298)がん細胞の栄養飢餓に対する耐性獲得を阻止する牛蒡子と枳実

図:リボソームで作られた蛋白質は、小胞体で修飾を受けて高次構造(折り畳み)を形成し、さらにゴルジ体で糖鎖の結合などによって成熟蛋白質となって細胞外へ搬出、あるいは細胞内で利用される。低酸素やグルコース枯渇や栄養飢餓状態が起こると、折り畳みに異常をきたした不良蛋白質が小胞体に蓄積する。これを『小胞体ストレス』という。小胞体ストレスに対して細胞はGRP78などのシャペロン蛋白の発現が亢進して小胞体ストレスを回避し、アポトーシス(細胞死)が起こらないようにしている。この小胞体ストレス応答を阻害するとがん細胞はグルコース枯渇や栄養飢餓や低酸素によって死にやすくなる。生薬の牛蒡子に含まれるアルクチゲニンや枳実の成分にGRP78発現阻害などの小胞体ストレス応答を阻害する作用が報告されている。牛蒡子や枳実を多く使った漢方薬は、グルコース枯渇を目指すケトン食療法の抗腫瘍効果を高める可能性がある。

298)がん細胞の栄養飢餓に対する耐性獲得を阻止する牛蒡子と枳実

【がん細胞は栄養飢餓に対する抵抗力を持っている】
糖質制限やカロリー制限だけで、がん組織の増大速度を1~2割程度遅くできます。糖質やカロリーの制限を厳しく行えば、さらに腫瘍を縮小させることができますが、やはり限界があります。糖質制限やカロリー制限を厳しく行っても、がんを消滅させることは困難です。
極度な糖質制限とケトン体産生を増やすケトン食はがん細胞のグルコース利用を阻害する方法として効果があります。さらに、肝臓での糖新生の阻害、細胞膜のグルコース輸送蛋白によるグルコース取り込みの阻害、AMP活性化プロテインキナーゼの活性化、低酸素誘導性因子-1の活性化阻害、嫌気性解糖系の阻害、ペントースリン酸経路の阻害、ピルビン酸脱水素酵素の活性化による酸化的リン酸化の亢進(酸化ストレスの増大)などをターゲットにした治療法組み合わせると、さらに抗腫瘍効果を高めることができます(297話参照)
しかし、がん細胞はどのようなことにも抵抗性を示そうとします。つまり、がん細胞はグルコース枯渇などの栄養飢餓の状態になると、細胞死を起こさないようにするメカニズムが活性化します。そのようなメカニズムの一つとして「小胞体ストレス応答」があります。
この小胞体ストレス応答の鍵となる分子が分子シャペロンGRP78という蛋白質です。そして、このGRP78を阻害すると、低酸素・低栄養のがん細胞が死滅することが明らかになっています。GRP78蛋白の活性を阻害すると、抗がん剤治療や放射線治療の抗腫瘍効果を高めることが報告されています。小胞体ストレス応答の阻害は、グルコースの枯渇によってがん細胞を兵糧攻めする治療法の効果を増強する方法としても有効です。

【小胞体ストレスと分子シャペロン】
細胞内のリボソームで合成された蛋白質は、小胞体で修飾を受け、高次構造(折り畳み)を形成しながら成熟蛋白質となって細胞外へ搬出されます。正常な折り畳みがなされた蛋白質はゴルジ体へ送られますが、折り畳みに失敗した異常な蛋白質は小胞体にとどまります。このような正常な高次構造に折り畳まれなかった異常蛋白質が小胞体内に蓄積して、細胞への悪影響(=ストレス)が生じることを小胞体ストレス(ERストレス:Endoplasmic reticulum stress)と言います。(上図参照)
小胞体ストレスは細胞の機能を妨げるため、細胞にはその障害を回避する仕組みが備わっています。この小胞体ストレスに対する細胞反応を小胞体ストレス応答 (unfold protein response: UPR) といいます。
小胞体ストレスの原因となる変性蛋白質は、遺伝子変異、ウイルス感染、炎症、有害化学物質、栄養飢餓、低酸素(虚血)などにより生じます。変性蛋白質は小胞体ストレスセンサー(IRE1alpha, ATF6, Perk など)によって感知され、小胞体ストレス応答を誘導します。小胞体ストレス応答は、蛋白質の産生量を低下させることで小胞体における蛋白質の折りたたみを軽減したり、分子シャペロンの量を増やすことで折りたたみ機能を向上させたり、変性蛋白質の除去効率をあげることで小胞体ストレスを取り除くよう働きます。
変性蛋白質が過剰に蓄積し、小胞体ストレスの強さが細胞の回避機能を越えると、細胞死(アポトーシス)が誘導されます。小胞体ストレスはアルツハイマー病などの神経変性疾患などさまざまな疾患の原因となると考えられています。
分子シャペロン (Molecular chaperone) とは、他の蛋白質分子が正しい折りたたみ(3次元構造)をして機能を獲得するのを助ける蛋白質の総称です。シャペロンとはフランス語で介添人のことで、社交界にデビューする若い婦人に付き添い、世話監督する人のことです。タンパク質が正常な3次構造と機能を獲得するのを助ける役割から、シャペロン(介添人)になぞらえた命名です。
分子シャペロンには多くの種類がありますが、小胞体ストレスが負荷されたときに特異的に発現が誘導される分子シャペロンの一つがGRP78です。GRP78とは78-kDa glucose-regulated proteinのことで、分子量が78000のグルコース制御性蛋白質という意味の蛋白質で、その発現量は小胞体ストレス応答 (unfold protein response: UPR)の指標となります。

【小胞体ストレス応答を阻害すると低酸素・低栄養のがん細胞は死滅する】
固形がんは生体内において低酸素・低栄養という環境に適応するための様々なストレスに対する耐性を獲得しています。その中でも小胞体 (ER) 内で分子シャペロンとして働くGRP78の発現亢進は、ストレス耐性において最も大きな役割を担っていることが明らかになっています
すなわち、本来であれば、低酸素・低栄養の環境で、小胞体ストレスの増大によってがん細胞は死滅するのですが、がん細胞内ではGRP78の発現が亢進してERストレス応答が増強しているために死ななくなっていると考えられています。つまり、
GRP78はグルコース欠乏など細胞にストレスがかかった際に細胞死を避けるために誘導されるたんぱく質と言えます。
したがって、GRP78の発現誘導などの小胞体ストレス応答を特異的に阻害する物質は、抗がん剤治療が困難な固形癌に対して抗がん作用を発揮することが期待されています。また、抗がん剤の効き目(感受性)を高めることも報告されています。
乳がんのステージII~IIIの腫瘍サンプルを分析したところ、グルコース制御性タンパク質78 (GRP78)が多く発現するがん細胞は、塩酸ドキソルビシン(アドリアマイシン)をベースにした治療に反応せず、再発しやすいことが報告されています。この報告では、塩酸ドキソルビシン治療前の127のサンプルでは、3分の2でGRP78の発現量が多く検出され、GRP78が陽性であれば、再発までの期間が短いことが示されました(ハザード比は1.78; P = 0.16)。さらに、GRP78の濃度が高く、塩酸ドキソルビシン治療にタキサン系薬剤を追加していない場合は、再発リスクはさらに高くなっていました(ハザード比は3.00; P = 0.022)。つまり、この研究では、GRP78の発現量が多い乳がん細胞では、細胞死が回避されるため、再発の可能性が高くなることになることを示しています。(Cancer Res. 66: 7849-53,2006)
乳がんでは、GRP78の発現が高いとホルモン療法に対する感受性(効き目)が低下し、GRP78の発現を阻害するとホルモン感受性が高まることも報告されています。
その他、多くのがんでGRP78の発現が亢進しており、GRP78の発現量が多いがんは抗がん剤が効きにくく、転移や再発しやすく、生存期間が短いことが報告されています。
GRP78の発現を阻害すると、小胞体ストレスを誘導する微小管阻害剤に対する乳がん細胞の感受性を高めます。お茶に含まれるエピガロカテキンガレートはGRP78の発現を阻害して微小管阻害剤の効果を高めることが報告されています。
タキサン系やビンブラスチンのような微小管を阻害する抗がん剤は多くのがんの治療に使用されていますが、耐性を獲得すると効果が弱くなります。微小管阻害剤は小胞体ストレスを高めるため、GRP78発現などの小胞体ストレス応答が亢進し、そのためにがん細胞は死ににくくなって抗がん剤に抵抗性になります。緑茶成分のエピガロカテキンガレートは、GRP78の発現を阻害して、微小管阻害剤に対する乳がん細胞の感受性を高めました。小胞体ストレス応答を阻害する方法は微小管阻害剤による抗がん剤治療の効果を高めることが示されています。(J. Cell and Mol Med. 13: 3888-3897, 2009)
以上のことから、GRP78の発現阻害など小胞体ストレス応答を阻害する薬は、様々な抗がん剤の効き目を高め、さらにがん細胞のグルコースの利用を阻止することを目標とした糖質制限やケトン食の効果を高めることも予想されます

【牛蒡子に含まれるアルクチゲニンは小胞体ストレス応答を阻害する】
小胞体ストレス応答を阻害する生薬成分として牛蒡子(ゴボウシ)に含まれるアルクチゲニンが注目されています。以下のような報告があります。

Arctigenin suppresses unfolded protein response and sensitizes glucose deprivation-mediated cytotoxicity of cancer cells.(アルクチゲニンは小胞体ストレス応答を抑制しグルコース枯渇によるがん細胞死の感受性を高める)Planta Med. 2011 Jan;77(2):141-5.

【要旨】
がん細胞における小胞体ストレス応答が抗がん剤治療に対する抵抗性獲得に重要な関与をしていることが明らかになっているため、この小胞体ストレス応答をターゲットにした治療法が新しいがん治療法として注目されている。
牛蒡子に含まれるアルクチゲニンにはグルコースが枯渇した条件でがん細胞を選択的に死滅させることが最近明らかになっているが、そのメカニズムは不明である。
この研究で我々は、グルコース枯渇(glucose deprivation)によって発現が誘導されるglucose-regulated protein-78(GRP78)とその類縁のGRP94の遺伝子転写誘導を、アルクチゲニンが特異的に阻害することを見つけた。ただし、ツニカマイシンで誘導されるGRP78とGRP94の転写誘導に対しては、アルクチゲニンは阻害しなかった。
グルコース枯渇によって活性化されるXBP-1やAFT4といった他の小胞体ストレス応答経路の蛋白質の活性化もアルクチゲニンで抑制された。
遺伝子導入実験で、GRP78遺伝子を導入して発現させると、アルクチゲニンとグルコース枯渇によって誘導されるがん細胞の増殖阻害効果が部分的に阻止された。これは、グルコース枯渇下でのアルクチゲニンによるがん細胞に対する殺細胞作用(arctigenin-mediated cytotoxicity under glucose starvation)に小胞体ストレス応答の抑制が関連していることを示唆している。これらの実験結果は、アルクチゲニンの抗がん作用に関する新たなメカニズムを示しており、新たながん治療の開発のヒントになる。

Arctigenin preferentially induces tumor cell death under glucose deprivation by inhibiting cellular energy metabolism.(アルクチゲニンは細胞のエネルギー代謝を阻害することによってがん細胞に選択的に細胞死を誘導する)Biochem Pharmacol. 2012 Aug 15;84(4):468-76.

【要旨】
正常細胞にはダメージをできるだけ与えずに、がん細胞を選択的に死滅させることが、がん治療の開発において最も重要なポイントになっている。血管が乏しい固形がんではがん細胞は栄養素が枯渇しやすい状態にある。このようながん細胞における栄養供給が制限された状況は、がん細胞に特異的に作用する治療法の開発に役立つ可能性がある。
この研究では、天然成分のアルクチゲニン(Arctigenin)によるがん細胞の増殖抑制作用の分子メカニズムを検討した。
アルクチゲニンはグルコースを枯渇させたA549細胞を選択的に、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化を阻害して壊死を誘導した。グルコースを枯渇させたがん細胞に対して、アルクチゲニンは細胞内の活性酸素種の産生を高め、エネルギー産生を阻害した。細胞内の活性酸素種の産生はグルコースが枯渇した状況下で、細胞内ATPの枯渇によって引き起こされた。
さらに、グルコース類似体の2-デオキシグルコースとアルクチゲニンを同時に投与すると、正常細胞と比べて、がん細胞に特異的に細胞死を誘導した。アルクチゲニンと2-デオキシグルコースの組合せは、正常細胞に対する毒性が軽微ながん治療法として有望と思われる。

1番目の論文は、アルクチゲニンがグルコース枯渇によって誘導されるGRP78の発現を阻害して小胞体ストレス応答を阻害することを報告しています。

2番目の論文の実験で使われた2-デオキシグルコースはグルコースと類似の構造で、グルコースと同じように細胞に取り込まれますが、解糖系で代謝されず、解糖系の酵素を阻害する作用があります。つまり、グルコースを枯渇させ、がん細胞のグルコース取り込みを阻害しているのと同じような作用です。このような状況でアルクチゲニンを併用すると、がん細胞が特異的に死滅するという報告です。
つまり、この2つの論文は、
グルコース枯渇を目指すケトン食療法にアルクチゲニンを併用すると抗腫瘍効果が高まることを示唆しています。
牛蒡子(ゴボウシ)はキク科のゴボウArctium lappa L. の果実(種子)です。牛蒡(ゴボウ)の根は食用に供されますが、種子は牛蒡子という生薬名で薬用に用いられます。
牛蒡子には解毒、解熱、消炎、排膿の作用があり、咽の痛い風邪、扁桃腺炎、化膿性の腫れ物、湿疹、麻疹、歯茎の腫れなどに応用されています。牛蒡子の配合される漢方処方には柴胡清肝湯(さいこせいかんとう)、消風散(しょうふうさん)、銀翹散(ぎんぎょうさん)などがありますが、これらは風邪や湿疹や慢性炎症やアトピー体質の治療に使われます。
牛蒡子には抗炎症作用や抗菌作用、抗腫瘍作用が報告されており、清熱解毒薬に分類されます。牛蒡子の抗炎症作用や抗腫瘍作用は、それに含まれるアルクチイン(arctiin)やアルクチゲニン(arctigenin)などのリグナン誘導体によるものと考えられています。
アルクチゲニンには様々ながんの増殖を抑制する効果があることが報告されています。がん細胞がグルコース不足の状態に耐えるために活性化されるAktという酵素を阻害することによって、栄養飢餓に対する耐性の獲得を阻止する効果があることも報告されています(Cancer Res. 66:1751-1757. 2006)つまり、アルクチゲニンはがん細胞のグルコース枯渇に対して抵抗するために作動する小胞体ストレス応答の阻害だけでなく、Akt活性の阻害など複数の作用機序で、栄養飢餓に対するがん細胞の耐性獲得を阻止する作用があると言えます。
また、がん細胞を温熱処理したときに産生が高まってくる熱ショック蛋白の発現過程を、アルクチゲニンが抑制することが報告されています。熱ショック蛋白は文字通り熱というストレスによってつくられるタンパク質ですが、熱ショックばかりでなく他の様々な物理化学的ストレスによっても誘導されることからストレス蛋白質とも呼ばれています。熱ショック蛋白は傷ついた細胞を修復し、細胞をストレスから防御する作用をもっています。つまり、がん細胞を温熱療法で治療するときに、牛蒡子に含まれるアルクチゲニンは熱ショック蛋白の発現を抑えることによって、がん細胞が熱に対して耐性を獲得する過程を抑え、がん細胞の温熱療法に対する感受性を高め、死にやすくする効果があることが報告されています。(Cell Stress Chaperones. 11: 154-161.2006)
膵臓がんを移植されたマウスの実験で、アルクチゲニンが生存期間を著明に延長させることが報告されています。(ゴボウシの抗がん作用については48話を参照)

【枳実のGRP78阻害作用】
枳実(キジツ)はミカン科のダイダイやナツミカンなどのミカン類の未成熟果実を乾燥した生薬です。胃腸の蠕動を増強し、気の滞り(気滞)による痞え、腹満、腹痛、便秘などを改善します。精油成分のd-リモネン、フラボノイドのヘスペリジン、アルカロイドのシネフリンなどにはがん予防効果が報告されています。
枳実が、グルコース欠乏の膵臓がん細胞(PANC-1)細胞に、GRP78の活性を阻害することによって選択的な細胞傷害作用を示すことが報告されています
435種類の生薬を探索した結果、枳実(きじつ)のメタノール抽出エキスがグルコース欠乏状態で培養した膵臓がん細胞(PANC-1)に対してアポトーシス誘導作用を示すことを報告しています。グルコースの欠乏が無い状態で培養した膵臓がん細胞に対しては、枳実エキスはアポトーシスを誘導しませんでした。作用機序としてグルコース欠乏によって誘導されるGRP78の発現を阻止する作用が示されています。すなわち、枳実に含まれる成分が、GRP78の発現を阻害することによって、グルコース欠乏状態の膵臓がん細胞に選択的にアポトーシスを誘導することが示されています。(Biosci Biotechnol Biochem, 73:2167-2171, 2009)
がんの中には動脈が乏しいのに、増殖し続けるがんもあります。たとえば、膵臓がんや胆管細胞がんなどは血管が乏しいのに、着実に増殖していきます。これは、これらのがん細胞が、栄養や酸素が不足した状態でも生存し、増殖を続けることができる性質をもっているからだと考えられます。したがって、栄養飢餓や低酸素(虚血)に対するがん細胞の耐性のメカニズムを阻害する成分を含む生薬(牛蒡子や枳実)は、このような血管に乏しいがんの増殖を抑える可能性も示唆されます
抗がん剤治療や温熱療法や血管新生阻害剤を使うがん治療において、これらの生薬を含む漢方治療は試してみるみる価値はあるかもしれません。また、低酸素の状態でATP産生を行う嫌気性解糖系を阻害する半枝蓮(はんしれん)と併用すると、抗がん作用を増強できる可能性が示唆されます。
以上のことから、がん細胞のグルコース枯渇を目指すケトン食療法に併用する漢方薬に使う生薬として、前回までに解説した半枝蓮、紫根、黄柏、黄連、黄蓍に加えて、牛蒡子枳実も効果が期待できそうです。

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