遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『逆風の街 横浜みなとみらい署暴力犯係』 今野 敏  徳間書店

2013-04-08 12:03:01 | レビュー
 近刊書から順次遡り、この連作の出発点(2003年12月刊)に至った。
 本書は現在、2006年6月出版として同名タイトルで徳間文庫の一冊になっている。
 暴力団員の抗争事件でマルBが一人死んだと城島勇一(暴力犯係長補佐)が言うところから話が始まる。その暴力団員が実は県警本部の潜入捜査官で、城島が知っている人物だったのだ。だが、潜入捜査という方法は公式には認められていないのだ。城島はその死が見せしめだと言う。諸橋(係長)はその事件が「うちの管轄じゃない」と言う。だが、内心で潜入捜査官ということが心にひっかかる。この導入が、この作品を暗示している。

 話は、小さな印刷工場を経営する寺川が返済の資金繰りに困り、個人闇金融に手を出し、その返済を迫る暴力団風の連中のうちつづく嫌がらせ行為から始まる。通報を受けた派出所の警官が寺川の家の前に来ても、現場を目撃できなければ対処のしようがない。繰り返し、そういう状態が続けば担当者の上司レベルでまたかと対応がなおざりになる。警官は警察では手が出せる状況ではないので、弁護士と相談することを進める。寺川からすると、警察は見て見ぬ振りばかりと目にうつる。梶誠一という若い弁護士が成功報酬の形で案件を引き受ける。しかし、その直後に交通事故に遭う。寺川は追い詰められていく。
 警察署内で、地域課の前の廊下を通りかかった諸橋が、地域課の連中の会話を耳にする。恐喝されているという文脈の話がひっかかったのだ。地域課課長がその話を無関係だと切り捨てて、暴力犯係に伝達していなかったのだ。諸橋はこの案件を自ら採りあげて、現場張り込みを試みる。

 再び嫌がらせの取り立てに寺川の家に来たのは、暴力犯係の浜崎の知らない連中だった。だが、一人の口から「那賀坂組」という名前が飛び出す。そして、彼らは車で逃走する。怪我をさせられた寺川の所に、諸橋と城島が出向き、暴力団と戦う正念場だと説得する。
 「那賀坂組」という言葉を手がかりに、諸橋を筆頭とする暴力犯係の捜査が開始される。だが、管轄内にもかかわらず、情報がまったくないという局面にぶつかるのだ。
 そこで登場するのが、常磐町に居る神風会の神野義治である。博徒系の組だが通常の暴力団とは一線を画した組である。神野の力は地域に浸透している。横浜の裏面の情報通である。城島が言う。「警察よりも裏の稼業のことに詳しいやつに聞いてみればいい」
  よくある小さな闇金融の取り立て騒ぎと見なされた案件が、意外な方向に転がり出していくのだ。

 小さな案件が、泥沼のような側面に関わって行くきっかけになるという展開である。みなとみらい署の管轄範囲の問題におさまらないのだ。諸橋、城島が調べていくと、県警本部からみの側面が絡んでいるのでは・・・と推測せざるを得ない事象が見えてくる。どこかに、潜入捜査の局面が絡んできている匂いがするのだ。俄然、ストーリー展開がおもしろくなる。その中に、諸橋の行動の問題点を厳しく追及する県警本部警務部の監察官・笹本康平が関わって来る。「課長の指示に従わない」諸橋に理由を問いただす形で関わりを持ってくる。この二人の関係が、実におもしろい。そして、事件解決のプロセスで笹本が重要な役割を担う形にもなっていく。

 この作品、事件は解決するが必ずしもハッピーエンドで終わらない。
 諸橋は考えた。そしてこたえた。「ああ。そうだ。俺にはどうしようもなかった。」城島は週刊誌を閉じた。そして、にやりと笑うと言った。「それでいい」
 この終わり方、諸橋のやるせなさが、このフィクションにリアル感を加えている。

 警察が市民の訴えを事件として扱える境界線。怯える庶民の目からみた警察の一側面。切羽詰まった庶民の心理と闇金融の巧妙な手口及びその仕組み。暴力団という組織の構造。警察の捜査方法の法的限界。警察組織の官僚的側面。こういう観点が一見小さな案件から大きな事件に連鎖して行く中で、巧に織り込まれていく。
 

ご一読ありがとうございます。

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 本書を読み、少し関心をもつ側面をネット検索してみた。リストにまとめておきたい。
システム金融 :「兵庫県弁護士会」
闇金融  :ウィキペディア
出資法 → 出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律:ウィキペディア
貸金業規制法 → 貸金業法 :ウィキペディア
貸金業法

カード破産 → カードで破産?自己破産って何? :「ほ~ 納得!」
クレジットカードでカード破産しないための鉄則  :「Money Lifehack」

取り立て屋  :ウィキペディア
取り立て屋がついにきた!家や病院にまでやってきたときのお話:「キャッシングのまとめ」

暴対法 → 暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律 :ウィキペディア
 同法律(平成三年五月十五日法律第七十七号)
広域暴力団 → 暴力団 :ウィキペディア

殉職  :ウィキペディア

潜入捜査 → 身分秘匿捜査 :ウィキペディア

囮捜査 → おとり捜査 :ウィキペディア

ラガブリン → ラガブーリン :「Maltnavi.com ~モルトナビ~」

無痛症 :「Pain Relief」

  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『終極 潜入捜査』 実業之日本社

『最後の封印』 徳間文庫

『禁断 横浜みなとみらい署暴対係』 今野 敏  徳間書店

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新1版



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