遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『羲闘 渋谷署強行犯係』 今野 敏  徳間文庫

2013-12-18 11:09:32 | レビュー
 この作品は1993年2月に『賊狩り 拳鬼伝2』というタイトルで刊行されたものが改題され、文庫本に加えられた。20年前の作品だが、古さを感じさせない。一時期のことを思うと、暴走族が新聞種になることも少なくなくなっている。暴走族の文化にも変化があるだろうから、そこら辺りに時代感覚の差を読み取る人がいるかもしれない。しかし、本作品に年代記述が出てこなかったように思うので、年代背景の枠を外して読める。暴走族の生態を詳細に知らないものには、20年という時の隔たりを感じさせないのかもしれない。暴走族の一般イメージはそう簡単には変わらないだろうから。

 パトカーを撒いてきた2台のバイクのうちの1台に車をぶつけて止めた男が現れる。サングラスにマスクをし、身長は190cm近くでおそろしく体格がよい。男は素手。バイクの少年たちは木刀を振り上げる。そこに次々にバイクが集まってくる。総勢10人。暴走族は「俺たちが『麻布街道覇者(ロードマスター)』だってことを知っててやてんのか」とうなるように男に言う。たいていの者が木刀、鉄パイプ、スパナ・・・などの武器を持って、男に向かって行く。サングラスにマスクの男は言う。「俺を恨むなよ。恨むなら、小田島英治を恨め」 いっせいにかかってくる少年たちの攻撃をすべてかわすのは不可能。決定的な一撃だけは避けるが、木刀で背面を打たれ、脇腹を突かれながらも、次々に少年達を一撃で無力化していく。
 こんなシーンから話が始まる。なぜ、暴走族集団に男が立ち向かって行くのか。小田島英治を恨めというのは、どういう意味なのか・・・・。

 暴走族を懲らしめる男は、警察からみればやはり捜査対象になる。同種事件が何件も発生し、同一人物が関与しているようなのだから。ある意味で、このサングラスにマスクをした男がこの作品の主人公である。

 ここにもう一人、本来の主人公が登場する。『竜門整体院』を経営し、整体の施術をする31歳の院長・竜門光一だ。評判の良い整体院であり、受付窓口を担当する葦沢真理は美人である。
 この整体院にプロレスラーのような体型の男が現れる。竜門はこの患者に施術を行う。彼はこの男が誰であるか知っていた。格闘技界のスターになりつつある赤間忠で、修拳会館のチャンピオンなのだ。赤間の治療に臨むと、全身打撲傷だらけで赤黒いあざが無数にできている。何度も打たれた傷であることが分かる。「自分は空手をやってまして・・・。稽古や試合で・・・。その・・・」と赤間は弱々しく言う。こんな状態で、赤間は病院へ行かずに、竜門の整体院へ来たのだ。不審に思いつつ、竜門は赤間を患者として継続的に施術するという関係ができる。

 待合室で施術室から出てきた赤間と入れ替わるかのように、46歳の辰巳吾郎が施術を受けにくる。彼は、警視庁渋谷署刑事捜査課強行犯係の刑事だ。予約はないが、腰の治療に来たのだ。施術中に辰巳は赤間のことを話題にする。辰巳は、非番で腰の施術を受けたいためだけに来た。単なる世間話だと言いながら、竜門に何か知らないかと語りかける。
 「族狩り」がかなりの頻度で出没し、昨夜渋谷署管内で、悪ガキ9人がぶちのめされたというのだ。辰巳はその事件を捜査しているのである。
 竜門は、赤間の全身にあった打撲傷を思い出す。辰巳との会話で、「まるで赤間を弁護しているみたいに聞こえるんだが、この気のせいかな?」と問いかけられる。
 
 竜門は常心流という総合武道の免許皆伝を有する人物。空手が体術の基本になっていることから、同じ空手をやる者として、赤間を無条件にかばいたくなったのかもしれないと考える。そして、この族狩りという事件と赤間に関心を抱き始めるのだ。

 再び、辰巳は施術を受けに来て、竜門に「族狩り」事件の情報、「族狩り」の強さを語っていく。赤間も施術を受けるために通院してくる。竜門は赤間と武術に絡んだ会話をする。施術中、窓の外で、バイクの音がしたとき、赤間の背中の筋肉がわずかに緊張したことに竜門は気づく。

 ついに、竜門は己の関心、疑問を解明したい衝動に駆られていく。そして行動を起こす。族狩りの行われた現場に足を運ぶ、赤間のトレーニングの見学に行く・・・・。どんどんと,みずから深みに足を踏み入れていくことになる。結局、辰巳刑事に協力する立場になっていく。ある意味で、辰巳が竜門の武術の力量を承知の上で、そのように仕向けていったともいえる。なぜなら、辰巳は竜門が免許皆伝者でありながら、武術家にならず整体院を営んでいる理由を知っているからだ。

 己の関心を追求するために行動に出るとき、竜門には変身の儀式がある。クリーニングに出したワイシャツ、スーツに着替える。整髪用の強力なジェルを戸棚から取り出して、まったく手を加えていなかった髪に塗り付け、サイドを後方に流して固める。前髪を持ち上げ、幾束かを前方へ垂らす。きわめて地味な風貌だった竜門が、猛禽類を思わせる顔つきや眼つきとなり、たちまち鋭さを帯びるのだ。それは、整体師としての竜門ではなく、竜門が己を武術家としての存在に解き放つ変身儀式なのだ。こういうところが劇的でおもしろい。
 なぜ、そうするのか。そこには竜門の苦渋の過去が潜んでいる。

 なぜ、「羲闘」なのか? それは竜門が赤間には竜門と同じ後悔をさせたくないという想いを底に秘めた行動という動因から始まったことだから。

 赤間は族狩り行動により、暴走族『麻布街道覇者(ロードマスター)』のリーダー小田島英治が己の前に現れる機会を作り出そうとする。それは赤間自身の思いを遂げるためである。その行動を竜門が阻止しようとするなら、赤間は竜門を敵と見なす行動をとると宣告までするのだ。

 ストーリーは比較的シンプルであるが、いくつかの山場が作られている。赤間、竜門、辰巳がどう絡んでいくのか。辰巳は赤間と竜門をどう扱うのか。一方、小田島英治がどういうタイミングで、どんな出方をしてくるのか。赤間の行動の真因はなにか。竜門が己の武術家としての存在に封印をしたのはなぜか。
 肩の凝らないエンタテインメント作品に仕上がっている。


 ご一読ありがとうございます。

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いくつかの語句をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

ナイファンチ :ウィキペディア
小林流空手道大道館 ナイファンチ初段(Syorinryu Naihanchi Syodan) :YouTube
Motobu no Naihanchi Shodan - 本部のナイハンチ初段  :YouTube
 
フルコンタクト空手 :ウィキペディア
大山倍達 :ウィキペディア
 
暴走族 :ウィキペディア
伝説の暴走族ブラックエンペラーの歴代総長と出身有名人 :「NAVERまとめ」
 こんなネット記事までありますね。
 
暴走族取り締まりの状況と対策について  平成12年2月 :「AKIO SUTHO」
暴走族追放条例 :ウィキペディア
総合的な暴走族対策 平成18年版警察白書 
 

   インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。


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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『内調特命班 邀撃捜査』 徳間文庫
『アクティブメジャーズ』 文藝春秋
『晩夏 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『欠落』 講談社
『化合』 講談社
『逆風の街 横浜みなとみらい署暴力犯係』 徳間書店
『終極 潜入捜査』 実業之日本社
『最後の封印』 徳間文庫
『禁断 横浜みなとみらい署暴対係』  徳間書店

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新1版



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