遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『福島の原発事故をめぐって いくつか学び考えたこと』 山本義隆  みすず書房

2014-09-17 09:38:14 | レビュー
 101ページというコンパクトな本である。しかし、その内容は凝縮されているというのがまず第一印象だ。「あとがき」によると、雑誌『みすず』から原発についての原稿を依頼されたが少し長くなったのだとか。連載にしてもらえるかと危惧していたら、単行本で出版しましょうということになったというからおもしろい。この内容、当初から単行本で出すだけの意味がある。

 目次をそのまま転記しよう。なぜか? 「凝縮」という印象の意味が明瞭になるからである。

 1 日本における原発開発の深層底流
  1・1 原子力平和利用の虚妄
  1・2 学者サイドの反応
  1・3 その後のこと
 2 技術と労働の面から見て
  2・1 原子力発電の未熟について
  2・2 原子力発電の隘路
  2・3 原発稼働の実態
  2・4 原発の事故について
  2・5 基本的な問題
 3 科学技術幻想とその破綻
  3・1 16世紀文化革命
  3・2 科学技術の出現
  3・3 科学技術幻想の肥大化とその行く末
  3・4 国家主導科学の誕生
  3・5 原発ファシズム

 福島第一原発爆発事故の後、原発関連の様々な本を読み継いで、その事実を知ろうとしてきた。本書は原子力、原発の持つ問題点を論点を明確にし、その論拠を明晰に提示しながら自ら考えたことを整理して提示している。この目次の観点でわかるとおり、ほぼ原子力、原発の主要な問題点が網羅されている。きちっと整理して論述してくれているのだ。 「原子力の平和利用」というアイゼンハワーの国連総会提案の真意、その言葉の虚妄性を的確に指摘し、原発の未熟性と隘路を列挙して指摘する。稼働状況と潜在化する事故についても論及している。科学技術が、原子力に関してはまさに研究者・学者の視点でなく、国家主導となり、原子力安全神話が形成された経緯を的確に資料に基づき分析している。虚妄性と隘路について、まさに臭い物に蓋をするが如くに極力隠されて、安全神話形成による原発推進に邁進した実態の骨格が明らかに論述されている。
 時の政府が主導し、強力な中央官庁と巨大な地域独占企業である電力会社が二人三脚となって駆け抜いてきたのだ。原子力開発推進に都合のよい法律体系と交付金の力を駆使し、一方潤沢な宣伝費用で累々と原子力安全神話を形成してきたのだ。その結果が「想定外」という都合の良い言葉で処理されている原発の爆発事故と悲劇を結果したと言える。
 著者は「地元やマスコミや学界から批判者を排除し翼賛体制を作りあげていったやり方は、原発ファシズムともいうべき様相を呈している」(p87)と批判する。「かくして政・官・財一体となった”怪物的”権力がなんの掣肘もうけることなく推進させた原子力開発は、そのあげくに福島の惨状を生み出したのであった」(p88)。

 著者の主張は明瞭である。原子力の平和利用は虚妄性に満ちている。国家主導の科学技術推進は危険が一杯。原子力は「人間に許された限界」を越えていると判断しなければならない。
 著者は本書の末尾で、福島の原発事故を起こした日本のなすべきこととしてこう提言している。「こうなった以上は、世界がフクシマの教訓を共有するべく、事故の経過と責任を包み隠さず明らかにし、そのうえで、率先して脱原発社会、脱原爆社会を宣言し、そのモデルを世界に示すべきであろう」と。この提言には大賛成である。
 しかし、現実は政府と原子力ムラの懲りない人々が、そうではない方向に蠢いているように思える。もう騙されることがないようにしなければならない。再び「騙された私」にならないために。
 
 原発の問題点のエッセンスが詰まった本である。頭の整理にも役立つ。きちっとした論拠を提示しているので、細部に踏み込むための契機にもなる本だ。第3章では16世紀以降の科学史の切り口から眺め、現代の国家主導科学の潮流を論じている点は興味深いところである。
原発に関わる全体像を知るために一読の価値があると思う。

 最後に著者の指摘のいくつかを引用しておこう。このわずか101ページの本を手に取るトリガーになれば、幸いである。

*本質的な問題は、政権党(自民党)の有力政治家とエリート官僚のイニシアティブにより、札束の力で地元の反対を押しつぶし地域社会の共同性を破壊してまで、遮二無二原発建設を推進してきたこと自体にある。  p4
*平和利用ということと軍事利用ということは紙一枚の相違である。・・・平和的利用だといっても、一朝ことあるときにこれを軍事的目的に使用できないというものではない。
  ←著者の引用:出典は『最近の国際情勢』・岸信介による1967年5月26日の講演記録
   p12
*原子力発電の欠陥の中心に、核分裂生成物すなわち「死の灰」の発生という問題がある。(p28)・・・つまり、放射性物質を無害化することも、その寿命を短縮することも、事実上不可能である。(p32)・・・・無害化不可能な有毒物質を稼働にともなって生みだし続ける原子力発電は、未熟な技術と言わざるをえない。(p33)
*原子力発電は・・・・全過程において、放射線をあびる危険な労働を必要とする。(p42)・・・原子力発電は、たとえ事故を起こさなくとも、非人道的な存在なのである。(p44)
*高熱と高い放射能は原子炉内部の材質にさまざまな悪影響をもたらす。  p48
*原発周辺に住む何万・何十万という人たちにたいして、原発という未完成技術の発展のために捨石になれという権利は誰にもない。そもそも福島原発周辺の人たちは、その受益者ですらないのだ。   p58
*”怪物”化した組織のなかで、技術者や科学者は主体性を喪失していく。  p83

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本書の関連でネット検索した事項を一覧にしておきたい。
山本 義隆   :ウィキペディア
原子力の歴史を振り返って --幻の原子力平和利用--  原子力安全研究グループ
原子力の「平和利用」は可能か?   小出裕章氏
【原爆開発から原子力平和利用に至る歴史】 :「はんのき日記PART2」
  ~ヒロシマからフクシマへ~  “広島・長崎がなければ、福島もなかった”
【原発】原子力の「平和利用」を見直す―福島原発事故から日本の原子力政策を問う―
   2011.4.9  文責:隅田聡一郎氏    :「Say Anything!」
戦後日本と原子力-今、重い選択の時   寺島実郎の発言 :「三井物産戦略研究所」
原子力の平和利用を再検証し、ポスト原発を視野に議論を :「東洋経済 ONLINE」
  2011.6.14  


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今までに以下の原発事故関連書籍の読後印象を掲載しています。
読んでいただけると、うれしいです。

『対話型講義 原発と正義』 小林正弥  光文社新書
『原発メルトダウンへの道』 NHK ETV特集取材班  新潮社
『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1』 東浩紀編 genron
『原発ホワイトアウト』 若杉 洌  講談社  ←付記:小説・フィクション
『原発クライシス』 高嶋哲夫  集英社文庫 ←付記:小説・フィクション

原発事故及び被曝に関連した著作の読書印象記掲載一覧 (更新2版)




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