に、進行した腹膜中皮腫の男性患者が、クエン酸のみで病状が改善した症例を報告した。腹膜中皮腫はこの患者の場合のように広範に広がった時は予後が非常に悪い。
【症例報告】
患者は45歳の男性で、磁気共鳴画像法(MRI)によって右頭頂部の腫瘍が見つかり、多形膠芽腫の診断を受け、2012年12月11日に手術を受けた。腫瘍は1.5 x 1.5 x 0.6 cmの大きさで、最初の手術は腫瘍の部分切除しかできなかった。手術の3日後のMRIでは、腫瘍は残っていた。患者は2012年12月19日から経口的にクエン酸を服用し始めた。患者はてんかん発作の予防の目的の薬しか服用しなかった。2013年2月5日のMRIでは、腫瘍の痕跡はなく、患者の全身状態は良好であった。
【考察】
クエン酸が癌治療として有効であるという仮説は、今まで報告された症例を含めて、これら3つの疑いのないケースで証明されている。今回報告した多形膠芽腫は極めて予後の悪い腫瘍である。
多くの人がこの患者の改善を知り、そして、クエン酸ががん治療として有効であることがインターネットで広がっている。世界中のさまざまな種類のがん患者がクエン酸を経口摂取している。
【結論】
最後に、この記事に記載されている患者は、最初の診断から9ヶ月後に不必要に行われた2回目の手術後に致命的な合併症を起こして死亡した。しかし、6週間のクエン酸摂取によって多形膠芽腫が消滅したのは疑いようが無い。
この論文に対する私のコメント:この論文には3枚のMRIの画像(手術前、手術後、クエン酸投与後)が掲載されており、確かに、手術後に残存していた脳腫瘍がクエン酸服用後に消滅しています。多形膠芽腫は手術で取り残しがあれば、自然に消滅することはまずあり得ないので、クエン酸が効いた可能性はあるかもしれません。しかし、なぜ2回目の手術(論文では不必要に行われたと記述)が行われたのかが不明で、十分に査読(学術誌に投稿された学術論文を専門家が読み、その内容を査定すること)された論文とは言えない感じもします。
以下のような報告もあります。
Citric acid (citrate) is the cure of cancer: the case of a patient with complete remission of multiple myeloma in 10 days after the treatment with citric acid that she received.(クエン酸はがんの治療法:クエン酸服用による治療開始後10日間で多発性骨髄腫の完全寛解を示した症例)Int. J. Sci. Res. 5(12):p.684, December-2016
【要旨】
この論文は、多発性骨髄腫と診断された女性患者がクエン酸のみで治療され、10日間で完全寛解した症例を紹介し、科学的手法に基づいてクエン酸ががんの治療法であることを確認した。
【イントロダクシン】
がん治療としてのクエン酸の有効性についての仮説が2007年3月に発表され、クエン酸のみでがんが治癒した症例が2009年5月に発表された。現在までに、甲状腺髄様癌、腹膜中皮腫、骨髄性白血病、Hürthle甲状腺腫瘍、内分泌性肝腫瘍、食道がん、多発性骨髄腫、多形性膠芽腫、膵臓癌、非ホジキンリンパ腫、膀胱癌、乳がんの12症例がクエン酸のみで顕著は改善を認めたことを報告してきた。また、クエン酸ががん治療として有効であることは動物実験でも示されている。この論文で紹介する患者は多発性骨髄腫と診断され、クエン酸を10日間摂取しただけで完全寛解した。
症例報告:
患者は60歳の女性で、40年前の白斑の病歴があり、10年前にバセドウ病を放射性ヨウ素で治療していた。腰痛を訴えて受診し、2016年10月18日に骨髄生検で多発性骨髄腫の確定診断を受けた。化学療法の開始のためにデキサメタゾンとアセノクマリンを併用した自家骨髄移植のための準備が開始されたが、患者はこの治療を拒否した。
2016年10月31日の血液検査の結果はヘモゴビン8.4 g / dl、白血球4,400、血小板236,000、アルブミン2.9g/dlおよびグロブリン5.19g/dlであった。
患者は2016年11月1日から経口で1日に4から5グラムのクエン酸を服用し始めた。痛みに対してはトラマドールとパラセタモールを使用した。
臨床結果は非常に良好で、腰仙痛はほとんどなくなった。最も重要なことは、クエン酸による治療を開始してから10日後の2016年11月10日の血液検査では、ヘモグロビン8.6 g / dl、総白血球4,020、血小板186,000、アルブミン4.6 g /dlおよびグロブリン3.3g/dlと改善した。
多発性骨髄腫とグロブリン値の正常化、そして正常値へのアルブミンの上昇の患者にとって印象的な臨床結果は、唯一のがん治療として受けたクエン酸が原因である可能性がある。
2016年11月11日にヘモグロビン値が8.6 g /dlであったので、患者は筋肉内元素鉄による治療を開始し、腰仙痛はすでにわずかであったため、彼女はパラセタモールとトラマドールによる治療を中止した。
結論:科学的方法に基づいて、クエン酸はがんの治療法と言える。
考察:この研究は完全に倫理的であり、クエン酸は食物であり、そして糖尿病、多発性硬化症および他の代謝性疾患の治療としても有効である。
この論文に対する私のコメント:血液データの改善だけで、多発性骨髄腫が完全寛解したというのは強引すぎる気がします。この論文の最後の血液データが2016年11月10日で、この雑誌が2016年12月号(December-2016)なので、査読(学術誌に投稿された学術論文を専門家が読み、その内容を査定すること)なしで掲載された可能性が高いし、聞いたことのないインドの雑誌なので、内容の信頼性は低いかもしれません。
以下のような症例報告もあります。
Case Report: A Patient With Pancreatic Cancer Who Improved After the Treatment with Citric Acid That She Received(症例報告:クエン酸摂取による治療を受けたのちに改善を認めた膵臓がん患者)INDIAN JOURNAL OF APPLIED RESEARCH 5(12) p.392, 2015
78歳女性の肝臓転移を有する膵臓がんの患者です。2015年5月6日のCT検査で膵臓の頭部に33 x 34mmの腫瘍と、肝臓に14mmから18mmの4つの肝臓転移と、腹部リンパ節の腫大を認めています。
患者は胆道の閉塞を防ぐ胆管のステントを挿入されましたが、抗がん剤は受けないことを決めています。体重減少と全身状態の悪化を認め、2015年8月19日の血液検査ではアルブミンが3.1g/dl、ヘモグロビンが9.2g/dl、LDHが467 IUでした。
2015年9月11日から1日4〜5gのクエン酸の服用を開始しています。
クエン酸服用開始後12日後の血液検査では、アルブミンは3.6g/dl、ヘモグロビンが11.7g/dlと上昇し、LDHが256 IUと低下しています。この間に輸血やその他の治療を受けていません。
患者はクエン酸摂取を継続し、2015年11月13日の血液検査では、アルブミンは3.9g/dl、ヘモグロビンが14.7g/dlとさらに上昇し、LDHが204 IUとさらに低下しています。同日に腹部超音波検査を受け、膵頭部の腫瘍は炎症組織で置き換わり、肝臓の転移は消失し、腹部のリンパ節腫大も消えていました。全身状態も良くなり、体重も増え、食欲と体力も向上してきました。この間、患者はクエン酸摂取以外にがんに対する治療を受けていません。
この症例報告に対する私のコメント:アルブミンは肝機能と栄養状態の指標になります。さらに、がん組織から炎症性サイトカインが多く出ると肝臓でのアルブミンの産生が低下します。ヘモグロビンは貧血の指標です。炎症性サイトカインは骨髄での造血を抑制します。膵臓がんでは、がん組織から産生される炎症性サイトカインによって低アルブミンや貧血や食欲低下など全身状態の悪化が起こります。(569話参照)
LDH(乳酸脱水素酵素)は解糖系酵素で、ピルビン酸を乳酸に変換する酵素でがん細胞で発現量が増えています。LDHはがん細胞から多く産生されるので、腫瘍マーカーにもなります。このLDHが低下しているのは腫瘍が縮小していることを示唆します。
さらに超音波検査で原発巣と肝臓転移と腹部リンパ節転移が消失しています。
この患者はクエン酸以外に治療を受けていないことが本当であれば、クエン酸療法が効いたとしか考えにくいのも確かです。
もちろん、たまたま効いた可能性はありますが、一般的に肝臓転移を伴う膵臓がんが2ヶ月くらいの治療でこのような顕著な結果がでることは通常はありません。
私も、解糖系の阻害を目的にした治療を行い、それなりの有効性を認めているので、このような著効例があっても否定はしませんが、それでも、クエン酸だけでこんなに効くのか疑う気持ちは残ります。
現在までにハラベ・ブケイ医師は論文に14例の症例を報告しています。それぞれに論文はイントロダクションと考察(Discussion)は同じような内容で、症例報告の部分は200から300単語(1000から1500文字)と極めて短く、雑誌も査読が無いような聞いたことが無いものばかり(Pubmedで検索できないものもあり)、結局、ハラベ・ブケイ医師の個人的な主張が強いので、そんまま受け入れるのは難しいという印象です。
しかし、膠芽腫や肝臓転移を伴う膵臓がんの症例など難治性がんで、腫瘍が消失しているので、試してみる価値は十分にあるかもしれません。
【基礎研究でのクエン酸の抗がん作用】
動物実験より人間の症例で臨床的に効果が証明されるのが優っているのは確かです。動物実験でがんが消えても、人間の治療ではまったく効かない薬の例はたくさんあります。
クエン酸の健康作用は古くから指摘されています。ハラベ・ブケイ医師が指摘するずっと以前に日本でもクエン酸健康法なるものが提唱されており、がんにも有効であることが記述されています。しかし、なぜ健康に良いのか、がん治療に役立つのか科学的な証明はほとんどありません。
ハラベ・ブケイ医師の症例報告は現時点で14例が論文に報告されています。しかし、その論文の内容はいずれもインパクトに乏しいのが実情です。血液検査の結果が少し改善しただけで、がんが治ったというニュアンスの論文もあります。
そこで、基礎研究での結果も参考にする必要があります。
クエン酸による解糖系阻害によるがん治療の可能性を解説した論文はいくつかあります。
以下のような論文があります。
Effect of citrate on malignant pleural mesothelioma cells: a synergistic effect with cisplatin.(悪性胸膜中皮腫に対するクエン酸の効果:シスプラチンとの相乗効果)Anticancer Res. 29(4):1249-54.2009年
抗がん剤抵抗性のヒト中皮腫細胞株を使った培養細胞レベルでの実験で、クエン酸を添加するとアポトーシスが誘導されること、抗がん剤のシスプラチンの効果を高めることが報告されています。そのメカニズムとして解糖系のフルクトキナーゼの活性を阻害することによってATPの産生が減少することを挙げています。
Citrate induces apoptotic cell death: a promising way to treat gastric carcinoma?(クエン酸はアポトーシスによる細胞死を誘導する:胃がん治療への可能性?)Anticancer Res. 31(3):797-805.2011年
前の論文と同じ研究グループからの報告です。2種類の胃がん細胞株を用いた実験で、クエン酸が胃がん細胞にアポトーシスを誘導することを報告しています。
Understanding the central role of citrate in the metabolism of cancer cells.(がん細胞の代謝におけるクエン酸の中心的役割の理解) Biochim Biophys Acta. 1825(1):111-6. 2012年
同じ研究グループからの総説です。クエン酸を多く摂取するとがん治療に役立つことを解説しています。
Dichloroacetate restores drug sensitivity in paclitaxel-resistant cells by inducing citric acid accumulation.(ジクロロ酢酸はクエン酸の蓄積を誘導することによってパクリタキセル抵抗性のがん細胞の薬剤感受性を回復する) Mol Cancer. 2015; 14: 63.
この論文では、抗がん剤のパクリタキセルに抵抗性のがん細胞はミトコンドリアでの酸素呼吸に欠陥があり、ピルビン酸脱水素酵素を活性化してミトコンドリアの酸素呼吸を亢進するジクロロ酢酸ナトリウムを投与するとパクリタキセル抵抗性が抑制されることを示しています。そして、そのメカニズムとして、クエン酸の蓄積が重要であることを示しています。
ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素を活性化して、ピルビン酸からアセチルCoAの変換を亢進してTCA回路を促進し、クエン酸の産生を増やします。このクエン酸が蓄積するとパクリテキセルに抵抗性のがん細胞が、パクリタキセルに感受性を回復するという結果です。
図:グルコースを解糖系で分解して産生されたピルビン酸はピルビン酸脱水素酵素によってアセチルCoAになってミトコンドリアのTCA回路でさらに代謝される(①)。がん細胞では低酸素誘導性因子-1(HIF-1)の活性が亢進し(②)、HIF-1はピルビン酸脱水素酵素キナーゼの発現を亢進する(③)。ピルビン酸脱水素酵素キナーゼはピルビン酸脱水素酵素を阻害する(④)。ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害する(⑤)。R体αリポ酸とビタミンB1はピルビン酸脱水素酵素の捕因子として必要(⑥)。TCA回路で産生されるクエン酸の一部は細胞質に移行する(⑦)。クエン酸が増えると解糖系を阻害するなどの機序で抗がん作用を発揮する。
【クエン酸は多彩なメカニズムでがん細胞の増殖を抑制する】
クエン酸療法の臨床例の報告はハラベ・ブケイ医師が14例を報告しています。報告されていない症例も含めれば、多数の有効例を経験していると言っています。しかし、ハラベ・ブケイ医師以外からの報告が無いので、その有効性に対する信頼性には多少の疑問もあります。ただ、実践する医師がいないので、報告が無いだけの可能性もあります。
培養細胞や動物実験でのクエン酸の抗がん作用は複数のグループから報告されていますが、研究報告まだ少数です。
しかし、2017年に米国のハーバード大学医学部のヴィカス・スカトメ(Vikas P. Sukhatme)博士らの研究グループから「クエン酸が様々な機序でがん細胞の増殖を抑える」という趣旨の総説論文が発表されて、状況は少し変わったように思います。
ヴィカス・スカトメ博士は、がん細胞の代謝や抗腫瘍免疫など腫瘍学の広い範囲における基礎研究や臨床研究で顕著な業績を挙げている研究者です。以下のはスカトメ博士が責任著者の論文です。
Citrate Suppresses Tumor Growth in Multiple Models through Inhibition of Glycolysis, the Tricarboxylic Acid Cycle and the IGF-1R Pathway (クエン酸は解糖系やTCA回路やIGF-1受容体経路の阻害を介した多彩なメカニズムで腫瘍の増殖を抑制する) Sci Rep. 2017; 7: 4537.
【要旨】
この研究では、我々は様々ながんの実験モデルを用いてクエン酸療法の有効性を検討した。
クエン酸投与はA549肺がん細胞の増殖を阻害し、抗がん剤のシスプラチンとの併用でシスプラチンの抗がん作用を強化した。
興味深いことにクエン酸はRasで誘導された肺がんを縮小した。さらに、クエン酸はがん細胞の分化を誘導した。
クエン酸を投与した動物の腫瘍サンプルにはT細胞の浸潤が有意に増加し、様々なサイトカインの血中レベルの増加を認めた。
さらに、クエン酸はIGF-1受容体のリン酸化を阻害した。
In vitroの実験では、クエン酸はAKTのリン酸化を阻害し、PTENを活性化し、リン酸化eIF2a(p-eIF2a)の発現を増やした。PTENを欠損させるとp-eIF2aは減少した。これらの結果はクエン酸がTGF-1R/AKT/PTEN/eIF2a経路に作用することを示唆している。
さらに、代謝系においては、in vitroおよびin vivoの両方の実験系で、がん細胞において解糖系とTCA回路がともに阻害された。
Her2/Neuで誘導された乳がんモデルと膵臓がん(Pan02)の移植腫瘍のモデルにおいても、これらの作用が再現された。
これらの実験結果は、クエン酸が様々な腫瘍タイプ作用において複数の作用機序でがん細胞の増殖を阻害することを示唆している。食事からのクエン酸の補充はがん治療として有用であるかもしれない。
この論文では、様々ながん細胞株を用いた実験系(培養細胞と動物実験)でクエン酸が抗腫瘍効果を示すことを報告しています。
そのメカニズムとして、①がん細胞の分化誘導、②腫瘍組織内のリンパ球のT細胞の動員と活性化、③インスリン様増殖因子-1(IGF-1)受容体の活性化(リン酸化)の阻害、④AKTリン酸化の阻害、⑤解糖系とTCA回路の両方の抑制など多様なメカニズムでがん細胞の増殖を阻害し、アポトーシスを誘導することを報告しています。
「がん細胞の分化誘導」というのは「がん細胞を正常細胞の性状に近づける」作用です。がん細胞の特徴である無制限の増殖や、周囲組織への浸潤や、遠隔臓器への転移といった性質を弱めることを意味します。
リンパ球のT細胞はがん細胞を排除するので、Tリンパ球の動員と活性化という作用は、免疫システムによるがん細胞の排除をクエン酸は促進するということです。
インスリン様増殖因子-1(IGF-1)受容体のリン酸化やAKTのリン酸化は増殖シグナルを促進するので、その阻害作用はがん細胞の増殖を阻止します。IGF-1はインスリンと配列が類似したタンパク質でIGF-1受容体に結合してIGF-1受容体が活性化すると細胞増殖のシグナルが亢進します。AKTはセリン・スレオニンキナーゼで細胞のシグナル伝達経路のマスタースイッチとしての役割を果たし、下流の幅広いターゲット分子や相互作用分子を介してさまざまな細胞内反応を引き起こします。クエン酸はIGF-1受容体やAKTの活性化を阻止してがん細胞の増殖を抑制するのです。
さらに、クエン酸は解糖系とTCA回路の両方を阻害してエネルギー(ATP)の産生を抑制する作用があります。
つまり、クエン酸は、免疫系を活性化し、がん細胞の増殖シグナルの伝達系を抑制し、エネルギー産生系を阻害してATPを枯渇するという結果です。
この論文の結論は「食事からのクエン酸の補充はがん治療として有用であるかもしれない(Dietary supplementation with citrate may be beneficial as a cancer therapy. )」となっています。
図:解糖系の律速酵素の一つであるホスホフルクトキナーゼ(フルクトース6-リン酸をフルクトース1,6-ビスリン酸に変換する)はグルコース代謝の生成物質であるクエン酸(①)とATP(②)によってフィードバック阻害を受ける。外来性に摂取したクエン酸もホスホフルクトキナーゼを阻害して解糖系を阻害する(③)。さらに、クエン酸はリンパ球のT細胞の活性化(④)、細胞内の増殖シグナル伝達系の阻害(⑤)、スーパーオキシド・ディスムターゼやグルタチオン・ペルオキシダーゼなどの抗酸化酵素の活性に必要な金属(銅、亜鉛、セレニウム)と結合(キレート)して除去するメカニズムで抗酸化酵素の活性を阻害する作用(⑥)なども報告されている。つまり、食事やサプリメントでクエン酸を摂取すると、多彩なメカニズムでがん細胞の増殖を抑える効果が得られる。
この論文では、マウスの実験におけるクエン酸の投与量は1日に体重1kg当たり4g(4g/kg/day)です。
マウスと人間のように体重が大きく異なる時は、体重でなく体表面積で比較します。標準代謝量は体重の3/4乗(正確には0.751乗)に比例するという法則があり、一般にマウスの体重当たりのエネルギー消費量や薬物の代謝速度は人間の約7倍と言われています(293話参照)。したがって、4g/kgの7分の1の用量(0.57g/kg)が一つの目安となります。
なお、この論文はScientific Reportsという、比較的レベルの高いオープンアクセスの電子ジャーナルで、多くの研究者が読んでいるはずですが、この論文が発表されて1年10ヶ月くらい経っても、この論文を引用している論文は5件の論文しかありません。つまり、クエン酸療法自体の認知度や研究者の興味が低いことが示唆されます。
【クエン酸療法の実施法】
ハラベ・ブケイ医師の最初のプロトコールは、1日3回、毎食後に10~15gのクエン酸を水やジュースなどの飲料に溶かして摂取するという方法でした。1日の服用量の目安は、体重1kg当たり0.5gです。胃腸に刺激になって下痢になるときは服用量を減らします。
しかし、この量は多くの人にとって長く継続するのは困難です。酸っぱい味と胃腸粘膜への刺激症状が問題になります。
その後、ハラベ・ブケイ医師は1日に5から10グラム程度の投与を行って、有効例を多数報告しています。
ハーバード大学医学部のヴィカス・スカトメ(Vikas P. Sukhatme)博士らの研究グループのマウスの実験では1日体重1kg当たり4gを投与していますが、これは人間に換算すると1日に体重1kg当たり約0.5gになります。これはハラベ・ブケイ医師が最初の実施した服用量に類似します。
日本でも「クエン酸健康法」を提唱した書籍などもあり、そのような書籍の内容では1日15g程度を推奨しています。
クエン酸の服用量は多いほど良いのですが、多く摂取すると副作用もでます。その兼ね合いから、1日に10から15g程度が妥当と言えます。
実際に15gを500ccの水に溶かしてペットボトルに入れ、毎食後に分けて飲む方法だと、それほど苦痛になりません。500ccの水に10〜15gであれば、酸っぱさもそれほど強くありません。
クエン酸ナトリウムなどの塩ではなく、純粋なクエン酸を使用します。クエン酸ナトリウムだと分子量の約4分の1がナトリウムなので、クエン酸を多く摂取する場合にナトリウムの摂取量が過剰になるためです。
また、ハラベ・ブケイ医師はレモンジュースに含まれるクエン酸は他の成分と結合しているので、吸収が悪いので、純粋なクエン酸を使うべきだと言っています。
クエン酸の結晶粉末は白色、無臭で純度が高く、水に簡単に溶けます。医薬品用や食品用が販売されています。
医療では、緩衝・矯味・発泡の目的で調剤に用いています。また,リモナーデ剤の調剤にも用います。
食品添加物としては、清涼飲料水やアルコールに加えたり、PH調整剤や酸味料として様々な食品に使用されています。食品を適切なpH領域に保つことによって微生物の増殖を防いで食品の保存性を高めることができます。
牛乳やヨーグルトなどに混ぜても問題ありません。
クエン酸が胃に刺激になるときは、胃酸の分泌を抑えるプロトンポンプ阻害剤、胃痛や胃部不快感があるときはさらにスクラルファート(アルサルミン)を服用すると良いとハベラ・ブケイ医師は言っています。
クエン酸はカルシウムを溶かすので、濃い濃度のクエン酸を長く摂取すると歯を溶かす可能性があります。ストローを使って歯につかないように摂取するか、歯につく場合には、服用後に水で口をすすぐのが良いと思いいます。
クエン酸が酸っぱいのは酸性だからです。味覚の基本は甘味・塩味・酸味・旨味・苦味の5種類で、舌の舌乳頭という小さな突起部に存在する味蕾(みらい)という味を検出するセンサー(化学受容体)でこれらの味覚を感じています。クエン酸は弱酸性で、酸味を検出する受容体を刺激するので、酸っぱい味を感じます。クエン酸を重曹(炭酸水素ナトリウム)で中和すると酸味は感じなくなります。
酸味が強くて飲みにくいときはアルカリ性の飲料に混ぜると飲みやすくなります。
クエン酸と重曹を混ぜると、クエン酸はクエン酸ソーダ(クエン酸ナトリウム)になって、体内でのクエン酸としての働きは残ります。しかし、重曹は二酸化炭素と水に分解されます。つまり、クエン酸と重曹を混ぜると、クエン酸ナトリウムと二酸化炭素と水になります。
クエン酸の作用だけが目的の時は、重曹で中和して飲みやすくするのは問題ありません。ただ、重曹をがん組織の酸性化を中和する目的で飲用する場合は、クエン酸と混ぜると効果が無くなります。
がんの代替療法の中に「アルカリ療法」があり、これは重曹を飲用して、がん組織をアルカリにする方法です。がん細胞は乳酸の産生が亢進し、がん組織周囲は酸性化しています。この酸性化はがん細胞の浸潤や転移や血管新生を促進し、免疫細胞の働きを阻害しています。そのため、重曹を飲用してがん組織をアルカリにすると、がん細胞の悪性度を低下させ、増殖や浸潤や転移を抑制する効果があります(528話参照)。
このようなアルカリ療法の目的で重曹を飲用している場合は、クエン酸と混ぜると意味が無くなります。
ジクロロ酢酸ナトリウムの併用は抗がん作用を強めます。ジクロロ酢酸は細胞内のクエン酸濃度を高めます。
その他に、脂肪酸合成を阻止するメトホルミン、メバロン酸経路を阻害するシンバスタチンとデルタ・トコトリエノールの併用も細胞内のクエン酸を増やします。
このような方法を併用すると、クエン酸飲用の抗腫瘍効果を増強できます。(644話参照)
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