遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『アクティブメジャーズ』 今野 敏  文藝春秋

2013-11-27 15:13:42 | レビュー
 「対象組織の中に協力者を獲得する目的は、情報収集と積極工作だ。そして、積極工作、つまりアクティブメジャーズこそが、スパイの腕の見せ所なのだ」(p218)と著者は記す。インエリジェンスの世界では、ある組織の中で、スパイになることには抵抗を抱かれるにしても、そうとは思わせることなく協力者としてうまく誘導して、自陣営に都合のよいように振る舞わせるような工作をすることができるという。こういう協力者づくりとその積極的な利用をアクティブメジャーズというそうだ。
 いままで本著者に限らず、公安警察、外事課ものというのは読んだことがない。そのため、本書タイトルを見てインテリジェンスがらみのテーマとは気づかずに読み始めた。勿論、公安ものということはすぐ気づくことになった。しかしアクテブメジャーズというこのキーワードの持つ意味は途中まで推測できなかった。分かっている前提で読むと、また違った読み方ができるのかもしれない。

 さらに、本書のテーマは振り返ってみると、本書カバー裏に簡潔に記されていたのである。「知的興奮がとまらない、国を守る公安警察官を描く警察小説」だと。

 さて、主人公は外事1課第5係の公安捜査員・倉島達夫である。ゼロ研修を終了し、警視庁に初登庁し職場復帰した日から、事件に巻き込まれていく。
 公務課長・安達達夫警視正から呼び出しを受け、オペレーションを手がけるようになる。そのタスクは、エース級でやり手という噂のある外事1課第3係の葉山昇の行動を洗えというもの。そして、この調査に補佐をつける。ついては1週間以内に、どちらか1人を選べという条件がつく。安達課長は倉島に、選ばれた人間の自覚を持って臨めと示唆する。そして調査結果の報告は直接自分のみに行えという指示をする。

 倉島は己がエース級の人材であるかどうか、この任務で試されるテストなのだろうと当初は解釈する。安達課長の指示は葉山昇の行動を洗えという以外何ら情報提供がないのだ。さらに、二人の候補者は、安達課長からの指示を受けた候補者自身からの連絡を受けて、面談するところから始まる。それ以外、何の情報も与えられない。
 こんな状況設定から始まるのだから、おもしろい。

 倉島はまず倉島が指定した場所で個別に面談し、それぞれの力量を確かめることから始めなければならない。この補佐者が倉島のために働いていくことを他の人間に知られてはならない。どこに葉山と繋がる人間が庁内にいるか分からないからである。
 面談を始めて2人の候補者の性格特徴などには対称的なところがあることに気づきはじめる。候補者の一人、伊藤との面談の途中で、伊藤が「そうか・・・・・。津久見茂の件じゃないんだ・・・・」とぽつりと言った一言が倉島に考えるヒントを与えることになる。一方で、彼らに課題を与え、候補者の絞り込みを考慮し始める。

 津久見茂の件というのは、倉敷が研修後の初登庁の早朝、テレビのニュースが死亡を告げた人物だった。年齢59歳、全国紙の東邦新報社編集局次長、自宅マンションのベランダから転落したのだ。その詳細は不明。伊藤の一言は、倉島に上司の上田係長に津久見茂の件に公安の誰かがタッチしているかという質問をさせるという積極的な行動を取らせることになる。第5係の同僚、白と西本が探りを入れているという。倉島はこの2人とコンタクトを始める。
 一方で、倉島は自分が独自に築いている人脈との連絡を取る。相手はアレクサンドル・アエルゲイビッチ・コソラポフ。ロシア大使館三等書記官であり、同時にFSBの職員でもある。葉山を知っているものを捜してくれと依頼する。葉山はロシア語がぺらぺらで、ロシア人には協力者が多くいるという噂のあるエース級公安職員なのだ。
 津久見はその見返りに、ドミトリ・アレクセービッチ・ノボコフという「ロシア経済新聞」の日本特派員が亡くなった津久見とどういう風に個人的に親しかったのか調べてくれと依頼される。
 倉島は、白崎・西本にノボコフのことを情報として伝えることで、逆に津久見の事件の情報入手を深めようとする。

 結果的に津久見の転落死事件は葉山の行動を洗えという倉島への課題と密接に結びついてくるのだ。
 もう一人の候補者片桐に試しとして、葉山の人事情報を密かに入手できるかという課題を与えている。葉山の人事情報を入手できるが、そのアクションは葉山の知るところとなり、片桐の電話を経由して、葉山が倉島に逆にコンタクトを取ってくるという事態になる。

 津久見の転落死は自殺説も出ていたが、他殺事件として捜査が進められる方向に進展する。徐々に葉山の行動との接点が見え始めていく。それは安達課長が倉島に葉山の行動を洗えと指示を与えた時点では、安達課長の念頭にはなかった想定のようでもあった。

 倉島は、結局片桐・伊藤の2人を補佐者として活用することを安達課長に認めさせ、本格的に葉山の件に乗り出して行く。それは必然的に、津久見茂殺人事件解決にも関わる行動に展開していく。

 この作品から、おもしろいと思う点や疑問が生じた点をいくつか箇条書きで列挙しておきたい。これらの切り口をうまく織り込みながら、ストーリー展開しているからこそおもしろいのだろう。
1.インテリジェンスというのがどういう世界なのかのイメージを描きやすい。
 ヒューミント、つまり、ヒューマン・インテリジェンス(人的諜報活動)が公安の基本であり、基本は人間関係の構築だということ。
2.インテリジェンスが結局、人間関係の中での情報の give & take だとすると、それは常に、一線を越えるか越えないかの、きわどさの中での情報交換、情報収集だということ。だからこそ、フィクションとしてドラマ化しやすいのだろうか。
3.刑事警察と公安警察の観点の違いが所詮交わらない行動を生むという必然性
 だからこそ、その接点でおこる事件は複雑な動きになってきて、小説としてはおもしろいことになる。事実の世界はもっと奇なるものがあるのだろうか。所詮、闇の中でしかない事象として処理されるのだろう。
4.公安捜査員のエース級育成のための「ゼロの研修」が冒頭から出てくる。実際にこの名に相当する、諜報活動の研修が存在するのか?
 かつては、「中野学校」というのが存在したという。その現代版のようなものが実在するのか? 
5.公安捜査員エース級には、活動費として自由に使える資金の付与という描写が出てくる。警察機構が国民の税金で賄われ運営されている。会計検査院など、国の金の使途をチェックする機構などもある。そんな活動費はどういう形で計上処理されるのか。(勿論、そんな手続き的な観点での記述は作品に出てこない。)
6.戦前の体制下に置かれた公安組織と現在の警察機構の中における公安警察は全く別のものになったのか、やはり体質は同じなのか。外事課という国際諜報活動防御に主眼をおく側面と、国内治安に関わる側面とは違うのか。本作品は外事課という側面であるが。
7.刑事警察は捜査本部体制での組織捜査ベース、蟻の集団行動中心。一方、公安警察はたとえ補佐者がいるとしても、一匹狼で臨む捜査、捜査員個人の独自裁量と行動で処理を進めるという個人行動中心、というコントラストがおもしろい。
8.公安警察にとって、国を守るという理念と現行法規の規定の枠組みとの接点・グレーゾーンでは、何がどのように優先され、どのように解釈されるのか?
 

ご一読ありがとうございます。


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警察庁 ホームページ    
  警察のしくみ  
  公安の維持   
警視庁公安部 :ウィキペディア
外事課 :ウィキペディア
 
陸軍中野学校 :ウィキペディア
陸軍中野学校
 
 
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こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

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『欠落』 講談社
『化合』 講談社
『逆風の街 横浜みなとみらい署暴力犯係』 徳間書店
『終極 潜入捜査』 実業之日本社
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