遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『クローズアップ』 今野 敏  集英社

2014-01-06 10:03:24 | レビュー
 本書は「スクープ」シリーズの最新刊であるようだ。前2作を知らずに本書を読んだ。巻末の広告を見ると、「スクープ」「ヘッドライン」の紹介が載っている。同じ主人公の名が出てくるので、そう位置づけてよいのだろう。
 この作品は主人公がパラレルに存在するとみてもよい気がする。第一の主人公は、警視庁本部捜査1課・特命捜査対策室の黒田祐介と谷口勲である。第二の主人公は、今はTBNの夜のニュース番組『ニュースイレブン』のディレクター鳩村(鳩村班)専属の記者として働いている布施京一、社会部の遊軍記者である。おもしろいのは、黒田と布施が、刑事対マスコミの記者という対立枠を外して、互いに認め合っているという局面を持ち、通じ合うところがある関係として描かれている点だ。これがこの作品の進展で重要な要素になっていると思う。こういう局面を書き込んでいる著者の作品を知らない。そういう意味では、新機軸を含むものになっていると感じている。

 クローズアップ(close-up)という英単語には、辞書を引くと、映画技法で使われる「大写し」という意味の他に、「詳細な観察[検査、描写]」という語義もある。まさにこのタイトルはこの2つの意味合いを重ねているように思う。
 特命捜査対策室は重要未解決事件を担当するために新設された部署である。事件発生と同時に現場に駆けつける捜査員とは違う。未解決案件になるまでに膨大に積み上げられた資料を読み込み、資料漁りに時間を費やすというのが日常の勤務になるのだ。つまり、後者の意味でのクローズアップが日々の仕事の中心になる。そういう捜査経緯の分析作業プロセスが土台となって、刑事の経験、第六感の働きと論理思考、ひらめきで特定の事象あるいは事件が大写しされる。そのクローズアップを追跡すると重要未解決事件との繋がり、解明の糸口が発見されるというケースにもなる。これはそういうアプローチで事件が究明解決していくというストーリー展開である。

 午前五時頃に、赤坂の檜町公園で男性の遺体が発見されたというニュースに、登庁してきた黒田はなぜか着目していた。谷口もニュースは知っていたが、担当事案でないということで、それ以上の関心を抱いていなかった。だが、黒田は谷口にこの事案の内容を確かめて来いと指示する。「どんな事案が、俺たちの仕事に関連してくるかわからないんだ。誰かを捕まえて話を聞いておけ」と(p5)。それはなぜか? 「この殺しがさ・・・・。なぜか、テレビのニュースで見たときから、ずっと気になっているんだ」(p6)という理由なのだ。谷口は経験豊富な先輩に従うしかない。だが、この事案が彼らの抱える未解決事件に関係しているということが、徐々に判明していくことになる。
 一方、布施京一は、六本木のミッドタウン近くのバーで酒を飲んでいたことで、遺体発見の間なしに、現場の状況をケータイで映像を押さえる。鳩村がこれは『ニュースイレブン』のニュースショーに使えるという。他局よりも早い段階の映像が撮れていること自体がスクープにつながるのだ。

 午後11時になると黒田はテレビの『ニュースイレブン』に注目する。「この番組は油断できないんでな・・・」と。この番組を担当している布施という記者が気になるからだ。そこに、檜町公園の遺体発見直後の現場の模様の映像が放映される。スクープ映像である。黒田は布施とコンタクトをとるために、平河町にある『かめ吉』という居酒屋に向かう。警察官がよく行く店なのだ。やはり、その店には布施が来ていた。黒田と布施の阿吽の会話が始まる。刑事と記者の関係を前提にしての会話である。
 その場に、東都新聞の持田からスクープ映像を撮ったのはあなたかと、男が現れる。『週刊リアル』なんかでライターをしている藍本祐一と名乗る。藍本は店を変え、布施と話をしたいようなのだ。二人は『かめ吉』を出て行く。黒田は、谷口に藍本祐一を洗ってみろと指示する。この殺人事件の捜査活動に属さない黒田に、この事件への端緒ができることになる。

 檜町公園で殺害された被害者は、片山佳彦という週刊誌のライター。『週刊リアル』で極道記事を専門に書いていた人物。茂里下組に独自のルートを持っていたと目されているようなのだ。
 一方、黒田は未解決事件の一つ、継続捜査の事案になっている事件を思い浮かべている。それは3ヵ月ほど前に木田昇、25歳が殺害された事案だった。木田昇は関西の組織の三次団体の構成員だった。その団体は、関東の茂里下組と対立していた。木田はその組長、茂里下常蔵の殺害を試みたヒットマンだった。計画は失敗に終わり、殺人未遂の現行犯で逮捕されて、5年の刑期となる。刑期を終えて出所してすぐに、殺害されたのだった。茂里下組に狙われることを想定し、出所後の所在が厳しく秘匿されていたのに、殺害されたのだ。証拠がなく、実行犯も特定できなかったため、継続捜査事案の一つになっていたのだ。
 そして、これらの事案に接点が現れる方向へと、黒田・谷口の捜査プロセスが展開していくことになる。それは、布施との関わりが深まることにも繋がっていく。
 さらに、それは単に暴力団の抗争という枠を越えた広がりの中に位置づけられるものへと展開していくのである。

 本作品のおもしろい点がいくつかある。箇条書き的に感想をまとめておこう。
1. 黒田、谷口という刑事とテレビ報道記者の布施という、事件の事実公開という点で立場の異なる両者が、微妙な駆け引きをしつつ、阿吽の関わりを持ちながら、事件解決に進んで行くプロセスが描かれていること。
2. ニュース報道の方針に信念を貫こうとする鳩村と番組の視聴率にしか注目しない上司が、鳩村に報道内容についての指示を出すという局面が描かれている点。現実にありそうな軋轢がうまく取り入れられていて、興味深い。
他局が檀秀人という政治家のスキャンダルを報道している中で、鳩村は『ニュースイレブン』は週刊誌じゃない。「報道番組を作っているからには、私はニュートラルな姿勢で臨んでいます」(p23)とメインキャスターの鳥飼に述べる。
 一方、局長は他局が報道しているこのスキャンダルを報道しろと要求する。
 この辺りの軋轢・確執、報道番組成立の背景をかなり具体的に著者は書き込んでいく。報道に対する著者の視点が反映している気がする。
3. 布施という記者のキャラクターがおもしろい。報道について、独自の視点と見識をもちつつ、マイペースで行動する。スクープを頻度高くものにするが、スクープを狙って行動しているわけではないという。そこにはニュースを追う独自の視野と思考があるのだ。 布施は檀秀人のスキャンダル報道はネガティブキャンペーンの一環だと、独自の見方を提起する。そのうち舌禍事件を起こすとすら予測する。舌禍事件はマスコミの取り上げかた次第だからと。「前後の文脈なんて無視して、一言の揚げ足を取るわけです。国民は、ころりとだまされる」(p27)と。こんなことをさらりと言う記者なのだ。
4. 黒田と組む谷口刑事もおもしろい。捜査の最前線に立てると想像していたのに、継続捜査という大半が資料漁りの地味な仕事を拝命し、やってみて自分の性に合っていると思う。先輩の黒田を観察して、様々なことを学ぶ。その長時間に及ぶ捜査行動に、内心不満を感じつつ、付き従い、そうなることになっとくしていくというところがある。布施からも様々なことを学び始める。徐々に刑事としての能力を高めていくプロセスが、なかなかおもしろく描かれている。読んでいてユーモラスであり、楽しい部分でもある。
5. 一つの殺人事件が発端となり、様々な事案に関わりが広がっていく。そこには捜査を担当するそれぞれの捜査部署が重層的に絡んできて、捜査に組織間の力関係や思惑がダイナミックに働いていく。時にはそれぞれの部署の行動が、二律背反的なものにもなりかねない。そんな状況の中で、黒田が継続捜査の立場での捜査追跡を谷口とともに進めて行く。警察組織内の人間関係や力学が描き込まれている点も興味深い。

 著者は登場人物におもしろい発言をさせている。ストーリーの流れから拾い出しておこう。末尾の名前はこの作品に登場する発言者名である。
*発表を待っているだけじゃだめだろう。記者がその眼で見た事実が重要なんだ。
 記者が自覚を持っていれば、どんなことでもニュースになり得る。 鳩村  p11 
*扱っている事案のことを、いつも真剣に考えていれば、勘が働くこともある。 
  黒田  p41
*新聞記者とテレビの記者は、立場が違いますから・・・・。
 俺たち、映像がなければ何もできないんですよ。     布施 p55
*どんなにモザイクをかけて、音声を変えても、身近な人たちには人物が特定できてしまいますから・・・。身に危険を感じている人は、決してテレビには出てくれません。
  布施 p55-56
*立場は人を変える。いつまでも、理想ばかりを追ってはいられないということなんだろうか。  鳥飼 p63
*そう。編集のマジックですね。写真のトリミングと同じことです。どんなに発言に注意したところで、作為的に編集されるのですから。気をつけようがありません。 
  布施 p66
*やめといたほうがいいですよ。
 何に戦いを挑むつもりかわかっているんですか?  布施 p68
*遺体は公園に放置されていたんですよね?
 もしヤクザが犯人なら、それは見せしめです。そうでなければ、今頃は遺体はどこかの山中か海の底でしょう。
 政治家の秘書などをやっていると、いろいろなことを見聞きしますからね。
                  檀秀人の政策秘書 湯本 p177
*政治家というのは、いろいろなことを知っているよ。  湯本 p178
*みんなに、情報を洩らしているんじゃないかと思われるのが嫌なんだよ。 酒井刑事
 情報を洩らすとか、そういうことじゃないだろう。殺人の捜査をしているんだ。犯人を特定して身柄を押さえるために、俺はできることなら何でもする。それが刑事ってもんだろう?             黒田 p194
*それは報道マンのやることではありません。  鳩村   p207
 おまえは、報道マンである前に、テレビマンなんだよ。よく考えろ。 油井報道局長
*マスコミは大きな影響力を持っています。それをちゃんと自覚していないと、たいへんなことになるんですよ。抜いた抜かれただけを考えていると、つい自分たちの影響力のことを忘れてしまう。その無自覚は罪ですらあります。  布施 p254
*俺、記者と刑事だなんて、あまり考えたことないんですよ。ただの友達です。 布施
 その言い分が通用するのは、おまえだけだと思うよ。 鳩村  p293
*役割分担は心得ている。俺は、木田殺しの実行犯を特定したいだけだ。その身柄を挙げれば、俺の仕事は終わる。 黒田 

 なるほど、おまえらしいな。 捜査二課 中島刑事  p297



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公訴時効の改正について :「法務省だより」
 
ネガティブ・キャンペーン :ウィキペディア
 


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