遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『防波堤 横浜みなとみらい署暴対係』 今野敏  徳間書店

2012-06-14 10:36:55 | レビュー
 本書副題の「横浜みなとみらい署暴対係」という名称で直ちにどんな小説ジャンルになるかが推測できる。著者は新たに暴力犯係の刑事とそのチームの活躍の場を創出している。新聞広告で本書のタイトルを目にしていたので読んでみた。2011年11月に出版されている。私はこの副題の作品を読むのは初めてだ。だがネット検索すると、既に『逆風の街』『禁断』という2作品が出版されていた。シリーズものとしての土台はできているようだ。
 本書は短編6つを集めたもの。奥書の初出を見ると、6編とも「問題小説」に発表されたと記されている。2001年に「噛ませ犬」(5月号)、「占有屋」(9月号)、2010年11月号に本書タイトルの「防波堤」、そして昨年(2011年)に3作品、「ヒットマン」(2月号)、「鉄砲玉」(8,9月号)、「監察」(11月号)という順番である。2001年から始まっているので、おやと思ってネット検索し、上記2作品が出ているのを遅ればせながら知った。いずれ読んでみよう。

 総論的にいえば、作品テーマにそったストレートな筋書きであり、さらりと楽しめる短編集になっている。登場する刑事のキャラクターとその組み合わせがけっこう面白く読める。神野というヤクザの組長には「任侠」という言葉が重なる雰囲気があって、いわゆる暴力団と一線を画した設定がおもしろい。著者はこちらをも肯定している訳ではないが、うまく作品の中で役割を与えている。

 さて、本書は「防波堤」「噛ませ犬」「占有屋」「ヒットマン」「監察」「鉄砲玉」という順番で編成されている。
 諸橋夏男警部がみなとみらい署の暴力犯係・係長であり本書の中心人物。そして、准主役に城島が配されている。彼は係長補佐だ。暴力犯係には他に4人の刑事が所属する。そしてある意味、ストーリー展開の要のところで時折顔を出す人物が、横浜・常盤町に居を構えるヤクザの老舗・神風会の組長・神野義治である。それとただ一人の組員(代貸)岩倉真吾が時として関わって来る。

 今野作品は数々読んできたが、本シリーズは初めて読むので、本書の主要関係者のキャラクターをまずは紹介しておこう。
* 諸橋夏男:警部で係長。所轄署ならば課長クラスで赴任するところだが、明らかな降格人事で異動させられた。暴力団からは「ハマの用心棒」と警戒されている。本人はこう呼ばれることを嫌う。また、実質相棒である城島にはいろいろ負い目を感じている。
   「反社会的な組織やそれに属している連中には何をしてもいいと、諸橋は思っている。きれい事では、一般市民の平穏な日常を守ることはできない」の持論を抱く。
* 城島勇一:警部補。みなとみらい署に係長で赴任するはずが、諸橋が異動してきたので係長補佐になった。諸橋とは初任科の同期生。ある所轄署のマル暴で一緒になったことがある。ラテン的な性格の人物。
* 浜崎吾郎:主任で、ベテラン部長刑事40歳。見かけはヤクザと変わらない風貌。諸橋係長を「ですがね、組長」などと言う。
* 日下部亮:浜崎と組む新米刑事で29歳。大学で応援団に居た。小柄で喧嘩っ早い。
* 倉持 忠:主任で36歳。部長刑事なりたて。優男の風貌だが、逮捕術は署内第一。
* 八雲立夫:倉持と組む。一見すべての物事に無関心に見えるおそろしく冷めた男。35歳、コンピュータ・マニア。
* 神野義治:かつては港湾労働者の手配などを手広くやっていた神風会の組長。つるりと頭のはげあがった一見好々爺の人物。ヤクザの世界での情報通である。古典的ヤク   ザというイメージを担う。「あたしら、地元の堅気衆から助けを求められたら断れねえんで・・・・」「あっしはね、しがない極道だ。今時、ヤクザ者なんてのは、人に迷惑をかけるだけのクズですよ。でも、そうでない時代もあった」
 こういう人物たちで、様々な暴力団絡みの事件が短編作品になっていく。

 諸橋がなぜ刑事になり、「ハマの用心棒」と呼ばれるような存在になったのか?
 この疑問点は、「噛ませ犬」で説明されている。
 諸橋がなぜ明らかな降格人事の対象になったのか?
 この疑問点は、「噛ませ犬」から登場する県警本部警務部の笹本監察官の言動で明らかになっていく。このあたりで、諸橋警部のキャラクターがクリアになる。

では、ここに収録された各短編を簡単にご紹介しておこう。
「防波堤」
 神風会の代貸・岩倉が商店街の秋祭り実行委員会に脅しをかけた容疑で加賀町署に身柄を拘束される。常盤町の神野と長い付き合いのある城島は、「岩倉が脅しをかけたり暴力を振るったりして、ダンマリってのは、やはり解せない」と感じて、他署の事案だが首を突っ込もおうとする。よそのニワの事案だと諸橋は拒否するが彼も気になるのだ。「岩倉真吾は無闇に暴力を振るったり、素人に脅しをかけたりするようなやつではない。昔気質の親分の下で、みっちり修行を積んだヤクザだ」。だから解せない・・・・結局二人が、この事案に関わっていくという話。
 岩倉のダンマリには、背景があったのだ。その理由が「防波堤」というタイトルに結びついていく。

「噛ませ犬」
 鶴見署の管轄で発砲事件が起こる。組がらみの発砲事件だと、横浜中の組の動きが慌ただしくなる。他署の問題と言っていられなくなる。管轄違いとはねつける諸橋も、結局は部下に情報収集の指示を出し、城島とともに出かけて行く。まずは神野組長から情報収集を試みる。
 神野はそれは「噛ませ犬」だろうと、諸橋に返答する。p59に噛ませ犬の意味合いが説明されている。諸橋と城島にはよいヒントになる。その翌日、浜崎・日下部のコンビが、下っ端ヤクザの高田源一を拳銃不法所持でしょっ引いてくる。それがきっかけで、諸橋のチームは、本格的に事件に関わっていく。
 諸橋は再度、神野に会いに行く。神野は言う。「火がないところに煙を立てるのも、腐れヤクザのやり方ですよ」と。
 鶴見署に発砲事件の実行犯が自首することで見かけの決着が着く。だが、その舞台裏での諸橋の行動が、読ませ所だと思う。最後に笹本監察官が出てくるのもおもしろい。

「占有屋」
 岩倉真吾が背広を着た堅気のサラリーマン風の5人と大立ち回りを演じている現場に諸橋と城島が駆けつける。岩倉がなぜ、桜木町駅そばのビルの廊下で背広姿の男たちと・・・・。勿論、双方を警察署に連行する。岩倉が喧嘩をしていた相手の一人は、野崎順一といい、23歳、山手エステートという不動産業の会社員のようだ。ビルの売却の話に関わった喧嘩騒ぎ。岩倉はダンマリ。野崎は自分たちは被害者だと言うが、胡散臭い。どうも裏事情がありそうだ。そこから話が展開していく。このビルの売却には神風会の神野と、「噛ませ犬」に顔をのぞかせた経済ヤクサの田家川組組長・田家川竜彦が関わっていたのだ。
 一方で、ビル売却に京浜銀行が関わっているという背景は、現実味を帯びていて興味深い。バブルの時期にこんな事象が結構あったのでは・・・と思わせる。

「ヒットマン」
 八雲が、ツイッターに事情通らしい人物が「関西から横浜に、贈り物があるらしい」と書き込まれていたということを知る。独自に行動し、それが横浜にヒットマンが送り込まれてくる情報だと推測する。ガセかもしれないが、調べてみる必要がある。そこから話が展開し出す。諸橋はまず、昭島という小物の組長から情報収集する行動をとる。そして、「支路田んとこの若いのがケツ持ちやってるガキが、関西系の組の縄張りで、ドラッグを売ってやがったんだ」という端緒情報を得る。
 諸橋・城島は、この件でも裏社会の情報に通じる神風会の神野から、ヒントを得ることになる。あくまで一般論としての見方だがと神野は言うが、それが重要な意味を現していくというストーリー。
 そして、ヒットマンが支路田を署で保護しようとする諸橋の目の前に現れる!
 話の展開が結構おもしろい。ツイッターを取り込む発想もしかり。

「監察」
 堂々と「暴力団、お断り」を明言するスナックのマスターに、諸橋は自分の携帯電話の番号を教えておく。その番号に、マスターが「すまん、店で面倒なことになっていてな・・・」と午後8時すぎに電話を掛けてくる。110番ではないこの電話の受信で、諸橋・城島は桜木町の「コスモス」に駆けつける。
 雑居ビルにある小さなスナックには、坊主刈りとパンチパーマの二人がいた。店内の客は追い出されたか、逃げたようだ。二人とのやりとり、ちょっとした乱闘の後で、手錠をかけ連行することになる。
 翌日、笹本監察官が諸橋の前に現れる。この事件で、弁護士が動いたという。検察官-県警本部の組対本部長-監察室経由で、笹本監察官が来たのだ。捜査の違法性の指摘、諸橋と県警を訴えることも示唆したという。諸橋ははめられたのか?
 「刑事は、被疑者を検察官に送致するまでが仕事だ。送致してから勾留請求後の調べを手伝うこともある。そういう意味では、刑事は検察官の側にいるのだが、検察官が刑事の味方とは限らない。特に、捜査に違法性があるような場合には、たやすく敵に回る」。
 「係長の問題は、俺たちの問題でもあります」と、部下が動き出す。
 この作品では、笹本監察官の別の側面が見えてきて、楽しい。

「鉄砲玉」
 本書最後の短編は、他の5作品が、38~40ページの小品であるのに対し、倍ちかい72ページの作品にまとめられている。
 飲食店街で暴れ、器物破損をして逃げた男が諸橋係長の名前を出したという連絡が午後十時頃、倉持から諸橋に入る。ビールを飲んでいた諸橋と城島は、現場の居酒屋に出向いていく。現場は台風が通り過ぎたかのように変わり果てていた。マルB風の一人の男の仕業だという。諸橋は、地域課の巡査部長から、心当たりはないか質問される。
 ヤクザは得にならないことをやらないはず。では、なぜ諸橋の名前を出したのか?
 翌日深夜、キャバクラで男性従業員に因縁をつけて器物損壊がふたたび発生。そこでも諸橋の名前がでたという。
 その翌日、暴力団事務所の家宅捜索をして、銃刀法違反で現行犯逮捕した組員の一人、窪崎から、うすら笑いを浮かべて「あんた、夜道とかに気をつけるんだな・・・」と言われる。その後の取り調べ中に、諸橋は、自分を狙っているやつがいるという噂が流れていることを窪崎から聞き出すのだ。
 諸橋は、城島に「裏稼業の噂について知りたいときには、便利な人がいる」と言われて、二人で神野に会いに行く。世間話として城島が語る内容を聞いた神野は、「誰かの指示で動いているのかもしれねえです」「人を思うように動かせるような大物を、ひどく怒らせたんじゃないでしょうかね・・・・」と言う。その神野が、すりこぎ棒のようなもので殴られ怪我をするという事件が発生する・・・・
 病院に見舞いに行った諸橋と城島に、神野は言う。「こいつは鉄砲玉ですよ。本人は問題じゃない。問題は、こいつを操っているやつです」と。器物損壊男の正体もまた意外性があった。
 これまたありそうな設定で、おもしろい展開になっている。

 著者の作品群を読み進めて行くと、東京湾臨海署安積班、ST警視庁科学捜査班というシリーズの警察物でも、奏者水滸伝のシリーズでも、一人一人が能力を発揮しながら、チーム全体で活躍していくというストーリー展開の作品が多いように思う。この辺りに、作者の創作力の強味があるように思う。
 もう一つ、著者の作品を読んでいると、新しいツールが出てくる時代に合わせて、それらをうまく作品に取り込んでいく点に感心する。
 本書でいえば、ツイッターや形態電話のカメラ機能などが、さりげなく導入され作品の流れを支えている。
 この短編集、さらりと気軽に読めるところがいい。


ご一読ありがとうございます。

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