ペンギン夫婦の山と旅

住み慣れた大和「氷」山の日常から、時には海外まで飛び出すペンギン夫婦の山と旅の日記です

金剛山に登りました(2012.08.28)

2012-08-28 18:06:48 | 山日記

来月の富士に備え、先週の葛城山に続いて今週は郵便道を金剛山へ登る。
6時30分、高天の駐車場に着いたが、すでに毎日登山の人の車で満車状態。やむなく道路脇に車を置く。

身支度とトイレを済ませ、高天彦神社にお参りして出発(06:45)
高天滝からすぐに急な登りが始まる。大きくジグザグをきりながら段々道を登っていくと、風がなく蒸し暑くて早くも汗が噴き出してくる。毎日登山を終えた人が次々と降りてくる。

歩き始めて45分。標高750m地点で早めに水分を補給した。この消防団の標識はパノラマ道(御所道)との合流点までの六ヶ所に設けられている。
腰を下ろすや大きなアブに襲撃され、追い立てられるように出発(07:30~07:40)
 がらがらの石ころ道をしばらく登るとやや傾斜が緩み木材運搬用の設備の前を通る。大きく左にカーブすると少し傾斜が緩み水平道になる。次に右にカーブするところで、旧道との分岐があり尾根道に入る。ここが「い-4」地点。旧道と合流してベンチのある「い-5」地点を過ぎると、やや道が荒れていて、ザレ場にザイルの張ってある所や溝状のゴロゴロ道を登る。右手の白雲岳が次第に低く見える頃、このルート最後の苦しい登りとなる、500段の階段が待っている。

相変わらず襲ってくるアブとブヨと戦いながら階段道に入り、100段目近くの水場・天剛水(あまのつよしみず)で喉を潤す(08:27~08:30)。

暑さを覚悟していたが、意外にもここから冷たい風が吹いてきて案外楽に登れた。この時間はあとから登ってきて追われることもなくマイペースで登れるのがありがたい。写真は200段目。
パノラマ道との分岐、08:48。ここから傾斜のない道で一の鳥居に来て山頂域に入る。仁王杉でブナ林の裏参道と分かれ、表参道の石段を登って山頂の葛城神社に参拝。

一言主神を祀る金剛山の最高所なのに、不思議にもいつも人影は少ない。涼しい風の吹き抜ける無人の境内で、しばらく休憩(9:00~09:07)

緩い石段を福石に降りて右へ、転法輪寺にもお参り。社務所と売店の辺りから急に人が増えた道を国見城址へ。居合わせた青年に記念写真のシャッターを押してもらった。今日は割合に見通しが効き、六甲の山並みがはっきり見えた。木陰のベンチに腰をおろしてティータイム(09:15~09:35)。
元の道を下る途中も、アブやブヨとの戦いだった。それでも朝に比べると数は減っている。750m地点で一度休み、高天滝前の河原で顔を洗って高天彦神社に帰り(11:25)、無事に今日の山行を終えたお礼をいって車に乗った。


続・バスツァーで信州へ(2012.08.25)

2012-08-27 08:55:23 | 旅日記

白馬八方の朝は快晴で明けました。5時30分、部屋から見る五竜岳がモルゲンロートに輝き始めました。遠見尾根の上に鹿島槍も顔を見せています。

5時50分、K社の大きなロゴ入りのバルーンが上がり始めました。二機(?)が上下していますが、係留されたままなので高度はそれほど上がりません。見ている間でも少なくても10度は登り降りしていました。

7時の朝食を済ませてホテルの前てバスを待ちます。唐松岳に雲がかかり始めました。
五竜岳、唐松岳…どちらも二人にとって想い出の多い、特に変愚院にとっては二度も生死の分かれ目になった山で感慨無量です。

8時過ぎ出発。途中、安曇野アートヒルズ(ガラス工芸品ギャラリー、ショップ)でトイレ休憩、島々を通り沢渡でシャトルバスに乗り換えます。

上高地へのマイカー乗り入れは自然保護のため全面禁止されていますが、この時期は日によって観光バスなども規制されています。
数年前きたときに比べると、ずいぶん乗り場が拡張されて綺麗になっています。木の香りがまだ漂っているのも道理で、今年7月に新装されたばかりだそうです。先にわれわれのような観光バスの客を乗せてから、昔の待合所に回って一般客を乗せます。そのため殆どの個人客は気の毒にも補助席になります。

幾つものトンネル、最後は釜トンネルを抜けて、11時、上高地の玄関口・大正池に着きました。

3時10分にバスターミナルに集合するまでフリータイムです。最初はターミナルから明神池まで往復するつもりでしたが、途中の見どころの多い、ここで下車しました。どちらも何度も歩いた道ですが、山へ行くときはここで下りることがあまりないからです。

焼岳の影を落とす湖面にカモが泳ぎ(このカモたちは人馴れしていて岸に上ると足元まで寄ってきます)、ボートが何艘も浮かんでいます。

しかし大正4年の焼岳大噴火で梓川が堰き止められて誕生したこの池も、上流から運ばれる土砂の累積で年々その面積を狭めています。水中から突き出して独特の景観を見せていた立ち枯れの木も、来る度に数を減らしているようです。

西穂高から焼岳に登ったのは1999年の夏でした。その時は雨の中を、頂上右に見えるコル・中尾峠から飛騨側(向こう側)へ下っています。足元は濁流となり、山肌を流れる落ちる谷水が滝のようになっていたことを思い出します。

今日は雲はあるものの雨の心配はまずなさそうです。しかし標高1500m近くといっても日向は暑く、少し早足になると汗が噴き出してきます。

田代湿原。小さく点々と見えるのは残ったサギスゲの綿毛状の果穂です。次第に雲が上がり穂高の稜線が見え始めました。

六百山から霞沢岳への稜線。二人でこの山に登ったのは2001年10月。徳本峠で一泊して翌日、ピストンして上高地へ下りました。あの時は岩場のアップダウンの連続で、特にK1への最後の登りは字通り胸をつくような、シャクナゲやハイマツの根を掴んでの喘ぎながらの登りでした。さらにK2を捲いて霞沢岳本峰に立った時の感激…今、見上げると鮮やかに蘇ってきます。それにしても頂上から見下ろす上高地のなんと遠かったこと…。

自然研究路が二つに分かれるところに、こんな看板がありました。

クマは前に白山で遭遇したので、もう懲りごり。梓川コースを行くことにしました。

二つのコースが合流したすぐ先が田代橋。ここでバスターミナルの方から来た添乗員さんに出会い、写真を撮ってもらいました。

 梓川に架かるもう一つの橋(この辺り中州で川が分岐している)・穂高橋を渡るとホテルが二軒並んでいます。清水屋で買ったお弁当とビール・ロング缶をぶら下げて、これもお馴染みの「ウェストン碑」へ。

ご存じのように、ウォルター・ウェストン師はイギリスの宣教師で日本各地の山を世界に紹介した登山家です。毎年、6月最初の日曜日にこの碑近くの広場で、彼を偲んで日本山岳会主催のウェストン祭が開かれます。かって変愚院も新入会員として、この実質的に山開きになる祭に参加しました。

その広場の木陰で山を眺めながら飲むビール。山で死なずに今まで生きていて良かったと思う、まさに至福のひと時です。
廻りには美しい草花が咲き、たくさんのトンボやチョウが飛び交っています。

真っ赤なトンボがズボンにとまりました。(後で土野さん、崎山さんからミヤマアカネと教えて頂きました。ありがとうございました)

清水屋で求めたお弁当「河童のひるめし」です。実はバスの中でオプションの弁当購入案内があり、殆どの人は買われたようですが 私たちは初めからどこかの店で食べるつもりでした。これが大正解でとても美味しい弁当でした。

のんびり時間を過ごして12時50分出発。急げば集合時間までに明神池を往復できますが、あくせくする旅でもなし、河童橋周辺で遊んで帰ることにしました。

山ガールが闊歩する河童橋近くで、こんなオールドファッション?めいた登山者を見かけました。小型のキスリングの上に寝袋を乗せているのが中途半端ですが、いまどき珍しいニッカーズボンに背中にはピッケル。のっしのっしという感じで歩いていきました。

河童橋は相変わらず人で埋まっていて、乳母車に乗って「ママ、ママ」と泣き叫んでいる幼児までいました。片足は靴が脱げているので履かせて、しばらくあやしていましたが母親は現れません。後から来る人から変な顔で見られるので、きっとママは近くにいるだろうとその場を離れました。

右岸を少し先まで歩くと人影もまばらになり、穂高のスカイラインがくっきりと現れました。

西穂から天狗岩、天狗のコル、ジャンダルム、奥穂…そして前穂への釣尾根。お馴染みの山々を見上げていると様々な思い出が浮かんできます。変愚院が始めて奥穂に立ったのが半世紀以上前、二人でジャンダルムに登ってからでももう10年以上経ちます。加齢とともに月日の経過が次第に早く感じるとは聞いていましたが、まさにその通りです。

懐かしさに惹かれて、少し先のサンケン(日本山岳会山岳研究所、霞沢の帰りに泊った)まで行って見ました。外に管理人さんらしい人が立っていましたが、もちろん見知らぬ人に代わっていました。引き返して五千尺ホテルの売店でお土産を買い、バスターミナルへの途中、「アルペンホテル」のロビーでコーヒーを飲んでで集合時間までを過ごしました。

上高地バスターミナル。帰りは15時20分発の平湯行シャトルバスに乗ります。大正池を過ぎるとき、思わず「焼岳さらば、また来る日まで…」と「穂高よさらば」の一節が浮かびました。来年は二人でもう一度あの穂高の稜線へ…せめて西穂高へ登ろうと夢を掻き立てました。

21時30分、予定通り西大寺帰着。お天気に恵まれたお蔭で懐かしい北アルプスの峰々に再会できて、本当に価値のある「いっ得!上高地二日間」でした。


バスツァーで信州へ(2012.08.24)

2012-08-26 17:00:18 | 旅日記

JTBの奈良発バスツァーに参加しました。これまで何度も行った場所ばかりですが、「一泊二食付1万円」でどんな旅ができるのか興味津々で出かけました。
7時40分、奈良西大寺駅前発のバスは満席の46名。京奈和道、京滋バイパス、名神と走り多賀SAでトイレ休憩。一宮から中央道で信州へ。駒ヶ根ICでいったん降りて駒ヶ根の「野沢菜センター」で昼食。自由食で蕎麦をすすりました。前に何度か通った駒ヶ岳ロープウィイへの登り口ですが、今日は雲が厚く中央アルプスは姿を隠していました。白樺湖を過ぎた諏訪ICで高速道路を降りて、大門街道(152号線)を北上。白樺湖を通り車山駐車場に着いたときは既に14時20分になっていました。

ここから4人乗りのスカイライナー(リフト)<Option割引で700円>に乗って中腹駅まで登りました。700mの距離を約6分で到着します。
ここから標高1,925mの車山山頂へはパノラマライナーに乗り継ぐのですが、残念ながら30分の自由時間ではとても無理な話です。

上空は黒い雲に覆われていますが、蓼科山がくっきりとスカイラインを見せています。

前に孫たちと遊びに来ているので、あきらめて周辺の花を見ながらしばらく歩き回りました。

名残のマツムシソウ。他にも咲き残った夏の花がありましたが

主役はこのノコンギク、アキノキリンソウ、ヒヨドリバナ、ワレモコウなど秋の花に移っています。爽やかな高原の風にススキの穂が波打っていました。
白樺湖を見下ろしながら下る途中でしばらくリフトが止まり、あわや遅刻寸前でバスに帰りました。次の霧ヶ峰の中心、強清水へはビーナスラインを約10分ほど。

レストハウスで「カリンジュース」などの試飲販売がありましたが、そこそこに外へでてからビーナスラインを渡ります。
乗馬体験のコース横から約500m、15分ほどで「忘れ路(じ)の丘」頂上です。ここへ登る間にもソバナやマツムシソウを始め、いろいろな花が咲いていました。

ススキの靡く草原の向こうに長く裾野をひく八ヶ岳(編笠山)、その右手に雲の上から富士が頭を出しています。

存分に展望を楽しんで丘を後にしました。後ろに見えるのは「霧鐘塔」といいます。

懐かしい八島湿原などを車窓に眺めながら和田峠から下り、岡谷ICから長野道で豊科へ。松本を通る時、市街地の中に松本城の黒い姿がちらりと見えました。孫が幼い頃、乳母車に乗せてサクラ咲くお堀端を子守したことを思い出します。豊科からは懐かしい常念山脈や有明山、仁科三湖と北上して、これまた懐かしい後立山の山々を眺めながら白馬八方スキー場へ。

3軒の宿に分かれましたが、私たちの宿は白馬村北城のセントラルイン白馬。設備もよく、何より部屋の窓から目の前に白馬ジャンプ競技場や八方尾根、遠見尾根、後立山の峰々を見晴らす格好のロケーションにあります。

長野五輪の時のジャンプ競技場だったこのジャンプ台はノーマルヒル、ラージヒルが並んでいます。見えているのはラージヒル。長さ385m、標高差138m、最大斜度37.5度あります。夜は美しくライトアップされて、ジャンプをする人の姿も見えました。(「ノルディックGPジャンプ白馬大会」の開催中だったので練習中の選手だったかも知れません)
遠雷が聞こえ、TVは長野地方全域の山沿いでの雨を伝えています。明日の晴天を祈りながら、早めに床に就きました。


今日は処暑 (2012.08.23)

2012-08-23 09:34:13 | 今日の大和民俗公園

暑さが少し和らぎ、秋の気配が漂い始めるころです。

その初候が(27日頃まで)「綿柎(わたのはなしべ)開く」候。

綿の実がはじけ白い綿の繊維が顔を見せる筈ですが…。今年はまだまだ、こんな状態です。

しかし日の出がずいぶん遅くなり、東の空は5時を過ぎてもこんな状態でした。茜色の空は肉眼ではもっと美しかったのですが…。
(どちらもケイタイの映像です)


葛城山で見た花(2012.08.12)

2012-08-22 08:25:23 | 花日記

大和葛城山天狗谷道で咲いている花の一部です。

ヤブミョウガ<藪茗荷> (登山口~沢沿い林道)
ツユクサ科の多年草。食用に栽培されるミョウガはショウガ科です。ちょっと湿ったところが好きなようです。

キンミズヒキ<金水引> (沢沿い林道上部の草地)
バラ科。三角形の実には短い棘があって動物などに付着する、いわゆる「くっつき虫」です。

ツリフネソウ<釣舟草> (沢沿い林道上部の草地)
帆掛舟を釣り下げたような形をしているのでこの名があります。距(花の後部の渦巻き様の部分)に溜まる蜜がハチやアブなどを呼び集めます。

キツリフネ(黄釣舟) (沢沿い林道上部の草地)
果実が熟すとホウセンカのように種をはじき飛ばすのは上のツリフネソウと同じですが、赤紫色のツリフネソウより数は少ないようです。

イワタバコ<岩煙草> (鎖場近くで)
イワタバコ科。名前は葉がタバコの葉に似ているので付けられました。花は紫色ですが白いものや、栽培品種ではピンク色のものもあるそうです。

ヌスビトハギ<盗人萩> (天狗谷上部)
マメ科。名前に似ず可憐な花ですが、この花の実も「引っ付き虫」です。

フシグロセンノウ<節黒仙翁> (天狗谷上部) 
ナデシコ科。「仙翁」は京都嵯峨野の仙翁寺で初めに見つかったといわれますが、この種は節が赤黒い色をしているのが特色です。

ヤマアジサイ<山紫陽花> (天狗谷上部)
最近は色んな色の栽培品種も良く見かけますが、山野では白かこの薄桃色が普通です。小花がたくさんついています。

カワラナデシコ<河原撫子>  (山頂南側)

コオニユリ<小鬼百合> (葛城高原ヒュッテ~ツツジ園)

夏の名残の花が多く、カラマツソウなどの秋の花はまだ蕾でした。


大和葛城山に登りました(2012.08.21)

2012-08-21 18:38:29 | 山日記

来月の富士登山に備えて「そろそろトレーニングを始めないと」…♀ペンに背中を押されて、眠い目をこすりながら5時半家を出ました。

水越トンネル大阪側の出口を見下ろす駐車場所には、すでに先着の車が一台停まっていました。6時30分、出発。

身体がまだ眠っているようで足が重いまま、天狗谷(青崩)道を登ります。鎖場を過ぎて谷を右岸に渡ったところ。間もなく水場です。

水場で顔を洗って、冷たい水で喉を潤してようやく調子が出てきました。汗びっしょりになりましたが、あとは快調に階段道を登って中間ベンチに着きました。(07:30~07:40)

この登山道は薄暗い木立の中を登るので陽が当たらないのは良いのですが、ずっとアブに付きまとわれるのが難点です。階段道を登り、右手に金剛山の見える切り開かれた峠状のところに出ました。真っ青な青空が拡がり、涼しい山風が吹き抜けて行きます。

初夏にはショウジョウバカマに埋め尽くされる谷沿いの道を登り切って、キャンプ場を通ってロープウェイからの道に合流。白樺食堂の前から山頂へ。
コオニユリにキアゲハが羽を休めています。

8時35分頂上に着きました。快晴の空から眩しい陽光が照り付けています。

今日はこの季節には珍しい360度の大展望に恵まれました。これは西南の関空方面を見たところ。

それにしても風がなく暑いので、すぐに日陰を求めて高原ロッジ前に下りました。顔よりも大きな涼しそうな色のアジサイの前をアキアカネが乱舞していました。

ツツジ園の方へ周ってみます。こちらも南側になるのでカンカン照りなので、ぐるりと高原ロッジを回り込むようにしてトイレ休憩を兼ねて一服。
9時10分、腰を上げて元の道を下りました。途中で中年の男性が、足取り軽く追い越して下りて行きました。

9時55分、中間ベンチ。やや雲が多くなりましたが、アブの攻撃は一段と強まり、オマケにハチまで飛び回り始めたので5分足らずで退散。

帰りも水場で顔を洗い、冷たい谷水を空になったペットボトルに入れて下りました。鎖場から下はしばらく撮影モード。ここで初めて男女のペアが登って来るのに出会いました。

10時45分、駐車場所に帰りました。私たちの駐車場所も下の道路も、すでにたくさんの車が停まっています。汗を拭っている間にも、若い男女が地図を見ながら青崩道へ入っていきました。しかし他の人はおそらく金剛山へ向かったのでしょう。久しぶりに静かな山の空気を吸って、満足して家路につきました。