150)がん特異的免疫と非特異的免疫

図:がん細胞に存在する「がん抗原」の情報は、抗原提示細胞とよばれるマクロファージや樹状細胞によってヘルパーT細胞に伝えられ、サイトカインの作用も加わって、キラーT細胞やB細胞などを活性化する。キラーT細胞(細胞障害性T細胞)は抗原提示細胞の情報に従いがん細胞に近づき、細胞毒をがん細胞に放り込み、がん細胞を殺す。マクロファージからのサイトカインはナチュラルキラー細胞(NK細胞)も活性化し、非特異的な腫瘍免疫も増強する。このようにがん細胞に立ち向かう免疫細胞が次々に活性化されていきがん細胞への効果的な攻撃が行われる。

150)がん特異的免疫と非特異的免疫


【体にはがん細胞を排除する免疫力が備わっている】
手術、化学療法、放射線療法に次ぐ第4のがん治療法として「
免疫療法」が注目されています。
「免疫」とは異物に対して攻撃を仕掛けて排除しようとする生体防御の要で、異物とは外部から侵入してきた細菌やウイルスなどの病原菌のみならず、体内に生じたがん細胞も含まれます。がん細胞に対する免疫力を高めてがん細胞を排除しようという治療法が免疫療法です。
免疫系は様々なタイプの細胞から構成され、体の中では胸腺、脾臓、リンパ節、骨髄、小腸のパイエル板などに免疫細胞が集まって免疫組織を作っています。これらの免疫組織はリンパ管や血管と密接に連携して全身の至る所に網の目のようなネットワークを形成しています。免疫細胞は一般に白血球と呼ばれており、大きく分けて多核白血球(顆粒球)、リンパ球、マクロファージ(貪食細胞)に分けられ、これらがお互いに連携し役割を分担しながら、病原体やがん細胞を見つけては排除してくれます。
リンパ球の中のB細胞は抗体という飛び道具を分泌して相手を攻撃します。T細胞には、リンパ球の働きを調整するヘルパーT細胞やサプレッサーT細胞、直接相手を攻撃する
キラーT細胞(細胞障害性T細胞)があります。
ナチュラルキラー(natural killer)細胞(略してNK細胞)マクロファージは異物を直接に攻撃する細胞で、腫瘍細胞やウイルス感染細胞を見つけると直ちに攻撃するため、がんに対する第一次防衛機構として、特に発がん過程の初期段階でのがん細胞の排除において重要な役割を果たしています。
また、T細胞やマクロファージはサイトカインと呼ばれる蛋白質を作って放出します。サイトカインにはインターフェロン(IFN)や種々のインターロイキン(IL)があり、直接がん細胞を攻撃したり、他の免疫細胞の機能を調節することによってがん細胞との戦いに加わります。
免疫細胞が絶えず体内を監視していて、異常を起こした細胞を見つけて排除する仕組みを
免疫監視機構と呼んでいます。免疫監視機能が正常であれば、通常はがん細胞が増殖して成長することはありません。
免疫細胞の働きが弱まるとがんが発生しやすくなります。免疫不全を引き起こすエイズ(AIDS)の患者さんに悪性腫瘍が多いことはよく知られています。免疫機能の低下の原因として最も重要なのは老化によるものであり、そのほか精神的・肉体的なストレスや栄養障害なども重要です。老化とともにがんの発生が増えることや、ストレスががんの発生や進行を促進することも、その原因は免疫力が低下するからです。人間の免疫力は18~22才くらいをピークにして年令とともに衰え、がん年令の始まりといわれる40才台の免疫力はピーク時の半分まで下がり、その後も加齢とともに下降するといわれています。


【活性化リンパ球療法とがんワクチン療法と樹状細胞療法】
活性化リンパ球療法は、患者から血液を採取し、その血液に含まれるTリンパ球を増殖・活性化して、再度体内に戻す免疫療法の一つです。血液内で非戦闘状態にあるTリンパ球を体外に取り出して、CD3というT細胞表面分子を刺激したり、リンパ球を刺激・増殖させる蛋白質を加えて培養すると、戦闘状態に活性化されたTリンパ球を増やすことができます。活性化したリンパ球でがん細胞を攻撃させることを目的としていますが、増殖した活性化リンパ球が必ずしもがん細胞を敵と認識しないので、その抗腫瘍効果には限界があります。
そこで、リンパ球にがん細胞を認識させる方法として、
がんワクチン療法樹状細胞療法が行なわれています。
正常細胞には存在せず、がん細胞には存在する成分があれば、その成分を抗原としてがん患者に投与すると、ウイルスに対するワクチン療法と同じように、がん細胞に対する特異的な抗腫瘍免疫を誘導することができます。
がん細胞の特異的な抗原を「
がん抗原」といい、そのがん抗原を体内に投与すると、キラーT細胞が活性化され、がん細胞を攻撃するようになります。このようにがん特異的抗原を見つけ、がんワクチンとして投与してがんを排除させようとする治療法が「がんワクチン療法」です。がん抗原をT細胞に提示する樹状細胞を利用して、がん細胞に対する攻撃力を高める治療法が「樹状細胞療法」です。
これらはまだ研究段階ですが、リンパ球ががん細胞を認識して攻撃するようにできれば、免疫療法の効果はさらに高まると考えられています。


【特異的免疫と非特異的免疫】
がん細胞を攻撃する免疫(腫瘍免疫)には
特異的免疫非特異的免疫が区別されます。マクロファージや樹状細胞と呼ばれる細胞が、がん細胞からがん抗原ペプチドと呼ばれる小さな蛋白質を捕足し、その情報がヘルパーT細胞に伝えられ、その情報に従って特定のがんに対する免疫応答が引き起こされるのが特異的免疫です。NK細胞やマクロファージなどががんの種類に関係なく攻撃を仕掛けるようなものを非特異的免疫といいます(図)。
NK細胞はがん細胞に特異的に存在するがん抗原で活性化する必要は無く、自己性を喪失した異常な細胞を認識して攻撃します。
一方、T細胞の場合は、がん抗原で活性化されて初めて細胞傷害活性を持つようになります。
すなわち、細胞傷害活性を持たないT細胞が抗原提示細胞から抗原ペプチド(がん抗原)を提示されて活性化してはじめてがん細胞に対して特異的な細胞傷害活性を持つ
細胞障害性T細胞(キラーT細胞)となり、がん細胞を攻撃するようになります。
細胞障害性T細胞は細胞傷害物質であるパーフォリン, グランザイム, TNF(tumor necrosis factor)などを放出したり、ターゲット細胞のFasを刺激してアポトーシスに陥らせることで異物を攻撃します。
細胞障害性T細胞の一部はメモリーT細胞となって、異物に対する細胞傷害活性を持ったまま宿主内に記憶され、次に同じ異物に暴露された場合に対応できるよう備えます。
したがって、免疫療法には、活性化したナチュラルキラー細胞を増やす方法(非特異的免疫療法)と、がん細胞に特異的な抗原に反応する細胞障害性T細胞(キラーT細胞)を誘導する方法(がん抗原特異的免疫療法)の2つが主体になります。T細胞を増やすだけの通常の活性化リンパ球療法だけでは効果はあまり期待できません。がん抗原に関係なくがん細胞を攻撃するNK細胞か、がん抗原特異的に活性化された細胞障害性T細胞を増やすことが必要になります。
β-グルカンや蛋白多糖体や細菌製剤などを使った免疫療法は、NK細胞やマクロファージを活性化する事によってがん抗原非特異的な免疫力を増強する作用が主体ですが、リンパ球からのサイトカインの分泌を刺激することによってがん抗原特異的な免疫力を高める効果も発揮します。
抗原非特異的ながん免疫療法は、単独では進行がんに対して切れ味のよい腫瘍縮小効果が得られないため、有効性に疑問を抱く臨床医が多いのは事実です。しかし、がん治療の効果を高め、再発予防に有効であることを示す証拠は多数報告されています。
例えば、胃がん手術後に、抗がん剤(マイトマイシンCとフルオロウラシル)を投与する治療法において、カワラタケ由来の蛋白多糖製剤のクレスチンを併用した場合の効果を比較した臨床試験が報告されています。抗がん剤単独の場合には5年生存率が60.%であったのに対し、抗がん剤にクレスチンを併用すると5年生存率が73%に延長したという結果が報告されています。
近年、分子免疫学の進歩によりがん細胞に特異的な蛋白質を作り出す遺伝子が発見され、がん抗原をターゲットにしたがんワクチンや遺伝子治療などがん抗原特異的な免疫療法も可能になりつつあります。がん抗原特異的な免疫療法の鍵になる細胞が抗原提示細胞の
樹状細胞です。


【樹状細胞とは】
細菌やがん細胞の死骸などがマクロファージによって貪食されると、細胞内でペプチドに分解され、その結果生じた抗原ペプチド(アミノ酸が10~15程度)は、主要組織適合抗原分子(MHC分子)の溝に挟まれるように結合してマクロファージ表面に提示されます。ヘルパーT細胞はこの提示された抗原を認識して活性化され、抗原特異的な免疫応答が起こります。抗原提示細胞として、マクロファージの他に、組織内の樹状細胞、皮膚のランゲルハンス細胞、活性化B細胞が知られています。
樹状細胞(dendritic cell)は、皮膚組織をはじめとして、外界に触れる鼻腔や肺、胃、腸管に存在し、その名が示す通り樹状あるいは樹枝状の突起を伸ばす形態が特徴的な細胞です。表皮の樹状細胞はランゲルハンス細胞と呼ばれます。
抗原を取り込むと樹状細胞は活性化され、脾臓やリンパ節などのリンパ器官に移動し、取り込んだ抗原に特異的なT細胞やB細胞を活性化します。 
がんの治療法として、樹状細胞をがん細胞で活性化して、がん特異的免疫を誘導しようとする治療法が試みられています。
具体的な方法は、まず血液成分分離装置を用いて、樹状細胞のもとになる白血球細胞を採取し、プラスチック接着法を用い単球を分離します。その単球にGM-CSFとIL-4というサイトカインを加えて培養し、未熟樹状細胞へと分化させます。その後、あらかじめ摘出しておいたがん細胞や合成したがん抗原ペプチドを未熟樹状細胞に取り込ませ、TNF-αなどのサイトカインを加え、成熟樹状細胞へと分化させます。そのようにして作成した成熟樹状細胞を皮膚(皮内)に注射します。するとそれらの樹状細胞はリンパ流に乗って所属リンパ節まで到達し、免疫担当細胞(T細胞)へ情報を伝え、がん細胞を排除する免疫反応を誘発させることができるのです。活性化した樹状細胞の投与をくり返すことによって、がん抗原特異的な免疫力を増強できます。
このように直接的な方法で、がん細胞やがん抗原と樹状細胞を接触させて、がん特異的免疫力を高める方法の他に、漢方薬などによって、体内の樹状細胞の働きを高めて、がん特異免疫を高める方法も検討されています。また、漢方薬の
アジュバント効果はいろんな免疫療法の効果増強に役立つ可能性rがあります。


【漢方薬のアジュバント効果】
細菌やウイルスなどの微生物が侵入すると、宿主にはない構造を認識し抗原提示がスムーズに行われ、免疫応答は適切に行われます。しかし、がん細胞のように正常細胞にも微量に存在する宿主由来のものを抗原として認識する場合、活性化シグナルはうまく伝達されず、十分に免疫力が上がらないことが多いのが問題です。
そのため腫瘍免疫療法には、アジュバントによって免疫応答の活性化を助けること必要があります。
アジュバント (Adjuvant) とは、ラテン語の adjuvare(助ける)に由来し、医学領域では「効果を高める(増強する)」という意味で免疫学やがん治療の領域で使用される用語です。
アジュバントは免疫刺激剤や免疫調製剤とも呼ばれるもので、抗原に対する免疫応答を促進させ、獲得免疫を増強する物質の総称です。その多くは細菌菌体由来の物質ですが、漢方方剤に含まれる多糖類などの高分子画分やサポニンなどにもアジュバンド効果が指摘されています。(サポニンのアジュバント効果についてはこちらへ
生薬由来の成分が樹状細胞に影響を与えるという報告もなされています。 
たとえば、生薬の鬱金(うこん)に含まれる
クルクミンには、活性化した樹状細胞のインドールアミン酸素添加酵素を抑制して抗腫瘍免疫を高めることが報告されています。(J. Biol. Chem. 284:3700-3708, 2009)
インドールアミン酸素添加酵素アミノ酸のトリプトファンをN-Formylkynurenineへ代謝する酸素添加酵素です。この酵素(IDO)は制御性T細胞の誘導など免疫抑制作用(免疫寛容)の成立において重要な役割を果たしており、その作用機序は局所的なトリプトファンの枯渇とその代謝産物(キヌレニンなど)によ ると考えられています。多くの癌ではIDOの高発現が認められ、がん細胞はその免疫抑制作用を巧みに利用して宿主の免疫監視機構を回避しつつ増殖していることが知られています。さらに、IDOを多く発現しているがん細胞が進行が早く、治療に抵抗して予後が悪いことが報告されています。最近の報告で、COX-2阻害剤のcelecoxib(セレブレックス、セレコックス)がIDOを阻害して免疫寛容を解除して、がんに対する免疫力を高めることが報告されています。
抗原提示細胞やリンパ球やNK細胞の働きを高める漢方治療やCOX-2阻害剤を抗がん剤治療と併用すると、抗がん剤で死滅したがん細胞がマクロファージや樹状細胞で処理される過程で、がん特異的な免疫力が高まる可能性があります。したがって、抗がん剤治療に、樹状細胞やマクロファージやNK細胞やリンパ球の働きを非特異的に高める漢方治療も役立つと言えます
(漢方薬とCOX-2阻害剤を併用した免疫力増強法についてはこちらへ

(文責:福田一典)


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