336)がんサバイバーと2次がん

図:最近の日本では、1年間に新たに診断されるがん患者数は約70万人で、1年間のがん(悪性新生物)による死亡数は約35万人。したがって、がんと診断された人の約半数は数年以内に亡くなっている。しかし、治療法の進歩によって、進行がんの状態でも治療を受けながら5年以上生存している人も多い。がん全体の5年生存率は約65%と言われている。現在治療中のがん患者総数は約150万人で、これに根治した「がん経験者」を加えた『がんサバイバー』は500万人を超えている。がんサバイバーにとっては、短期的には再発予防が目標になるが、長期的には、がん治療の後遺症として発症する「2次がん」や、第2、第3のがん(多重がん)の発生の予防(がんの第三次予防)が重要になってきている。

336)がんサバイバーと2次がん

【現在治療を受けているがん患者数は約150万人】
最近の統計によると、日本では1年間に約70万人が新たにがん(悪性新生物)と診断され、がんによる死亡数は年間約35万人です。
したがって、単純に計算すると、がんと診断された人の半分くらいは治っており、半分くらいは数年以内に亡くなっていることになります。
がん治療の進歩によって再発がんや手術不能の進行がんでも、5年以上にわたってがんと戦いながら生存している方が増えています。
一般的に、がん全体の5年生存率は約65%と言われています。全ての臨床病期を合わせた平均の5年生存率は、前立腺がんや乳がんや甲状腺がんは90%を超えており、胃がんや大腸がんや子宮頚がんは70%程度、食道がんや肺がんや肝臓がんは30~40%程度、胆のう胆道がんは20%台、膵臓がんは6%程度と言われています。(全がん協部位別臨床病期別5年相対生存率の表より:http://www.gunma-cc.jp/sarukihan/seizonritu/seizonritu.html
このように、がんの種類によって5年生存率は異なりますが、年間約70万人の新たに見つかっているがん全体の5年生存率は65%程度ということです。
つまり、1年間に見つかった約70万人の新規のがん患者のうち、約半分(35万人)は治療によって治癒し(治療に数年間かかる場合も多い)、約35%(約25万人)は5年以内に亡くなり、約15%(約10万人)はがんが存在する状態で5年以上治療を受けることになる、ということになります。
1年間に70万人ががんと診断されて治療が開始され、また何年間も治療を継続している患者さんも何十万人といるので、現在、実際にがん治療を受けているがん患者さんの数(総患者数)は約150万人くらいになります。
厚生労働省統計情報・白書(平成23年10月)の主な疾患の総患者数(調査日現在において、継続的に医療を受けている者。調査日には医療施設で受療していない者を含む)のデータによると、高血圧性疾患:約900万人、糖尿病:約270万人、高脂血症:約190万人、心疾患(高血圧性のものを除く):約160万人、悪性新生物(がん):約150万人、脳血管疾患:約120万人となっています。
患者数としては高血圧や糖尿病や高脂血症や心疾患より少ないのですが、年間の死亡数は1位(全死因の28.5%)であり、しかも多くが辛い治療を受けているという点で多くの問題を抱えています。例えば、抗がん剤の使用率が30.1%というデータが報告されています。(JMDCレセプトデータベース;平成17~21年 がん患者数8928人に基づく推計)総患者数150万人の30%ということで、約45万人が抗がん剤治療を受けているという試算になります。

【日本のがんサバイバーは500万人以上】
現在治療中の約150万人のがん患者の他に、過去にがんの治療を受けて治癒した方(がん経験者)が300~400万人くらいいる計算になります。例えば、過去20年間の間に、20~30万人が毎年がんを克服していると計算すると400~600万人になるのですが、そのうち寿命や他の病気で亡くなる方もいますので、凡そ300~400万人くらい、あるいはそれ以上のがん経験者がいると思われます。
がんサバイバー(cancer survivor: がん生存者)という言葉があります。
Survivor(生存者)というのは「生き残った」というニュアンスですが、がんを克服した人のことだけを指すのではなく、がんの場合は「がんの診断時から死亡するまで」の人々が全てがんサバイバーと呼ばれます。
つまり、昨日がんと診断された人も、現在闘病中の患者さんも、治療から5年も10年も経過して元気に暮らしている長期生存者も、全てががんサバイバーになります。
日本では、がんサバイバーの数のデータは無いようです(ネットで検索しても見つかりません)。」
ただ、前述のような計算(現在治療中の総患者数約150万人+がん経験者350~400万人以上)から500万人以上と推測されます。
米国の統計(米国がん学会)によると、米国ではがんサバイバーは2012年1月で1370万人というデータがあります。
米国の人口は約3億1000万人で、年間のがん発生数は160万人(10万人当たり516人)で、日本の人口1億2700万人で年間のがん発生数70万人(10万人当たり551人)で、ほぼ同じような比率なので、がんサバイバーの数を人口の比率で計算すると、日本のがんサバイバーは約560万人という計算になります。
米国の場合は、5年生存率の高い乳がんや前立腺がんのがんサバイバーが多いので、人口当たりのがんサバイバーになる比率は日本より多い可能性はありますが、寿命は日本の方が長いので、総合的に考えて、米国のがんサバイバー1370万人から計算した、日本のがんサバイバーは500万人以上という数字は妥当と思われます。
さて問題は、このがんサバイバーが急速に増えているということです。
米国がん学会の報告では、2012年1月で1370万人のがんサバイバーは2022年までに1800万人を超えるという予測です。米国では年間160万人が新たにがんと診断されその半分が生存するとすると、単純に計算して10年間で800万人ががんサバイバーとして増えます。しかし、がんサバイバーも他の原因で死亡していくので、それを差し引いて計算すると、米国ではがんサバイバーが今後10年間で400~500万人が増えるというのは妥当な数字です。
それを日本に置き換えれば、現在500万人以上と言われるがんサバイバーは10年後には650万人以上(多分700万人以上)になると予想されます。
すでに日本では数年前(2008年)から人口は減少に転じていますが、がんサバイバーは30年以上は増え続けると言えます。総人口は減っても65歳以上の高齢者の絶対数は2045年頃まで増え続けると予測されているからです。国立社会保障・人口問題研究所の『日本の将来推計人口』によると、65歳以上の人口は2013年の約3000万人から2043年の約3650万人まで増え続け、それ以降は減少するということになっています。

【がんサバイバーは別のがんの発生リスクも高い】
一度がんになった人は、そうでない人に比べて、いろんな理由で、他のがんの発生リスクも高いと言えます。
第一の理由は、がんになりやすい体質やなりにくい体質(遺伝的素因)があります。
タバコを同じように吸っても肺がんになる人とならない人があるのは、タバコの煙の中の発がん物質を活性化したり無毒化する酵素に違いがあることが関与しています。
環境中の発がん物質によってがんが発生しやすい体質の人とがん化に抵抗性の高い体質が存在します。このような体質の違いは遺伝子の個体差(遺伝子多型という)によって決まります。
100歳を超えるような超高齢者はがんが少ないことが明らかになっています。これは、超高齢まで生きれるような体質の人はがんの発生に対しても抵抗性が高い可能性を示唆しています。(315話参照)
また、がんとアルツハイマー病の間にはトレードオフの関係があることが知られています。
がんとアルツハイマー病には共通のリスク要因が多数あるのですが、がんになった人はアルツハイマー病になりにくい、逆に、アルツハイマー病になった人はがんになりにくい、というトレードオフの関係があることが知られています。これも、がんやアルツハイマー病のなりやすさに遺伝的素因がかなり関与していることを示唆します。(331話参照)
高齢者(65歳以上)のがんサバイバーは、がんの既往がない高齢者に比べてアルツハイマー病の罹患リスクが33%低く、アルツハイマー病患者のがん罹患リスクもアルツハイマー病でない人に比べて61%低いことが報告されています。これは、がんサバイバーはがんになっていない人と比べて、他のがんを発症しやすい素因を持っている可能性を示唆しています。
第2の理由は、がんの治療が別のがんの発生を誘発する可能性があるためです。
放射線治療や抗がん剤治療や頻回のCT検査などによって、がんの治療後の晩期後遺症として発生するがんを2次がんと言います。
20年以上の長期生存者が増えてくると、放射線治療や抗がん剤による発がんが問題になってきます。
例えば、放射線治療の場合、放射線量やがんの種類によって変わりますが、20~30年後に、数%~多い場合は20%以上の割合でがんが発生するとか、発がんリスクが通常の場合の数十倍になる、などという報告があります。(Front Oncol. 2013; 3: 73.)
米国のがんサバイバーで最も多いがんは乳がん(22%)と前立腺がん(20%)です。肺がんは3%程度です。これは、乳がんと前立腺がんの生存率が高いからです。
乳がんと前立腺がんは放射線治療や抗がん剤治療やホルモン療法を受け、これが数十年後にがんの発生リスクを高めます。
放射線治療や抗がん剤治療が発がんリスクを高めることは良く知られていますが、ホルモン療法は、メタボリック症候群の発生率を高めるので、その結果、発がんリスクを高める可能性が示唆されています。
米国のデータでは年間9万人くらいが2次がんと推定した論文があります。年間160万人のがん発生数の5%以上という数字です。

【抗がん剤治療による2次がん】
抗がん剤の中にはフリーラジカルの破壊力を利用して、がん細胞の核のDNAを破壊し、がん細胞を殺すものが多くあります。例えば、アドリアマイシン、マイトマイシンC、ダウノルビシン、ブレオマイシンなど多くの抗がん剤が、フリーラジカルを産生します。
抗がん剤は、正常な細胞にもフリーラジカルによる酸化障害によるDNA変異(異常)を引き起こします。さらに、抗がん剤は、骨髄や免疫組織や肝臓などの臓器にダメージを与えて免疫力や抵抗力や体力を低下させます。
つまり、正常細胞に遺伝子変異を引き起こし、がん細胞の発生を防ぐ免疫力や治癒力を低下させる結果、新しいがんを誘発するのです。
実際多くの抗がん剤の発がん性が証明されています。
アルキル化剤による治療後1~2年目くらいから白血病の発症率の上昇がみられ、5~10年後をピークにして以降は減少します。使用した抗がん剤の量と期間に比例して発症率は上昇します。
シスプラチンなどの白金製剤はDNA鎖にクロスリンクを形成して細胞分裂を阻害して抗がん作用を発揮しますが、正常細胞の遺伝子変異も引き起こします。
シスプラチンの治療後に白血病の発症率が高まることが、卵巣がんや精巣がんの患者を追跡した研究で報告されています。白金製剤を含む抗がん剤治療を受けた卵巣がんの患者では、白血病の発症の相対リスクは4倍に上昇し、投与を受けた量が増えるほど発症リスクは上昇しています。治療期間が12ヶ月以上の場合は発症率が7倍になり、放射線治療を併用すると、その発症率はさらに上昇します。

DNAにダメージを与えて遺伝子変異を起こすトポイソメラーゼ阻害剤やアントラサイクリン系抗がん剤も白血病のリスクを高めることが指摘されています。
シクロフォスファミドの投与量が多いと膀胱がんの発生率が高まることが報告されています。 

2次がんは治療後の経過期間に応じて発生率が高くなるので、小児や青年期に多い悪性腫瘍が問題になります。若い人に発症する精巣腫瘍は抗がん剤治療が効きやすく根治しやすい腫瘍ですが、精巣腫瘍の治療後の患者の死亡原因として2次がんの占める割合が高いことが報告されています。35歳で精巣腫瘍の治療を受けた患者では75歳までの他のがんの発症率は36%で、同じ期間の一般集団の発がん率が23%という結果が報告されています。(JNCI 97:1354-1365,2005)


【放射線治療による2次がん】
放射線ががん細胞を殺す力も、放射線が体内の水分と反応して発生する活性酸素によるものです。
放射線障害の晩期障害としてがんの発生があることはよく知られています。

子宮頸がんで放射線治療を受けた患者では、放射線が当たった部位(直腸、肛門、膀胱、卵巣、膣、外陰部など)の発がん率が一般集団と比較して、放射線の量と経過期間に比例して上昇することが確かめられています。
例えば、3Gy以上の照射を受けた患者では平均で約1.5倍の発がん率の上昇が認められています。これは1年間に1万人あたりがんの発症が12人多くなるという程度ですのでそれほど大きい数字ではありません。しかし、放射線治療後の経過期間が長くなるほど発がん率が上昇し、40年以上経過した人では照射を受けた部位によって3から9倍くらいの発がん率の上昇が認められています。(JNCI 99:1634-1643, 2007)
乳房、甲状腺、肺は放射線の発がん効果に対して感受性が高いことが知られています。
ホジキンリンパ腫の治療で胸部の放射線照射を受けた女性患者では乳がんの発症率が高く、30歳もしくはそれ以前に治療を受けた女性のリスクが著しく高いことが報告されています。若い人ほど乳腺の放射線感受性が高いからです。


乳がんに対する最初の放射線療法後、肺と食道におけるがんや肉腫のリスクが増やすことや、子宮頸がんに対する高線量の放射線治療でも照射を受けた組織のがんや肉腫の発生率が高まることが報告されています。
成長過程の小児の組織は放射線による発がん率が高く、小児期に頭蓋照射を受けると脳腫瘍の発生率が高くなることが報告されています。

放射線による固形がんは、放射線被曝から10年以上経過してから発生することが多いので、大量の放射線被曝を受けた人は、照射を受けた部位を主体に長期に及ぶ監視が必要です。
しかし、検査による放射線被爆も発がんのリスクを高めるので、CTなどエックス線を使った検査は必要最小限にすることも大切です。日本ではがんの3%ほどがエックス線検査により発生しているという推計が英国の研究者から報告されていますので無視できません。
(CT検査による発がんリスクについては226話参照)
がんサバイバーは短期的には再発予防の目的で、適切な食事や生活習慣(運動など)や漢方薬やサプリメントなどの利用は有用ですが、再発の心配が無くなった段階でも、2次がんや多重がん(第2、第3のがん)の予防の目的で、そのようながん予防に有効な方法を実践する必要があるといえます。がんサバイバーはがんになっていない人に比べて他のがんになるリスクが高いためです。
再発予防の食事や生活習慣の実践をいつまで続けるべきかという質問を受けますが、理論的には、一度がんになったら、一生続ける方が良いということになります。がんの予防法は循環器疾患や糖尿病やメタボリック症候群や認知症の予防や寿命延長にも効果が期待できます。

 

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