28)がん治療における補剤のメリットとデメリット

図:補剤は生体のマクロファージ活性化などを介して宿主の免疫力を高め、体力増強作用を発揮する。一方、炎症を悪化させてがんの進行を促進したり悪液質を悪化させる場合もある。補剤の滋養強壮作用は、がん細胞の増殖をも促進する可能性がある。このような状態の時に、抗がん作用、抗炎症作用、抗酸化作用、血液循環改善作用などを有する生薬(清熱解毒薬、駆お血薬、抗がん生薬など)を使った瀉法を適切に併用すると、補剤のデメリットを防ぐことができる。つまり、がんの漢方治療では、補法を瀉法をバランス良く組み合わせることが大切である。

28)がん治療における補剤のメリットとデメリット

【漢方医学では作用が弱くても穏やかに効く薬の良さを追求している】

治療薬に対する西洋医学と漢方医学の考え方の最も大きな違いは、
西洋医学では原因に直接働く薬や薬効の強い薬を追求しているのに対して、漢方では体に穏やかに効く薬を重視している点です。

漢方医学では、生薬を、その毒性に基づいて
上薬、中薬、下薬と3つに大別しています。
上薬というのは、無毒で命を養うような生薬であり、例え作用が弱くても、副作用がなく、長期間服用できて体の治癒力や抵抗力を高めるようなもので不老長寿に役立ちます。高麗人参や黄耆や甘草などが代表です。
中薬は、少毒で病気を治す効果もある程度期待できる生薬です。間違った使用をしたり長期に多くを服用すれば副作用も出ますが、少量または短期間なら毒性がなく薬効を期待できるものです。柴胡や麻黄などが代表となります。
下薬は、病気を治す力は強いが、しばしば副作用を伴う生薬です。作用は極めて強く、正しく使えば治病効果が優れていますが、副作用に注意して使用しなければなりません。大黄や附子が代表です。
このような上薬・中薬・下薬に分類される生薬を組み合わせることにより、副作用を軽減させながら、病気の原因と体の抵抗力の両方に働きかける漢方薬を作ることができるのです。

西洋医学では作用の強力な薬が「良い薬」とされていますが、漢方ではこのような強い薬は「格が低い薬(下薬)」と位置付けられています。
漢方では西洋薬のような特効的な効果はなくても、副作用がなく病める体に好ましく作用する薬、長期の服用が可能で徐々に治癒力や体力を回復させる薬を、最も格が高い「上薬」としている点が特徴です。
 
漢方薬は慢性疾患や難病の治療に用いられて、西洋医学で得られない効果を発揮しています。その理由として、漢方治療が消化吸収機能を高めて栄養状態を改善し、組織の血液循環や新陳代謝を促進して体の自然治癒力を高めることがあげられています。西洋医学にはこのような滋養強壮や組織機能の賦活を目指す発想は乏しいのですが、漢方ではこれをもっとも重要な治療戦略としています。

八百年程前に中国で活躍した名医
李東垣は、胃腸機能の保護を常に強調していたことで知られています。彼は、難病の治療に際して、あれやこれやと薬を投与するより、胃腸の消化吸収機能を保ちながら自然治癒力の回復を待ったほうがよいと述べています。作用の強い薬を長期にわたって服用すると、胃腸の機能は次第に衰え、消化吸収機能が低下し、体の抵抗力も低下してしまいます。病気の原因ばかりに目を向けて生体の自然治癒力に配慮しない治療では、治る病気も治らなくなることを強調しています。このような考えを基本として、漢方薬には消化吸収機能を高める薬や、体力を回復させる滋養強壮薬が数多く用意されているのです。
 
漢方薬の上薬は、健康食品のようなもので、作用が弱くて効果が現れるまでに時間がかかり、短期間の動物実験などでは薬効がはっきり確かめられないものも少なくありません。西洋医学の見方では薬として認められないようなもので、「漢方薬は効かない」といわれる理由の一つになっているのですが、しかし、長期的に見ると難病や慢性疾患において症状の改善や延命効果など、確実な効果が経験されます。このように「作用が弱くて穏やかに効く薬」の良さを追求してきた所に漢方医学の特徴があるといえます。

【がん治療における補剤のメリット:体力や抵抗力を高め、攻撃的治療の副作用を軽減する】

補剤とは、病人の体力を高め、自然治癒力を賦活するために用いる漢方薬です。補剤を用いて体の自然治癒力を増強して病気に対抗させる方法を補法と言います。消化吸収機能を高めて栄養状態を良くし、血行を改善して組織の新陳代謝を促進して治癒力を増強し、免疫賦活作用をもつ生薬を使って積極的に免疫力を増強させる方法が補法になります。

一方、病気の原因(病邪)を攻撃したり取り除く方法は
瀉法といい、使われる方剤を「瀉剤」といいます。がんにおいては、病気の元であるがん細胞が病邪になるのですが、組織の炎症やフリーラジカルなどがんを悪化させる要因の全てが病邪になります。また精神的ストレスや栄養不良や循環異常など、生体の抵抗力や免疫力を低下させる要因も病邪になります。

抵抗力や体力が十分あれば、がん細胞を攻撃する治療も十分行なうことができます。しかし、体力が低下している場合には、がんを攻撃する方法は十分行なえません。
西洋医学の標準治療では、がん細胞を縮小させることを優勢し、そのために患者の体力や抵抗力が低下しても仕方ないと考えています。それは、漢方医学の補法に相当する治療法が無いからです。漢方治療が得意とする補法は、がん治療においても、体力や抵抗力を高めることによって西洋医学の欠点をサポートする効果が期待できます。
がん治療においては、補剤は、消化管機能を高め、体力と抵抗力を高めることによって、手術後の回復を早め、抗がん剤や放射線治療でダメージを受けた組織や臓器の回復力を高める効果が期待できます。合併症として発症する感染症の予防にも有効です。

【補剤のデメリット:体力や免疫力を高める治療でがんが悪化する場合がある】

体力や免疫力を高める滋養強壮作用を主体にした「
補剤」に分類される漢方薬は、感染症の治療や大病後の回復促進の目的では極めて有効です。

しかし、単純に体力や免疫力を高めるという治療は、がんの病態によっては悪影響を及ぼす可能性があります。それはがんというのは「身内の反乱」だからです。体力を高める滋養強壮薬は、正常な組織だけでなく、がん組織も同時に活性化する可能性があるからです。
敵が細菌やウイルスのような場合であれば、栄養状態や体力を高める薬は、ヒトの体だけに作用して、細菌やウイルスには加担することはありません。それは増殖やエネルギー産生の仕組みが人間と細菌・ウイルスでは全く異なるからです。
しかし、がん細胞は、増殖やエネルギー産生の仕組みは正常な細胞と同じです。がん細胞というのは、細胞増殖の制御が壊れていて、自分勝手に増殖を続けている細胞です。正常な細胞や組織に栄養を与え、増殖や再生を促進するような薬は、がん細胞の増殖や転移を促進する可能性もあります。
がん患者の場合は、「体を元気にする治療は、がん細胞も元気にする可能性がある」という点に注意が必要です

免疫力を高めることをうたい文句にしている健康食品(アガリクス、メシマコブ、冬虫夏草など)や、高麗人参のような滋養強壮剤を含む漢方薬を、がんの患者さんが使用して、かえってがんが悪化したという体験談を聞きます。このような例は、因果関係を証明することが難しいのでちゃんとした論文やデータとして報告されることは少ないのですが、「服用するとがんが悪化した」という体験談が数多く寄せられるとそれなりに信ぴょう性があります。「気力や体力を高めることを目的とした漢方薬を投与したらがんが悪化した」という医師の経験談も時々耳にします。
免疫力を高める健康食品や漢方薬ががん治療に盛んに使われるようになってきたのですが、良い面ばかり強調されて、悪い結果が起こる可能性についてはほとんど言及されていません。免疫力を高める薬は、抗がん剤のようながんを攻撃する治療と併用する場合や、がんの発生を予防する目的には良いようです。しかし、体の中に大きながんがあるときには、がん細胞の増殖を抑える配慮を行わずに、単に免疫力の賦活だけを行うと、がん細胞の方にも力を与える結果になるような場合もあります。
「免疫力を高めることはがん治療にプラスになる」ことは間違いないのですが、免疫力を高めるときに「がんを悪化させるメカニズムも作用する」という点も頭にいれておくべきです。その理由をさらに説明します。

【「免疫力の活性化」と「炎症の増悪」は紙一重】

キノコ由来の抗腫瘍多糖である
ベータ・グルカンが免疫力を活性化するときのメカニズムとしてマクロファージという細胞が重要な役割を果たします。マクロファージの細胞表面にはベータ・グルカンに反応する受容体(レセプター)があり、この受容体が刺激されると、遺伝子の発現を調節する転写因子の一つであるNF-kBという細胞内の蛋白質が働いて、炎症や免疫に関与する様々な酵素やサイトカインの合成を高めます。転写因子NF-kBの活性化によって発現が誘導される酵素として、誘導性一酸化窒素合成酵素(iNOS)シクロオキシゲナーゼー2(COX-2)があります。iNOSが合成する一酸化窒素(NO)には抗菌・抗腫瘍作用がありますが、NOはフリーラジカルであるため大量に放出されると正常細胞を傷つけて発がん過程を促進することが知られています。
 COX-2は
プロスタグランジンという化学伝達物質を合成します。プロスタグランジンにはたくさんの種類がありますが、炎症反応において活性化されたマクロファージはプロスタグランジンE2を大量に産生します。このプロスタグランジンE2はリンパ球の働きを弱めたり、腫瘍血管の新生やがん細胞の増殖を促進する作用があります。
また、活性化したマクロファージは、
腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)などの炎症性サイトカインを産生します。TNF-αはその名の通りがん細胞を殺す作用があるのですが、大量に産生されると悪液質の原因となったり、腫瘍血管の新生を刺激する結果になります。
このようにマクロファージを活性化することは、免疫力を高めて抗腫瘍効果を発揮することになるのですが、場合によっては、酸化ストレスを高めたり悪液質を増悪させ、がん細胞の増殖を促進する可能性もあるのです。がん治療の目的で免疫力を高めるために漢方薬や健康食品を取る場合でも、単に免疫力を高めるものだけを漫然としかも大量に取ることは問題があります。
 
漢方薬の構成生薬の中で最も体力増強作用が強い高麗人参は、体の中に炎症があるときには使いすぎると炎症を悪化させることが知られています。がんが悪化する場合もあります。それを防ぐために、がん治療で補剤を使用するときには、炎症を抑える生薬(清熱解毒薬)や気血の流れを良くする生薬(駆お血薬理気薬)と組み合わせるのが基本です。
 
清熱」は抗炎症作用を意味し、「解毒」は肝臓における解毒機能だけでなく、抗菌・抗ウイルス作用やフリーラジカル消去作用のように体に毒になるものを消去する作用と考えることができます。実際、清熱解毒薬には抗炎症作用、抗酸化作用、抗菌・抗ウイルス作用、がん細胞の増殖抑制作用などが示されたものが多くあります。漢方薬や健康食品で免疫力を高める治療では、清熱解毒薬や駆お血薬は、がん細胞が一緒に元気にならないようにする手段として重要です

このような「補剤のデメリット」を回避するために、がんの漢方治療では、補剤を中心にしながらも、がん細胞の増殖を抑える抗がん生薬、炎症反応を抑制し解毒機能を高める清熱解毒薬や駆お血薬などの「瀉剤」を上手に併用することがポイントになるのです。


(文責:福田一典)


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