遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『奏者水滸伝 北の最終決戦』 今野 敏  講談社文庫

2012-03-10 10:20:47 | レビュー
 昨年の3月に、『奏者水滸伝 阿羅漢集結』を手にしてから、順次読み継いできた。
 この「北の最終決戦」で7冊の連作が終わる。
 『奏者水滸伝』は、1980年代に書かれた作品が、講談社文庫として再刊されものだ。私はこの文庫本で読み始めた。
 「阿羅漢集結」「小さな逃亡者」「古丹、山へ行く」「白の暗殺者」
 「四人、海を渡る」「追跡者の標的」、そしてこの「北の最終決戦」の7冊である。

 本書の解説を記す西上心太氏によると、このシリーズの第1作目が著者の初の長編だったという。第1作を読んだときの私のメモによると、1982年に発刊された時は題名が『ジャズ水滸伝』だったようだ。これからも推測できると思うが、ジャズという音楽と格闘技が軸になっている。カルテットを組む4人の奏者が主人公になる。だが、この4人を見出し集めた人物も副主人公といえる。4人の奏者は、それぞれが「超常能力」を持つという設定である。読み出したら、やめられない類の痛快アクションストーリーのシリーズだ。
 このシリーズも、固いことは抜きにして、気分転換にはもってこいの作品シリーズといえる。一冊一冊がそれぞれ完結した話だが、緩やかな流れの中で繋がっている。

 まずは、主人公たちのプロフィールを簡略にまとめてみよう。

古丹神人 ピアノ奏者 北海道出身
 原野を旅し、野宿生活を常態としてきた。自然と同化できる生まれながらのサバイバリスト。自然の山林の中では、野生の野獣を越える動き、体力、鋭敏な知覚を発揮する。感情らしいものといえば、怒りしか顔にあらわそうとはしない男。ジャズの演奏は、いつもこの古丹のソロから始まる。

比嘉隆晶 ドラマー 沖縄出身
 全身柔軟な筋肉の塊で、バネのような印象を与える人物。
 空手道場で生まれ、一流派の宗家を継ぐ立場だったが、その流儀の枠を超越し、格闘技を習得していく。そのため家を出る。空手、中国武術に通じ、武術の天才である。自ら羅漢拳をあみ出す。生来、人の『気』を見ることに長け、『気』を自在に操ることができる人物。女好きな陽気なドラマーである。

猿沢秀彦 アルトサックス奏者 東京出身
 華奢な体格、黒縁のボストン眼鏡と広い額。音大に入り、ライブハウスで演奏を始める。卒業までに天才サックス奏者と目された伝説のアルトプレーヤー。母校の大学で学究生活に入っている。真実を見抜く知恵『般若』を身につけている人物。コーヒーのキリマンジャロを飲むと、冴え渡り、霊的なスーパーコンピューターになる。彼の持つ般若が俄然躍動しだすのだ。そして、彼は不眠に陥る。

遠田宗春 ベーシスト 京都出身
 ほっそりとした長身、いつも無表情で冷ややかな印象を与える。遠田流茶道の御曹司で次期家元の身分。母は有名なバイオリニスト。東京の音大ではコントラバスを学ぶ。彼は、小さい限られた空間の中に禅の理想郷を現出させる。不思議な気で満たしてしまい、その場にいる人びとを瞑想の境地に共鳴させてしまう。また、彼が精神を集中するとその念力が物理的な破壊力を生み出す。ただそのためには、いわば、精神的な『結界』が必要となる。結界の中だけで彼の超常能力が発揮される。  
 
 全国を行脚してこの4人を見出し、東京で一つのグループにまとめたのが、木喰と名乗る旅の僧である。五尺の錫杖をを持ち、頭陀袋を下げ、墨染めの法衣を纏う木喰上人は、彼等4人が「羅漢」であるという。「羅漢」を見つけ出し、集めることが私の役割だと述べる人物である。この木喰自身が武術を体得した人物なのだ。しかし、それをおくびにも出さない。
 4人がそろうと、彼等は西荻窪にあるライブハウス『テイクジャム』だけで演奏活動を続ける。その演奏のすばらしさに、口コミで人気が広がり、演奏日はいつも超満員になる。木喰上人は、この4人の「羅漢」に静かにつき随う存在となる。
そして、彼等は、偶然そこに居合わせるだけなのに、いつの間にか事件に巻き込まれ、問題の核心に関わり、それを解決していく立場になってしまうというストーリーである。

 このシリーズの魅力は、シリーズの中で4人のうちの誰かがまず中心になる立場に置かれてしまう。そこに他のメンバーが関わっていき、それぞれの超常能力が相乗効果を発揮して問題解決に導くというプロセスのおもしろさだと思う。毎回、中心となる主人公が移っていくところに、新鮮さが加わる。
 それと、ジャズ演奏のプロセスが、言葉で綴られていき、音トメロディーが言葉のリズムで奏でられるところといえる。演奏の描写がまさにライブハウスで演奏を見て、感じているかのようになる。このあたりには、著者の経験が遺憾なく発揮されているようだ。
 ストーリーは比較的シンプルでその展開にスピード感があり、読みやすい。所々で、格闘技やその作品のテーマにかかわる情報がかなり詳しく記述されていく。こんな点も興味深いところとなる。ここは読み手その人の関心の置き所によることかもしれないが。
 
 シリーズの最後を飾る本作品は、2011年11月に文庫本として再刊された。
 本書のテーマとなっているのは、期せずして原子力関連問題である。もともとこの作品が出版されたのが1989年1月という。その3年前の1986年4月にはチェルノブイリの原発事故が発生している。さらに遡ると、1979年3月には、アメリカのスリーマイル島での原発事故が発生している。
 著者は鋭敏にも、原子力問題の核心事項の一つを作品のテーマにとりあげたのだ。それも原子力発電そのものではなく、そこから生み出される高放射性核廃棄物に照準をあてた。 
 彼等は『テイクジャム』以外では演奏活動をしないという姿勢を保ってきたのだが、第5作の「ハリウッドジャズフェスティバル」からの凱旋により、その状況が一変したことを自認せざるを得なくなる。そして、北海道を離れた古丹のライブ演奏を待ち望む北海道のジャズファンの招きに応じざるをえないと判断する。北海道内での演奏ツアーを行うことになる。
 そのツアーの途中で、古丹たちは知らされていなかったことに気づき始める。ツアーに随行する主催者側のメンバーである落石賢司と浅丘緑里の与える印象・雰囲気に違和感をいだくようになることがきっかけである。そしてこの演奏旅行の企画が、実はジャズ愛好家のネットワーク事務局ではなく、「原発に反対する道民の会」だったのだ。もともとのツアー企画発案者は「私たちは、『原発に反対する道民の会』の訴えが、きわめて正当で、真実であり、なおかつ緊急を要するものだということを知ったのです」(p93)という。
 古丹らメンバーは、知らぬ間に原発関連問題の渦中にいたのだ。この問題にどう関わっていくか、4人の議論と葛藤が始まる。そして、彼等は何が問題なのかという点がベールにつつまれた状況の中で、そこにある状況に関わっていくことを選択する。

 このストーリーは、木喰を含めた5人が問題に関わっていくことを選択するまでのプロセスと、問題事象のプロセスと、この2つの筋がパラレルに進み、そして彼等が関与すると選択した後に、重大な事件として急速に進展していくところが、読ませ所であるように感じる。
 東海村から北海道の幌別に高放射性核廃棄物を封入したキャニスターが大型トレーラーで移送される。その指揮者は前作までの各所に登場する赤城警部の上司・本郷警視である。そして赤城警部もその任務に就かざるをえなくなる。さらに、この移送には、重火器で武装した第六機動隊特殊部隊の8人が護衛として配置されるのだ。彼等はテロ対策要員としての訓練を受けている隊員である。このキャニスターが幌別に運び込まれるのを途中で阻止しようという計画が、「原発に反対する道民の会」に関わるメンバーの中で進行していたのだ。この大型トレーラーの奪取という事件に5人が関わっていくことになるというのが、本書である。それが「北」(北海道)での「最終決戦」ということなのだ。

 この作品は気分転換に読める恰好のストーリーものである。しかし、一方そこに組み込まれた題材は絵空事ではない。今まさに現実となっている重大な愁眉の課題である。つまり、高放射性核廃棄物の処理という課題なのだ。

 この課題を、著者は20年余前に、鋭敏にも音楽格闘技小説のテーマに取り込んでいたのだ。それを今、この作品を読んで初めて知った。ある意味、まさに驚きだった。
 現時点でフクシマも含めて原発が43基存在するこの日本。そして、そこから生み出される高放射性核廃棄物は、原発の稼働・停止・廃止に拘わらず、既に未来永劫といえるほどの期間にわたって対処していかねばならないものになってしまっているのだ。
 気分転換として愉しんで読めるストーリーの背後に、よく考えると不気味な課題がリアルに存在していることを認識せざるをえない。
 先を見据えた著者の着眼点に敬服した次第である。

 本書の登場人物の会話に記された内容に、今、改めて愕然とする。20余年前にこの作品に記されていた内容。事実あるいは事象として浮かび上がってきたものが、二十余年後の現在も何ら変わっていないということに・・・・・
(勿論、最初の原発が稼働して以降、反原発運動が様々な人びとと組織により現実に継続されてきている。様々な情報、資料が発表されてきているのは事実である。)
 幾つかここに引用してみる。

*残念ながら、原子力発電所を百パーセント安全に管理する技術を、人類はまだ持っていません。現在も、日本国内で運転されている原発では、ひんぱんに小さな事故が起こっています。蒸気配管から水を抜く配管をドレン配管といいますが、このドレン配管や、蒸気発生器の細管に穴があいたり、ひびが入ったりするのです。この小さな故障が大きな事故につながるのは、スリーマイル島の例を見てもおわかりでしょう。そして、この配管や、蒸気発器の細管のひびを防ぐ技術は、皆無だと言われているのです。  p101

*国や関係企業が嘘を言っているとは言いません。ただ、都合のいい説明だけをし、知られてはまずいことは隠している-そのことだけは確かです。なぜなら、国や事業団は、事故が起こった際に、責任をとろうとしていないからです。 p103

*一度、この狭い国土で原発の事故が起こったら、誰にも責任の取りようがないのです。イギリスでは、原発事故に対しては、消防組合がはっきりと出動を拒否する声明を発表しているのです。つまり、事故が起こったら、手のほどこしようがないのです。 p103

*例えば、1987年の電力需要のピークは8月21日でした。その日の総需要は、1億1522万キロワットでした。現在の日本の総発電設備量は、1億5414万キロワット。ピーク時でも、約4000万キロワットの余裕があるのです。原発の設備量は2568万キロワットに過ぎません。現在、原発をすべて止めてもピーク時に対処できるのです。 p105
  →統計を基にして、データを更新した形で、この見解を現在も、複数の専門家が主張している。著者はその点をキッチリ情報収集していたのだろう。

*古い原子炉は、新しい規格で評価すると、実は全部不合格となることを知ったのだ。それでも、原子力発電所は運転を続けている。  p115
  →原子力発電所はアメリカ機械学会が作ったASMEコードという規格で設計されていて、この規格が年々書き換えられ、厳しくなり、さらに制限条項が増えていくということを踏まえて記されている。


そして、次の会話が非常に印象深く残る。
「ここでは、きれいにとりつくろった表面をはがすと、とんでもないものが顔を出しそうな気がする。その腐ったにおいがぷんぷんしている」(p121)
 フィクションの会話のはずだが、どす黒いリアルな感覚が忍びより、空恐ろしい思いがする。事実は小説より奇なり、ということがまさに今、起こっているのではないか・・・・

 最後に、このシリーズの作品について、簡略な紹介をしておきたい。

「阿羅漢集結」
 木喰上人が全国を行脚し、羅漢の4人の奏者を見出し、東京に集結させる話。そして、4人が集結すると、そこに事件が引きよせられる。

「小さな逃亡者」
 比嘉がライブ演奏の終わった夜、アメリカ人少女を助ける。彼女は逃亡中だったのだ。それがFBIや警視庁と対決して行かざるを得なくさせる。彼女は一種の超能力保持者だったのだ。

「古丹、山へ行く」
 古丹は医療従事者を襲う妖獣と出会う。その秘密の背後には各国のエージェントの暗闘があった。その暗闘に巻き込まれてしまう。

「白の暗殺教団」
 遠田の父親はVIPを招いた茶会の席をもうける。そこに、巧妙に伝手を頼って中国人姉妹が紛れ込む。この姉妹、実はVIPの暗殺のために送りこまれた刺客だった。遠田はこの姉妹と対決する。そして、その背後にいる謎の教団との対決へと進展する。

「四人、海を渡る」
 木喰の集めたこの4人がハリウッドジャズフェスティバルに出演することになる。ところが、アメリカに渡った後、ハリウッドでのライブ直前に、猿渡が殺人容疑で逮捕されるという事態に遭遇する。そこには、凄腕のワンマンアーミーが絡んでいた。その狙いを看破し、危機を乗り切った4人は、ジャズフェスティバルのステージで観衆に熱狂の嵐を巻き起こしていく。

「追跡者の標的」
 アメリカのツアーから帰国した場面から話が始まる。比嘉が再び事件に巻き込まれていく。知らぬ間に、比嘉のドラムセットにあるものが密かに隠されていたのだ。そして、日本でその隠されたものの争奪戦が展開される。中国武術の達人である陳翔が比嘉に接近してくる。陳翔との間で比嘉は友情すら抱き始めるのだが、その陳翔と命を懸けた死闘をせざるを得なくなる。

 この『奏者水滸伝』を読み終えて、著者作品を出版時系列でみて気づいたことがある。超常能力保有者がチームを組んで事件解決にあたるという設定についてである。この構想が、先に読んでしまっていた”ST(警視庁科学特捜班)”シリーズとして、ふたたび花開き、多くの作品を生み出していたのだ。

ご一読ありがとうございます。

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この作品を読んで、関心事項について、ネット検索した結果をリストにしてみた。

ドラムセット :ウィキペディア
音楽用語辞典 Allegro
 検索語を入力して調べる方式の辞典
ジャズ基礎用語集 :NIHONBASHI JAZZ CLUB
JAZZ用語集 :All About
JAZZ用語事典 50音順検索  :You Play Jazz?

音楽用語辞典
音楽用語辞典 YAMAHA

アイヌ語電子辞書
<私家版>浦河アイヌ語辞典

カンナ・カムイ 雷神 :「道民の泣寝入 アイヌ神謡世界」赤崎いくや氏
カンナカムイ kanna kamuy :Masahiro Aibara氏

機動隊 :ウィキペデイア
警視庁第六機動隊 :「ATLAS WEB」
警視庁特殊急襲部隊(SAT) :「世界のテロ組織と対テロ組織」

キャニスター :weblio辞書
キャニスタ/キャニスター :原子力百科事典ATOMICA
 「原子力用語辞書」をクリックすると、項目があります。内容は次のとおり。
「高レベル放射性廃棄物のガラス固化体あるいは使用済燃料を封入するための鋼製、またはステンレススチール製の筒型容器のこと。低レベル放射性廃棄物用の容器と区別するためにキャニスタの語のまま慣用的に使用される。内径20~40cm、高さ40~300cm、肉厚1~3cm程度の鋼製、またはステンレススチール製のものが用いられる。両端は溶接される。 低・中レベル放射性廃棄体用の「パッケージ(日本語では同じく容器と訳す)」とは、慣用的に区別して使用する。」

幌別郡  :ウィキペデイア

日本原子力研究開発機構 幌延深地層研究センター HP
「原子力発電所から出る使用済燃料から、燃料としてまだ使えるウランとプルトニウムを回収した後に残る高レベル放射性廃棄物を、最終的に地下深い地層中に処分することは、国の基本方針となっています。
幌延深地層研究センターは、高レベル放射性廃棄物の地層処分技術に関する研究開発として地層科学研究や地層処分研究開発を行うことにより、地層処分の技術的な信頼性を、実際の深地層での試験研究等を通じて確認することを目的としています」
幌別深地層研究センター :「原発・核関連地図」

地層処分 高レベル放射性廃棄物地層処分場の概念図:ATOMICA

わが国における高レベル放射性廃棄物地層処分の技術的信頼性-地層処分研究開発第2次取りまとめ-
 独立行政法人 日本原子力研究開発機構(JAEA) 地層処分研究開発部門

この報告書(2000年報告書)に対して:
放射性廃棄物の地層処分について、重要な論点が批判されています。
原子力資料情報室(CNIC)  2000/2~2000/7 
1.報告書の基本的な問題点と信頼性のなさを示す矛盾 藤村陽氏
2.地層処分の「安全評価」の問題点  藤村陽氏
3.工学技術は地層処分の実施を保証するか  永井勉氏
4.放射能封じ込めの役に立たないガラス固化体  秋津進氏
5.変動帯の日本列島では地層処分は成り立たない 石橋克彦氏
6.処分場は成立しない  高木仁三郎氏

尚、JAEAには、上記の2000年報告書以外に、
成果を取りまとめた報告書」が継続的にいくつも発表されています。

六ヶ所再処理にストップを!ガラス固化技術に致命的欠陥 :YouTube
六ヶ所再処理のガラス固化  :YouTube

放射性廃棄物の地層処分 その1  :YouTube
放射性廃棄物の地層処分その2  :YouTube
 原子力村の立場をまさにPRしている動画のようです。

放射性廃棄物はどこへ?  :YouTube
続 放射性廃棄物はどこへ? :YouTube

放射性廃棄物最終処分場アッセ周辺で白血病 甲状腺ガンが顕著に増加 :YouTube

原発Nチャンネル 6 核廃棄物の問題 小出裕章2.mpg  :YouTube
行き場のない"核のゴミ"北海道幌延町の不安  :YouTube

放射性廃棄物:瑞浪超深地層研究所/ゴアレーベン :YouTube

日米の核廃棄物問題6 :YouTube

原発事故 :ウィキペディア


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