5. 当時の高等商船学校
1945年終戦前後、高等商船学校は、学費、衣食住も無料で国家から保障されていた。募集人員が航海・機関科だけで日本全国規模で募集された。当時の名簿を見ると、出身校に、中華民国公立北京日本中、朝鮮元山公立中、朝鮮青洲第二公立中もあった。
5-1 高等商船学校が発足
終戦直前、東京・神戸・清水の高等商船学校3校が統合され、高等商船学校が発足し、1学年の定員は航海科900名、機関科900名となり、消耗が激しい海軍初級士官の大量養成の一端を担った。
東京・神戸の校地はそれぞれ分校となり、本校は清水に集約した。
戦後、国立商船大学と改編されたが、後に旧来の2校復元し、東京・神戸両高等商船学校になり、それぞれの伝統を継承することになった。
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