遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『赤い密約』 今野 敏  徳間文庫

2014-01-27 10:29:52 | レビュー
 本書は1994年4月に『拳と硝煙』と題して出版された作品を文庫本化(2007.12)にあたり、改題されたものだ。

 時代背景としては、ロシア連邦においてエリツィン派と議会派が対立している時期に設定されている。議会との対立は1993年9月の議会による大統領解任劇に発展した。そして、モスクワの北にあるオスタンキノでテレビ局占拠に端を発したモスクワ銃撃戦が1993年10月に発生した。大統領派は、反大統領派がたてこもる最高会議ビルを戦車で砲撃し、議会側は降伏した。いわゆる10月政変である。
 エリツインがロシア連邦の初代大統領として在任したのは1991-1999年である。
 この作品が出版された時期を考えると、当時のロシアの状況をタイムリーに作品に取りこんだということだろう。だが現時点で読んでも、それはこの作品の背景の雰囲気を取りこむという意味合いにとどまっている。本書のストーリー展開において、導入を劇的にし、主人公がなぜそのように行動するかの深奥の動機づけとしての役割を担うだけとみてよいだろう。つまり、あまり時代背景を気にする必要なしに、作品のストーリーを楽しめるということである。

 この作品の主人公は、沖縄少林流を祖とする常心流の指導者の一人、仙堂辰雄である。筆者はこの作品以前に、常心流の免許皆伝を受けた武術家として竜門光一を主人公にしたシリーズを書いている。文庫本の題でいえば、渋谷署強行犯係シリーズ3作である。
 その後で、筆者は新たにこの仙堂辰雄という武術家を生み出したといえる。

 さて、話はロシアの支部に空手の指導に行っていた仙堂が、モスクワでのテレビ出演の収録を終わった頃に、議会派によるテレビ局占拠に巻き込まれるところから始まる。まさに戦闘状況の描写である。議会派はマフィアと手を結んでいて、テレビ局占拠に出た。通訳と共に退避した部屋に、そのテレビ局の記者、アレクサンドロフが居たのだ。彼は、仙堂にジャンパーの内ポケットから取り出した8ミリ・ビデオのカセット・テープを託す。議会派と組んだマフィアが狙っているのはこのカセット・テープだろうと言う。(今読むと、カセットテープというのが時代を感じさせる・・・・ちょっとなつかしい。)そして、日本に帰国したら必ずこの映像を放映してくれと依頼する。彼は仙堂に言う。アレクサンドロフのスタッフがモスクワの高級レストラン「さくら」で隠し撮りに成功した映像であり、そのテープの価値は、マフィアとヤクザの取引の場に、現役政治家が同席しているのを収録したのだと。あなたはサムライだから託したいと言う。
 仙堂はこのビデオ・テープを預かることになる。彼はモスクワにある半官半民のような組織、カウンター・テロ・アカデミーで空手を指導するために滞在していたのだ。そのアカデミーでの弟子である戦闘のプロ、アントノフに無事助け出される。そして、無事日本に帰国することになる。

 日本に帰国した仙堂は、帰国後に通訳およびアントノフと連絡を取る。そのときアレクサンドロフが殺されていたという事実を知らされる。テレビ局占拠に巻き込まれて殺されたのではなく、マフィアにビデオ・テープの所在を追及された上で、口封じのために殺されたのだろうと聞く羽目になる。仙堂は帰国後に初めてその映像を再生してみるが、勿論その中身の価値はわからない。しかし、亡くなったアレクサンドロフの遺志を果たすために、日本のテレビ局にそのテープを持ち込む。
 テープの内容は、単にビジネスの商談場面に見えるだけの様なシーンなのだ。持ち込まれたテレビ局の応対者は、放映対象に取り上げることに難色を示す。2つの局が難色を示すだけだったが、3つ目の局の応対者である向井田は、仙堂の話を聞き、ビデオの周辺情報を収集すれば、場合により使える材料かも知れないと前向きになってくれる。

 仙堂はその向井田とさらに食事をしながら具体的な話をする段階に進むことができた。だが、その後仙堂と向井田の前に、ヤクザが現れる。仙堂はその場をうまく切り抜けるが、ビデオ・テープの内容に何か重要な秘密があることを感じ始める。向井田も勿論その価値が何かを知ることへと記者魂が動き出す。
 仙堂は、ヤクザにビデオ・テープを奪われずに、放映するという約束を実現するための行動に踏み出すのだ。向井田はテープのダビングやテープの預かりを提案するが、仙堂はビデオ・テープに関わることで犠牲者が出ることを避けるために、自分があくまで原ビデオ・テープを保持することで、切り抜けていきたいという。
 ここから、具体的にストーリーが急展開していくことになる。

 ビデオ・テープの内容がどんな価値を持つものであるかの追求と解明。そのためにはモスクワのアントノフの線で調べてもらうことが必要となる。ビデオ・テープを奪還しようと攻めてくるヤクザの正体の解明と対抗策に対し、仙堂は行動を起こさなければならない。
 向井田はこのビデオ・テープの未知ではあるが放映する価値に気づき始める。番組のキャスターの一人もその話に乗り気になってくる。ビデオ・テープの内容への関心を強化するためには、ヤクザの動きを映像化することが重要な要素となってくる。つまり、仙堂が囮の立場になることに繋がっていく。仙堂はアレクサンドロフとの約束を実現するためにも、ヤクザとの対決は不可避とみて、一歩踏み出していく。

 仙堂はもっぱら、次々と手を打ってくるヤクザとの戦いの修羅場に入って行く。そのプロセスで、アレクセイからビデオ・テープの持つ意味についての具体的な連絡が入ってくる。商談場面に見える内容がどんな密約だったのか、なぜ執拗にヤクザが仙堂を狙ってくるのか・・・・仙堂の孤独な戦いが進展していく。テレビ局のクルーは仙堂のヤクザとの戦いを映像に収め、番組放映への周辺固め、価値づけにまわる。
 ストーリーが思わぬ方向に急展開していく。仙堂はそれに対処しなければならない。

 テレビ局占拠の戦闘シーンによる導入の後は、日本国内での仙堂とヤクザの戦いの展開へとストーリーは切り替わり、話が進展していく。ビデオ・テープのもつ意味と価値はモスクワのアレクセイが解明してくれるという筋立てである。
 武闘活劇のエンターテインメント作品、そこを読ませどころでもある。一気に読んでしまいたくなる話の展開でおもしろい。時代背景はあまり意識しなくてもすむ作品だとも言える。

 仙堂は再び、モスクワに飛ぶ。そしてアレクサンドロフの墓の前に立って言うのだ。

 「約束は果たした」
 彼は、赤いバラの花束を、墓標の前にそっと置いた。
 
この二行が作品の末尾なのだ。「赤い」にはいくつもの意味が重ねられていると感じる。

 ご一読ありがとうございます。

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ちょっと気になる語句をネット検索して調べて見た。一覧にしておきたい。

ボリス・エリツイン :ウィキペディア
緊迫の10月政変   :「ロシアNOW」
 2013年10月4日 グリゴーリー・ネホローセフ, ロシアNOWへの特別寄稿

ロシアン・マフィア :ウィキペディア
 
オスタンキノ・タワー :ウィキペディア
オスタンキノ・タワー :「都市徘徊blog 徒然まちあるき日記」
 


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『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
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