ペンギン夫婦の山と旅

住み慣れた大和「氷」山の日常から、時には海外まで飛び出すペンギン夫婦の山と旅の日記です

ペルーの旅(6)

2012-03-16 07:00:00 | 旅日記
クスコ CUZCO



7時、リマのホテルを出てバスで空港へ向かいます。



空港でガイドのマルコ君とお別れしたあと、空港内のお店でコカとマカの入ったキャンディーを買いました。どちらも高山病に聞くといわれていますが、効果のほどは分かりません。まあ、お守りのつもりで…。



9時半、離陸。クスコまでは約1時間15分のフライトですが、軽食が出ました。サンドウィッチの入ったパッケージには野生動物で有名なビーチリゾート・パラカスが描かれています。そしてビスケットとチョコレート。飲み物はインカ・コーラにしました。



美しい山を背にしたクスコ空港に着きました。



これまでより、ずっと小型の迎えのバスで空港を後にして市の中心部に向かいます。ここでのガイドはエンリケ・カワムラさんという日系三世。お祖父さんが山口県出身の移民でした。
 世界遺産の古都・クスコはケチュア語(インカ帝国のインディオが話していた言語)で「ヘソ」を意味します。スペインの侵略によって滅亡するまで、太陽の子である王が支配する世界の、いや宇宙の中心と考えられた黄金の都・インカ帝国の中心でした。



アルマス広場。インカ帝国の時代から続く市街の中心です。ペルー国旗に並んで掲げられている七色の旗はクスコ市旗。インカ帝国の旗が起源で「虹」をモチーフにしています。



この日はたまたま「聖週間」という祭日で、観光客はもちろん地元市民も大勢広場に集まってコーラスを捧げたり、花火を打ち上げたりしていました。



広場は美しい緑の公園を中心に、カテドラル(大聖堂)などの教会、レストラン、土産物屋が取り囲んでいます。ちなみに「アルマス広場」と「カテドラル」はリマや他の都市(カハマルカ、イキトスなど)にもあります。16世紀後半、ペルーを侵攻したスペインは、それまでのインカの町の中心地に「アルマス広場」と「カテドラル」を造り、そこを拠点に植民地化を進めたのです。クスコでは、ここはアウカイパタというインカの人たちにとって神聖な広場でした。



さて、広場に面したレストランに入り、フォルクローレの演奏を楽しみながらの昼食です。



ソパ・デ・キヌア(キヌアのスープ)。キヌアはアンデス原産の穀物で栄養価が高いことで知られています。



それと、トマトのパスタ。飲み物は…今日から二日間は断酒です。この高度で飲んでも大丈夫とは思うのですが大事をとりました。



レストラン二階からの眺め。左手に見えるのがカテドラル(大聖堂)、右はラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会。



もとはインカ第11代皇帝の宮殿跡に建つラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会。美しいファサードには二つの鐘楼を持つ塔があり、その後ろにドームが見えています。



カテドラル。インカ時代のビラコチャ神殿の後に1550年から100年の歳月をかけて建設されました。



荘厳なルネサンス式のコロニアル(植民地的)建築物です。



ファサードの精緻な装飾です。内部の装飾は金色に輝き、中央の祭壇は銀300トンを使った豪華なものだそうです。また数々の宗教画など見どころも多いようですが、残念ながら外から眺めるだけでした。(続く)