遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『切り札 -トランプ・フォース-』 今野 敏  中公文庫

2014-05-19 09:24:45 | レビュー
 『戦場 -トランプ・フォース-』を先に読んでから、この第1作に遡ることになった。文庫版で2010年8月に出版される前は、『トランプ・フォース 切り札部隊』という題で1988年3月に扶桑社から刊行されていた作品である。
 原題と文庫版の改題に大きな変化はない。原題はトランプ・フォースというカタカナ語を素直に日本語にしただけの題である。というのは、この第1作は、なぜ、どのようにトランプ・フォースが形成されたか、そしてその最初のミッションとしてどんな課題を、どのように解決していったかを扱っているのである。
 カタカナ語は、この作品の途中でその意味が定義されている。先回りしてそのさわりを最初に語ろう。トランプ・フォースは Trump Force をカタカナ表記しただけ。そして、最初の単語は、実は、Task Force(機動部隊)、Rescue(救助)、Undertake(保証)、Military Party(軍団)の頭文字を取ったものだという。世界のテロ組織が個々バラバラに活動している時代から、テロ組織が互いの目論見から相互に協力・連携して、国際的に活動し出した。それに対して、各国政府の持つテロ対策組織には、国境という一つの行動の限界がつきまとう。そこで、各国からの援助の要請があれば、国際的な合意を前提としたうえで、特殊な契約を国々と結ぶ。そして、超国家的対テロ用特殊部隊を速やかに派遣する。という主旨の部隊が生み出されるのだ。Trumpという語は、いわゆる「トランプ」でもあり、それにはまさに「切り札」という意味がある。つまり、トランプ・フォースは「切り札部隊」そのものの意味であり、グローバルなテロ活動に対し、いずれか、あるいは複数の国家に契約で雇われて、テロ行為に対する最後の「切り札」になるというミッションを担うということである。つまり、世界最強の部隊編成ということになる。

 この第1作はその「切り札」の1単位となるチームが編成される経緯とそのチームともう一つのチームが協力する形で初めてのミッションを物語っていく。
 冒頭、佐竹竜-主人公の一人-が古びた古城の城壁をWz63サブマシンガンを右手に持って乗り越えていく場面から始まる。読み進むとこれが戦闘訓練だということがわかる。日本人の佐竹がなぜ、こんな訓練を受けているのか? それはトランプ・フォースのチームメンバーとなったからなのだ。では、なぜそういうことになったのか・・・・
 それが本作品の前半のストーリー。
 佐竹竜は幼い頃から父から家伝の拳法「源角」を叩き込まれてきた人物。津軽半島の最果て青森県三廚(みんまや)村で生まれ、育ち、拳法を修得し、東京で大学時代を過ごし商社マンとなった。東京勤務の佐竹がニューヨークの支店配属となり転勤する。彼はニューヨークで本物のカルチャーショックを受ける。アメリカ人の生活スタイルや行動に接し、自分は本当は何をやりたいのか? そんな疑問を抱き始める。ニューヨークで1ヵ月ほど過ぎたころ、ふとイーストサイドである看板を発見して、胸が高鳴るのを感じる。それは空手道場の看板だった。商談後にその空手道場の様子を衝動的に飛び込み見学する。その道場では、海兵隊出身で、去年の全米オープン・トーナメントで準優勝した人物が指導者となっている道場だった。見学のつもりが練習試合をすることとなる。ニックとブライアンという名の道場生と立ち合うのだ。そして2人に勝つ。「僕の生きる道はこれしかない」それが彼の商社マン人生を狂わせる契機になる。

 商社マン生活のかたわら、いっそうの体力トレーニングと技の研究に精をを出す。そして、ニューヨークの道場を見学して歩く。ニューヨークでいつか自分の道場を開きたいという夢を抱く。ハーレム地区に位置するグレッグの道場を見学し、練習試合をする。そして、そこでグレッグから3ヵ月後に、格闘技のオープン・トーナメントがニューヨークで開かれるということを知る。グレッグはそれに出場し優勝する野望を抱いているのだ。大会で優勝すれば、立派な道場を経営するための手助けを得ることができるからなのだ。
 佐竹はこのトーナメントに出場する決断をする。そしてグレッグとその仲間に手を貸し、一緒に大会に出ることを約束する。これがいわばファースト・ステージ。

 セカンド・ステージはオープン・トーナメントのプロセスである。
 大会の2ヵ月前に佐竹は会社に辞表を出し、退社準備やグレッグたちとの稽古で多忙な1ヵ月を過ごし、一旦故郷青森に帰る。大会前の最後の仕上げ、父から「源角」について最後の伝授を受けるためでもある。そして、大会が始まる。ここからは著者の超得意な分野。格闘技の展開である。そして、この大会で、佐竹はデービット・ワイズマン、マーガレット・リーと出会う。彼らもグレッグと同様に大会に出場してきて、勝ち残って行くのだ。どういう風に試合をして勝ち残っていくか・・・格闘技場面の描写がファースト・ステージ以上に読ませどころになる。
 そして、佐竹は大会役員をしているというホワイトと名乗る人物に声を掛けられる。フェアなオープン・トーナメントの大会なのだが、実はその裏に大きな意図があった。

 サード・ステージは、佐竹がリージェンシー・ホテルにいるというホワイトに会いに出かけるところから始まる。それはトランプ・フォースへのリクルートメントの始まりだった。ホテルのホワイトの部屋で、佐竹はワイズマン、リーと遭うことになる。彼らもホワイトに声をかけられていたのだ。リクルートメントの開始から訓練生活、そしてこの3人はそろって訓練に合格する。ホワイトが自らのチームのメンバーにふさわしいと選んだ精鋭だったのである。面談、リクルートの目的とミッション、そして合意の上での厳しい訓練。これらが描き込まれていく。トランプ・フォースを構成する一つのチームの誕生である。

 そして最後のステージが、初めてのミッションである。佐竹の属するホワイト・チームの初仕事であるだけでなく、トランプ・フォースが掲げる目的と行動力、成果を世界の主要各国の中枢人物たちに知らしめ、評価させるための初仕事でもあるのだ。
 そのミッションは、パリのオルリー空港に降り立つところから始まる。スコットランド・ヤードのスペシャル・ブランチが超A級犯罪者として特別にマークしているという爆弾のプロ、フランク・ミラーがパリに来ているという。重要人物の暗殺目的か、無差別テロか・・・・。フランスのSDECE(外国資料情報対策本部)、DST(国土監視局)、RG(総合情報部)、SN(国家警察)、これらの組織が総力を挙げて、捜査し対策を講じることに、「切り札」が雇われて行き、その実力を見せるということになる。
 いわば、起承転結ストーリーの「結」、大団円の始まりから結末までの描写である。そこには、思わぬどんでん返しを著者は潜めている。実におもしろい。

 本作品は、テロリズムの存在にいち早く着目し、テロが一国内という枠内だけに収まらず、世界に広がる脅威の存在ととらえている点に先見性がある。国内対策中心にならざるを得ない一国の諸組織体制には限界と盲点がある。そこに超国家組織を「切り札」として準備したらどうなるか、という発想である。外人部隊・傭兵部隊という視点を、すばらしい能力をそれぞれに秘めるメンバーが構成する少数精鋭特殊部隊へと飛躍させたところがおもしろい。ある意味の「正義の味方」を生み出したのだ。一国の法律を超えた次元において、できれば使わずに済ませたい、しかしいざというときの「切り札」はある!という形で。グローバル化するテロへの対策をストーリー化したとところに、時代性を的確に見据えたエンタテインメント作家の本領が発揮されている。

 最後に、佐竹のチームメンバーを本作品の「主な登場人物」から引用という形でご紹介しておこう。
 デービッド・ワイズマン: 世界各地で実践経験を持つ傭兵
 マーガレット・リー  : 元英国スパイ。カンフーの達人
 ホワイト・チームが対象としていく人物たちもご紹介しておいた方が、興味が増すかもしれない。
 フランク・ミラー   : アイルランド民族解放軍のメンバー。爆破テロの達人
 楊隆(ヤン・ルン)  : 拳法を駆使する殺し屋
 ワルター・カッツェ  : ドイツ赤軍の活動家。ナイフの使い手
 アブドル・シド    : スナイパー

 あとは、本書を手にとってお楽しみください。

 ご一読ありがとうございます。


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関連語句をネット検索してみた。一覧にまとめておきたい。

情報機関  :ウィキペディア
対外治安総局(DGSE) :ウィキペディア
Directorate-General for External Security 
   : From Wikipedia, the free encyclopedia
Central Directorate of Homeland Intelligence, DCRI)
   : From Wikipedia, the free encyclopedia
Central Directorate of General Intelligence (RG)
   : From Wikipedia, the free encyclopedia
National Police (France) : From Wikipedia, the free encyclopedia
 フランス語の略称ではPN、以前はSNと称された。
国土監視局(DST) :ウィキペディア
国内情報中央局(DCRI) :ウィキペディア
フランス 背景/テロ関連動向/今後 :「公安調査疔」
ドイツ 背景/テロ関連動向/今後 :「公安調査疔」
ドイツ赤軍  :ウィキペディア
アイルランド民族解放軍  :「公安調査庁」
 


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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『ナイトランナー ボディガード工藤兵悟1』 ハルキ文庫
『トランプ・フォース 戦場』 中公文庫
『心霊特捜』  双葉社
『エチュード』  中央公論新社
『ヘッドライン』 集英社
『獅子神の密命』 朝日文庫
『赤い密約』 徳間文庫
『内調特命班 徒手捜査』  徳間文庫
『龍の哭く街』  集英社文庫
『宰領 隠蔽捜査5』  新潮社
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』  徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』  集英社

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