遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『宿闘 渋谷署強行犯係』   今野 敏   徳間文庫

2014-01-08 10:49:08 | レビュー
 この作品は1993年6月に『鬼神島 拳鬼伝 3』として出版され、文庫本化に伴い改題されたものである。渋谷署強行犯係の辰巳刑事が、この作品でも整体師・竜門光一の助力を得て事件解決に挑むというものである。事件の発端から解決のプロセスに武術、武闘が絡んでいくという形になる。

 中堅芸能プロダクション・TAK AGENCYが六本木のディスコを借り切って、30周年記念を祝うパーティの途中で事件で発生した事件が発端となる。この芸能プロダクションは代表取締役の高田和彦が仲間2人と興した会社である。専務取締役の浅井淳と取締役営業本部長の鹿島一郎が共同経営者であり、3人のイニシャルからTAK AGENCYと名付けたのだ。
 パーティ会場の入口に、長髪で黒々とした髯面の50歳以下には見えないまるで浮浪者のような男が、社長の高田に会いたいと行って現れる。その男は、高田、浅井、加藤の名前を知っていて、対馬から来たという。高田は知らないと言い、つまみ出せと社員に命じる。浅井は対馬ということが気になり、男と話をしてみたいと追いかける。男の姿を見つけられないが、後方から声をかけられ振り返った瞬間にひどい衝撃を受け期を失う。探しに来た社員に助けられ、意識を戻す。二次会の席で頭痛がすると言って浅井は帰宅する。そして、脳出血で亡くなってしまう。浅井は妻に襲われたことを話してはいなかった。事情を知らない医者は脳出血と判断したが、なぜ起こったかまでは関知しなかったのだ。高田は何も伝えず、一般の葬儀で処理されてしまう。
 そして、高田は加藤とともに、それぞれに念のためボディーガードを付けるという用心を始める。ボディーガードを連れて、客の接待のために鹿島が道玄坂近くの店にむかう途中で、パーティ会場に現れた同じ男が再び出てきて、鹿島にやはりしたたかな衝撃を与えたのだ。その後、頭痛を感じながらも接待をしていた鹿島の様子が急変する。救急車で病院に運ばれるが、やはり脳出血で死亡する羽目になる。
 事ここに及んで、高田は警察に通報する決心をする。病院は渋谷署管内だったため、刑事捜査課の出番となり、辰巳刑事が関わっていくことになる。

 鹿島の死因は急性硬膜外血腫と診断される。暴漢に襲われた際の頭の強打などの原因によるだろうと医者は言う。そして、統計的には、頭をぶつけたとか殴られたという日常的な打撲ではあまり急性硬膜外血腫は起きないこと。日常的な打撲ではむしろ慢性硬膜下血腫の方が多いと、辰巳刑事に説明するのである。
 辰巳刑事は竜門整体院の院長の竜門光一を訪ね、急性硬膜外血腫を起こさせることを目的とした武術の技があるかと、質問を投げかけ、事件の一端を竜門に語る。辰巳刑事は、竜門光一が常心流という古武術の免許皆伝を持っていることを知っているのだ。
 武術の技について、その可能性などを辰巳刑事に説明した竜門は、急性硬膜外血腫を引き起こす技が何か、その技を使った人物と技そのものを知りたいという欲求に駆られていく。そして、『トレイン』というジャズを流すバーのマスターに独自にタック・エージェンシーと高田のことを調べてもらうという行動を取る。さらに、高田の周辺をうろつけば、その技を使った人物に会えるかもしれないと考え、独自の行動を開始する。辰巳刑事は、竜門の武術に対する関心の強さを熟知し、うまく事件解決のために竜門を巻き込んでいくのである。竜門自身、己に全く関わりのない事件について、辰巳刑事にうまく利用されているということを気づきながら、己の武術の技への好奇心、関心により深みにはまっていくことになる。

 高田たち3人の活動履歴を調べていくと、対馬に絡んだ時期に何かがあったのではないかという不審な点が浮かび上がってくる。そして辰巳刑事たちの捜査の進展途中に、高田が対馬に旅行するという事態になっていく。辰巳刑事は竜門の好奇心をかき立てるかの如く、高田の対馬行きを竜門に電話で伝えるのだった。
 
 『羲闘』という作品に引き続き、この『宿闘』もやはり主人公は竜門光一であり、渋谷署強行犯係の辰巳刑事はいわば脇役的存在である。竜門を舞台に引き出す操り師的役回りでもある。捜査推理の展開と捜査プロセスでの補佐的役割に廻り、ここぞという活躍場面は竜門が関与するという分担になっている。捜査対象者にあたる人物がなんらかの武術の力を持った存在であることによる。逮捕につながる場面展開に武闘が必然的に出てくるというストーリー展開にならざるをえないからといえる。
 
 『宿闘』というネーミングがどこから出てきたのだろうか。本書に直接それを示唆する説明はなかったと思う。私は結果的にこのストーリーから、宿命の対決・闘争という意味合いを二文字に凝縮したのだろうと解釈してみた。それも2つの観点での宿闘である。
 一つは、高田の犯した罪を原因として、高田と長髪髯面の男との避けられない宿闘である。他の一つは竜門光一が武術家としての自己封じを解き放った時に、未対決の優れた武術家との対決は避けて通れない宿命であり、闘いの場を超克してこそ技が進化あるいは深化するというための宿闘である。勿論、本書のウェイトは後者の宿闘にあることは言うまでも無い。

 本作品において、竜門の武術に関する思考展開という形で、著者の武術に対する蘊蓄が語られていく。『古史古伝』から説き起こし、野見宿禰と当麻蹶速の決闘まで遡り、また対馬に伝わるという武術に言及しているところはけっこうマニアックでおもしろい。本書は武術史の広がりの一端を知るという副産物が得られて興味深い。
 
 ストーリーはこの作品も比較的シンプルである。要所要所に武闘場面が詳細に描き込まれ、最後の大団円に盛り上がっていくという展開はいつものことであるが、惹きつけられる。この作品、あまり特定の時代背景、時代感覚を感じさせない作品として書かれているように思う。逆にいえば、20年前の出版作品という感じをそんなに受けずに読める作品である。
 一気読みで楽しめるエンタテインメント作品といえよう。

 ご一読ありがとうございます。

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蘇塗 世界大百科事典 第2版の解説 :「コトバンク」
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対馬 :ウィキペディア
万松院 『対馬藩主宗家墓所』 ホームページ
龍の道 in 対馬 :「風水168」
第二の脳・太陽神経叢について :「センタリング呼吸法」
 


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