682)腫瘍循環器学と漢方治療(その1):漢方薬の心筋保護作用

図:全身の抗がん剤投与や胸部の放射線照射は心臓にダメージを与え(①)、心筋傷害によって心臓機能の低下や心不全を引き起こす(②)。田七人参(③)、白花蛇舌草(④)、枸杞子(⑤)、甘草(⑥)、カンナビジオール(⑦)、2-デオキシ-D-グルコース(⑧)は、抗がん剤や放射線照射による心筋傷害を軽減する。漢方薬の生脈散、サプリメントのCoQ10、ミルクシスル、オメガ3多価不飽和脂肪酸のDHA/EPAも心筋のダメージに対して保護作用を示すことが報告されている(⑨)。

682)腫瘍循環器学と漢方治療(その1):漢方薬の心筋保護作用

【がん患者は心臓血管疾患による死亡リスクが高い】
米国のがん登録データベースを解析した結果、がん患者の10人に一人が心血管死していることが報告されています。最近、以下のような報告があります。

A population-based study of cardiovascular disease mortality risk in US cancer patients.(米国のがん患者における心臓血管疾患による死亡リスクに関する集団ベース研究)Eur Heart J. 2019 Dec 21;40(48):3889-3897.

この研究では、がん登録データベース(Surveillance, Epidemiology and End Results:SEER)から1973~2012年にがんと診断された患者323万4,256例を特定し、心臓血管疾患(心臓病、高血圧、脳血管疾患、動脈硬化、大動脈瘤)による死亡率を解析しました。その結果、がんによる死亡率は38%だった一方で、心臓血管疾患による死亡率は11%でした。心臓血管疾患死の76%は心疾患による死亡でした。
解析対象とした28種類のがんのうち、心臓血管疾患死亡率が最も高かったのは膀胱がん(19%)で、次いで喉頭がん(17%)、前立腺がん(17%)、子宮がん(16%)、大腸がん(14%)、乳がん(12%)の順でした。
心臓血管疾患死亡率よりがん死亡率が高かったがん種は、肺がん、肝がん、脳腫瘍、胃がん、胆嚢がん、膵がん、食道がん、卵巣がん、骨髄腫などの侵襲性が高く治療困難ながんでした。
また、がん診断時に35歳未満であった患者で心血管疾患による死亡リスクが最も高く、がん診断時に55歳未満であったがんサバイバーでは、将来の心血管疾患死亡リスクが一般人口の10倍超に達していました
さらに、心血管疾患死亡リスクが最も高い時期はがん診断後1年間でした。
その要因として、がん診断時点での心臓血管疾患の合併や診断後の積極的治療(心毒性が高い治療)などが挙げています。心臓血管疾患に対しては、がん治療を行う前から開始して一生継続する予防的な管理が重要で、腫瘍循環器学(Onco-Cardiology)の重要性が指摘されています。

【腫瘍循環器学(Onco-cardiology)とは】
従来、腫瘍学(Oncology)循環器学(Cardiology)は最も関連性の少ない分野だと考えられていました。心臓には悪性腫瘍が発生しないからです。
呼吸器科、消化器科、泌尿器科、婦人科、耳鼻咽喉科、脳外科、整形外科などほとんどの領域の専門領域で、悪性腫瘍は頻度の高い病気であるため、これらの領域の医師は悪性腫瘍(がんや肉腫)の診療に関わり、腫瘍学の知識が必須です。
しかし、心臓や大きな血管には悪性腫瘍が発生しないので、心臓や大動脈が対象の循環器病の専門家は腫瘍学の診療も知識も必要なかったのです
しかし、最近になって、「腫瘍循環器学(Onco-cardiology)」という専門領域が注目されるようになりました。

がんは日本人の死因の第一位であり、生涯罹患率は2人に一人と言われています。高齢者では循環器疾患による死亡数が多く、がんと循環器疾患を合併する患者が増えています。
さらに、がん治療の進歩による、がん患者の予後は大幅に改善し、がんサバイバー(生存者)の数も増えています。
しかし、抗がん剤の多くは心臓・血管を傷害します。従ってとくに高齢者や心血管疾患のハイリスク患者にがん治療を行った場合、高率に心不全を発症することが問題になっています。
またがん患者に血栓塞栓症が多いことは昔から知られていましたが、最近の抗がん剤は血栓塞栓症を促進するため、がん患者が治療中に血栓塞栓症で亡くなるケースも多いことが指摘されています。 
つまり、がん化学療法や放射線治療による心血管合併症は、がん患者やがんサバイバーの生命予後およびQOLを左右する大きな要因となっており、循環器医の専門的な対応を要するケースが増えているのです。
このような背景で、がん専門医と循環器専門医の連携の重要性が認識されるようになり、がんと循環器の両者が重なった領域を扱う新しい臨床研究分野として腫瘍循環器学(Onco-Cardiology)が提唱されました。

この領域が本格的に稼働し始めたのは今世紀に入ってからで、最初の専門外来が米国のテキサス州立大学MDアンダーソンがんセンター内に開設されたのは2000年でした。わが国で同種の外来が大阪府立成人病センター(現在の大阪国際がんセンター)において初めて設置されたのは2011年です。
さらに、2014 年から,国立がん研究センター中央病院,大阪国際がんセンターなど6つの施設による日本腫瘍循環器学術ネットワーク(J-OCEAN) によって臨床研究や基礎研究などが進められてきて、それをさらに発展させ、2017 年 12 月に日本腫瘍循環器学会が発足しています。
つまり、がんと循環器診療の融合をめざす腫瘍循環器学(Onco-cardiology)という新たな学際領域が生まれたのです。

【多くの抗がん剤に心臓毒性が認められている】
抗がん剤の副作用としては、白血球や血小板が減少する骨髄抑制と、吐き気や下痢などの消化器毒性がよく知られていますが、その他に、心臓、肝臓、腎臓、肺、神経系などの主要臓器に障害をきたすこともあります。多くの抗がん剤は心臓に対する毒性を示します。
がん治療が心血管系に及ぼす影響は多岐にわたり、心機能障害・心不全、冠動脈疾患、心臓弁膜症、不整脈、高血圧症、血栓塞栓症、末梢動脈疾患、肺高血圧症など、ほぼ全ての循環器疾患の発症あるいは悪化要因となります。

がん治療における心毒性の重要性は、1970年代にドキソルビシン(アドリアマイシン)などのアントラサイクリン系抗がん剤による心筋症の報告によって認識されるようになりました。
ドキソルビシンによる心毒性は、1)投与後数時間以内に発現し、可逆性の不整脈などが主体の急性毒性、2)投与の数日後から数週間以内に発現する心筋炎や心外膜炎などの亜急性毒性、3)投与後数週間から数ヶ月以上して発現する慢性毒性の3種類に分類されます。

一般的には、ドキソルビシンの心臓毒性とは3の慢性毒性を指し、心筋障害による致死的なうっ血性心不全を来すことが知られています。

このように、投与後数ヶ月以上、あるいは1年以上も経過して出現する心毒性が報告されたことから、アントラサイクリン系抗がん剤の心毒性についての関心が大きくなりました。
この慢性毒性(心筋症)はドキソルビシンの総投与量が多くなるほど発症率が高まります。450mg/m2を超えると発現頻度が高くなり、1000mg/m2を超えると50%に達すると言われています。

うっ血性心不全を発現すると、利尿剤やジギタリス製剤などの治療に対する反応が悪く、死亡率が30~60%と極めて高いと言われています。
高齢者や心疾患を持っていたり、左乳房や縦隔への放射線照射との併用や、心臓毒性を持つ他の抗がん剤との併用の場合は、特に心臓毒性に対する注意が必要です。
アントラサイクリン系抗がん薬は蓄積性に心筋障害を起こすので、投与量を計画的に制限することでその発症を大幅に減少させることが可能になりました。つまり、経験的にドキソルビシンは500mg/m2が累積上限量とされています。

心臓毒性を示す抗がん剤としては、ドキソルビシン(アドリアマイシン)などのアントラサイクリン系抗がん剤の他に、シクロホスファミド、5-フルオロウラシル、パクリタキセル、ハーセプチンなども心臓毒性の発現が報告されています。

細胞毒性の強い通常の抗がん剤に比べて、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬は心臓毒性が少ないと思われてました。しかし、このような新薬でも心臓への副作用が発症することが明らかになりました。
HER2受容体を特異的に阻害する抗体薬であるトラスツズマブ(ハーセプチン)の出現は、増殖性が強く難治性であったHER2陽性乳がんの予後を著明に改善しました。しかし、HER2受容体が心筋細胞にも存在しているため、投与前には予想されていなかった心不全が重大な副作用として明らかになりました。
一般に、HER2阻害薬(トラスツズマブ、ラパチニブ、ペルツズマブなど)による心毒性は累積投与量に依存しないと言われています。大部分が可逆性ですが、不可逆性に心機能低下を来す場合もあります。
オプジーボなどの免疫チェックポイント阻害薬は多くのがん種で標準治療となりつつありますが、副作用として免疫関連有害事象(immnune-related adverse events)がさまざまな臓器で報告され、頻度は低いものの劇症型心筋炎による死亡例の報告もあります。
新しい抗がん剤が出現すると、さらに新しい作用に合わせた予想できない心毒性が出現する可能性があり、多くの抗がん剤で心臓に対する副作用が問題になってます(下図)。

図:多くの抗がん剤治療や放射線療法は循環器系に様々な毒性を示し、心不全や高血圧や虚血性心疾患や不整脈や心膜疾患や弁膜症などを引き起こす。

【がんサバイバーは循環器疾患の罹患率が高い】
がんから回復した患者(がんサバイバー)に、がん治療からかなり時期を経て静脈血栓症が多発することや、冠動脈疾患の発生率が高くなることが指摘されています。最近、以下のような報告があります。

Medium and long-term risks of specific cardiovascular diseases in survivors of 20 adult cancers: a population-based cohort study using multiple linked UK electronic health records databases(20種の成人がんの生存者における特定の心血管疾患の中長期リスク:複数のリンクされた英国の電子健康記録データベースを使用した集団ベースのコホート研究)Lancet. 2019 Sep 21; 394(10203): 1041–1054.

【要旨】
背景:過去数十年でがんの生存率は大幅に改善したが、がん生存者の長期的な心血管疾患のリスクについて懸念がある。 しかし、予防と管理に役立つ広範ながん生存者における特定の心血管疾患のリスクに関するデータはほとんど無い。 この問題に対処するために、英国の電子健康記録データを使用して検討した。

方法:この集団ベースのコホート研究では、英国におけるプライマリケアや入院やがん登録のデータベースと連携しているUK Clinical Practice Research Datalink(CPRD GOLD)を用い、一般的な20種類のがんについて診断後12ヵ月時点で生存している18歳以上のサバイバー(生存者)、ならびに年齢や性別などをマッチさせたがんの既往がない対照群のコホートを特定し、粗および調整されたCoxモデルを使用して、さまざまな心血管疾患の発症のリスクを比較し、パラメトリック生存モデルを使用して、長期にわたるリスクを推定した。

結果:1990年1月1日から2015年12月31日の期間で、1年以上の追跡調査を受けがん患者12万6,120例と、対照群の患者63万144例が特定され、除外基準に合致した症例を除き、がんサバイバー群10万8,215例と対照群52万3,541例が主要解析に組み込まれた。
静脈血栓塞栓症のリスクは、20種類の部位特異的がんのうち18種類のがんの生存者で対照と比較して上昇した。調整されたハザード比は、前立腺がん患者の1.72(95%信頼区間: 1.57〜1.89)から膵臓がん患者の9.72(95%信頼区間:5.50–17.18)までの範囲であった。 ハザード比は時間経過とともに減少したが、診断後5年以上も上昇を認めた。
20種類のがんのうち、10種のがんサバイバーで心不全や心筋症のリスクが増加することが確認された。それぞれの調整ハザード比(95%信頼区間)は、非ホジキンリンパ腫1.94(1.66~2.25)、白血病1.77(1.50~2.09)、多発性骨髄腫3.29(2.59~4.18)、食道がん1.96(1.46~2.64)、肺がん1.82(1.52~2.17)、腎がん1.73(1.38~2.17)、卵巣がん1.59(1.19~2.12)などであった。
不整脈、心膜炎、冠動脈疾患、脳卒中、および心臓弁膜症のリスクの上昇も、血液悪性腫瘍を含む複数のがんで観察された。
心不全または心筋症および静脈血栓塞栓症のハザード比は、心血管疾患の既往のない患者および若い患者で大きかった。しかし、絶対的超過リスクは一般的に年齢の増加とともに大きくなった。これらの結果のリスクの増加は、化学療法を受けた患者で最も顕著であると思われた。

考察:ほとんどの種類のがんの生存者は。一般集団と比較して、1つまたは複数の心血管疾患の中期から長期のリスクが増加し、がんの種類によってかなりのばらつきを認めた。

代表的ながん20種について英国のデータベース(UK Clinical Practice Research Datalink)を用い、がんサバイバー10万8,215例に対し、年齢・性別・診療医をマッチさせた52万3,541例の対照において心血管疾患の発生を25年にわたって追跡した大規模疫学研究です。それぞれのがんについて心血管疾患の発生倍率を算出しています。
その結果、がんサバイバーのほとんどで、がん部位別でかなり違いはあるものの、一般集団と比較して心血管疾患の中~長期リスクの増加が確認されたという結果です。
過去数十年で、がんの生存率は顕著に改善してきましたが、サバイバーの長期的な心血管リスクについては懸念が指摘されていますが、さまざまながんサバイバーにおける心血管疾患の予防や管理に関するエビデンスが不足していました。
この研究で、血液、食道、肺、腎、卵巣等のがんサバイバーで心不全や心筋症のリスクが増加することが明らかになっています。

静脈血栓塞栓症のリスクは、対照群と比較して、20種類のがんのうち18種のサバイバー群で増加していました。補正ハザード比の範囲は、前立腺がん患者の1.72(95%信頼区間:1.57~1.89)から、膵臓がん患者の9.72(95%信頼区間:5.50~17.18)にわたっていました。ハザード比は経時的に減少したものの、診断後5年以上増加が続いていました。
不整脈(がん20種中8種)、心膜炎(データ完備のがん15種中8種)、冠動脈疾患(20種中5種)、脳卒中(20種中5種)、心臓弁膜症(データ完備の18種中3種)のリスク増加も確認されました。心不全または心筋症、および静脈血栓塞栓症のハザード比は、心血管疾患の既往歴がない患者および若年患者において高い結果でした。しかし、絶対超過リスクは、年齢の上昇に伴い徐々に増加し、これらのリスク増加は化学療法を受けた患者において最も顕著でした。

【乳がんの抗がん剤治療や放射線治療が心血管疾患のリスクを高めている】
乳がんの抗がん剤治療では、ドキソルビシン(アドリアマイシン)などのアントラサイクリン系抗がん剤や、シクロホスファミド、パクリタキセル、フルオロウラシル、HER2阻害剤(ハーセプチンなど)など心臓毒性を示す抗がん剤が多く使われます。
AC療法(ドキソルビシン+シクロホスファミド療法)は、乳がんの患者さんに対して行う標準的な抗がん剤治療です。術前化学療法と術後補助化学療法のいずれにも使用されています。
ドキソルビシン(アドリアシン)とシクロホスファミド(エンドキサン)は、1日目(Day 1)に投与し、2~21日目は休薬します。
通常の1回の投与量はドキソルビシンは60mg/m2、シクロホスファミドは600mg/m2です。
60mg/m2は体表面積1m2当たり60mgという意味です。
3週間隔で通常4回投与します。4回の投与でドキソルビシンの総投与量は240mg/m2、シクロホスファミドは2400mg/m2になります。
EC療法(エピルビシン/ シクロホスファミド併用療法)やCEF療法(シクロホスファミド/ エピルビシン/ フルオロウラシル併用療法)も乳がんの抗がん剤治療として使用されます。
EC療法では1回にエピルビシン100 mg/m2、シクロホスファミド600 mg/m2を3週間隔投与、4~6コース反復します。したがって、エピルビシンの総投与量は400〜600 mg/m2になります。
CEF療法では、1回の投与量がシクロホスファミド500 mg/m2、エピルビシン100 mg/m2、フルオロウラシル500 mg/m2で、3週間隔投与で4~6コース反復されます。したがって、エピルビシンの総投与量は400〜600 mg/m2になります。
さらに、術後の放射線治療(左側)では、心臓への照射も起こり、これが心筋傷害や血管傷害の原因になっています。通常、乳房温存手術後の放射線治療の総線量は50グレイ(Gy)程度です。

このように、乳がんの抗がん剤治療と放射線治療では、心臓への障害が起こりやすいと言えます
米国心臓協会(American Heart Association)は乳がん治療と心血管疾患の関わりについて新たな科学的声明(Scientific Statement)をまとめ、Circulation(2018年2月1日オンライン版)に発表しています。
この声明では、米国では乳がん患者332万人に対して心血管疾患を有する女性は4,780万人と推定しています。
また、乳がんの早期検出と治療法の改善により、心血管疾患を合併しながら長期生存を続ける乳がんサバイバーが増加したが、65歳以上の高齢サバイバーでは乳がんよりも心血管疾患で死亡する者が多いと言っています。このため、がんの治療中および治療後に心血管危険因子を適切に管理することが重要であると警告しています。
つまり、治療中の乳がん患者およびがんサバイバー(生存者)は治療に伴う心毒性を認識しなければならないと注意喚起しています。
アントラサイクリン系薬、アルキル化薬、ホルモン療法薬、HER2標的薬などは心不全を引き起こす可能性があります。その他にも、放射線療法による冠動脈疾患、代謝拮抗薬(フルオロウラシル、カベシタビン)による冠動脈攣縮、タキサン系薬(パクリタキセル、ドセタキセル)による徐脈、サイクリン依存性キナーゼ(CDK)4/6阻害薬によるQT延長などの副作用が指摘されています。このため、この声明では「乳がん治療中の心毒性の監視、予防、管理が極めて重要であり、治療後も長期にわたる遅発性心毒性のモニタリングが必須である」と指摘しています。
この声明では、心機能障害のリスクを上昇させる乳がん治療としては、以下を挙げています。         

1)  高用量のアントラサイクリン系薬剤による治療:250mg/m2以上のドキソルビシンまたは600mg/m2以上のエピルビシン

2)  心臓が照射範囲内に入る高線量の放射線療法:30Gy以上の放射線療法

3)  連続治療:低用量のアントラサイクリン系薬剤による治療(250mg/m2未満のドキソルビシンまたは600mg/m2未満のエピルビシン)およびその後のtrastuzumab(ハーセプチン)による治療
併用療法:低用量のアントラサイクリン系薬剤による治療(250mg/m2未満のドキソルビシンまたは600mg/m2未満のエピルビシン)と、照射範囲内に心臓が入る低線量の放射線療法(30Gy未満)の併用

つまり、乳がん治療において標準的に広く行われているレベルの抗がん剤治療や放射線治療は、心臓にかなりの毒性があると言えます。アントラサイクリン系抗がん剤(ドキソルビシンやエピルビシン)だけでなく、ハーセプチンやシクロホスファミドや放射線治療が加わると、さらに心血管傷害のリスクが上がります。
補助化学療法や放射線治療は乳がんの再発予防には有効ですが、長期的には心血管疾患のリスクを高めるのは確実です。心血管疾患のリスクを減らす方法を併用することも重要と言えます。 
漢方薬やサプリメントを使ったがんの補完療法でも、循環器系への毒性を軽減する方法が今後重要になると思います。

図:乳がんの治療で使用される抗がん剤には心臓に毒性のあるものが多い。左乳房の放射線照射では心臓が放射線によるダメージを受ける可能性もある。65歳以上の高齢サバイバーでは乳がんよりも心血管疾患で死亡する者が多いことが指摘されている。米国心臓協会(American Heart Association)は乳がん患者は治療に伴う心毒性を認識しなければならないと注意喚起している。

【漢方治療はドキソルビシンの心筋障害を軽減する】
前述のように、抗がん剤治療による心筋障害は特に乳がんの患者さんで問題になっています。心筋毒性のある抗がん剤が多く使われ、左乳房の場合は放射線治療も影響し、治療後の乳がんサバイバーの数が多いのと、乳がんは比較的予後が良いため治療後に長期間生存するので、晩期後遺症としての心臓疾患の発症が問題となるのです。
乳がん患者のドキソルビシンによるうっ血性心不全の発症リスクを漢方治療が低下させるという報告があります。

Traditional Chinese medicine is associated with a decreased risk of heart failure in breast cancer patients receiving doxorubicin treatment.(中国伝統医学の漢方薬は、ドキソルビシン治療を受けている乳がん患者の心不全リスクの低下と関連する)J Ethnopharmacol. 2019 Jan 30;229:15-21.

 【要旨】
伝統医療との関連性:ドキソルビシン治療を受けた乳がん患者にとって、心血管疾患は重要な関心事である。中国伝統医学の中医薬(漢方薬)は、乳がん患者への補完療法として提供されており、台湾における医療の重要な要素である。しかし、漢方薬の利用パターンとその乳がん患者における有効性の関連性は不明である。

材料および方法:台湾で1997年から2010年の期間にわたって収集されたデータのサンプルから、漢方薬治療を受けた24,457人の乳がん患者と漢方治療を受けなかった24,457人の乳がん患者を抽出した。すべての登録患者はドキソルビシン化学療法を受けていた。これらの患者は年齢、治療開始時期、他の疾患の合併状況、ハーセプチンやタモキシフェン治療において一致するように1:1ペアで選択した。うっ血性心不全の累積発生率を両群間で比較し、回帰ハザードモデルを用いてうっ血性心不全のリスクを評価した。

結果:漢方薬非使用群に比較した漢方薬併用群に置けるうっ血性心不全の発症リスクのハザード比は、年齢、ハーセプチン、タモキシフェン、糖尿病薬、心血管薬、スタチンおよび併存疾患について調整後において0.68(95%信頼区間=0.62-0.76, p < 0.0001)であった。
さらに、漢方薬を併用しない群に比べて、白花蛇舌草使用群のうっ血性心不全の発症リスクの調整ハザード比は0.29(95%信頼区間:0.15-0.56、p = 0.0002)であった。

結論:漢方薬治療を併用すると、放射線療法の併用の有無にかかわらず、通常の化学療法を受けた乳がん患者のうっ血性心不全の発生率が有意に減少した。

この研究は、いわゆる台湾医療ビッグデータを解析したものです。
台湾の医療制度は、「全民健康保険(National Health Insurance)」という台湾政府が管理するシステムで、国民全員を加入対象とした完全な社会保険制度です。
健康保険証はICカードで、医療事務の電子システム化が進んでおり、オンライン請求率は2006年には99.98%に達しています。
このような状況で、台湾では国民全体の医療情報(年齢、性別、病名、治療内容など)がデータベース化されています。この「全民健康保険研究データベース」を使った疫学研究が台湾から数多く発表されています。
台湾の全民健康保険では、がん患者は西洋医学の標準治療だけでなく、中医学治療(漢方治療)も保険給付され、それらの保険請求の情報がデータベース化されています。したがって、漢方治療を受けたがん患者と漢方治療を受けなかったがん患者で、生存率や生存期間の比較も可能になっています。使用された漢方薬の内容も解析できます。
台湾におけるがん治療における中医薬治療の実態に関して多くの報告があります。これらの研究で、漢方治療を受けたがん患者は漢方治療を受けなかったがん患者より副作用が少なく、生存率が高いことが報告されています。
ハザード比というのは追跡期間を考慮したリスクの比です。この論文のリスクはうっ血性心不全の発症率です。
この報告において、漢方薬非使用群に対する漢方薬使用群のうっ血性心不全の発症率のハザード比が0.68というのは、追跡期間中に漢方薬を服用したがん患者は漢方薬を服用しなかったがん患者に比べてうっ血性心不全の発症率が32%減少したという意味になります。
95%信頼区間とは,仮に同様な試験を100回した場合に95回はこの値の幅の中に入るという意味です。95%信頼区間が0.62-0.76というのは、同様な試験を100回行なえば、95回はハザード比が0.62〜0.76の間に入ることを意味します。
この研究では白花蛇舌草を服用した群のうっ血性心不全の発症リスクの調整ハザード比は0.29(95%信頼区間:0.15-0.56)という結果を報告しています
白花蛇舌草(ビャッカジャゼツソウ)はがんの漢方治療で最も使用頻度の高い生薬の一つです。様々な抗がん作用があり、抗がん剤治療と併用して奏功率を高めたり、生存率を高める効果が多く報告されています。さらに、この論文では、白花蛇舌草を用いた漢方薬は、抗がん剤による心筋障害の軽減にも効果が期待できることを明らかにしています。
乳がんだけでなく、多くのがんの抗がん治療において白花蛇舌草を多く用いた漢方治療を積極的に行う根拠になると思います。 

ラットを使った実験で以下のような報告があります。

Protective effect of Sheng-Mai Yin, a traditional Chinese preparation, against doxorubicin-induced cardiac toxicity in rats(ラットにおけるドキソルビシン誘発性の心臓毒性に対する中国伝統処方の生脈飲の保護作用)BMC Complement Altern Med. 2016; 16: 61.

この研究では、生体内(in vivo)でのドキソルビシン誘発心臓毒性に対する漢方処方の生脈飲の心臓保護を検討しています。
ラットに2週間にわたって6回の注射でドキソルビシン(2.5mg /kg)を注射し、生脈飲は1日に8.35、16.7および33.4 g / kg、または16.7 g / kgを1日2回の用量で、ドキソルビシンの投与の同じ時期に2週間にわたって胃内投与しています。
その結果、生脈飲の投与は、ドキソルビシン投与で増加するB型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)を減少するなど心筋障害を軽減し、心臓の線維化を抑制し、心臓機能を維持する効果が認められました
つまり、生脈飲(ショウミャクイン)は、ドキソルビシンによって誘発される心筋の傷害と線維化を抑制し、心機能を保護する作用があるという結果です。
生脈飲(あるいは生脈散)は人参・麦門冬・五味子の3種類から構成される漢方薬です。煎じ液にした場合が生脈飲(ショウミャクイン)、粉末にした場合が生脈散(ショウミャクサン)と呼ばれます。
滋潤作用のある補気薬(人参)と滋陰薬(麦門冬・五味子)を組合わせて、体液不足と体力低下があるときに使用する気陰双補の基本方剤です。
構成生薬の3薬すべてが強心・中枢の興奮に働き、脱水を防止するとともに、元気をつけ抵抗力を強める効果があります。様々な病態における気陰両虚の基本として使用され、あるいは多くの漢方薬に配合されています。がんの漢方治療でも、体力や心機能低下があるときには人参・麦門冬・五味子をよく配合します。

【田七人参サポニンの心筋保護作用】

田七人参(でんしちにんじん)三七人参とも呼ばれる)はウコギ科のサンシチニンジン(Panax notoginseng)の根で、高麗人参の仲間です。
田七人参には、血管や心臓や肝臓に対する効果があります。

肝細胞の保護作用と、障害を受けた肝細胞の再生を促進する効果があるので、肝機能障害に使用されます。
また、止血作用があるので、喀血、吐血、血便など出血がある場合に使用されます。

伝統的かつ経験的に、田七人参が心臓機能を良くし、心筋のダメージに対して保護作用を示すことは良く知られています。心筋梗塞や狭心症の治療に田七人参が利用されています。


図:田七人参は肝細胞の保護作用と、障害を受けた肝細胞の再生を促進する効果があるので、肝機能障害に使用される(①)。動脈硬化を抑制し(②)、血液循環を良くするので、虚血性心疾患や高血圧に使用される(③)。止血作用があるので、喀血、吐血、血便など出血に使用される(④)。心臓機能を良くし、心筋のダメージに対して保護作用を示すので、心筋梗塞や狭心症の治療に使用される(⑤)。

さらに、抗がん剤による心臓障害に対して田七人参サポニンが保護作用を示す動物実験の研究結果が報告されています。

Protective effect of saponins from Panax notoginseng against doxorubicin-induced cardiotoxicity in mice.(マウスにおけるドキソルビシン誘発性心筋傷害に対する田七人参サポニンの保護作用) Planta Med. 2008 Feb;74(3):203-9.

多くの植物に含まれる化学成分にサポニン(saponin)と呼ばれる物質群があります。サポニンというのは、本来は、水に混ぜて振ると、石けんのように持続性の泡を生ずる化合物群に付けられた名称です。サポニンが泡立つのは、界面活性剤としての性質を持つからです。
サポニンは構造的にはトリテルペンやステロイドに糖が結合した配糖体の一種です。
サポニンは植物と棘皮動物(ナマコやヒトデ)にしか存在しません。棘皮動物以外の動物には存在しません(ナマコサポニンについては466話参照)。
糖の部分は水酸基が多く親水性であるのに対して、非糖部(トリテルペンやステロイド)は疎水性の性質を持ちます。つまり、同じ分子内に親水性と疎水性という両極端な性質をもった部分構造が共存していることになり、この構造的特徴が緩和な界面活性様作用をもたらします。
漢方薬に使われる生薬にはサポニンを含むものが多くあります。特に界面活性作用を利用した去痰薬(キキョウ、セネガなど)がよく知られていますが、そのほかにも様々な薬理作用を示すものが知られています。
例えば、柴胡(サイコ)に含まれるサイコサポニンには肝障害改善作用・抗炎症作用・抗アレルギー作用・脂質代謝改善作用・抗ストレス作用・抗消化性潰瘍作用・抗腫瘍作用・インターフェロン誘起作用など多彩な薬理作用が報告されています。
また、高麗人参に含まれるニンジンサポニンには、滋養強壮作用、免疫増強作用、精神・神経系や内分泌系に対する作用など多様な生理作用が報告されています。
甘草(カンゾウ)に含まれるグリチルリチンもサポニンの一種です。
サポニンは水溶性のため、漢方処方などの湯液の経口投与では腸管からの吸収率が低いのですが、サイコやニンジンなどでは動物実験で相当の血中濃度に達すると報告されています。
この論文では、心筋傷害を起こす抗がん剤のドキソルビシンによる心臓毒性に対する田七人参サポニンによる心臓保護作用と、ドキソルビシンの抗がん作用に対する影響をマウスを用いて検討しています。
ドキソルビシン投与の前に田七人参サポニンを前投与すると、心臓収縮機能や、血清中のLDHやCKの数値、心臓組織のダメージ、心筋組織の抗酸化酵素の活性など全ての指標において、心筋保護作用が認められました。
田七人参サポニンには、がん細胞に対するドキソルビシンの増殖阻害作用を弱めるような作用は認められませんでした。
これらの結果は、田七人参サポニンが、ドキソルビシンの抗腫瘍効果を弱めずに副作用(心臓障害)を緩和する効果があることを示しています。

さらに、放射線治療に対しても、抗腫瘍効果を低下させずに、副作用を軽減することが報告されています。

Sensitization of a tumor, but not normal tissue, to the cytotoxic effect of ionizing radiation using Panax notoginseng extract.(田七人参エキスはがん細胞の電離放射線に対する細胞毒性効果に対する感受性を高めるが、正常組織に対しては毒性を高めない)Am J Chin Med. 2001;29(3-4):517-24.

この論文では、マウスにおける実験的腫瘍(KHT肉腫)の放射線照射に対する、田七人参抽出エキスおよび精製サポニン(ジンセノサイドRb1)の感作効果を検討し、正常組織(骨髄)に対する影響と比較しています。 その結果、田七人参エキスおよび田七人参サポニンはがん細胞の放射線感受性を高め、正常細胞に対する毒性は高めないという結果を報告しています
田七人参は抗がん剤治療や放射線治療の副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高めると言えます。

【ドキソルビシンの心臓毒性を軽減するサプリメントと生薬】

ドキソルビシン(アドリアマイシン)の心臓毒性を緩和するサプリメントとしてコエンザイムQ10(CoQ10)が知られています。
CoQ10は抗酸化作用があり、昔は心不全の治療薬として用いられており、ドキソルビシンの心臓障害から保護する作用が報告されています。
ヨーロッパで使用されているハーブのミルクシスルもドキソルビシンの心臓毒性を緩和する効果が報告されています。

魚油に含まれるドコサヘキサンエン酸(DHA)エイコサペンタエン酸(EPA)が抗がん剤による心臓毒性を軽減する効果が報告されています。以下のような報告があります。

Protective Effects of ω-3 PUFA in Anthracycline-Induced Cardiotoxicity: A Critical Review.(アントラサイクリン誘発性心毒性におけるω-3系多価不飽和脂肪酸の保護効果:批評的総説)Int J Mol Sci.2017 Dec 12;18(12). pii: E2689. doi: 10.3390/ijms18122689.

ω-3系多価不飽和脂肪酸ががんや心血管疾患など多くの病気の予防や治療に有効であることは多くの基礎研究および臨床試験で示されています。さらに、抗がん剤治療による心機能障害やうっ血性心不全などの心血管系の副作用をω-3 多価不飽和脂肪酸が予防する作用が報告されています。つまり、抗がん剤治療中に食事やサプリメントでDHAやEPAのようなω-3系多価不飽和脂肪酸を摂取することは、心臓毒性やうっ血性心不全の発症予防に役立つ可能性が示唆されています。

生薬の中にも、抗酸化作用や細胞保護作用によって、抗がん剤による臓器ダメージから保護する効果をもったものが報告されています。
ドキソルビシンの心臓毒性に対する生薬の保護作用を、マウスやラットを使った動物実験で検討した研究がいくつか報告されています。

このような動物実験で、前述の田七人参(でんしちにんじん)の他に、当帰(とうき)、枸杞子(くこし)、甘草(かんぞう)が、動物実験などでドキソルビシンの心臓障害を緩和する効果があることが報告されています。



当帰(とうき)
:当帰はセリ科のトウキ又はその他近縁植物の根です。
血管拡張と血行促進により身体を温める効果があり、冷えを改善します。補血作用があり、体力の衰えや貧血や皮膚の乾燥を軽減する効果があります。婦人科領域の主薬であり、貧血、冷え症、生理痛、月経不順などの治療に用いられます。
さらに、心臓疾患や脳血管疾患の治療にも使用されています。マウスを使った実験でドキソルビシンの心臓障害を緩和する効果が報告されています。

Angelica sinensis: a novel adjunct to prevent doxorubicin-induced chronic cardiotoxicity.(当帰:ドキソルビシンによる慢性心臓毒性を予防する新しい補助療法)Basic Clin Pharmacol Toxicol. 101:421-426, 2007

マウスに当帰の熱水抽出エキス(15g/kg)を4週間毎日経口投与しています。その後にドキソルビシンは15mg/kgの静脈内投与を週に1回投与しています。
ドキソルビシンの累積投与量が60mg/kgになると、死亡、心電図におけるQT延長や心拍数減少、心筋細胞の抗酸化活性の低下、血清AST値の上昇が生じます。
ドキソルビシンを投与する前に当帰エキスを4週間前投与しておくと、死亡率を有意に減少させ、心臓機能を良くし、血清中のASTを低下させ、心筋細胞の抗酸化活性を正常化し、不整脈を減らし、心臓の伝道系異常を正常化することを示しています。
しかし、当帰エキスの投与はドキソルビシンの抗腫瘍活性を妨げませんでした。
以上の結果から、当帰エキスはドキソルビシンによる心筋細胞の酸化傷害に対して心筋細胞保護作用を示し、ドキソルビシンによる抗がん剤治療の副作用軽減のために新規の治療法になると言っています

枸杞子(くこし):ナス科のクコの果実で、疲労回復や老化防止の効果があり、民間薬として昔から不老長寿の薬として利用されています。
欧米でも、クコの実は、非常に強い抗酸化作用と抗老化作用をもつ食品として人気があります。


Protective effect of Lycium barbarum on doxorubicin-induced cardiotoxicity.(ドキソルビシンの心臓毒性に対するクコの保護効果)Phytother Res. 21:1020-1024, 2007



この論文では、ラットを用いてドキソルビシンを5mg/kg静脈内注射で週1回、3週間投与する実験で、38%のラットが死にましたが、クコシを25mg/kg毎日摂取させることによって致死率は13%に低下し、心臓機能のダメージも顕著に低下しました。ドキソルビシンの抗腫瘍効果を妨げる作用は認められませんでした。


甘草(かんぞう):甘草の心臓保護作用が報告されています。

Cardioprotective effects of Glycyrrhiza uralensis extract against doxorubicin-induced toxicity.(ドキソルビシン誘導性毒性に対する甘草エキスの心筋保護作用)Int J Toxicol.2011 Mar;30(2):181-9.

この報告では、マウスにドキソルビシン(20mg/kg)を1回腹腔内投与して心筋傷害を誘導しています。ドキソルビシンを投与すると心筋細胞の逸脱酵素の乳酸脱水素酵素(LDH)やクレアチン・キナーゼのアイソザイム(CK-MB)の血中の値が上昇します。
この実験で、甘草エキス(100mg/kg)を8日間、経口で投与するとLDHとCK-MBの上昇が顕著に抑制されました。
つまり、甘草の抽出エキスがドキソルビシンによる心筋傷害を阻止したという結果です。
甘草エキスの投与によってドキソルビシンの抗腫瘍活性は妨げられませんでした。
甘草(かんぞう)はウラル地方、シベリア、モンゴル、中国北部に分布するマメ科の多年草のウラルカンゾウ(Glycyrrhiza uralensis)や同属植物の根および根茎を用います。
甘草は漢方薬の中で最も多く配合され、他の薬物の効能を高めたり、毒性を緩和する作用があります。「百薬の毒を解す」と言われ、他の生薬の刺激性や毒性を緩和する目的でも配合されます。
甘草を多量に服用すると浮腫、高血圧、低カリウム血症などの偽アルドステロン症やミオパチーの副作用が出ます。そのため、1日量は1〜3グラム程度を使用します。
生の甘草は抗炎症作用や解毒作用が強く、炒めて炙甘草にすると補気作用が強くなります。したがって、煎じ薬の場合は、炎症や化膿症には生甘草を用い、体力低下や胃腸機能の低下には炙甘草を用いるという使い分けをしています。

以上の研究は動物実験ですので、人間の場合には、どの程度の効果があるかは、まだ不明です。
しかし、抗酸化作用や細胞保護作用があり、心臓疾患に経験的に使用されてきた生薬が、動物実験でドキソルビシンの心臓傷害を緩和し死亡率を低下させているので、人間でも効果が期待できます。

ドキソルビシンだけでなく、心筋障害を引き起こしやすいシクロフォスファミド、5-フルオロウラシル、パクリタキセル、ハーセプチンなどの抗がん剤治療に田七人参当帰枸杞子甘草を含む漢方薬を併用することは有用性があると思います。さらに、前述の白花蛇舌草、生脈飲に含まれる人参麦門冬五味子の配合も効果を高めます。

【2−デオキシ-D-グルコースの心筋保護作用】
がん細胞は正常細胞に比べてグルコース(ブドウ糖)の取込みが多く、ATP産生や細胞分裂するための物質合成に大量のグルコースを必要としています。したがって、グルコースの取込みや利用を妨げれば、ATP産生や物質合成が低下し、抗がん剤や放射線治療の効き目が高くなります。

2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はグルコース(ブドウ糖)の2位のOHをHに変換したグルコース類縁体です(下図)。

がん細胞はグルコーストランスポーターを多く発現しているので、2−デオキシ-D-グルコース(2-DG)も多く取り込みます。取込まれても解糖系で代謝されないので、2-DGを多く取り込んだがん細胞はグルコース代謝の阻害作用が著明に現れます。
培養細胞を使った実験や動物にがん細胞を移植した動物実験で、2-DGを投与すると抗がん剤や放射線治療の治療効果が高まることが多くの実験系で確認されています。

さらに動物実験で、2-DGが脳や心臓に対する抗がん剤や放射線のダメージを軽減する作用が認められています。その作用機序についてはまだ十分に解明されていませんが、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化やオートファジーの阻害など複数のメカニズムが示唆されています。以下のような論文があります。

Caloric restriction mimetic 2-deoxyglucose antagonizes doxorubicin-induced cardiomyocyte death by multiple mechanisms.(カロリー制限と同様の作用がある2-デオキシグルコースはドキソルビシンによる心筋細胞死を複数のメカニズムで阻止する)J Biol Chem. 2011 Jun 24;286(25):21993-2006.

【要旨】

食事からのカロリー摂取を減らすカロリー制限が心血管系の健康状態を良くすることが知られている。グルコース類縁物質の2-デオキシ-D-グルコースはカロリー制限と同様の作用を示すことが複数の動物実験で報告されている。しかしながら、2-DGが心機能に有益な作用を示すかどうかはまだ不明である。
この研究では、抗がん剤で副作用として心筋障害を引き起こすドキソルビシンの投与で引き起こされる心筋細胞死に対して2-DGが抑制作用を示すかどうかを検討した。

新生児ラットの心筋細胞を0.5mMの2-DGで処理すると、ドキソルビシンで誘導される心筋細胞のダメージや細胞死を顕著に抑制した。
2-DGは細胞内ATP量を17.9%低下させたが、ドキソルビシンによって引き起こされる著明なATP枯渇は阻止し、これが2-DGによる心筋細胞死の抑制に寄与していると考えられた。
さらに、2-DGはAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性を高めた。
AMPKシグナルの阻害剤(compound Cまたは干渉RNA)を投与すると、2-DGの心筋細胞保護作用は阻止された。
逆に、薬や遺伝子的方法でAMPK活性を増強すると、ドキソルビシンの心筋細胞障害は抑制された。2-DGとAMPK活性化剤を併用すると相加効果は認めなかった(注:両方とも同じ機序でドキソルビシンによる心筋障害を抑制するので、併用しても相加や相乗効果は得られないということ)

さらに2-DGはオートファジー(自食作用)を誘導するが、このオートファジーは細胞内タンパク質の分解であり、その活性化は細胞の状況によって良い場合(細胞障害から保護する)と悪い場合(細胞障害を悪化する)がある。
2-DGはオートファジーを活性化するが、ドキソルビシンによって引き起こされる細胞障害性のオートファジーは阻止した。
以上のことから、カロリー制限と同様な作用を示す2-DGはドキソルビシンで誘導される心筋細胞のダメージや細胞死を阻止することが明らかになり、その作用機序としては、ATP量の維持、AMPKの活性化、ドキソルビシンによって誘導されるオートファジーの阻害など複数のメカニズムが関与していることが示唆された。 

このように、2-DGはがん細胞の抗がん剤感受性や放射線感受性を高め、正常細胞に対しては抗がん剤や放射線のダメージから守る作用があります。2-DGを抗がん剤治療や放射線治療と併用する根拠と有用性は高いと言えます。

【CB1阻害はドキソルビシンによる心臓毒性を軽減する】
カンナビノイド受容体CB1はドキソルビシンの心臓毒性を亢進し、CB1の阻害はドキソルビシンの心臓毒性を軽減することが報告されています。以下のような報告があります。

Pharmacological Inhibition of CB1 Cannabinoid Receptor Protects Against Doxorubicin-Induced Cardiotoxicity.(カンナビノイド受容体CB1の薬理学的阻害はドキソルビシンによって誘導される心臓毒性を軽減する)J Am Coll Cardiol. 2007 August 7; 50(6): 528–536.

この論文では、ドキソルビシンによって引き起こされる心臓毒性のin vivo(動物を使った生体内での実験)およびin vitro(細胞培養の系での実験)を用いて、カンナビノイド受容体1(CB1)の阻害剤の効果を検討しています。

内因性カンナビノイドはCB1受容体を介して心臓機能を低下させる作用があり、このような作用はCB1アンタゴニスト(拮抗薬)によって阻止できます。

マウスを用い、体重1kg当たり20mgのドキソルビシンを腹腔内に1回投与してから5日後の検査で、左心室収縮期圧や左室駆出分画や心伯出量など様々な心機能の指標は顕著に低下しました。
CB1のアンタゴニスト(受容体に結合してその働きを阻害する薬:拮抗薬)を投与すると、ドキソルビシンによって引き起こされる心筋細胞のアポトーシスが阻止され、心機能低下が顕著に改善しました。

つまり、CB1受容体の働きを阻害することはドキソルビシンの心臓毒性を軽減できるという報告です

カンナビジオール
にはCB1受容体の阻害作用があります。その他の機序でもカンナビジオールには心筋保護作用が知られています。以下のような報告もあります。 

Cannabidiol Protects against Doxorubicin-Induced Cardiomyopathy by Modulating Mitochondrial Function and Biogenesis(カンナビジオールはミトコンドリアの機能と新生を制御することによってドキソルビシン誘発性心筋障害を防ぐ)Mol Med. 2015; 21(1): 38–45.

【要旨の抜粋】
ドキソルビシンは広く使用されている抗腫瘍活性の高い抗がん剤であるが、その用量依存的な心臓毒性によって臨床使用に限界がある。
ドキソルビシンの心臓毒性には活性酸素や一酸化窒素による酸化ストレスの亢進や、心筋細胞や血管内皮細胞のミトコンドリア機能の障害や細胞死が関与している。
カンナビジオールは大麻に含まれる精神活性を持たない成分であり、有害作用は少なく、抗酸化作用や抗炎症作用を有し、さらに最近は抗腫瘍活性も報告されている。
ドキソルビシン誘発性の心筋障害のマウスの実験モデルを用いて、カンナビジオールの効果を検討した。
ドキソルビシンはミトコンドリア新生を抑制し、ミトコンドリア機能を低下させた。
カンナビジオールの投与は、これらのドキソルビシン誘発性の心筋機能の障害を改善し、活性酸素や一酸化窒素による細胞ストレスと細胞死を軽減した
カンナビジオールは障害されたミトコンドリア機能をミトコンドリア新生を改善した。
これらの実験結果は、ドキソルビシンによる心筋障害に対する新たな治療法をしてカンナビジオールの有用性を示唆しており、ミトコンドリアの機能や新生に対するカンナビジオールの作用は、他の多くの組織障害の実験モデルでのカンナビジオールの作用機序を説明できるかもしれない。

CB1活性をアロステリック機序で抑制するカンナビジオールは、抗がん剤による心臓や肝臓のダメージによる副作用に対して抑制効果を発揮する可能性があります。
抗がん剤の副作用予防のサプリメントとしてカンナビジオール・オイルの有用性を示す報告は多くあります。

図:抗がん剤のドキソルビシンは心筋にダメージを与える。カンナビノイド受容体CB1はミトコンドリアの新生や機能を低下させることによってドキソルビシンによる心筋傷害を増悪させる。CB1は大麻成分のΔ9-テトラヒドロカンナビノールによって活性化される。カンナビジオールはCB1受容体をアロステリック機序で阻害する。したがって、カンナビジオールはCB1の活性を低下させ、ミトコンドリア新生を亢進し、ミトコンドリア機能を高めて、ドキソルビシン心筋傷害を軽減する。

以上から、心臓毒性のある抗がん剤治療中に、漢方薬、コエンザイムQ10、ミルクシスル、魚油に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)、カンナビジオール、2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)などを併用すると、抗がん剤による心臓毒性を軽減する効果が期待できます。抗がん剤治療による心機能低下やうっ血性心不全の発生を予防することは極めて重要です。
さらに、これらは、他の臓器機能の障害を軽減し、抗がん作用を増強する効果もあるので、がん治療の補完療法として併用する根拠があると言えます。

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