ペンギン夫婦の山と旅

住み慣れた大和「氷」山の日常から、時には海外まで飛び出すペンギン夫婦の山と旅の日記です

梅雨入りで湿る?トラ打線(2013.05.29)

2013-05-30 10:58:00 | 我が家の歳時記

梅雨入りが宣言されて危ぶまれた空模様も、何とか持ちこたえそうな夜。♀ペンと二人で甲子園に向かいました。

奈良発の近鉄電車が三宮まで行くようになって、乗り換えなしで甲子園駅まで座っていけます。


前日、嫌な負け方をしているだけに今日こそは勝って欲しい。応援グッヅを一杯入れたバッグを持って、いざ球場へ。


阪神のピッチャー榎田は力投に継ぐ力投。楽天打線を8回まで1失点で抑えましたが…あれほど好調だった打線が湿りがち。
相手ピッチャーの戸村が8四死球と乱調で、1回から何度もチャンスがありながら決定打が出ず残塁の山…イライラが募り、ビールの味もほろ苦く…

6回に楽天に先制を許しましたが、逆転勝利を信じるファンは声を枯らして声援を続け、7回の風船飛ばしを迎えました。


ああ、しかし…8回裏のチャンスもむなしく終わり、溜息の連続。席を立つ人が目立ち始めました。
9回にも1点を追加され、結局この夜の虎は目覚めることなく終わりました。(泣)
 


薄暑の矢田丘陵(2013.05.25)

2013-05-28 09:53:27 | 矢田だより

真夏のような暑さが続いていた先週末の土曜日、ウォーキングを兼ねて松尾寺のバラを見に行きました。
いつものお地蔵さんの辻に車を置いて、まず矢田寺へ歩きます。

ヘビイチゴの実は真っ赤に熟れて、口に入れるとほんのり甘い味がしました。


矢田寺ではアジサイ園の開園準備が進んでいますが、まだ殆どが薄緑色の蕾です。僅かに見本園で開き始めた花を見つけました。


まだ名札が付けられていませんが、ちょっと変わった形の花です。


ツルアジサイの花はもう終わります。


その花にこんな蝶が羽を休めていました。Facebook で土野茂賢さんに教えて頂きました。
『ダイミョウセセリと言います。関西と関東では模様が違うんですよ。関東型が下の翅にほとんど白い模様がないのに対して、関西型は白い模様が鮮明です。名古屋や三重は中間型と思います。奈良は関西型ですが、地域によって模様が薄かったりするかもしれません。』ありがとうございました。


急坂を登りきって稜線に出て一休み。二日前は純白の雪景色の中にいたのに、この日は午前中から30℃近く。早やウチワの出番です。


松尾山山頂にはホソバガマズミの白い花が咲いていました。峰入り修行道を松尾寺に下ります。いつもは誰にも出会わないこの道で、この日は珍しく何人ものハイカーに出会いました。


松尾寺の境内も大勢の人で賑わっていました。無料公開中のバラ園が人気の秘密のようです。私たちも本堂にお参りしたあと見せて頂きました。


ちょうど見頃でいろんな色や種類の花が妍を競っています。


花の香りに酔うようなひと時を過ごし、元の道を帰りました。(ただし松尾山へは車道を登り、山頂はパス)
2時間ほどで13,500歩の快適なウォーキングでした。


雪の大谷ウォーク(2013.05.23)

2013-05-27 08:58:13 | 旅日記

富山のホテルで一泊した次の日は「雪の大谷ウォーク」です。朝、曇っていた空も次第に晴れ上がり、バスが芦峅寺を過ぎる頃には雲一つない快晴になりました。

立山有料道路を美女平、弥陀ヶ原と登っていくうちに、車窓から見える辺りの景色は新緑のブナ林から純白の世界に変わり、車内のあちこちで歓声が上がります。


薬師岳、大日岳、奥大日岳…思い出の山々を目で追いながら高度を上げていくうちに、道路横の雪の壁はどんどん高くなって行きます。


天狗平を過ぎると間もなく大谷です。バスはいったん通過して室堂へ。


立山連峰を背にした室堂バスターミナル。ここで下車して約2時間の自由行動になりました。


除雪に活躍した「熊太郎」が停まっています。


ここが「雪の大谷」のスタート地点。10年前に黒部ダム側からケーブルやバスを乗り継いできましたが、残念ながら凄い風雨で外に出られませんでした。今日は照り返しで暑いほどの良いお天気です。


アルプス広場に設けられた雪の迷路に入ってみました。


少し先で両側に雪の壁の続く大谷ロードに出ます。


この辺りは「雪壁に刻むメッセージエリア」思い思いのメッセージ(名前だけが多い)が書いてありました。


雪の壁の縞模様の説明です。「しまり(雪)」は寒い日に降った真っ白で細かい雪。「ざらめ」は暖かい日に降った大粒の丸い雪。「氷の層」は暖かくて溶けて水になり再び固まって氷になった雪、しもざらめは寒暖の差が激しい日にがさがさして角ばった雪が降ったことを示しています。黄砂は、あの国からの観光客への配慮からか「ユーラシア大陸から」という表現になっていました。


約500mの大谷ロードの終点近くの最高地点にきました。今日の壁の高さは16m。


室堂バスターミナルへ引き返し、北側の雪原へでました。後ろは大日岳(左)と奥大日岳。1972年夏にこの稜線を縦走したことがあります。称名谷を腰までつかって渡渉して稜線に登り、そのまま重いザックを担いでルンゼを直登。やっと稜線にでて七福園の幕営地に着くと「幕営禁止」で岩小屋には先客あり。止む無く引き返して大日小屋で素泊まりしました。翌日は中大日、奥大日を通過して室堂乗越から剣沢で幕営しました。


別山から延びる尾根の上に覗く剣岳をズームで撮ってみました。雪も寄せ付けない急峻な岩峰です。大日を縦走した時も含め5度、頂上に立ちましたが、♀ペンと登った98年秋が最後になりました。


雪面からの反射が強くてカメラのファインダーもよく見えません。肉眼では雄山(3,003m)頂上の社務所も、その右のコルに建つ一ノ越山荘もくっきり見えました。右の浄土山に登るパーティの人影がアリの行列のように続いていました。7月に久しぶりで一ノ越から雄山、大汝山、別山と回る予定ですが、あの浄土へのきつい登りは思い出すだに敬遠したいところです。


ぐるりを取り巻く山々の様々な思い出を胸に、帰りのバスの時間になりました。今度来る時も、こんないい天気と展望に恵まれますように…。


青嵐・黒部渓谷トロッコ列車(続)

2013-05-26 09:45:43 | 旅日記

豊かな原生林の中を走り抜けるトロッコ列車は、右に黒部の流れを見ながら笹平から出平へ進みます。左手の山側にはコンクリート製の大きな箱が連なったような光景が続きます。


これは冬季歩道といい、鉄道が運休になる冬の間も線路や施設の保全のための作業をされる人たちのための通路です。



出平駅を通過すると右手に「ねずみ返しの岩壁」が仰がれます。猫に追われた鼠も登れなくて引き返したほどの、切り立った高さ200mの岩肌がそそり立っています。


猫又駅を通過します。「猫又」は山の中に住む猫の妖怪(飼い猫が年老いて化けたのとは別)で、近くの猫又山では人を喰い殺した化け物がいたと言われています。駅の横にある黒部第二発電所の案内板が見えます。

黒部第二発電所。猫又駅から赤い橋を渡って引き込み線が発電所に通じています。


東鐘釣山が見えてきました。標高759m、釣鐘の形をした美しい岩山です。鐘釣橋で黒部川を左岸に渡ると間もなく下車駅の鐘釣です。


帰りの列車まで約1時間の自由散策時間になりました。駅を出て3分ほど上流に歩くと万年雪展望台があり、対岸の雪渓の万年雪が眺められます。しかし今の時期は落ち葉などでどす黒く汚れています。真っ白い雪は明日、立山で存分に見ることにしてさらに上流へ歩きます。


10分ほど歩くと急な階段の下に露天風呂が見えます。河原を掘ると湯が出てくるので足だけでも浸かりに行く人もいましたが、長い階段を上下するのと靴を脱ぐのが面倒なので見下ろしただけで引き返しました。


鐘釣温泉の守り本尊を祀る薬師堂に手を合わせて駅に帰り、最後のみどころ釣鐘三尊像を探しました。何んと駅のフォームの宇奈月側の端っこから石段を登った上にありました。宇奈月町出身の老女に「黒四ダムの建設工事による下流の災害を守るため」この地に三尊を祀るようにという神様のお告げがあり、安置されました。この神告は何んと建設の始まる20年前の昭和11年!この人は昭和初年から戦争、原爆による敗戦を予言して刑務所に収監されたり、生地の大火から大阪万博まで予言し、善光寺へは250回参詣して狂女扱いされていました。その娘さん二人が、お母さんへの孝養のためにと記した「三尊仏の由来」でした。


17時24分発の上り宇奈月行トロッコに乗りました。


元来た道を帰っていきます。


柳橋駅を通過するとき線路のすぐそばにお猿さんが列車を見ているのを発見。


あっという間でしっかり撮れませんでしたが数匹いて、赤ちゃんを抱いたお母さん猿もいたそうです。


お猿さんたちに見送られて夕暮れ迫る山彦橋を渡り、宇奈月に帰りました。今宵は富山のホテルに泊まり、明日は雪の立山室堂へ向かいます。


青嵐・黒部渓谷トロッコ列車(2013.05.22)

2013-05-25 15:38:26 | 旅日記
CT社の一泊バスツァーで黒部に来ました。ここのトロッコ列車に乗るのは♀ペンは初めて。変愚院は51年ぶりです。その時は剣岳に登ったあと仙人池でテントを張り、翌日、阿曽原に下りました。今なら欅平まで5時間の長い道を歩かなければなりませんが、1961年の当時は関西電力専用軌道に乗せて貰えました。「事故があった際に一切責任は負わない」旨の一札を取られた上で、エレベーターで地下に降りて荷物と一緒に有蓋貨車に押し込まれて真っ暗な「高熱隧道」を走り抜けた時の恐ろしさだけを鮮明に覚えていて、そのあと欅平から宇奈月までの記憶は殆ど残っていないので、いわば初めての乗車と同じことです。
閑話休題。朝8時40分に奈良・西大寺を出発して宇奈月に着いたのはすでに15時でした。

 
今回は宇奈月から終点・欅平への手前にある鐘釣までの往復乗車です。駅前でお決まりの集合記念写真を撮ったあと、いよいよトロッコに乗り込みます。



温泉街を抜けると「山彦橋」を渡ります。橋を通る列車の音が山彦となって聞こえるという橋。向こうに見えるのは歩行者用の新山彦橋です。




山彦橋を渡って黒部川の右岸沿いに上流へ向かうと、間もなく宇奈月ダムにさし掛かります。2001年完成の黒部渓谷で一番新しい冶水ダムです。




新柳河原発電所はこのダムを発電に利用するために建築されました。まるでヨーロッパかどこかのお城みたいです。



沢には豊富に雪が残りダム湖に流れ込んでいます。




渓谷にはたくさんの吊橋が架かっていますが、これはお猿さん専用の橋。ダムができたあともお猿さんが対岸と行き来できるように作られました。





緑の中に真っ赤な着物の人が座っているような仏石。天然の造形ですが、昔は近くに茶店があり旅人が道中の安全を祈願したとか。




黒部川と支流・仏石谷の合流点です。




目も眩むような絶壁を縫って、いくつものトンネルを抜けて行きます。耳がおかしくなりそうな轟音に、地元富山出身の室井滋さんによる沿線ガイドの声もよく聞こえない程です。




森石駅からは中部山岳国立公園区域に入ります。次の黒薙駅は黒部峡谷で最も古い露天風呂があるので有名なところ。その黒薙川の下流にかかる後曳橋を渡ります。




橋の高さは60m、長さは64m。昔の人がその峻険な谷に架かる橋に足が竦み、思わず後ずさりしたことから付いた名だそうです。



橋の上から上流を見ると切り立った絶壁にこんな橋が架かっています。古い建築の水路橋です。




笹平駅を過ぎると出し平ダムが見えてきます。大分上流まで来ましたが、
トロッコ列車の旅はまだ続きます。

初夏の比良・武奈ヶ岳(続)

2013-05-20 17:20:34 | 山日記

 御殿山で道は左に折れて、岩交じりの標高差100mの急な下りになる。短いがかなり傾斜があり、今から帰りの登り返しの苦労が思われる。

下りついたところがワサビ峠で、ここから(武奈ヶ岳)西南稜と呼ばれる展望の良い尾根道になる。まず灌木帯の中のザレ道を最初のピーク(1,115m)へ登り返す。


四方遮るもののない見晴し台で、振り返ると蓬莱山から打見山に続くグリーンのスキーゲレンデが拡がり、打見山のゴンドラ駅もくっきり見える。さらに左には堂満岳が琵琶湖の上にひょっこり顔を見せていた。


真っ青な空の下、爽やかな高原の風に火照った身体を冷やしながら第二ピークへ向かう。


足元は低い笹原とツツジなどの低灌木で、ところどころでピンクのイワカガミの群落に出会う。


小さなケルンのある第二ピークから第三ピーク(1,180m)へ登る途中では小さな岩場を通過する。切り立った岩陰に小さな遭難碑があった。ここから少し登ると肩ノ分岐で、東側のイブルキノコバやコヤマノ岳からの道が合流する。武奈ヶ岳は指呼の間で、山頂には大勢の登山者の姿が見える。


殆ど水平な稜線の道を100mほど歩くと、武奈ヶ岳(1214.4m)の頂上である。大きな山頂標識柱の横に三角点、その先に6体の石仏が並んでいる。


(この石仏は昔から此処にあったと思っていたが、♀ペンは無かったという。帰りに♀ペンが調べると、一番古いものでも平成の年号が彫られていてドヤ顔をされた。)10人ほどの登山者が思い思いに景色を眺めたり、弁当を拡げたりしている。標識の前で居合わせて若い登山者に記念写真のシャッターを押して貰った後、山頂北側の一角に腰を下して豪華な展望を楽しみながら昼食をとった。


食後、地図を出して改めてぐるりを見まわした。正面(北側)には北東稜の釣瓶岳から蛇谷ヶ峰(901.7m)に続く山並み、その上に滋賀・福井県境の三十三間山、赤坂山、三国山など野坂山地の山々、遠く白く雪を被っているのは加越国境の山々か。若い登山者に白山を訊ねられた。見えている筈だが、霞んでいてあの辺りとしか言えない。


北東には緑の中に点在するガレや岩が特徴的なリトル比良の岩阿舎利山、その右に琵琶湖にポツンと浮かぶ竹生島、その向こうには伊吹山が見える。
 

東には釈迦ヶ岳、ヤケオ山の奥に琵琶湖が拡がり、沖ノ島が横たわっていた。

 

南東には、すぐ近くにコヤマノ岳、その右には打見、蓬莱山など南比良の山々…懐かしい山々を眺めていると、様々な過去の山行が断片的によみがえってくる。「あと何年登れるかな」と自分の年齢を考えて、少し感傷的になった気分を振り払って下山にかかる。

御殿山への登り返しは思ったより楽だった。カンカン照りの稜線歩きから解放された涼しい木陰の登りに、かえってホッとしたほどだ。冬道との合流点で尾根通しに行こうかと思ったが、様子の分かっている登って来た夏道を忠実に辿る。登りにはさほど思わなかったが、支尾根から涸れ沢に降りるまでが少しきつかった。腰を下してしばらく休み、コーヒーを沸かす。南アルプス白根三山の縦走で水が無くなって、パーティに日射病の人がでて苦労した想い出話を♀ペンと交々語り、ここまで4Lの水を運んできてくれた丸さんに感謝する。

846P付近から丸さんの様子が少しおかしい。どうも膝を痛めたらしく、塗り薬などで応急の処置をしたが歩みが遅れがちになる。ゆっくり時間をかけて、時には立ち止まってあまり間を開けないようにしながら下る。最後の杉林の下りで、朝の出発時、隣り合わせた車のご夫妻に追いつく。


明王院に手を合わせ赤い三宝橋を渡り、今日の山行を終えた。少し厳しい登降はあったが、天候と展望と良い仲間に恵まれたお蔭で、それほど辛い思いもせずに歩けて「まだしばらくは山歩きができる」と自信がついた。


初夏の武奈ヶ岳(2013.05.17)

2013-05-19 11:40:04 | 山日記

丸さんが毎日お宅から眺めて待望していた比良山系最高峰へ登る。私たちにとっては若い頃に何度も登っている山だが、長い間遠のいていて実に1981年夏に子供たちと登って以来32年ぶりになる。しかも西側からは初めてで、どんな山行になるか楽しみだ。

南草津駅でピックアップして貰い、真っ青な空を背にした比良山系を見ながら琵琶湖大橋を渡り、途中から安曇川沿いに367号線を北上する。様々な緑色に染め上げられた山肌に薄紫色のフジの花模様が浮かぶ美しい光景を見ながら、花背トンネルを抜けて葛川に入り、坊村の地主神社前へ駐車。既に数台の車が置いてあり、隣の車から中年のカップルが出発するところだった。




駐車場所の横に登山口道標があり、奥の深谷コース、白滝山コース、白谷コースなどの分岐になっている。私たちは最短時間の御殿山コースをとるのでポストに登山届を入れて、左に見える赤い三宝橋を渡る。


平安中期創建の修験道の古刹・葛川明王院を見て護法堂横から登山道に入ると、いきなり急登が始まる。


薄暗い杉林の中を短いジグザグを繰り返しながら、ひたすら登る。日陰で涼しいので助かるが、かなりの勾配である。


10時、クヌギやブナの大木が混じる明るい疎林に入る。足元にはまだ葉だけのトリカブトが群生している。木の幹にヘリコプターの絵の付いたレスキューポイント「御殿山1」の標識があった。


しばらく緩んだ傾斜が再び急になって、登りきると尾根上の小さな台地に出た。ここが「レスキューポイント2」の846mピークらしい。しばらく休んで水分を補給する。


歩き出すとすぐに冬道との分岐があり、壊れかけた指導標に従って右の山腹に付けられた道に入る。


この辺りにはチゴユリがたくさん咲いている。


右側はざれた急斜面で谷に落ち込んでいる捲き道をしばらく行くと別の支尾根に突き当り、広い涸れ沢状のところを登る。


右の支尾根に取り付いて再び林の中の急登になり、ジグザグに登りきると「レスキューポイント4」標識がある小さな広場に出た。




西側が大きく開け、京都北山らしい山々の連なりが望めた。そちらの方から姿を現した男性3人組と話を交わす。冬道を来るとちょうど反対側からここで合流するようだ。


傾斜は少し緩んだが相変わらず登りが続く。最後の急坂を登りきると御殿山1097mである。




小さなピークながら行く手の北に武奈ヶ岳、


南に思いのほか近く蓬莱山など360度の展望が広がった。(続く)


立夏の名に…(2013.05.14)

2013-05-14 12:10:05 | 今日の大和民俗公園
奈良では最高気温29.4℃。立夏の名にふさわしい昨日の暑さでした。今朝も暑くなるという予報に、朝食を済ませた7時から大和民俗公園へ行きました。

 
ヤマツツジやモチツツジが満開です。


麦の花が咲いていました。
地味で目立たない花ですが、花がないと実は出来ません。人類にとって非常に大事な花。


ハルジョンの群落
Wikipediaによると『一部の地域では「貧乏草」と呼ばれ、「折ったり、摘んだりすると貧乏になってしまう」と言われている』そうです。日本に入ってきたのは大正時代で、今や「日本における侵略的外来種ワースト100」に指定されています。


ヘビイチゴの実が真っ赤に熟れました。
ネットで見ると、この実をジャムにして食べる人やら(毒はありませんが集めるのが大変でしょうね)、焼酎に漬けて虫刺されの薬にする人がいるのに驚きました。鉢植え(一鉢900円)にしてAMAZONで売っている人もいました。


アイリス。花菖蒲園の花はまだツボミも見えませんが、その近くで咲いていました。


ヒョウタン池のスイレンも開き始めました。ここの花は小振りなので古来からあるヒツジグサかと思っていましたが、赤い色の花もあるのでどうも外来種のスイレンのようです。


バイカウツギの花が満開です。梅の花に似ているので梅花空木。アジサイ科のこの花は良い香りがするので香水の原料になります。その匂いで酔った気分になる人もいるとか…安上がりでいいですなあ。


緑滴る矢田丘陵(2013.05.12)

2013-05-13 08:39:44 | 矢田だより

肌寒かった土曜日から一転。汗ばむような陽気になった日曜日。矢田丘陵を歩きました。

道端に折り取られた筍に、かじった跡が残っています。「猪かな?」と話しながら竹林の中の道を登っていくと、果たして檻が仕掛けてありました。2,3年前までは矢田丘陵にはイノシシはいなかったのに、被害が出てきて市も対策に乗り出した様子です。


東明寺から「子供の森」の方に登ります。真っ青な空に紫のキリ(桐)の花が鮮やかです。


今の時期、嫌なのは木の枝からぶら下がる毛虫です。真っ黒い奴、いかにも毒々しい黄色に黒の斑模様、緑色の尺取虫風、薄緑色の芋虫風、毛の生えた奴、丸裸の奴…いろんな種類の毛虫がいます。よく見るとバンジージャンプのように上下したり、物凄いスピードで懸垂下降したり…。帽子に付いたり、首筋に落ちたり、シャツに付いたり、ズボンに付いたり…何分かに一度は立ち止まって、お互いに毛虫の取りっこをしながら歩きました。


今日の矢田歩きのお目当ては、このギンラン。山中で何株か見つけましたが、去年に比べてもずいぶん数が減っています。気候や環境の変化にもよるでしょうが、明らかに心無い人に採られたと思われる場所もありました。前に「植物採集禁止」の立札のあったところなどは、殆ど全滅に近い有様です。こういうのをヤブヘビというのでしょうか?

そう言えばヘビもめっきり少なくなりました。餌のカエルがいなくなったからでしょう。キジの姿も全く見かけなくなりましたし、いつもの場所にいる筈のコジュッケイやホトトギスの声も今年は聞こえません。里山の様子がどんどん変わっていくので淋しい限りです。


まだ蕾のキンランも何株か見て矢田寺に下りました。境内のサツキは見頃を過ぎて、アジサイの時期に移っていきます。


一番早く咲くツルアジサイの花が開き始めていました。まもなく色々な色や種類のアジサイを愛でる人たちで境内が賑わう季節が到来します。